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REmnant・REvenants・REincarnation ~異世界転生日本人、魔界の最下層で生きていく~  作者: 真上犬太
Remnant case:06「Innocence(純真)」

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27、最後の頂

 結局、コウヤが見つかったのは、深夜の『ナイトホークス』だった。


「お前さぁ、てなもんやのメッセンジャーとか、確認しないのか? めちゃくちゃチケット切りまくったんだけど?」


 スツールに座りゆったりと酒をたしなむ赤い竜は、俺たちの顔を見て、鼻で笑った。


「本人じゃなく、人づてで呼びつける用事なんざ、大したことじゃねえだろ。そんなもんに関わってられるかよ」

「こ、この、天下御免の向こう見ず、ろくでなし三度笠の忘八ぼうはちモンがぁ」

「コウヤさん、話があるんだ」


 紡の言葉に、さすがのブラおじもグラスを脇に退け、聞く姿勢を取る。

 それから、口元を緩めた。


「なるほど。その様子じゃ、お前に欠けてるものがなにか、わかったか」

「オレ、ガキだったと思う。自分が使ってる力も、やってることの意味も、なにも考えてなかった」

「そこまで言えりゃ上出来だ。少なくとも、わけもわからず、はしゃいで跳ねまわってる頃よりゃな」


 それっきり、俺たちから視線を外すと、のんびり酒を味わいに戻ってしまう。


「マスター、サラミある? あとなんか適当に濃いヤツ、ロックで」

「えっと……それ、だけ?」

「他に何があんだよ。お前は怖いもの知らずで、向こう見ずのガキだった。このまま行くと死んじまいそうだからアドバイスした。それでおしまいだろ?」


 ちょ、ちょっと待て! あの言葉って、わかったらなにかこう、いろいろと進行するイベント的なものがあるんじゃないのか!?


「い、いや、その、相談に乗ってくれ! 今、紡の力が使えなくなって」

「だから?」

「その、お前なら、なにかどうにかする方法とか」

「しらねえよ」


 取り付く島もない、って言うかコイツ、なんなんだよ。


「文城のときは、あんだけ親身になってたろ!? なんで紡はダメなんだよ!」

「……あのなあ、孝人さんよ。なんか勘違いしてねえか?」


 心底嫌そうにコウヤは、俺をにらみつけた。


「文城は自分の命と誇りを掛け、仁と礼を尽くして教えを乞うた。腐っても八徳を旨とする武門の端くれだ、俺はそれに応えた」

「だったら、コウヤさん、オレにも」

「お前にはもう授けたろ。そして、自分の分を思い知った。しかも、例の影に会って、生きて戻ったんだろうが」


 その指摘は、確かに正しい。もし、コウヤが紡の危うさを指摘していなかったら、今回の一件で死んでいたかもしれない。

 紡だけじゃなく、例えば俺か佐川さんまで犠牲になっていたかも。


「ついでに言っといてやる。俺はな、聞けばなんでも無償で教えてくれると思ってる、アホ面下げた現代人てのが、だいっきらいなんだよ」


 赤い竜の顔は、酷薄だった。

 その横顔は天の竜、尽きない怒りを湛えた、火のドラゴンを思わせるものがあった。


「テメエは血の一滴、汗一粒も流さず、他人が奉仕するのを当然と考えてるアホども。金さえ積めばどんな結果も、技術信念手間労苦、一切合切無視して、気楽に手にできると勘違いした、頭でっかちのクソガキがな」


 それは、誰に向かっていた怒りなのか。それでも、コウヤの背後にある、怒りとやるせなさにつながった、強烈な嫌悪だった。

 怒りの稲妻にうたれて、さすがの紡もうなだれてしまう。


「俺は課題を出し、お前は提出した。結果は花丸だ、百点くれてやる。分かったらとっとと帰れ。甘ったれのクソガキが」


 無慈悲だが、当然の返答だ。

 紡が無言で頭を下げ、狭いカウンター席を通り抜けていく。

 でも、俺はこのやり取りに、覚えがあった。


『払うもんがねえ? マジで言ってんのか? そういうことじゃ、ねえだろ?』


 あの黒い竜。大飯ぐらいで傲慢で、道理に厳しいくせに最後には、どこか甘いあいつのことを、思い出していた。


「紡!」


 そもそも、紡をここまで連れてきたのは俺だ。そして、コウヤはきっと、紡の行き詰まりを解決するカギになるはずだ。

 だったら、後は全力でアシストする。

 

「ど、どうした? オレなら、もう」

「お前は、どうしたい」


 席に座るコウヤの目が、俺を睨む。

 だが、あいにくだったな、俺は地球で本物の『竜』の怒りを浴びてきたんだ。そのぐらいの恫喝でビビってたまるかよ。


「こいつはずっと、ヒントを言ってきたんだ。本当なら、お前ひとりで、コウヤを探すべきだった。教えを乞うなら、すべてをなげうつ覚悟を持てって。だからごめんっ、後はお前次第だ!」


 素早く壁際に引き下がり、黙って顛末を見ることに徹する。

 奇しくも文城の時と似た流れ。

 でも、あの時とは状況も問題も違いすぎる。


「言っとくが、師匠役なんざ、もうやる気はねえぞ。どんな報酬積み上げようが無駄。渡世の義理も人情も品切れだ。そういう下らねえしがらみにうんざりして、俺はこんな異境の果てに流れてきたんだからな」


 そんなコウヤの前に、一杯の酒が提供される。

 おそらくはウィスキーだろう。大ぶりなタンブラーにロックアイスが一つ。琥珀色の液体は指一本分(ワンフィンガー)


「オレは酒を飲みに来たんだ。そして、テメエらはその楽しみを邪魔してる。これ以上興を削ぐなら、分かってんだろうな」


 一時、店内は静かになった。

 ときどき、店の外を取りすがる影があったけど、俺たちの異様な雰囲気に押されて、入ってこようはしなかった。

 コウヤは静かに酒を味わい、


「コウヤさん」


 竜は答えない。答えない竜に、白いオオカミは、切り出した。


「オレと、決闘しろ」


 大きく、深く、コウヤは息を吐いた。


「理由がねえ。ザコを斬る剣なんざ、持ち合わせがねえよ」

「日本刀持ちの影、勝ったことあるんだろ」

「勝ったことがある、じゃない。全戦全勝だ」


 俺は忘れてしまったが、十一階で出会った影のレアエネミー。その中で、最も強いとされた日本刀の使い手を圧倒したってのか。


「ついでに言っとくが、その取り巻きもだぞ。まあ、斧と弓はザコもザコ。妙な腕の奴はそこそこ楽しめたがな」

「ま、マジかよ……」

「なら、オレも、挑戦する資格、あると思うぜ」


 そういえば、紡は日本刀持ちと戦ったって聞いたけど、最終的にはどうなったんだ。


「柑奈の援護もあったけど、ちゃんとオレが、とどめを刺した」

「……ほお?」


 コウヤの目の色が変わった。その双眸そうぼうは、薄暗いバーの空間で金色に輝いている。


「お前、自分が何を言ってんのか、分かってんのか?」

「師匠になってもらえない、相談するのもダメ。だったら」

 

 竜の目を真正面から見据えて、白いオオカミは決然と言い放った。


「戦って、そこから掴みとる。それなら、文句ないだろ!」


 一瞬だけ、コウヤの視線は宙をさまよう。

 なにかを思いめぐらせるように、それからグラスの酒を飲み干した。


「お前の力が使えなくなったことと、俺との決闘。何の因果もねえ。それでもか」

「さっき、孝人から、オレはどうしたいんだって聞かれた。その答えだよ」


 その顔には、いつもの明るくて、どこかおっとりした感じの表情はない。

 あるのはただ、何かを執拗に追い求める、獣の闘争心があった。


「さっきは、影の剣士にとどめを刺したって言ったけど、正直、勝ったとは思えない。もう一度やれば、わかんないけど。でも、いつ会えるか分からない奴を探す時間もない」

「それで、あいつよりも強い俺に挑んで、自分の強さを証明したいって?」

「負けたく、ないんだ」


 それは熱のこもった声。紡の内側にある炎が漏れ出したような意志が、俺の背筋をなぶっていく。

 

「ここに来て、剣を持って、戦ってきて。それは全部オレの意志だ。ダンジョンを攻略する、みんなを守る、そういう自分でいたいから。まずは、与えられた力よりも先に、自分の力を、もっと強くしたいんだ!」


 立ち上がり、俺たちの先をすり抜けていくコウヤ。

 って、いつの間にだよ!?

 あいつの体格は紡以上で、長い尻尾だって引きずってるのに、俺たちに触れさえしなかったぞ。


「赤点ギリギリだな。だが、まあいいや」


 店の戸口に立ち、肩越しに振り返った顔には、酷薄な殺意があった。

 いい加減な遊び人の仮面は剥がれ落ちて。

 残ったのは、立ちふさがるすべてを殺す、人斬りの顔。


「明朝、払暁のころ、闘技場で待つ。死にたきゃ来い」


 静まり返った空間に、遠い潮騒のような低音のジャズが、揺蕩っていた。

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