16、トライアル・アウト
『六時になりました。一階入り口は締め切られました。外への脱出は明朝七時以降となりますので、ご理解のほどをよろしくお願いします』
アナウンスを確認すると、俺たちは設置しておいた『セーフハウス』に入り、荷物を下ろした。
一応、外には俺としおりちゃんの式を放っておいたから、万が一のことがあっても対応は可能だろう。
「今日はみんなお疲れさま。どうやら、細かいケガ以外は、問題なさそうだな」
そんな俺の一言に、しおりちゃんはにっこりと笑ってツッコミを入れた。
「さりげなく、約束が破られた件をスルーされては困りますね」
「……そうですね。はい、ごめんなさい」
「それで、リーダーの判断としては、どのぐらいのOKだったわけ?」
詰められる俺としおりちゃんたちの間に、紡が割り込んで頭を下げた。
「ごめん。正直、炎の剣ぐらいだったら、変身しなくても行けると思ってさ。力のコントロールにも、役立つと思って」
「それで、現場で確認を取って、責任者がGOサインだしたんでしょ? だったら責任者に話を聞いてから。あんたは引っ込んでなさい」
叱られた紡が、耳をぺたんと倒してうなだれる。柑奈の指摘はもっともだから、俺も異論をはさむ気はないけどな。
「あの場では、許可するのが最適だと思った。結晶ドラゴンは、ダメージ反射するごとに力を失っていくみたいだったからな。親方たちも、そうやって倒したようだし」
「確定情報なし、ね。あたしとしては、攻略本を見ながら攻略するのも、アリだと思うんだけど……親方、ホント頭かったいんだから」
「それに、紡はダメだって言われたことは、そう簡単に破ったりしない。ちょっとだけって言ってたから、目算はあったんだろ?」
白いオオカミは、空っぽの右手をにぎにぎして、苦笑する。
さっきの一撃で剣は燃え尽きてしまい、丸腰の状態になってしまっていた。
「形のない炎を剣にするのは、炎狼竜騎士じゃないと難しいから、実物の感触を頼りに、維持するしかなかったけどな」
「肉体への負担を減らした代わりに、武器を一本犠牲にする……リスク管理としては、問題ないかと。ただ、ぶっつけ本番が過ぎるのは、困りものですね」
「結果オーライ、なんて言わないからね。勘と才能だけで渡れるほど、世の中って甘くないから、肝に命じなさい?」
厳しい監督たちの助言が終わり、俺たちはそのまま、早めの晩飯に入る。
久しぶりに文城のコンビニ弁当が並び、それと一緒に結晶コンロで沸かした、インスタントのスープが追加された。
濃縮された顆粒をお湯で溶くだけのものだけど、あったかい汁物って、出先で飲めるだけありがたいからな。
「それにしても、ふみっちすごい勢いで成長してるね。沼の戦いで、一皮むけたっていうかー」
柑奈はツナマヨとスープを口にしつつ、文城の敢闘をほめたたえる。
今回、ずっとフォロー役をやってもらってたけど、かゆいところに手が届く援護が、本当にありがたかった。ニ十階攻略でも頼りにさせてもらおう。
「すごかったよな、にゃーんっ! ってぶっとんでくし!」
「あ、え、うん。や、やっぱり、変、かな?」
「かわいいっ! すごくかわいいっ! もう最高っ!」
柑奈に抱き着かれつつ、おにぎりを取り出して、もぐもぐするネコ。最初の頃は、緊張と疲労でまともに食べられなかったのも、今じゃ懐かしい記憶だ。
アタッカーとしての能力も上がっているし、文城が前衛に立てるようになったのは、願ってもない僥倖だった。
「明日は十八階を攻略。十九階へは進入のみで帰還、ということでよろしいですか?」
「そうだね。今回の攻略、だいぶ疲れたでしょ? 魔法も使いっぱなしだったし」
しおりちゃんはスープを一口飲み、少しためらってから頷いた。
「実のところ、想像以上の負担でした。索敵に防御、攻撃補助、魔法使いという職能の難しさを痛感します」
「ごめんね。今後はもう少し」
「いえ、そうではありません。だからこそ、私は前線で力を揮うべきなんです」
トリの少女は生真面目に首を振って、俺の提案を差し戻した。
「効率の良い術式の運用、自身の限界の理解、魔法を使用するタイミングと、使わないという判断。学園での生徒指導で、教えていくべき課題ですから」
まあ、この子ならこう言うよな。
となれば、俺も弟子の端くれとして、師匠の負担をできる限り減らしていこう。
「そういや明日の十八階って、俺が前衛に立てなくなるけど、大丈夫か?」
すでに三つの弁当を平らげ、もらったおにぎりを手当たり次第に食っていく紡。
俺が隣に視線を流すと、心得たしおりちゃんが、明日の攻略を解説してくれる。
「十八階、海洋のフロアは十六階とほぼ同じです。ただ、十八階に関しては完全な耐久、下り階段の周囲に作られた『島』で、攻撃を耐えきることが条件です。むしろ、紡さんのギフテッドが、有効に働くでしょう」
「わかった! これで剣を取りに帰るとかってなったら、手間だもんな」
正直、紡に関しては何も言うことはない。
炎のギフテッドを使いこなせるようになった今、あとは生来の無鉄砲を諫めつつ、能力を十全に生かせる場所を用意してやればいい。
トラブルメーカー転じて優良物件か。北斗の奴、結構本気で悔しがってるかもな。
「それじゃ、交代で見張りを立てつつ、今日は休もう。おつかれ」
うちの見張りローテーションは、柑奈と誰かひとり、という感じで回している。
もちろん柑奈も休んでもらう時間を作るけど、本人曰く『その日のデフラグ自体は二時間ぐらいで終わる』ということなので、深夜あたりに三時間ぐらい、多めに休息してもらっていた。
「もっと窮屈かと思ってたけど、結構、居心地いいよね」
珍しく、柑奈は擬態を取らずにいた。
普段なら寝ているときでもそのままで、乱れた姿を見られるのはメイドの恥、なんて言ってたのに。
「かなり厄介なタスクお願いしたけど、負担の方は?」
「まあ、ぼちぼちってとこ。こんなあられもない姿を見せるぐらいには」
「……良かった」
「なにリーダー、もしかしてメカとか人形に感じちゃうタイプ?」
俺は笑い、夜番用のお茶を飲んだ。
冒険先のビバークって、こういうキャンプみたいな一瞬が、心地いいんだよな。
「体の心配させてくれるぐらいには、気を許してくれたんだなって」
「……そういうの、口に出して言うと嫌われるよ」
「魔法が使えるようになったって、言葉にしないといけないことは、あるからな」
「言葉自体、魔法みたいなもんでしょ」
「そうかもな」
多分、しおりちゃんならものすごい薀蓄がでそうな会話を、さりげなくやり過ごす。
柑奈は、鉄の面のまま、呟いた。
「みんな、変わってくんだね」
「変わらないものなんて、ないさ」
「陳腐すぎてびっくりパラダイス。それが、みんなを変えたヤツの言うことか」
それはおどけた口調だったけど、電子で合成された心地よい音に、隠しきれないひずみが紛れ込んでいた。
「――ごめ」
「はいストップ。そういうのいいから、黙って、あたしの言うことだけ、聞いていて」
小さく笑い、笑いながら、柑奈は静かに、安らぐ空間に言葉を放った。
「生きてるって、こういうことなんだなって、最近思うようになった。当たり前のルーチンをこなすだけじゃ、やっぱり、魂って細ってくもんなのね」
擬態のない、鋼鉄の肌のまま、それでもほんの少しのしぐさに、柑奈の『顔』が思い浮かぶ。能面の傾きや、人形浄瑠璃の所作に、人肌を感じる時のように。
「機械として生きるのは簡単。ヒトとして生きるのは難しい。つまりは、そんなとこ。だから……ありがと」
俺は何も言わず、黙って茶を飲んだ。
それから、交代の時間まで、日常の他愛もない話を続けた。
明けて翌日。
十八階、海のフロア。
この階層に関して、それほどいうべきことはない。襲い掛かってくる敵を、ひたすら撃退するだけだから。
問題があるとすれば、その敵がちょっと、気持ち悪いというだけで。
「ぎゃあああ、キモイキモイキモイ!」
荒れ果てた岩でできた島に、柑奈の叫びが響き渡る。銃弾を叩きこんでいる相手は、ほとんど魚に近い姿の、ヒト種族だ。
とはいえ、俺たちみたいなカワイイに振ったタイプじゃなく、魚のキモイところと人間のキモイところを悪趣味に混ぜ合わせた存在。
しかも、
「生臭せぇえっ! 死ぬほどくせえよっ!」
どかどかと炎をぶち込み、同時に焼ける敵の臭気で悶絶する紡。
というか俺たち全員、腐った海の臭いを浴びて、悲惨な状況で叫びながら戦っていた。
「ってか、しおりちゃんっ、こいつらって、半魚人、ってやつ!?」
必死に鉛筆を投げつけ、海から飛び上がって襲い来る敵を撃退。着地した奴を文城が吹き飛ばして、何とかこっちに囲まれないように耐え続けていく。
「マーマン、ギルマン、あるいは、インスマウス、とりあえずそういう類のエネミーと考えればよろしいかと!」
「って、それだと、このフロアのボスって……」
叫び交わす俺たちの前、はるか海のかなたに、何か黒い影がそそり立つのが見えた。
かなたの方は霧だか靄だかが立ち上っているが、その水気のカーテンの向こうで、とんでもない背の高さの奴が、姿を現していく。
「もしかして、あれ、倒さないとダメぇ!?」
「も、問題ありません! ここは先代冒険者たち曰く『完璧にハズレの階』ですから!」
多分、上がってくる無数の魚人たちのボス、なんだろう。
どう考えても、あの巨大さはこの塔に収まらないだろ、とか、こんな敵を操ってくるのって、明らかに知りすぎちゃいけないヤツだ、とか。
悪臭への不満と謎の巨大な存在へ絶叫しつつ、耐えること十数分。
「……とま、った?」
あっけないほど簡単に、襲撃は終わった。
昨日のワームやドラゴンよりは、はるかに楽に感じる。潮風からはあっという間に腐敗臭が消えて、どこか懐かしい匂いに変わっていた。
倒した魚人たちの死体も消えている。なんだかこの階層だけ、他と感触が違う気もするけど、まあいいか。
「大しけやさんが、ここと十六階の専門だってのがよくわかるよ。狩りをしてから漁とかめちゃくちゃ大変だな」
「七戸君、ここでお手伝いしてるんだよね……」
「少なくとも、あの敵ラッシュは体験してるだろうし、よく頑張ったよなあ」
ムーランから移籍したシロクマの模造人を思い出し、俺と文城がしみじみと感慨にふける中、出現したトレジャーボックスを紡が開放していた。
「ここのトレジャーは『無限ロープ』だってさ。でも、これってプラチケで買えるんだよな、P館に行けば」
「ちなみに、裏トレジャーは『海魔の像』と言うんですが、使い道は現在まで不明となっています。一応、学園でも研究を継続していますが」
まさしくハズレの階。ただ、慣れればさっきの雑魚ラッシュが肩慣らしになるから、使えなくはないけど。
「次回以降は、ここも飛ばそうな」
みんなが頷き、島の端に現れた階段を上る。
十九階。
いよいよ最上階まであと少し。
「ってことで、今回の攻略はここまで」
俺は、独特の空気とたたずまいを持つ空間に背を向け、下り階段へ進む。
地上に戻って全員の無事を確認すると、俺は宣言した。
「明日は一日、休憩を入れる。最後のチャレンジは明後日だ」
あと二階層、それが終われば、目的は達成される。
「各人、体調に注意して、羽目を外さないようにな」
高揚感と少しの切なさ、寂しさを覚えながら、俺は宣言した。
「それじゃ、帰ろうぜ、みんな」




