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REmnant・REvenants・REincarnation ~異世界転生日本人、魔界の最下層で生きていく~  作者: 真上犬太
Remnant case:06「Innocence(純真)」

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30、燃え立つ願い

 それは、たぶん常人が見ていい戦いじゃなかった。

 鮮烈で、凄絶で、強烈で、超然とした、激突。


「うおおおおおっ!」


 解き放たれたように、紡は縦横に剣をふるう。

 その刃は圧縮された炎、大気をき、地面を断ち、触れたものを塵に帰す。

 あんなものを防御するなんて、狂気の沙汰だ。


「ちぇえいっ!」


 そのはずなのに、コウヤは恐れもせず踏み込み、手にした刀で弾き、いなし、即死を免れない一撃を交わして、敵を切り裂く。

 だが、


「おりゃああ!」

「っ!」


 薙ぎ割かれた腹をものともせず、反撃する炎の剣に、たまらず竜が間合いを取った。

 すでに三間の余裕はなくなり、警戒するように遠間に飛び下がる。

 必殺のはずの刃は、全く通用していない。だって、今の紡は炎そのもの、斬ったところでダメージにならないから。

 

「楽しいなぁ」


 普通なら、相手のインチキをなじりたくなるだろう場面で、コウヤは笑っていた。


「こういうやり取りがしたくて、魔界の底くんだりまで、堕ちてきたんだ。わかるか?」

「わかんねえよ。でも、オレもここにきて、理想を手に入れた」


 考えてみれば、二人はどこか似たような存在だった。

 現代社会の中で、使い道のない殺人剣技を持て余していた、ろくでなし。

 ヒトではない何かになりたくて、自分の命をすり減らした、おろかもの。

 その二人が今、魔界の底の底に生み出された模造の街で、二度目の生を謳歌していた。


「こんなものは、くだらねえオモチャだと思ってた。造らせたはいいが、まともに使うとは、思ってなかったよ」


 いったい何を、そう思う俺たちの前で、コウヤの剣に異変が起きる。

 今までまとうだけだった刀の雷が、刀身の内側へと浸透していく。


「だが、今のお前なら! この『屠仏とふつ』の、全力をふるう相手に、ふさわしい!」


 それは刀の形をした雷と成った。

 掲げて、構えを蜻蛉に取る。


「いいぜ! 受けて立つ!」


 馬鹿みたいに真っ正直に、紡が叫び、剣を構える。

 全身が燃え上がり、その色が、元の毛皮を思わせる白に輝いた。

 赤竜と白狼、互いが互いを睨み、


「ちええええええええええええええええっ!」


 神鳴りが、神速で踏み込み、


「あああああああああああああああああっ!」


 爆炎が、怒涛になって襲い掛かる。

 俺は全身全霊で、二人の激突を『視た』。



 初撃――打ち下ろす雷の刃。炎の左半身が断ち落とされ、残った右側が竜の胴を薙ぎ、小さくない火傷を刻み込む。


 二撃――帰す刃で振り上げ、斜め下から打ち込む炎剣。すべてを体を開いて受け流し、頭上高く、上段から振り下ろす雷の刀。


 そしてかち合う、三合の交錯。

 雷と炎の、実体を持たないはずの刃と刃が、互いの間で鍔迫り、火花を散らす。

 すべては互角。そう思えたのは、一瞬だけだった。


「な……なんで!?」


 紡の体が、少しずつ削れていく。爆ぜる雷に、瞬く青の光に、炎が喰われていく。


「おそらく――相性。聲は世界を操るもの。でも、私たちが知る世界の法則を、無視することもないんです」

「……そうか! 電磁界か!」


 しおりちゃんの言葉に、誰よりも早く反応できたのは北斗だった。


「炎は、突き詰めればプラズマ、強い電気によって干渉される存在」

「そして、あの刀は雷、電気そのものを扱っています。だから」

「あの姿になっても、あいつの不利は変わらないってことなのか!?」


 高まる気勢と、ほとばしる雷。

 笑う竜が、抗う狼を押し込んでいく。


「どうした! これで終わりか紡! ここで、死ぬかぁっ!?」


 喰われ、削られ、紡の支える腕が、踏ん張る足が、左の半面が、はじけて消えていく。

 残った右目が、静かに閉じられ、


「負けて――たまるかあああああああああああああああああっ!」


 燃える。叫びとともに炎の狼が燃え上がる。

 白く燃え立つ全身が、冴え冴えとした蒼に染まっていく。

 暴力的な噴流が、喰らいつく電撃と竜を弾き飛ばした。


「神竜、疾風っ」


 剣の切っ先を背後に回し、腰だめに構え、


「天、狼、断っ!」


 それは、蒼く輝く神狼の、暴威。

 駆け抜けた背後に、赤い竜を置き去りにして、すべてを切り裂く炎が、ほとばしった。

 火焔が荒れ狂い、敵を喰らい尽くす。

 残されたのは、鉄を思わせる刀身に戻った、一振りの刀のみ。


「…………」


 誰も、言葉を発しなかった。

 それまでの闘争が嘘のように、静まり返って、きな臭い残り香りだけが漂う。

 奇跡の逆転。

 それでも、この結末に、何を言えるんだろう。


「紡さん!」

「しおりちゃん!?」


 たまらず飛び出したしおりちゃんの後を追って、俺たちも闘技場に降りる。

 取り残され、茫然とたたずむオオカミの炎に近づき、トリの模造人モックレイスは必死に声をかけた。


「聞こえますか!? わかりますか!? 意識は、自己認識は――」

「あ、しおりか。ごめん、なんかちょっと、ぼっとしてた」


 なんて言いつつ、相変わらず本人は蒼く燃えたまま。俺も遅まきながら、紡の問題に気付いていた。


「いや紡! お前! その体!」

「から、だ……って、なんかオレ、燃えてんじゃん!? ちょっとみんな、危ないから下がって下がって!」

「そんなことより紡さん! 元の姿に! 今すぐご自身の原型アーキタイプを、強く意識して」

「そっか。えっと、こうかな?」


 スイッチでも切るみたいに、紡はいつもの白い毛皮に戻っていた。

 砕けていたはずの手も、傷ついた体も、すっかり元通りで。

 しおりちゃんは、両の羽を口元に当てて、絶句。


「なんかおかしいと思ってたんだよなー。途中から斬られても全然痛くないし、できると思ったことが簡単にできちゃうし。でも、こういう、思いつきですぐやっちゃうのが、よくないんだよな。ごめんな、孝人。せっかくいろいろ教わったのに」


 そ、そういうことじゃ、ないんだよなあああああああああ。

 こいつ、自分がなにをやったのか、さっぱり理解してねえええええっ。


「つ、紡さん、いったい、どのようにして、ご自身を、火に」

「よく覚えてないんだけど、オレの否術ディナイアルで、全身に刻んである火を、全部使おうって感じでさ。そうしないと、コウヤさんには勝てないから。そしたら全部答えてくれた、みたいな?」

「じ、自己認識、自己保存、そういったものは、どうされたの、でしょうか。火である部分と、紡さんご自身の、区別、などは」


 パニック寸前のしおりちゃんに、バカはあっけらかんと答えた。


「だってオレ、火じゃないし。オオカミの模造人モックレイス、鶴巻紡だぜ!」 


 轟沈。

 この街屈指の才女、否術ディナイアルの第一人者にして、魔道の災禍とあだ名された賢者の少女は、天与の才(てんねんバカ)の論法に打ちのめされ、敗北した。

 地面に突っ伏したしおりちゃんに寄り添うと、俺は紡に告げた。


「紡、お前のそれはな、聲そのものになるって、とんでもない魔法なんだよ」

「聲そのもの……オレが?」

「その力と似たものを、見たことがある。天の竜の一つ柱、"瞋恚炎"のソーライア。火を司るドラゴンと、同じことをやったんだ」


 当惑、驚き、そして、大興奮。


「ど、ドラゴンと同じ!? マジで!? うおおおおおおおおおおおおおおお!?」

「……ウン、ソウダネ、ソウナルトオモッテタヨ」

「ヤバいヤバいマジヤバい! うあああああああ、ドラゴンの力とか! なんかこう、いい感じの技名とか考えないと!」

「ホント、マジか、だよ。こんなクソバカに、久々の土付けられるとかさあ」


 その声に、みんなが振り返る。

 立っていたのは、いつもの着流し姿をした赤い竜の男。

 コウヤは突き刺さった刀を取り上げると、鞘に収めた。


「コウヤ、さん。あの、オレ」

「殺し合いだっつったろ。別に恨んだりしちゃいねえよ。そもそも、俺は死ねないしな」

「へ?」


 驚きの一言に、誰もが先を知りたがる。

 その視線を、鬱陶うっとうしそうに眺めやると、吐き捨てるように告げた。


「ギフテッドだよ。奴と契約して、死なず老いない体を貰ってる。制約はあるがな」

「ど、どんなやり取りしたら、そんなことができんだよ!?」

「ひ・み・つ」

 

 ぬうううう、このブラおじが。事が済んだらまたそのキャラか。とはいえずっと剣鬼モードってのもなんだしなあ。


「おい孝人」

「え、あ、はい」

「わかってんだろうな。今回は、たまたま、うまくいっただけだからな」


 厳しい叱責で、一刀両断。

 俺は深々と頭を下げた。


「甘さを捨てろ。予断を持つな。てめえの判断で、仲間を、亡くしたくねえならな」

「肝に銘じます。申し訳ございません」

「とはいえ、だ」


 顔を上げると、思いもよらない、快活な笑いがあった。


「久しぶりに、ひりつく命のやり取りができたぜ。その点だけは、お前に感謝だな」

「ぜ、全然うれしくない……」

「そう思うなら精進しろい、パーティリーダーさんがよ」


 檄を飛ばして、去っていくコウヤ。

 俺は改めて、あいつの言葉を思い出していた。

 無茶な冒険の先に、否術ディナイアルを手に入れて。Pの正体を知って、街に一つの変革を付け加えた。

 でも、俺はちっぽけなネズミで、できることどころか、間違うことの方が多くて。

 勘違いしないように、気を引き締めていかないと。

 

「また考え事か? 孝人」

「俺がもっとしっかりしてたらな、とか、な」

「だから、一人でしょい込むなって」


 かげり一つもない笑顔で、紡は俺の肩を叩く。


「パッチワークって、つぎはぎってことだろ? みんなで、ちょっとずつ、できるところをくっつけあって、でかい布にする」

「それがバラバラにならないよう、しっかりしろって言われたんだよ」

「なら、オレはもっと強くなる」


 白いオオカミは空に手を伸ばし、万歳をするように広げた。


「強くなって、誰かを守って、一緒に冒険して、そんで、もっと冒険するんだ!」


 ほんと、子供かよ。

 でも、そんな風に言える、底抜けに明るい紡が、まぶしかった。

 なんて思ってると、


「あー、でも、その前に、さ」

「どうした?」 


 困ったように笑いながら、紡は軽く腹をさする。


「腹減った。朝からなにも喰わずに動いたから、もう死にそう」

「んじゃ、飯食いに行くか。戦勝記念だ、おごるよ」

「おおおおおおおっ! んじゃ、みんなで行こうぜ! って、もうEAT UPて開いてるかなあ」


 そのあと、なんやかんやでぱちもん通りに行くころには、俺たちや顔見知りだけじゃなくて、闘技場に来てた奴らや、うわさを聞いたヒト達が集まって、大宴会になった。

 同時に、なし崩し的な形で否術ディナイアルの説明やら、魔法学校の設立の話が広げられ、騒ぎは収拾がつかなくなるほどだった。


 そして、瞬く間に、時は過ぎて。

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