表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
REmnant・REvenants・REincarnation ~異世界転生日本人、魔界の最下層で生きていく~  作者: 真上犬太
Remnant case:07「set me free」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

196/205

19、先達の述懐:浦部海也の場合

 私のギフテッドが、長年愛用していたシェイカーだったと分かった時。

 年甲斐もなく、胸が躍った。

 それから、紆余曲折を経て、私は再び店を持った。

 バー『ナイトホークス』。向こうにいたころには思いもしなかった、しゃれた店名だ。

 実のところ、この奇妙な街で、トリとヒトのあいの子のような姿になって以来、気持ちがだいぶ、若やいだ気がする。

 太陽のない昼が終わり、星も月もない夜がやってくる頃。

 いつものように、店の看板に灯を入れた時だった。


「こんばんは、お邪魔してもよろしくて?」

「もちろんですよ」


 自分よりも頭一つ背の高い、シカの模造人モックレイス。この街では珍しいスーツ姿に身を包んだ、韮澤新稲にらさわにいなさん。

 その彼女に同行するのは、


「こんばんは、浦部さん。ご無沙汰しております」

「どうも、海老原さん。最近はお忙しかったんですか?」

「うちのギルドも、いろいろとありましたので」


 ライオンの模造人モックレイス、海老原絵里奈さん。涯を追うものホライゾン・ブリンガーで遊撃手を担当する女性だ。

 宝石商だった過去もあってか、同じくスーツ姿にアクセサリを身につけた姿。似たような趣味を持つ彼女たちが、休日を共にすることは良く知っている。


「ウィスキーソーダ、いただけるかしら」

「ジンフィズ、お願いします」


 薄暗い店内に座る二人に頷き、今日最初の一杯に取り掛かる。

 グラスに入れた氷をバースプーンで脇に寄せ、『酒の通り道』を作る。彼女たちが頼んだ『ロングドリンク』は、名前の通りじっくりと味わうタイプのカクテルだ。

 酒と割りものを、なるべく氷に触れさせず、静かに注ぐ。氷が解ければその分、水っぽくなるのが早まるからだ。

 ただ混ぜるだけ、と思われがちな『ビルド』のカクテルは、意外に神経を使う。


「お待たせしました」


 二人分を供し、お通しの小鉢を置く。それは、指先ほどの小さな果実。

 向こうではプラムやマスカットを使っていたが、こういう果汁の多い甘めの果物は、大抵の酒と合う。

 彼女たちは喉を潤し、少し果実を味わってから、会話を始めた。


「それで、チームお休みの間は、どうなさるつもり?」

「北斗さんも学校に入られるので、しばらくは獄層キャンプの整備を中心に、活動することになるかと。事実上の開店休業でしょう」

「発展的解消とはいえ、九蘭ちゃんが引退なさったものね……Aチームで残るのは、あなたと徹さん。むじなちゃんはインスピに一時戻って、以蔵君が新皇軍の外征に」


 どうやら想像以上に、街の状況は動きつつある。

 塔攻略を最も推し進めていた『涯を追うものホライゾン・ブリンガー』も、中核メンバーの移動が激しいようだ。


「寂しがってない? 瞳ちゃん」

「半々、という感じでした。彼女も魔法学校入りを希望して、久しぶりの学生生活を楽しむと言って、喜んでおられましたし」

「そうよね。あんな年の子が、戦うばかりの毎日なんて。どう考えてもおかしいもの」


 彼女たちはわずかに眉をひそめ、静かに酒を干していく。二人とも腕に覚えのある女傑であり、いたわりと気遣いが先立つところも、似た者同士ということだろうか。

 しばらくは言葉もなく、店内に流れるジャズの音色に耳を傾けていた二人は、次の注文を告げた。


「サイドカー、よろしくて?」

「わたしはミモザを」


 どちらも柑橘系の香り立つ一杯だ。この街にはレモンもオレンジも『ない』ので、代用品である、似たような果物を使うことになる。

 先にビルドスタイルのミモザを仕上げ、海老原さんに提供すると、今日最初のシェイクに取り掛かる。

 ベースはブランデー、香りづけにホワイトキュラソー、柑橘の果汁をアクセントに少し。

 そして静かに、シェイカーを、振る。

 手の内に伝わる液体の動き、混ざり合い、空気を含んで、互いの味わいと香りが、別の何かに変わっていくのを感じ取る。

 そして、


「どうぞ、サイドカーです」


 琥珀色に染まった一杯を、そっとコースターに置く。

 

「学校のことだけど、あの方たち、うちの店に制服を頼みに来てらしたのよ」

「グノーシス、ではなく星の学堂(スコラ・ステラリウム)でしたね。一宮さんは存じ上げてましたが、団体の気風も変わられたようで」

「とはいえ、さすがのわたくしも二月ふたつき足らずで制服を仕上げてくれ、と言われて、安請け合いをする気もありませんでしたわ」

「断った?」


 そこでシカの彼女は笑い、軽く胸をそらした。


「デザイン料と量産体制込々で、ギルドをもう一つ立ち上げられるぐらいのお値段で、お受けしましてよ!」

「それは……また……」

「あまり、いじめないであげてくださいよ。一宮さんもだいぶ苦労なさってますから」

「分かっておりますわ。手付代わりに『いろいろと』便宜を図ってもらう、ということで手打ちしましたもの」


 なるほど、そういうことか。

 そんな気持ちをおくびにも出さず、私は静かに背景に徹する。

 

「じゃまするぜ」


 こちらの話題が一段落したのを見計らうように、声がけして入ってくるものがいた。

 作務衣に、頭には豆絞りの手ぬぐいを巻いた、三毛猫の模造人。


「あらこんばんは、お店はもういいの?」

「野村さん、ご無沙汰しております」

「おう。店のモンに任せてきた。ビールな」


 野村典敏のむらのりとしさん。

 居酒屋『大しけや』の店長は、カウンター席の出口に近い端に座り、こちらが出した灰皿を引き寄せ、紙巻に火をつけた。


「そういや、Aチームのアイツ、外に行くんだって? さっきまでうちで飲んでたぜ」

「はい。以蔵さんならすでに、大川さんのところに出向して、身辺の整理をなさっているはずです」

「いつもなら、殿様が何を言おうが知らん顔。笛吹けど踊らず、どこへなりとも行っちまえ、ときたもんだが」


 彼はきめ細かな泡が立つビールのグラスを口に当て、一気に半分ほど飲んだ。


「里心でもついちまったのかね。どいつもこいつも」


 愚痴でも当惑でもない感情を、部屋の隅へ煙と共に吐き出す。飲酒と喫煙は、彼にとって呼吸と同じくらい、自然な所作として組み込まれていた。


「実際、どうなのかしらね。小倉さんたちが見つけたっていう、転移のゲート。同じものはもうない、向こうからも閉じられたって、言ったそうじゃない」

「一攫千金というわけでもないのでしょうが、外征という行為に、新たな側面が出てきたのは確かなことだと思います。未知の何かを、発見できるのではないかと」

「潮目が変わった、ってとこか。べたなぎの海に、波が立ってきた。魚が戻るか、時化になるか」


 そこで、戸口に新たな影が集まってくる。


「ぶえなすのーちぇす! 今日は千客万来だねぇ」

「こんばんわマスター。頼まれてたパン、もってきたよー」


 メキシコ料理店の店主。ジャガーの模造人モックレイス垣田和己かきたかずみさん。

 パン屋の主人。パンダの模造人モックレイス時任俊哉ときとうとしやさん。

 二人は早速、カウンターに座り、めいめいの注文を告げる。


「ソルティドッグ、シェイクでたのんます」

「ブラッディシーザー、よろしくね」


 癖のある二つの注文。

 ソルティドッグは、現代風のレシピであれば、ウォッカとグレープフルーツジュースを混ぜた(ステア)ものを、縁に塩を付けたグラスで提供する。

 ただ、原型となるスタイル(オールドファッション)では、すべての材料を入れて、シェイクで作る。

 血まみれの皇帝(ブラッディシーザー)は、血まみれのメアリ(ブラッディマリー)の変奏曲だ。

 ウォッカにトマトジュースではなく、クラマトと呼ばれる、アサリのエキスを入れたトマトジュースを使う。

 もちろん、どちらのカクテルも、この街の材料で再現した模造品モックだが。


「お待たせしました」

「ほいきた、それじゃみなさん、サルゥー」

「お、かんぱーい」


 それぞれが手にしたグラスを掲げ、音頭に合わせる。とりとめのない空気がわずかに流れた後、


「私はそろそろお暇いたしますね」

「そう? もう少し、過ごしてらしてもよくってよ?」

先輩方・・・のお邪魔をするのも心苦しいですし、明日は獄層に上がって、現場指揮もありますので」


 会釈をして、海老原さんが席を辞して、去っていく。

 彼女の占めていた場所をきれいに片づけると、私は告げた。


「垣田さん」

「あいよ」


 戸口近くにいた三毛猫が、『貸し切り』の看板を手に、外に出る。

 戻ってくると、ドアと外向きの窓にブラインドを下ろし、施錠を施した。


「真野さん、今から会議を始めますが、問題ありませんか?」


 虚空に声を掛けると、店内に流されていた曲が消えて、スピーカーから声が響く。


『問題な、バーを中心、監視、不審者、無』

「ありがとうございます」


 そういいつつ、オーディオセットの影から、小さな物体を取り出す。自動掃除機にそっくりな端末を、カウンターの上に乗せた。


「お忙しいところ、お集まりいただき、感謝します。これより【Knighthawks】定例会を始めたいと思います」


 それぞれがうなづき、承認されたことで、自分もバーのマスターではなく、最古参のギルドマスターとしての顔を取る。


「垣田さん、否術ディナイアルについては、どの程度把握できましたか?」

「店の若いのにやらせてみたが、完全結晶フローレスん時と同じだ。適正次第、世間でいうほど、便利な代物でもねえよ」


 徹頭徹尾、悲観主義ペシミズム現実主義リアリズムで世界を見る男は、いつも通りに世界を表する。


「ご自身でも習得は可能そうですか?」

「何とかなるが、時間はいるな。短縮してえなら、いい教師について、ゴリゴリに詰める必要がある」

「ご安心なさいな。わたくしが渡りをつけて『優先的に』教師を融通していただけることになりましてよ」


 自分の発言を求めるように、シカの右手が上がり、皆が沈黙で許可をする。

 

否術ディナイアルについては、面白いことがもう一つ。あれ、別に呪文を介さなくても、身体能力の増強に効果があるらしいの。シーカーズの福山文城君、彼の動きも、以前と比べ物にならないくらい『伸びて』らしたわ」

「否術の肝は『視る』技術にある。そのおかげで、身体運用を感得しやすくなったんだろうな。仏教でいうしん、あるいは中国武術における内三合ないさんごう、地球でもその程度の話は、宗教やら武術でも言われてたことだ」

「となると、ぼくたちもそれ前提で、動かないとダメってことか」


 手にしていた赤い液体をグイっと飲み込み、わずかに口元から滴ったものを拭うと、パンダの模造人の顔は、凄みを増した笑みを浮かべた。


「久しぶりに楽しいことになりそうだ。マスター、あのろくでなしの首根っこ、捕まえといてもらえる? 若い子イビって喜んでないで、ぼくと本気でろうよ、ってさ」

「懲りないねぇ、時任のダンナも。今度は半殺しじゃすまないよぉ?」

「ほどほどでお願いします。あくまで否術ディナイアルの把握と、我々の戦力底上げのため、ですから」


 すでに仲間たちは状況把握に動き、能力の全容を解明しつつあるらしい。

 実のところ、私も一連の力には興味があった。いずれは習得し、自分の腕が底上げできるのかを試してみよう。


『マスター、私、情報、提供』

「了解です。こちらをどうぞ」


 カウンターの下にあったノートパソコンを取り出し、画面を皆に見えるように置く。

 モニターに投影されたのは、人気のない深夜。P館に進入しようとする、何者かの姿だった。

 それは見慣れた、二人の冒険者。


「あら、小倉さんとしおりちゃんね。これいつの映像?」

『彼ら遠征、帰還、その直後』


 二人の姿は、館の壁の前で消えた。その後、倍速にされた時間で二時間たち、同じ場所で姿を現し、去っていく。

 姿消しの魔法、近代の科学技術でも発見できないという意味では、完璧な偽装だった。


「あぶなっかしいねえ。多分、まだこの二人だけが、否術ディナイアルを把握してた時期だったんだろうけど。P館の監視カメラは?」

『ミー、ハッキン、記録、消去』


 実のところ、この街にはPの館による魔法を使った監視だけでなく、テクノロジーを使った監視も用いられている。

 ただし、こうした技術はP館と、彼らが重要と目した場所でのみ活用されるのみ。

 存在を知っている者はほとんどおらず、一般の魔機人パペッティアでは、気づくこともできない。


「警告しとくかい? 火遊び厳禁、火の用心って」

「その後、彼らによる干渉は?」

『なし。未熟、されど、油断少な』

「監視を続けてください。次があったら、警告をお願いします」


 おそらく、Pとの交渉に使うため、自らの力の有用性を確かめたのだろう。

 ただ、彼らはまだ、この街の『裏』を知らなさすぎる。

 場合によっては、こちら側に引き入れることも、念頭に置くべきかもしれない。


「外征の方はどうする?」

「いつも通り、てなもんやと新皇に入れたメンバー(・・・・)に任せましょう。それよりも、重要なことがあります」

「Pの動向、ですわね」


 それぞれが視線を交わし、頷く。

 獄層攻略のための互助ギルド。その存在をほとんど漏らさず、在籍しているメンバーの名前も一般には公開しない。

 そして、Pの館に提出している、いくつかの資料にも『偽装』が施してある。

 その理由と、目的は――


『警告。会議時か、一時間、経過。集会、P館、目を引く、注意』


 時間だ。

 それぞれが席を立ち、あるいは新たな場所に腰掛けなおす。


「それではみなさま、ごきげんよう。明日もよい一日でありますように」

「じゃあな」


 シカとネコの二人は、店の扉を開け、挨拶を残して去っていく。


「ぼくはもうすこし飲んでこうかな。マスター、ボイラーメーカーね」

「お、飛ばしてきたねぇ。なら、おいらはショットガンで」


 正直、あまりうちでは出したくないメニューだが、貸し切りの看板が下げたままなら、たまにはいいだろう。

 それぞれに酒を提供したところで、ジャガーの模造人が、手のひらの内側にショットグラスを包み込むように持ちながら、告げた。


「そういや、明後日ぐらいには、久々にニ十階踏破者が出そうだってさぁ」

「パッチワーク・シーカーズですか」

「あたり」


 たんっ。


 短い答えと共に、グラスの底を叩きつけ、素早く中身を飲み干す。

 ショットガンはカクテルというより、宴会芸に類する酒遊びの一種だ。テキーラに微量のソーダ、ライム果汁を入れ、グラスを叩きつけた衝撃で混ぜて、一息に飲み干す。


「その後はいったん解散、らしいねぇ。連中の動向は、おいおい知らせるよ」

「否術の件もあるし、ぼくたちもやる気に火を入れないとね」


 パンダはこちらから大ジョッキに入ったビールと、ショットグラスに満たしたウィスキーを受け取り、ショットグラスをジョッキに落とした。

  

 じゅわっ。


 一気にビールが沸き立ち、素早くジョッキにマズルを当てたパンダが、あふれ出る中身を飲み続ける。

 これも酒遊びの一種。一連の様子を、沸き立つ湯沸かし器(ボイラー)に見立てた名前が付けられていた。


「そうだ、マスター。マスターも一杯いきなよ」

「ぼくたちのおごりでさ。どうせもう、店じまいでしょ」


 その言葉に私は笑い、ふと思い立って、材料を用意する。

 ラム、コアントロー、柑橘の果汁、それらを一対一対一の比率で、シェイカーへ注ぐ。

 店じまい、一つの区切り、同じ日は二度とない、そんなことを思いながら。

 静かに、振る。

 用意したグラスに注がれるのは、白濁した一杯。


「そのカクテル、名前は?」

「XYZ。"終わり"を意味するカクテルですよ」


 苦みと、ほのかな甘みを感じさせる香りを感じながら、グラスを掲げる。


「本日の営業は、これにて終了です。ご来店、ありがとうございました」


 そして静かに、今日という日のすべてを。飲み干した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ