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REmnant・REvenants・REincarnation ~異世界転生日本人、魔界の最下層で生きていく~  作者: 真上犬太
Remnant case:07「set me free」

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18、先達の述懐:元町木兵衛の場合

 ブンヤ(・・・)の仕事、というのは、暇と鉄火場が織りなす、つづれ織りみたいなものだ。

 締め切りに追われてのめり込む時分と、のんびり煙草でもふかしながら、世間をようよう眺める時分。

 穂高さんがうちに顔を見せたのは、ちょうど朝刊を撒き終わり、編集部で記者たちが、火の出るような執筆をしているころだった。


「こんにちは、お疲れ様です」


 あたしの事務所に、まるで忍び込むように入ってくる姿は、悪いと思いながらも滑稽に思えた。とはいえ、同じ『過去の後悔』を抱えたよしみ、その辺りは胸の中にしまっておくことにしている。


「今回分です。ご査収ください」

「へい、ご苦労さんです。それじゃ、拝見いたしましょうかね」


 差し出してきたUSBを受け取り、ノートパソコンにつなぐ。

 この街でも、古い型式のパソコンなら、問題なく使うことができる。いろいろ不具合もあるが、こうして文章のやり取りをするぐらいなら、ぼちぼちだ。

 中身を確認すると、気になることが浮かび上がってきた。


「おや……この書きぶりってこたぁ、話の下げ(・・)に入りなさるつもりで?」

「元々、俺の趣味の延長、みたいなものでしたし。それに、今後はもう少し、別の生き方を探ろうと思ってまして」

「……例の否術ディナイアル、ですかい?」


 探るようなこっちの言葉に、シェパードの顔が照れくさそうに、笑みほぐれた。


「前線に返り咲く、なんてことは無理でしょう。でも、やってみる価値はあると、考えましたから」

「趣味は封じて学業にまい進、その心は?」

魔法使い(マジックユーザー)ではなく、魔法学者(マギウス)を、目指すつもりです。つまり、研究開発に携わろうかと」

「ギルドの仕事は?」


 その質問の返答は、社員の持ってきた茶で中断される。あたしは礼儀正しく、ノートパソコンを閉じて、中身を見えないようにした。

 それから、ほんの少しの沈黙の後、


「大川さんの外征、うちからも何人か、同行させる予定です。元々、肉獄攻略はロングスパンの計画でしたし、例の遺跡についても、情報を集めさせたいと考えています」

「シーカーズの福山さんと鶴巻さんも、ついて行かれるそうですが、ご存じで?」

「……提案されていたことまでは。承諾という話は、初耳です」


 その顔には、あからさまな驚きと、胸にわだかまるあれやこれやが、うかがえた。

 平静を装っていなさるが、まだまだ若い。


「正直、ホライゾンという組織も、現状に甘んじていい集団じゃなかった。塔の秘密を暴けばすべてが解決するなんて、絵空事でした」

「――小倉さんは、言ってみりゃ賭場に現れた、ツキに恵まれた素人だ。何もかもが、たまたま、いい方に転がっただけのことですぜ?」


 彼の焦りの原因を、茶菓子のように差し出してみる。


「そんな、思ってもいないことを、言わないでください」


 あたしは笑い、煙管に詰めるための葉を、もみほぐす。

 その動きでたっぷりと間を取って、実感を口にした。


「半々、て、ところですかね。度胸もある、口も達者、目端も利く。そのくせ、妙に見通しの甘い時があると来た。覚えてなさるでしょう、初めて引き合わせた時のこと」

「あの時は、彼には悪い印象しかありませんでした。福山君を守ると言っておきながら、大した策もなく、ローンレンジャーに吹っ掛けていましたし」

「あたしもね、あのヒトは危うい、どこかでへこむかつぶれるか、そういう手合いだと思ってましたよ」


 実際に、その通りになりかけた。

 チンピラどもに絡まれて、商売道具の腕をつぶされ、本拠地に襲撃されて命を落としかけている。

 それでも妙にしぶとく生き残り、ヒトが無視できない成果を積み上げてきた。


「福山さんが冒険者になり、神崎さんが独り立ちし、鶴巻さんやら美幸さんやらが、ご自身の力を見出しなすった。世の中にはああいうヒトが、時々現れなさるんだと、しみじみ思いやしたよ」

「本人の能力ではなく、人となりや行動で、世界を変えうる人物、ですか」

「今や、この街でも一目置くべきヒト。と申し上げても、差し支えねえでしょうね」


 あたしの人物評を聞きながら、若い衆は茶を含み、何かを思いめぐらせるように、眼を鋭くさせた。


「元町さんとしては、小倉さんに油断をする気はないと?」

「高く積み上がった場所から、転げ落ちかねない。栄華一転、滅亡待ったなし。そういう御仁ですよ」

「どうでしょうね」


 こっちの話を聞き終えた穂高さんは、むしろこっちの気持ちを否定するように、意見を投げてきた。


「最近、俺の方でも、彼に対する評価が、まとまってきたところです」

「……へぇ、そいつはおもしろい。お聞かせ願えやすかい?」

「困難に放り込むことで、成果を出すタイプですよ、あのヒトはね」


 しみじみと語る顔には、ある種の実感がこもっていた。

 嫉妬、いやさ憧れのような感情を、ありありと浮かべて。


「失敗を取りたくないという俺に対して、あのヒトは失敗を恐れない。いや、失敗なんて考えず、やりたいことに飛び込んでいった」

「最初の塔攻略、福山さんの一件、そして地球での冒険、ですかい」

「同じ立場になったとき、俺は同じことができるだろうか。少なくとも、今の俺には、無理でしょうね」


 この若い人が、街に来てどういう運命をたどったかは、よく知っている。

 今より少し昔には、このヒトだって、言うほど智に働くタイプでもなかった。

 仲間と冒険、無茶を重ねて成果を取る。

 小倉さんとやったことは、なにひとつ変わらない。

 ただ、ほんのすこしばかり、運が足りなかっただけだ。


「この前のP館でも、あのヒトは生き生きしていた。そして、追い詰められるほどに、ポテンシャルを発揮する」

「つまり、穂高さんはこうおっしゃりてえわけだ。千尋の谷から蹴り落とし、這い上がっている間は、信用に足るおヒトだと」


 どちらからともなく笑いあい、ほっと一息をつく。


「あたしにしてみりゃ、面白い御仁は飯のタネだ。せいぜいあのヒトの、命冥加いのちみょうがが尽きねえことを、祈ることにしやしょうかね」

「【万能無益】に、ですか?」


 そこでまた、ひとしきりの笑い。

 話の下げ(オチ)が付いたところで、あたしは一つだけ、おせっかいをした。


「続きの構想、おありになるんだったら、続けなすった方がよござんすよ」

「……どういう理由で、ですか?」

「欲をかく方が、ヒトってのは、生きる張りが出るってもんでさ」


 彼は立ち上がり、会釈して出ていった。


「考えておきます。とりあえず、三月末までは、そのままでお願いします」


 一人きりになり、煙管の火皿に種火を移し、息を通す。

 じつ、という、吸い口からの呟きが羅宇を伝わり、苦い流れが、口蓋に広がった。

 それから、ゆっくりとけむ(・・)を吐き、奥の編集部に告げる。


「ちょいと出てきますよ。なんかあったら、別天に使いをよこしておくんない」

 

 巾着を手に、襟を正すと、草鞋をつっかけ、城下町へと向かうことにした。



 着いてみると、江戸にこしらえた街並みは、いつになく往来を激しくしていた。

 飛脚、荷車、荷担ぎ。ヒトの流れが川の流れのように、一群れになって城址に流れ込んでゆく。

 物売りの声もかまびすしく、昼の弁当やら煮売りやらを、やってくる連中に売りつけるのに必死だ。


「おや、日陰者のトカゲが。珍しく甲羅干しでもしに出てきたのかい」


 気が付くと、相も変わらないむっつり顔が、すぐそばを歩いていた。

 ウサギ、というかわいげを、どぶ川に投げ捨てたような三根医院の主は、肩に下げたカバンを直して、去っていこうとする。


「何ともつれねえ、そっけねえ。ここで会うのも他生の縁、行きつく先が同じなら、古い仲をあっためるのも、悪かねえと思いますがね」

「馬鹿なことを言うんじゃないよ。こちとら仕事、遊ぶ暇なんてあるもんか。ブンヤはブンヤらしく、頭の上のアブハチでも追っかけてな」

「そのブンと鳴く虫追いかけて、花街に出向いたって寸法でさ」


 この御仁とは長い付き合いだが、こちらの覚えはあまりよろしくない。

 というより、新聞というメディアの凋落は、こんな魔界の底までも追いかけてきて、よろしくないもの、という汚名をかぶったままだ。

 てなもんやの売り上げも、ぼちぼちを下回って墓地に片足を突っ込んでいる。


「インタビューならごめんだよ。城に入る芸子たちを診てやらないとならないんだ。今度はいつもと様子が違う。妙なことにならないといいが」

「変わってってるんですよ。どこもかしこも」

「ふん」


 そのまま言葉もなく、互いに赤い木戸を抜けて、別天吉原へと入った。

 

「先生、今回もよろしくお願いします」

「ああ」


 それは一件の遊郭ゆうかく。しかも本物の『春をひさぐ』店だった。

 表通りの店や、見せかけだけの妓楼ぎろうと違い、ここには屈強な見張り番と、店の奥へと続く廊下に、鍵付きの格子戸が設けてある。

 籠の鳥を閉じ込めるため。ではなく、外からやってくる狼藉者を入れさせないために。

 その守りの奥へ、ウサギの先生は往診に出向いていく。


「元町さん、今日は開けられないんですよ。申し訳ない」

「そういう冗談はよしとくれ。悪い風聞が立ったらことじゃないか」


 などと言いつつ、あたしは店のかまちに腰掛け、出された茶を含む。

 店主のイヌは隣に座り、こちらを相手することにしたらしい。


「店の子は、どのくらい行かせるんだい?」

「うちからは二人ほど。いつもの『種付け』のため、ってことで。結果はどうあれ、戻れば晴れて、城に上がって奉公明けって寸法ですよ」

街の外なら(・・・・・)あるいは、かい。熱心なこった」


 出された煙草盆を引き寄せつつ、煙管をくわえ、思いを巡らせる。


「この街で、子をなした模造人モックレイスは、まだいない(・・・・・)。あたしらみたいな生まれ変わり同士、あるいは原住の間でも」

「致すことはできるってのに、おかしなはなしですよ」

勝手をするな(・・・・・・)、ってことなんだろうねぇ」


 この街で、生と死の実権を握るのは、あのPとかいう因業者いんごうものだ。

 住民の殺し合いは禁じられ、破れば追放刑となる。

 そして、この街にヒトが根付いて二十年余り、自然分娩による人口の増加は、ない。


「そのくせ先生には、床上手の技を教えさせなさるときた。とんでもねえ歪さだよ」


 互いに殺しあうなかれ。破れば死を賜す。

 勝手に増えるなかれ。そんな権利は、元よりない。

 だからこそ、そんな見えざる支配を広げるあの野郎が、気に喰わなかった。


「元町さんとこは、最近どうです」

「まあ、良くはないねえ。そういやここは、ラジオは買ったのかい?」

「店の中で鳴らすべからず、ってお触れが届きましたからね。外に漏れないよう、楽しんでますよ」

「つまりはそういうこと。あれのおかげで、こっちの商売あがったりさ」


 小倉さんにはいずれネットでも、なんて冗談ふかしたが、正味な話やる気はなかった。

 あれの毒は思う以上に強い。

 向こう三軒両隣が知り合いのような街では、あっという間に蟲毒の壷の出来上がりだ。


「この辺りの話は、載せても平気かい?」

「うちのこととわからないなら、いつも通りで」

「近いうちに、店のモノをよこすから、いいようにしてやっておくれ。それじゃ、あたしはこの辺で」


 巾着からチケットの束を手渡し、店を出る。

 時分は正午を回っている。今日はこの辺りで、昼餉ひるげでもしたためていくか。

 

「あれ、元町さん?」


 噂をすれば影が差す、なんて陳腐な言葉が浮かんだ。

 振り向けば、そこにはくだんのネズミの御仁が、普段着の姿で立っていた。


「おや小倉さん、今日はお休みで?」

「攻略の中休み。明日には、ニ十階に入る予定です」

「いよいよですかい。なら、今をときめく冒険者の独占取材、ってのはいかがで?」

「だから、休みだって言ってるでしょ」


 そんな言葉には耳を貸さず、先ぶれに立って、彼をいざなう。

 この街のあらゆる変化、その渦中を、能うかぎり覗き込むと決めていた。


『ボクの代わりに、この街を、見届けてくださいよ。この先のぜんぶ』


 南条南の遺言。

 恩人にして友人の、最後の言葉を守ること。

 この街で、あたしが生きていく意味を、果たすために。


「おごりますよ。代わりに面白いお話、聞かせておくんなさいな」

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