0、オーバーチュア
夜。
『パッチワークシーカーズ』の事務所。
俺は、窓際に置かれた書き物机に向かうと、結晶ランプを灯し、日誌を開く。パーティを結成してから約一年。その活動が記された大切な記録だ。
実際には、親方のところへ弟子入りしてから日誌のことを知って、慌ててつけるようにした、という経緯は脇に置くとして。
「さて、と」
俺は鉛筆を手に、一番新しいページを開き、日付を入れる。
二月二十二日。
模造の街のカレンダーが、地球準拠で制作されているのはわかってるけど、いまだにちょっとした違和感はあるな。
これを決めたのがPの館じゃなく、南条さんたち『ぱちもん通り商店街』だってことも驚いたことの一つだ。
時刻はP館の時計を準拠にしているけど、日付の決定は住民の意思に任せる。連中の支配の、奇妙ないびつさを感じる部分でもある。
「本日のメンバー、小倉孝人、福山文城、神崎柑奈、鶴巻紡、美幸栞。行動目的、二十階踏破目的のトライアル……」
それから、メンバーの健康状態と、本人たちに関する俺の所感を書き入れ、その日の行動やトラブルに関する内容を書き記す。
こういう情報の積み重ねが、安全の確保と実力の底上げにつながる。
行動記録の方法は『ぱちもん通り商店街』の初期メンバー、甲山の親方と山本さんが中心になって、地球での現場仕事を参考に作り上げたんだそうだ。
だが、ある程度、今日の行程を書いたところで、筆が止まってしまった。
「……むう」
首から下げていた時計を取りだして、目の前に掲げる。
一見すると普通の、どこにでもありそうな懐中時計。ただし、その竜頭の部分は、奇妙にゆがんだパーツがついていた。
十三階の裏トレジャー『歪曲の竜頭』。俺がこの街に来て、最初期から狙おうと思っていた強力なアイテムだ。
「孝人、おつかれさま。日誌、終わった?」
顔を上げると、お茶とおにぎりをお盆に乗せて、文城が事務所に入ってきていた。
「十階までのはな。今回は俺の個人クエストの締めがあったし、どう書こうかと思って」
「そっか。ラジオとかつけないの?」
「無音の方が集中できる……と思ってたんだけど。なんか、うまくまとまらない」
「大変そうだったもんね。今回は、一人攻略だったし」
そうだ。
今日の塔攻略は、かなり変則的だったんだよな。俺は別のメモ用紙に、思い浮かんだ要素を箇条書きにしつつ、相棒であるネコの模造人へ、お願いした。
「思いつく限りでいいから、俺のクエストで、気になったことを質問してくれないか? それに答えてけば、日誌の内容も、何とかまとまりそうだ」
「……それじゃ、うーん」
文城は俺に湯飲みを手渡しながら、尋ねてきた。
「どうして、そのアイテムが欲しかったの?」
そういえば、具体的な話はしてなかったっけ。俺がこれを欲しがった理由。
「否術を覚える前は、俺の能力って、みんなよりも弱かったろ?」
「……あんまり、そうとは思わないけど、孝人はそう思ったんだね?」
「直接攻撃の手段も、結晶武器頼りの不安定さだったからな。みんなみたいな隠し玉が、一つは欲しかったんだ」
時間停止の強力さは、最初の冒険で実感済みだ。上位ランクの実力者にも、時計の所持者は結構いるらしい。
「それに、できれば乙女さんに、ちゃんとした形で返却したいと思ってさ」
「……そっか」
「とはいえ、それも二十階攻略が終わってから。ってことになるだろうな」
否術の教育に特化した魔法学校のギルド『星の学堂』も、一月後には開校する。
そうなれば、しおりちゃんは学生の指導にかかりきりで、半年は戻らない。
今のメンバーで活動できるのも、あと少しの時間だ。
「……よし。あとは十三階での立ち回りを要約すれば、大丈夫かな」
「終わるまで、いてもいい?」
「結構、時間かかるぞ」
「うん」
ランプの光を反射した、ネコの丸い瞳がこっちを見つめてくる。俺は笑い、そのままノートに向き合った。
「じゃあ、話しながら書くから。眠くなったら寝に戻れよ」
「わかった」
そして俺は、書き記していく。
ニ十階踏破までの、忙しくて騒がしい、日常を。
れ・れ・れ第一部、最終章です。成長した冒険者たちがどう戦い、どう生きるのか。その姿をご覧ください。




