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REmnant・REvenants・REincarnation ~異世界転生日本人、魔界の最下層で生きていく~  作者: 真上犬太
Remnant case:07「set me free」

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2、冒険者の肖像:小倉孝人(その二)

 俺が甲山組の事務所に行くと、ちょうど引率を終えた攻略班が、装備を解いているところだった。


「親方ぁ! 孝人が来てますよ!」


 見知った顔が奥に声をかけると、上半身裸の親方が姿を現した。

 イノシシの毛深い体は、筋肉と脂肪で分厚く盛り上がっていて、あいかわらず頑丈そのものといった姿だ。


「戻ったか。で、首尾は」

「はい」


 俺は皮鎧の下から時計を引き出し、見えるように掲げる。その竜頭を見て、組のみんなが色めき立って周囲に集まってきた。


「おー、マジかよ! 苦労しただろ!」

「アンカーと、例の裏技を合わせたんで、先輩たちよりは楽だったと思います」

否術ディナイアルってやつか。俺らも習うことにしたんだぜ。てか、うちも山本さんとこもな」


 なんか意外だな。

 この前のP館騒動の時は、親方そんなに乗り気じゃなさそうだったのに。

 

「孝人」

「え、あ、はい」

「話がある。ついてこい」


 いつになく、真剣な声で俺を呼ぶ親方に、やじ馬たちが静まり返る。振り返りもせずに上へあがっていく背中を追いかけて、俺も二階へと上がった。

 そのまま、食堂兼居間のフロアに入ると、イノシシの模造人モックレイスは、無言で席に座った。

 いつもならここで、菜摘さんが出てくるんだけど、どうやら今は外出中らしい。


「まあ、そこ座れ」


 俺は装備やザックを床におろし、言われた通り向かい合わせに座る。

 そこでまた、沈黙が下りた。

 いったい、これはどういう空気なんだろう。

 親方の方は、俺をじっと見つめたまま。


「……あ、あの」

「お前、ここに来て、どのくらい経った」

「一年は過ぎましたね。親方のところに入れてもらったのが、来て一瞬間ぐらいで」

「そうだな。短いような、長いような、何とも言えねえな」


 それから、俺の首に下がった時計をじっと見て、ため息をついた。


「とうとうそんなもんまで、手に入れたか」

「なにか、まずかった、ですか?」

「……そいつは、確かに便利なしろもんだ。俺も一つ持ってるが、頼りきりになるのは、やめといたほうがいい」


 そういえば、親方のところは塔のトレジャーに依存するような攻略はしていない。アンカーも引率ではなく、救助の時に使うようにしていた。

 効率を考えないのか、と聞いたときに、親方は怒ったような顔で言っていた。


『楽することばかり考えてっとな、楽できなくなったとき、ヒデエ目に合うもんだ。少なくとも俺は、このやり方を変えるつもりはねえよ』


 甲山組は引率業務がメインだけど、塔内のトレジャーやジャンクボックス、素材回収も行っている。

 引率業も攻略のコストと作業員の育成、お客さんの安全を考慮しながら、いろんな形式で依頼を受けていた。

 そういう勘を鈍らせないためにも、面倒ともいえるやり方にこだわるんだろうな。


「それとな、そのディナイアルとかいうのも、使いすぎんじゃねえぞ」

「はい。それは、わかってます。これ一本でやれるほど、甘いもんじゃないってことは」

「う……あ、ああ。うん。わかってりゃ……それでいいんだ」


 なんだろう、今日の親方は、なんかいつもと違う感じだ。

 仕事に関して意見があるなら、もう少し歯切れのいい感じだし、気に喰わないことがあるなら、遠慮せずに言ってくるはず。


「もしかして、組のみんなが否術ディナイアルを習得すること、あまりよくないと思ってるんですか?」

「……いや、そいつはもう、山ちゃんとも相談してある。俺は面倒なんで、やらねえつもりだが、若い連中には、覚えさせてもいい、ってな」


 否術を警戒しつつも認めているって感じだし、そっちの問題でもなさそう。

 いったい何が――


「あ、孝人君! 来てたんだ! 十三階、どうだった?」


 朗らか満開の笑顔で、菜摘さんがいそいそと入ってくる。その姿を盗み見るようにした親方が、気まずそうに視線をそらした。


「って……航大さん。もしかして、本題切り出してないの?」

「あ、っ、いや、その、今から言おうと」

「孝人君、甲山組のみんなに、例のなんとかって魔法、教えてくれない?」


 なるほど、そういうことか。

 親方の方は何とも渋い顔。その隣に立つと、菜摘さんはにっこりしつつ、いかついイノシシの頭を、ぽふぽふと叩いた。


「まったく。俺から孝人に頼んでやる、なんて大見得切っといて、何をもたもたしてるんだか」

「お、俺にだって、いろいろ考えがあるんだよ! それを、そんな横からかっさらうみてえにして、勝手に言いやがって」

「結局は孝人君の都合次第でしょ? 話を聞かなきゃ、何も始まらないじゃない」


 二人のじゃれあいを眺めながら、俺は親方の申し出を少し考えて、頷いた。


星の学堂(スコラ・ステラリウム)に話は通しますけど、たぶん大丈夫ですよ。俺も指導員資格は持ってますから」

「ほらぁ、だから言ったじゃない」

「馬鹿野郎! そんな簡単な話じゃねえんだよ!」


 いかにも頑固そのもの、という顔で親方は鼻息を漏らしつつ、言いつのった。


「よそ様から仕事の仕方を教わるのに、そんな軽い話があるかってんだ。それ相応に筋を通して、契約だの謝礼だのも、すり合わせが必要だしよ」

「それはそうだけど、それだって本人に」

「……それだけじゃねえ。この前の、P館のこともある」


 そこで、親方は俺に向き直り、深々と頭を下げた。


「ありがとうな。あのときゃ、いろいろあったから、言うに言えなかったが。お前らのおかげで、この街にも風穴が開きそうだ」

「いや……でもあれは、俺だけの手柄じゃないですし」

「元をたどれば、お前としおりの嬢ちゃんが、苦労して持って帰ってきたもんだろうが」


 いつの間にか、菜摘さんは台所に入っていて、何かの支度をはじめていた。

 親方の方は、何かのつかえがとれたのか、ぽつぽつと、言葉をこぼしていく。


「南条の親分が死んでから、俺も山ちゃんも、何かしてやろうと思っちゃいた。ギルドなんて似合わねえものを立ち上げて、必死になってバケモノとやりあって。それでもこの十年間、なにかできたとは、思っちゃいねえ」

「甲山組がなかったら俺も、他のヒトたちも、もっと大変だったと思いますよ」

「どうかな。山ちゃんはともかく、俺は――いや、やめとくか」


 愚痴を止めた親方は、真剣なまなざしで俺を見つめた。


「お前らは、俺らに出来ねえことをやってくれたんだ……そのこともあって、おいそれとは、頼みづらかったんだよ」

「俺もしおりちゃんも、否術ディナイアルに関しては、もったいつける気もないですよ。単純に、不公平感が出ないようにって、配慮してただけです」

「……学校が、始まってからでいい。その後、うちの連中にも、指導頼めるか」


 俺は頷き、ちょっと考えてから訪ねた。 


「山本さんのところも含めて、ですか?」

「山ちゃんは、自分で学校に話をつけに行くといってたが、いけそうなら頼む。だいぶ、競争率高そうでな。この件は、後手に回るわけにゃいかねえ」


 後手、という言葉に、俺は意外に深刻な状況を感じ取った。

 おそらく、否術を手に入れた冒険者事情は、これまでとガラッと変わると、予想しているんだろう。


「競合する集団に対抗できるように、ですか?」

「それだけじゃねえよ。慣れねえ力を振り回して、ヒデエ目に合う連中が、山のように出るだろう。だからこそ、うちも山ちゃんとこも、早めに慣れとかなきゃならねえんだよ」

「そういうことなら、喜んで」

「――それとな」


 親方は屈託のない笑顔で、俺に告げた。


「十三階のあれをこなせば、お前も一人前だ。よくやった、孝人」


 さすがに、その一言はよけようがなかった。

 俺は両手で目を押さえて、それから、なんとか、返事をした。


「ありがとう、ございます」


 一段落付いたころ合いを見て、菜摘さんが俺たちの前に、酒器やつまみの入った小鉢を置いて行ってくれる。

 それぞれの盃に酒を注ぐと、互いに掲げてみせた。


「お疲れさん」

「はい。いただきます」


 俺と親方は、それからとりとめもない話をして、時間を過ごした。

 明日のことも仕事のこともなく、いつしかその話題は、街の昔についてになった。


「俺が来た頃には、クリスの店どころか、まともな飯屋もなくてよ。P館のまずい煮込みと、かっちかちのパンばっかり喰ってたんだ」

「菜摘さんは、いつ頃こっちに?」

「あたしは、航大さんよりも一、二年遅れだったと思う。こっちに来た時は、この姿にも慣れてなかったから……ちょっと三根先生のところにね」


 今でこそ、朗らかそのものの菜摘さんだけど、やっぱりイノシシの模造人モックレイスってのは、女性にとってはいろいろ思うところもあったんだろうか。

 

「そういえば、二人が付き合いだしたのって、いつぐらいなんです?」

「おい孝人!」

「いいじゃない。隠すようなことでもないんだし……あれは、あたしが南条さんの勧めで芋煮の配給をし始めたころだったかな」


 本人のギフテッドを見込まれ、『ぱちもんの街食料改善計画』への協力者として、彼女は料理班に参加することになった。

 そのころに、クリスさんや倭子さんと顔見知りになったんだそうだ。


「ぱちもん通り商店街の攻略班って、『塔組』とか『食料組』とかって感じで分かれててね。あたしは『食料組』のリーダーやってたんだ。この体って、思ったより力あるし、その時は倭子ちゃんも、クリスも、今ほど強くなかったから」

「倭子さんはともかく、クリスさんもなんだ」

「それで、南の森に攻略へ入るとき、塔組から助っ人で来たのが、航大さんだったの」


 ただ、最初は顔を見るたびに角を突き合わせる間柄、だったらしい。


「このヒト、初対面の時になんて言ったと思う? 『お前、芋煮以外は出せねえのか』だって。失礼しちゃうと思わない?」

「……あれは、その……悪かったよ。てか、何度目だその話!?」

「言っときますけど、まだ許してないんだからね? 文句言ってた割に、食べる時は人一倍がっついてたしさ。信じられる?」

「だから、悪かったって! 勘弁してくれ!」


 本当にげんなりした顔で、親方がうなだれる。とはいえ、そんな話をしていても、特に仲が悪そうには見えない。

 多分、そういう定番のやり取り、なんだろうな。

 それから話は、二人のなれそめへと続いた。


「あれは……森の中に隠れてた、でっかいクモに出くわした時だったなぁ。野草取りに夢中になって、みんなとはぐれちゃってね。あの大きな体で、意外と素早くて……武器も壊れて、もうダメだって思った時」


『とっとと下がれ! このバカタレ!』


 罵声とともに、単身救いに来たのが、親方だった。

 さすがに、そのころは今より装備も貧弱で、単独討伐は無理だったそうだが、それでもほかのメンツが駆け付けるまで、きっちり菜摘さんを守り通した。


「そんなこともあって、なんとなく、このヒトのことが気になってね。いろいろあって、一緒になってもいいかな、なんて」

「プロポーズはどっちが?」

「さて、どっちからでしょう?」


 菜摘さんはいたずらっぽく笑い、親方は微妙な顔でそっぽを向く。

 なかなかの問題だけど、そんなには難しくはない、気がする。


「親方かな、最終的には」

「どうしてそう思うの?」

「だって、菜摘さんから言ってたなら、問題にしないでしょ?」


 俺の回答に、イノシシのおかみさんは腹を抱えて大笑いだった。その隣で、渋い顔をした親方は、苦々し気に吐き出した。


「言ったってよりゃ、言わされた、だな。『あたしは好きな人から告白してもらった方がいい』とかなんとか……ホント、わがまま放題でよ」

「航大さんが、いつまでもグズグズしてるからでしょ。南条さんにまで迷惑かけて、あの時、塔攻略のヒトたちも、みんな困ってたんだからね?」


 なるほど。

 この二人も一筋縄ではいかなかった、というより、一筋縄ではいかなかったから、今はこんな感じなんだな。

 そんな親方たちの過去話を肴に、酒杯を重ねて。


「そろそろ、お暇しますね」


 空がゆっくりと暗くなっていく頃、俺は腰を上げた。


「済まなかったな。話を聞くだけにするつもりだったんだがよ」

「塔入りは明後日なんで、ちょうどいい息抜きになりました。この次、来るときは」

「ニ十階攻略してからね。組のみんなも呼んでお祝いしよっか!」

「あんまり大げさにしないでくださいね」


 まだ酔いの残る体で、俺は甲山組の雑居ビルを出た。

 親方たちは門前で見送ってくれて。俺は頭を下げ、振り返ることなく、歩いていく。



「それで、帰ってきて酔いを醒ましてから、こうして日誌をつけてるわけだ」


 まとまった日誌には、十三階での行動のことだけ書いてある。一応、解散後に親方の事務所へ行ったことは、書き添えたけど。

 文城はずっと黙って、俺の話を聞いていた。

 そして、なにかを決心したように、口を開く。


「僕もね、今日、いろいろあったんだよ」

「俺がいないときに?」

「うん。紡君やしおりちゃんと、いろいろ話したりした。ニ十階が終わった後のこと」


 俺は日誌を閉じて、据え付けのコーヒーメーカーに歩み寄る。

 そうして、二人分をれながら、太いネコの模造人モックレイスに、先を促した。


「それから、お店に大川さんの使いの人が来て、お城に行ったんだ。紡君も一緒」

「なにか新しいクエストの依頼か?」

「そのことで、相談したいこと、あるんだ」


 振り向いた先、文城は落ち着いた顔で、こっちを見ていた。

 伝わってくるのは、穏やかな湖のような感情。

 相談、という言葉が、その先の結論を予感させる。


「ちょっと長くなるかもだけど、聞いてくれる?」


 それでも俺は、動揺を抑えて頷いた。


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