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REmnant・REvenants・REincarnation ~異世界転生日本人、魔界の最下層で生きていく~  作者: 真上犬太
Remnant case:06「Innocence(純真)」

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29、死闘

 痛い。

 痛い痛い痛い痛い――いた、


「くねええええっ!」


 オレは叫んだ。

 もちろん痛い、めっちゃくちゃいてえよっ。

 だってオレの左手、ぶった切られてるもん! それでも、ダメだ!


「うるせえ」


 赤い竜から斬光がほとばしる。それを必死にかわす。

 分かってる、手加減されてる、舐められてる。でも、だからこそ。


「っがあっ!」


 まだ無事な右手を振り回す。相手の頭に振り下ろして、連続攻撃を止め――


「駄目だ、話にならん」


 その時、オレは見た。

 相手の刀が、俺の剣に張り付くみたいにして触れ合って、頭上で円を描くみたいに動いて、弾き飛ばされていく。


「はい、終わり」


 がら空きの胸板に、斜めに降ってくる刀。

 オレの見ている世界が、ゆっくりになって、引き延ばされて、その猶予を使って、本当にギリギリで、避ける。

 切っ先が浅く体を斬って、それでも、生きてる!


「くっそおおおおおっ!」


 飛ばされた剣をしっかり握り、足元から襲い掛かる殺気を、押しとどめる。

 弾ける火花、ぶつかる剣と刀。

 今度こそ、止め――


「残念」


 今まで目の前にいたはずの赤い体が、いない。

 でもわかる、風がオレの左半身から匂う。殺意が、殺意が、何処からくる!?


「こ、っちだあああっ!」


 左半身の左わき腹、そこに盾みたいに剣を置く。壊れた左腕で支える。

 強烈に響く重い音。体にめり込むオレの剣。それでも、まだ生きてる!


「おお、見えてきたか? そりゃよかった」


 ぷつん。

 そんな音が、左目からした。

 一瞬で視界が真っ赤になって、左が分からなくなる。目を斬られた。


「がんばって避けろ。次は右な」


 そうだ。左目を奪ったら次は右、分かってる、けど。

 ぷつん。


「う」


 世界が真っ赤になる。生臭い血が涙みたいに流れて、毛皮を汚していく。

 見えない、何も。


「こんなもんか」


 心底呆れた、相手の声。

 それでも剣を必死に構えて、絶対にあきらめ――


「じゃ、死んどけ」


 構えたはずの右手ごと、オレの体が、斜めに断ち切られていた。



 血ダルマになったオオカミが、膝を突く。

 左手は吹き飛び、右手は半ば斬り砕かれて、そこから命の要素が、流れ落ちていく。

 そのすべてに背を向け、竜の男は懐紙を取り出し、刃の血をぬぐうと、空に放り投げた。

 そして、体を舞うように動かして、納刀する。


「なあ、小倉孝人」


 殺人の現場から、俺を糾弾する声が響く。


「何を期待していた? こんな餓鬼を焚きつけて」


 その顔には、憎悪があった。

 交じりっけなしに、俺に対しての。


「なんなんだお前は? この世界を、物語か何かと勘違いしたのか?」


 何も言えない。

 だって、あいつの後ろには、俺の考えなしのせいで、死んだ、仲間がいて。


「大層な冒険だったそうだな。地球に行ってきたんだって? そこで、なんやかんや、幸運を拾ったと。そりゃけっこう」


 そうだ。俺だって、死ぬような目にあって、でも。


「別に、自分の命を掛けるのはいいやな。そこのトリのお嬢さんは、頭の中までイカレきってるから、そういう博打にも乗ってくれるだろうさ。だがよ、こいつは違うだろ」


 怒っていた。

 自分が殺したくもない命を、殺させられたと、そう言っていた。


「その目で、どんなものが『視え』るか知らんがな。圧倒的な実力差を感じられない程度のものに、何の意味がある」

「分かったよ! 俺が全部悪い! 俺のせいだ! だからそこをどけ!」

「それを、獄層のバケモノどもにも言うつもりか? おまえが選んだのは、そういう道だ」


 ああ、畜生。

 そんなこと、言われなくても分かってる、けど。

 言葉に詰まった俺を嗤い、コウヤは見知った者たちをなじっていく。


「おい北斗、いつものマキャベリズムはどうした。こういうしょうもない損失は、お前が一番嫌ってたろうが。佐川、テメエも何だその顔は、オレを睨むのは筋違いだろ」


 本当に、深々とため息をついて、赤い竜は残酷に断じた。


「仲良しこよしの冒険ごっこなんざ、よそでやってくれ。これでも憐憫くらい持ち合わせてんだぜ。弱っちいクソザコが、身の丈に合わない世界に踏み込んで、死ぬ姿なん――」


 身をひるがえして、コウヤは三間の間隔を取った。

 赤いまだらに染まった、白い姿が、立ち上がっていた。


「ごちゃごちゃ、うるせえよ」


 折れた剣を、砕けかけた右手で握り、


「あんたが、オレをどう言おうと、構わないけど」 


 怒りと憤りをみなぎらせたオオカミが、吠えた。


「オレの仲間を、友達を、悪く言うんじゃねえ!」

「戯れるな、弱者」


 文字通り、すべてを払い散らす横薙ぎの一撃に、剣が吹き飛んだ。

 でも、生きている。


「黒と、白だ。ぐるぐる、めぐってる」


 血を流しながら、倒れそうになりながら、両目も完全につぶれているのに。

 

「鉄と、血の匂い、雷、の音」


 抜き放ったコウヤの一撃が、構えた紡の体を切り裂いていく。

 そのすべてが、白い毛の束を吹き散らすだけ。


「ああ。それが『視る』って奴か。だが、心眼程度が身についたところで、無駄だ」


 言いながら、収めていた刀を完全に抜き放つ。

 そして、肩口に構える。

 紡も練習の時にやっていた、基本の構え。その名前を、思わず口にする。


蜻蛉とんぼ


 常陸国から伝承され、薩摩の益荒男によって磨き上げられた、斬獲必死の技。

 その切っ先は、天にひらめく稲妻に等しい速さと謳われた一撃を生む。

 回避も防御も許さず、一刀にて殺すという意思。


「至らぬ身で死合った、己の不明を悔いて、死ね」


 光が、再び奔る。

 その刃に青い雷光が宿り、大気を裂き、肉をいた。

 そう、確かに天の雷は、紡の体を通り過ぎた。はずだった。


「我、三条の意志により、万難に抗う者」


 右半身が焼け焦げている。刀が肩口にめり込んで、その中途で止まっている。

 裂けた右腕が死を押しとどめ、潰れているはずの両目が、敵を睨み据える。


「すなわち、不撓ひるまず不屈くっせず不退転しりぞかず!」


 初めて、コウヤの顔に焦りが生まれた。

 刀を抜こうと力を振り絞り、同時にすべてが無駄だと悟る。

 なぜなら、残った紡の左腕が、その体を全力で締め付けているから。


「てめえ、ふざ――」 

「――超紅蓮!」


 真紅の柱が、吹き上がった。

 すべてを焼き尽くす炎の聲が、闘技場の中心で炸裂する。

 熱の乱流が吹き荒れ、観客席にいるすべてのヒトビトをあぶり、吹き抜ける。


「ふざけんな!」


 その炎を、脱出した赤い竜が、にらみつけていた。

 身に着けていた着流しは焼け落ち、帯と下半身の部分だけが残っているだけだ。


「だから、そういうことをさせないために、教えたんだろうがよ!」


 悔し気に顔をゆがめ、コウヤは吠えていた。

 

「そういう、安っぽいヒロイズムなんざ、死んだらそれでしまいなんだよ! それを分からねえ奴が――」

「――言いたいことはわかるよ。でもさ」


 逆巻いていた炎が、揺らいで収束していく。

 赤々と燃える熱の柱から、歩み出てくるのは、燃えるようなたてがみをなびかせた、炎のオオカミ。


「だからって、オレの気持ちを、やりたいことを、否定されるのは嫌だ」


 信じられないものが、俺の目に映っていた。

 紡が『聲』になっている。


「孝人、さん。分かりますか? 紡さんの、あの姿は、まるで――」

「――"瞋恚炎しんにえん"」


 ジョウ・ジョスに埋め込まれた炎の聲。それを紡は自分の否術ディナイアルで、制御しようとしていた。

 その火は今や、紡そのものになり、一つになっていた。


「でも……ごめんな。なんかオレ、こんな風にしか、できないんだ」


 悲し気に告げる紡にコウヤは目を見開き、それから呆れたように笑った。


「ああ。そうか、お前はそういう奴だったのか。物語の主人公、ピンチの時に覚醒して、みんなを救うヒーローってか」

「どうかな。でも、もしそうなれるんなら、なんだってやってやる!」


 炎のオオカミは右手をかざし、叫ぶ。


「出てこい俺の剣! 爆熱神狼剣ロードブレイザーッ!」


 吹きあがった火が具象を生み出し、炎熱の刃を持った剣に変わる。

 何もかもが規格外の、とんでもない存在。

 そのすべてを目にして、赤い竜の男は、鮮やかに笑っていた。


「ああ、そうだ。それでいい、そうこなくちゃな!」


 剣士の手にした刀が、闘志に呼応して蒼く輝き、稲妻をほとばしらせる。

 そして、挑むように声を上げた。


「我が名は岩倉嚆矢いわくらこうや! 家伝岩蔵流の末席汚す、外道外連の外れ者。冥府魔道を征く、ただ一匹の剣鬼なり!」

 

 威を発し、気を圧する大音声だいおんじょうの名乗りに、炎が燃え盛って応える。


「鶴巻紡! またの名を、聖竜天狼騎士団長ブラン!」 


 意地と誇りを掲げた、二人の剣士が、


『おおおおおおおおおおおおおおおおっ!』


 光とともに、激突した。

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