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REmnant・REvenants・REincarnation ~異世界転生日本人、魔界の最下層で生きていく~  作者: 真上犬太
Remnant case:07「set me free」

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17、先達の述懐:尾上乙女の場合


 孝人君たちが、塔の攻略から帰ってきた、その日。

 お店の営業時間の終わり際。珍しいお客がやってきた。

 ずんぐりとしたイノシシの模造人モックレイス、甲山航大さん。

 その後ろに、タカの山本さんと、キツネのクリスちゃんが続いていた。


「いらっしゃい。ずいぶん遅い時間に来たわね。もうすぐ店じまいだけど、大丈夫?」

「すまねえな乙女ちゃん。今日は客ってより、ギルドの親分として、顔を出しに来た」


 このヒトは、あまりギルドマスターという役職を語ろうとしない。昔ながら、建築業の親方の時と、同じ気持ちでいるためだ。

 居残っていたお客さんたちは、こっちの様子を見て、三々五々と席を立っていく。

 一人一人にお詫びをしながら、わたしはみんなのために、飲み物を作った。


「焼酎ロックとアブサンのストレート、クリスちゃんはビードのソーダ割でよかった?」

「おお、わりいな」

「ありがとうございます」

「仕事も終わったし、まずは軽く一杯ってことでねー」


 そのまま『閉店』の看板に切り替え、戸締りをすると、わたしも作っておいたグラスを片手に、テーブルへと戻る。


「このメンツで飲むのはいつぶりかしら」

「一年近くになるか。例の食事会、文城が独り立ちしたときだ」

「あ、そっか。乙女ちゃんはこの前の騒動の時、来てなかったもんね」


 それは、孝人君たちを中心に、P館へみんなが乗り込んだ時のこと。

 わたしは直前まで、何も知らされないままだった。


「尾上さんに例の一件を伝えなかったのは、大川さんと小倉君の判断です。そして、我々も、それに合意しました」

「……ごめんね。荒事になる可能性が高かったから、乙女ちゃんには、キツイと思って」

「いいのよ。わたしもそこは、自覚してるから」


 はっきり言って、わたしは戦うということが苦手だ。

 わたしが宿っているラミアという魔物も、よほどのことがない限り率先して戦うようなものではないと聞いていた。

 

「でも、これからは、そういうわけにも、行かないかもね」

「なにかあったのか?」

「お昼ぐらいに、孝人君たちが帰ってきてね。明日一日休んでから、明後日、ニ十階に入るんですって」


 席を囲んだ他の三人は、顔を見合わせて笑った。

 この辺りも、わたしがみんなとは違う、と思い知らされる部分だった。

 わたしは、そんな風には喜べない。


「いよいよですか。ということは、今回は十八階まででしたか?」

「ええ。十七階で裏トレジャーを取って、十八階を制覇してから、十九階のアクセス権だけ獲得してきたそうよ」

「な、言ったとおりだったろ? あいつらなら、もうすぐてっぺんまで行けるってよ」

「一年足らずでニ十階かー。いやあ、やっぱり最近の若い子は違うなー」


 どうやら、こっちの気持ちが顔に出ていたらしい。みんなはこっちを見て、少し喜びのテンションを引き下げた。


「まあ、面倒見てきた連中が、死ぬような目にあいながら、バケモノの巣窟を抜けてくんだ。乙女ちゃんには、気分のいいもんでもねえか」

「ごめんなさいね。みんなの前では、こういう態度はとってないつもりだけど」

「もしかして、他のギルメンにも、ダンジョン入りたいって子が出てきた?」


 クリスちゃんの言葉に、わたしは頷く。

 孝人君たちの活躍、佐川君のギルドに入った小弥太君の変わりぶり。そして、新しくできる魔法学校の存在。

 そういう色々が、みんなを刺激していた。


「うちを抜けて、佐川君のところに弟子入りしたり、魔法学校で魔法を習いに行くって」

「選択肢が増えたことによる、気持ちの変化もあるんでしょうね。少なくとも、自発的な行動であれば、問題ないのでは?」

「ええ。それはそう。問題は……わたしのこれまでのこと」


 ムーラン・ド・ラ・ギャレット。

 自分の生き死にをかけて戦うことを強制されたこの街で、戦わなくてもいいんだと、言ってあげるために作り上げた場所ギルド

 でも、それはいつしか、思っていた実像とずれてきていると、気づいていた。


「わたしはこのギルドに、みんなを縛り付けていたのかもしれない。戦いたくない気持ちを肯定してもらうため、集まってきた子に、戦わなくてもいいんだって、言い聞かせて」

「さすがに、それは考えすぎだよ。文城君だって、ここで十分休めたから、冒険に出られるようになったんじゃない」

「でも、小弥太君や、七戸君は――」

「――尾上さん」


 空になったショットグラスを置いて、山本さんは射るような目で、わたしを見た。


「欲しいのは肯定ですか? それとも解決策ですか? あるいは愚痴のはけ口ですか?」

「おい、山ちゃん」

「いいえ、言わせてください」


 わたしは顔を上げて、彼を見つめる。

 その厳しい表情に、覚えがあった。


「福山君、仲代君、古郷君、あるいは氷橋君も。それぞれ道に迷い、あなたの手だけでは先に進むことができなかったヒト達です」

「……そうね」

「ですが、あなたがいなければ、それ以前に零れ落ちていた。かもしれないヒト達でもあります」


 結局のところ、わたしの限界は、そこにあった。

 わたしができるのは、零れ落ちないようにするだけ。それ以上のことは、わたしには手が届かない。

 小さな仕事のあっせんや、落ち着いて眠ることができる場所を渡すことはできても、そこから先へ続かない。


「あなたは最善を尽くしてきた。成功も、失敗も含めて。それを踏まえて、何を求めるつもりですか?」

「みんなが、変わっていく。その中で、わたしはなにができるんだろうって、思ってた」


 わたしは、自分の小さな店を見渡した。

 年季が入って、落としきれない汚れにくすんだ天井や壁。細かな傷のついた床。

 バックバーに並んだ酒瓶。丸テーブルの並んだ光景。


「孝人君がやってきて、いろんなものが、大きく回り始めた。わたしだけでは動かせなかった、いろんなものが」

「あいつは、まあ、そうだな。てめえ勝手にしっちゃかめっちゃか、ひっくり返してよ。俺に言わせりゃ紡より、あいつの方が手に負えねえ」

「あんまり、うちのお得意さんを悪く言わないでねー。ミシュリーヌの数少ない常連さんなんだから」


 そこでみんなが笑って、それから、思いを口にする。


「文城君、今度の遠征についていくんですって。紡君と一緒に」

「……マジかよ。そいつは、また」

「変われば変わるもんだー。なるほど、乙女ちゃんの気持ち、ちょっとわかったかも」

「世間が動き、身近なヒトが変わり、では自分はどうなのか……そう思ったわけですね」


 はじめは、それぞれがいい方向に行くなら、それでいいと思っていた。

 でも、その変化が大きすぎて、どう受け止めていいのか、わからない。


「柄にもなくね、思ったの。何かしないと、置いて行かれてしまうって」

「では、尾上さん。思い出してみてください。あなたの原点を」


 そう言われながら、わたしの心は必然的に、あるヒトの面影を追っていた。

 今よりも遠い過去の、悲し気な顔を。


「あなたがここを開こうと思った時と、現在。確かにいろいろなものが変わってます。衣食住は元より、職業選択の多様化、娯楽、あるいは学びの機会まで」

「ラジオ局までできるとは思ってなかったもんねー。次はテレビか、ネット環境?」

「何でもかんでも、発展すりゃいいってもんでもねえだろ。むしろネットなんざ、永久に生えてこねえでもいいんじゃねえか?」

「そして、この街の今を、彼女は知らずにってしまった」


 わたしの言葉にみんなが口をつぐむ。

 この場にいた四人は、彼女を知っていた。彼女の最後も。


恵登けいとのことは、忘れられない。今でもどうすればよかったのかって、夢に見ることもある」


 この街に来てできた友達であり、何もわかってあげられなかったヒト。

 彼女は自ら死を選んだ。わたしの知らないところで。

 もしも、もっと違うわたしだったら、何かができていたのだろうか。


「だからわたしは、恵登みたいなヒトを、抱え込んで行き場を失ったヒトを、何とかしてあげたいと思ったのよ」

「尾上さん。ヒトは希望や娯楽だけでは、救われないものです」


 鋭い猛禽の顔が、わたしを見る。

 目元を少し緩めて、壊れ物を扱うように、言葉を続けた。


「疲れ果てた心に、過度な上昇志向は毒になります。希望という花は、荒れ果てた大地には根付かない。心の安定という施肥があって初めて、生い茂るものですよ」

「本気で体がつらい時って、重たいごちそうなんて食べたくないもんね。ゼリーとかアイスとかが、ありがたい時もあるし」

「そもそもよ、乙女ちゃんはこれまでも、十分やってきたと思うぜ」


 彼女を失った時、ずっとそばにいてくれたのは、甲山さんと菜摘ちゃんだった。

 長いこと閉じこもっていたわたしを、何を言うでもなく支えてくれた。


「厳しくしつけるなんて言って、尻を叩くだけじゃ、誰もついてこねえ。この街は、息をつくだけでも一苦労だ。だからこそ、乙女ちゃんみたいなヒトも、いてもらわねえとよ」

「要はバランスです。そして、どうにかこの街でも、硬軟を取り交ぜた改革ができるようになってきた」

「……何を考えているの?」


 わたしの問いかけに、三人はドアの方へ振り返る。


「開けてやってくれや。この辺りが、あいつの出番みてえだからな」


 確かに、店の外には誰かの気配があった。

 近づいて、ドアを開けると、そこにはとても大きな体があった。

 

「ど、どうも、お久しぶりです」


 オーガの佐川君は、体を縮めるようにして頭を下げた。

 今日の集まりは、このヒトをわたしのところへ、連れてくるためのものだったのか。


「いらっしゃい。ひさしぶりね」


 彼を招き入れて、ジョッキにビールを注ぐ。まだ、『ローンレンジャー』が健在だったころは、冒険から帰ってくるたびに、これを出していた。


「もうお分かりと思いますが、今回は新しいギルドマスターの紹介を兼ねて、新しい互助関係を作ろう、という提案です」

「佐川君のギルドの話は聞いてるわ。それと、小弥太君のこと、改めて、ありがとう」

「……もとはと言えば、部下の統制もできなかった俺の不手際が原因だ。礼なんて、言わんでください」


 四人目が席に着くと、わたしはみんなの顔を見まわした。


「南条の親分は、この街に足りねえものを、何とかして生み出そうとしてた。飯の確保、プラチケを確実に取る方法、安心して寝れる寝床とかな」

「そして、冒険者訓練の場と、塔に入らなくても生活を送れる仕組みを。そう言っていました」

「わたしの『ムーラン』と、佐川君の新しいギルド。それが、南条さんの意志に繋がる、そういうことなのね?」


 そこで、大きな背丈の彼は、深く頭を下げた。


「身勝手なお話なのは承知です。うちのギルドと、提携していただけないでしょうか」

「ムーランを、新しいヒト達の受け皿にしつつ、あなたのギルドへ優先的に紹介する。そういうことね?」

「全部うまくいくとは限りません。適正がないなら、お返しする人材もあるでしょう。ですが、冒険者がだめだった時、そこから先を考える場所があるとすれば、もっと違う何かが選べるヒトも、いるかと」


 そういえば、このヒトも随分と変わった。

 自分のギルドを立ち上げようと躍起になっていた時は、いつも何かに追われるように、成果を誇り、仲間を募って、ひたすら上を目指そうとしていた。

 それとも今の彼が、本当の彼なのかもしれない。


「佐川君」

「……はい」

「わたしは、あなたに頼みごとをされるような、大したヒトではないわ。今だって、自分のやっていることが信じられなくなって、別の何かになりたいなんて思っていた」


 とても愚かな考えだ。

 ヒトは自分以外の、なにかになることなんてできない。

 わたしは今も戦いが怖いし、問題が起こればおろおろして、自分が我慢すればなんて、おためごかしに逃げてしまう。

 でも、それじゃいけないと言ってもらったから。


『参加している者が互いに支えていく。ギルドという仕組みの、基本に立ち返るんです』


「こちらこそ、お願いするわ佐川君。わたしにはできない事を、冒険に出たいと思っている子を、導いてあげて」

「……ありがとうございます。全力を、尽くします」


 わたしは変わらない、変えられない。

 でも、変わっていくヒトと足並みをそろえて、変わらないままやっていくことが、できるかもしれない。


「ところで、ギルドの名前はもう決まったの?」

「そ、それが、ですね」

「まだ決まってねえんだとよ。塔に入ってる連中もいるってのに、何をもたもたしてやがるんだか」

「それならギルド名のアイデア出し、乙女ちゃんに提携申し入れするついでにやっちゃおうよ、ってねー」

「ブレインストーミング、というやつです」


 どうやら、これはなかなかに時間がかかりそうだ。

 わたしは台所に回りながら、みんなに尋ねた。


「それなら、お夜食作りましょうか。なにがいい?」

「私も手伝うよー。実はそのつもりで、ちょっといい材料、持ってきてるんだよねー」

「それじゃ、とっとと決めて飲み会と行くか。佐川よ、なんかアイデアはねえのか?」

「それが、こういうのは正直さっぱりで……」

「孤高のヒトは、もう返上ですからね。皆が集まれるような名称に――」


 その日の晩は、昔に戻ったみたいな、騒がしくて楽しい時間だった。

 他愛もないことをしゃべりながら、ゆっくりと過ごす。 

 その日の会合で、佐川君のギルド名が決まることはなかった。

 飲んで騒いで、みんな酔いつぶれてしまったから。

 でも、急ぐことは、ないのかもしれない。


『まずはメシをたらふく食うて、よう寝て、アホなことして、笑いましょうよ。そんで、飽き飽きしたころで、ひょっこり、新しい夢なんて見つかるもんですわ』


 こんな日々が、南条さんの望んでいた世界ゆめであり、わたしが好きだった世界いばしょだったから。

 もう少しだけ、今のわたしのままで、いることにしよう。

 眠ってしまったみんなに毛布を掛けながら、わたしはそんなことを、思っていた。


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