11、トライアル(その一)
中休みが明けて、ダンジョン攻略再開の日。
メンバーは誰一人かけることなく、事務所に集合した。会議用のテーブルを囲んだ面々を見回し、ミーティングを始める。
「見たところ、全員体調に問題はなさそうだな。でも、異常を感じたらすぐ言うように」
「あ、あのね。ちょっと、その前に、僕から、いいかな」
文城が片手をあげ、例の話題を切り出す。
「ニ十階攻略終わったら僕、大川さんのお城で、外に行ってきます。多分、帰ってくるのは一年ぐらい後に、なるんだって」
「んで、オレもそれについてく。文城が気になったのもあるけど、やっぱ、ダンジョン以外も見てみたくってさ」
これで、二人の進路は確定した。柑奈の方は何も言ってこないし『デート』の一件が、だいぶ功を奏したんだろう。
穏やかな顔で二人を見るメイドは、自分の今後を語りだした。
「あたしの方も、ちょっとだけアイドル活動に重心移動かな。来月から、ニュータウンFM主導で、コンピレーションアルバムを出す予定なの。あたしも誘われてるから、何曲かやらせてもらうつもり」
「おー、いいじゃん。それ以外にも、なんかやんのか?」
「藍さんがいろいろ考えてるみたいでね。少なくとも、あたしの曲でアルバム作れるぐらいには、とかなんとか」
ダンジョン入る前にこういう話をするのはどうか、みたいなジンクスもあるけど、俺としては今後の展望は、話せるときに話しとく方がいいと思っている。
言えないまま抱えると、何かあった時に、重たく心に残るもんだからな。
「しおりちゃんの予定は変わらず、学校の先生。文城たちが帰ってくるまで、シーカーズは事実上、活動停止だね」
「で、リーダーの方はどうするの? しおりの手伝い?」
「佐川さんのギルドに、相談役で入ることになったよ。向こうでもP館に正式登録して、ギルド名も決めるってさ」
これで、お互いの今後は確認し終えた。
あとは当初の目的を、果たすだけだ。
「今日からは十五階から十八階まで、ノンストップで行く。十五階の裏トレジャーを入手予定だから、アンカーを使って十四階から開始。攻略時間によっては、塔内でビバークを入れるからそのつもりでな」
しおりちゃんの攻略情報をテーブルに広げ、予定を確認する。
最初は、彼女の情報だけだったものが、俺たちの経験が書き加わって『シーカーズ』の攻略情報に変わっていた。
「それと、十七階だけど、紡」
「任せとけって! オレ、めちゃくちゃがんばって裏トレジャーを――」
「――無理そうなら、その時は即降りです」
しおりちゃんは、やっぱり紡に厳しかった。とはいえ、俺も彼女の意見には賛成だ。
今回は十五階と十七階、二か所で裏トレジャーを入手する予定がある。
とはいえ、十七階に関しては危険度が段違いすぎた。
「十七階の裏トレジャーに関しては、ホライゾンの瞳さんや、南条南さんの固有武器を生み出したというエピソードがありますが、それに捕らわれる必要はありません。安全第一の攻略、それを忘れないでください」
「……ごめん。それは、納得できない」
意外な一言。
俺も含めて、みんなは紡の顔を見た。
「自分の強さとかって、結局、どれだけ自分以上に強い奴と戦わないと、分からないと思うんだ。もちろん、何も考えずに突っ込む気はない。でも、安全第一だけじゃ、できない事もあるんじゃないかな」
「その腕試しで、パーティを、ご自身を死の危険にさらすことになっても、ですか?」
こんな風に意見が割れるのは、初めてだった。
今まで、しおりちゃんの判断は尊重され、パーティの安全がすべてに優先してきた。
でも、
「あ、あのね。しおりちゃん」
太いネコ手が、そっと差し上げられた。
「やりたいこと、やれるように、がんばってみて。それで難しかったら、また、みんなで考えて、そういう風にするのが、僕たちだったでしょ?」
その顔は、本当に痛みを伴っていた。
それでも文城は、戦うときと同じぐらい勇気を振り絞って、意見を口にしていた。
「だから、紡君のも、紡君だけじゃなくて、みんなで考えて、やれたら、いいんじゃないかな……」
「文城さんは、そうお考えなんですね」
「ほ、他のみんなが、どうかは、わかんない、です。でも」
「ならあたしは、反対に一票ね」
柑奈の言葉は、紡の一言以上に驚きだった。
「あたしたちは最終的に、ニ十階の塔ボスを倒すって目的がある。裏トレジャーはあくまで努力目標、乗り越えるべき障害じゃないと判断します」
「カンナちゃん……」
「ごめんね、ふみっち。自分の意見をちゃんと言えたのは、すごくいいことだよ。でも、あたしもロマンより安全を選ぶから」
票は割れた。
十七階の裏トレジャーを取るか、安全策を取って攻略優先するか。どっちに肩入れするかで、方向性が決まるだろう。
そして俺は、すべてをひっくり返すことにした。
「覚えてるか、みんな。ブレインストーミングのこと」
本当に懐かしい、俺たちの冒険の原点だ。
皆で意見を出し合い、プラチナチケットをどう攻略するか考えたのが、始まりだった。
「安全策を取るなら、そもそも冒険に出る必要はない。仲間を危険にさらす無茶をして、手に入れるものに意味はない。だったら」
笑って、最高にずるい解決策を出す。
「安全も冒険も、どっちもとれるのが、最善の道じゃないか」
「うわぁ、絶妙に詐欺師の手口、詭弁バリバリパラダイスねー」
即座に突っ込みを入れて、柑奈も笑う。
「具体案は何かあるの、リーダー」
「事前情報もあるし、対策は立てられる。そもそもこの攻略情報は『否術』が組み込まれてなかった古いバージョン。改善の余地ありありパラダイスだ」
「その攻略情報を、私たちが更新する意義が、あるとお考えですか?」
しおりちゃんの懸念は最もだった。
なぜなら彼女は『攻略できるか否か』なんてレベルでは、考えていないから。
「紡、今回の攻略。能力開放は封印。今後の一般パーティができるであろう範囲で、裏トレジャーにチャレンジする。約束できるか?」
「あー。そういうことか。ごめん、しおり。オレ、また自分のこと、考えてなかった。そういうことなら、答えはイエスだぜ!」
「……申し訳ありません」
そこでチョウゲンボウの模造人は、頭を下げた。それから、ほんのりと苦い笑みで、付け足した。
「あなたはきっと、この先も無茶をするでしょう。あの力を使った裏トレジャー攻略は、その気持ちを加速させてしまう。そんなことは、させたくありませんでした」
「……ご、ごめんね。僕、余計な事、言っちゃって」
「いや、文城の意見は、何も間違ってないよ」
俺は立ち上がり、みんなを見た。
「計画を立て、実行し、結果を踏まえて、改善する。俺たちは今まで、そうやってきた。だから今回も、俺たちらしく行く」
宣言に、反対意見はなかった。
そもそも『是か非か』なんて議論に陥る段階で、前提条件が間違ってるか、意見のすり合わせが未調整なんだ。
リーダーの役割は、みんなの意志を確認し、意見を尊重して、それぞれが行きたい場所へ進めるよう、導くこと。
「全員、装備を整えろ。ニ十階トライアル、再開するぞ!」
『了解!』
俺たちは装備を整えて、塔へと向かう。
アンカーを使って十四階への道を開き、冒険を再開した。
んだ、けど。
「……っあ!? ま、またここかよぉっ!?」
塔ダンジョン十四階に、紡の悲鳴みたいな叫びがこだまする。
下の階でよく見た石造りの迷宮構造であり、何の変哲もない通路と分岐が続く光景。
問題は、その単調さに隠された、凶悪なトラップだ。
「ちょっとリーダー、今日これで何回目よ!?」
「た、頼むから、どなんないでくれ! さっき左だから、次は右で……」
俺たちは一塊になり、通路を右に進むと、
「うぐぅっ、き、きもちわるぅ」
唐突に視界がぶれて、さっきと似た、全く別の通路に飛ばされていた。
「こ、孝人さん、マップの方は、いかがでしょうか」
「さ……三分の一ぐらいは。ちょっと待ってね、トラップの位置、書き込むから」
塔ダンジョンの中でも屈指の『二度と行きたくない』と悪名高いフロア。
無数のテレポーターが配置された、通称『ZAP階』とも呼ばれる十四階に、俺たちは翻弄されていた。
「こ、これで、手に入るトレジャーが、簡易トイレに使える『虚穴』だってんだから、配置させたPもえげつないよなぁ」
「百回以上、テレポートした場合には、裏トレジャーが手に入るそうですが」
「ごめん、僕、吐きそう……」
唐突な見当識喪失と、視界を揺らされるめまいのような感覚。俺もさすがに、テレポートのし過ぎで、ちょっと気持ち悪い。
問題は、ここのトラップ、十一階のターンテーブルと同じく、視ることによる発見と回避ができない事。
つまり、
「うげぇ、ま、またぁ……!?」
「ほんともう、最悪の最悪! 次からは絶対、ここは飛ばして入るからね!」
すでに十回以上のテレポートを繰り返し、悲鳴を上げるパーティメンバー。敵が出てこないのが不幸中の幸いだけど、精神力はゴリゴリ削られていく。
「せっかく、カッコつけて入ってきたのに……」
俺は拳を握りしめ、絶叫した。
「どうしてこうなるかなああああああっ!」




