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REmnant・REvenants・REincarnation ~異世界転生日本人、魔界の最下層で生きていく~  作者: 真上犬太
Remnant case:06「Innocence(純真)」

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24、ロストメモリー

燕頷投筆スタッガーストライク!」


 投げつけた鉛筆が、それぞれの影に飛ぶ。

 斧使いは正面からガード、弓使いは素早くバックステップ、こっちに背を向けていた剣士をかばうように、異形が腕で攻撃を叩き落す。


「佐川さん!」


 強烈な血の匂いが、白けた空間に漂い、カーペットの赤がどす黒い血の染みで汚されていく。それでも、こっちの声に答える様子がない。

 ダメだ、最悪を想定するな。ただ気絶しているだけ、あるいは失血で身動きが難しいだけだ。


「紡!」


 俺の叫びにはじかれたように、影の剣士がつばぜり合いを解き、バックステップ。

 と、思った瞬間。


「おおおおおおおっ!?」


 空間をえぐりぬくような突き。脇に構えた姿勢に転じた影が、無呼吸の三連撃をオオカミに叩き込んだ。

 それでも、弾き、いなし、何とか持ちこたえる紡。

 って、なんだあの影、明らかに他の個体と動きが違いすぎる!


『異常に動きのいい、日本刀らしい武器を使うのが出る。ひところ、ここのフロアにコウヤさんが入り浸ってたことがあったよ』


 ってことは、あのエネミーは、コウヤがスパーリングパートナーに選ぶぐらいの、メチャ強キャラってことか!?

 なんとか加勢に、


「ダメだ! 孝人!」

 

 必死に剣を振りかざし、剣士の攻撃をいなす紡が叫ぶ。


「こいつはオレじゃないと無理だ! お前はにげ――!?」


 互いの剣が絡み合い、影の一撃で紡の手から、武器が天井へと跳ね飛ばされた。

 しかも、無防備になったオオカミの胴体に、振りかぶった斧の一撃が殺到する。


「つ、む」

「うがああああああああああっ!」


 突然、起き上がったオーガの巨体が、体ごと影の戦士を壁に叩きつける。もつれ合って地面に倒れ伏す佐川さんに、怪異の腕が振りかぶられた。


「やめろってんだよバケモンがぁ!」


 投げつけた鉛筆をガードした影の怪異。その顔のない頭部が、俺に、向けられた。

 敵意も殺意もない、ただ俺を殺すという意思を、表して。

  

「……っ!」


 霊的視覚を全身に展開、目の前のバケモノに集中。

 視覚、聴覚、嗅覚、触覚、すべてを回避に費やすしかない。

 その姿が、消えた。


「――く」


 目の情報を捨てる。右半身の皮膚感に広がるおぞましい死の味。音が見える、振りかぶる赤い腕が、右の顔面をえぐる軌道で、明確に匂い立つ。


「――そ」


 熱ときな臭さが俺のマズルをかすめ、一撃が空を切る。

 極限まで引き延ばされた時間の中、追いすがる炎の連撃が、地面を掘り起こすように、腹を裂く軌道で振り上げられた。


「――が」


 最大速度でバックステップ。

 筋肉を使い潰すような神速の回避をあざ笑い、ズボンと右の内太ももが、熱の線によって切り裂かれる。

 それでも、胴体は身に着けた皮鎧を破っただけ、腹も内臓も何とか無事。


「――あああああああっ!」


 魔法のような動きで、俺の腕が背中の棍を引き抜き、螺旋を描いてバケモノの胴体に叩き込んでいた。

 同時に、三撃目の横殴りが、俺の意識ごと体を壁に叩きつける。


「ぐうううううっ!」


 たった一撃。それだけで、体が動かなくなった。

 左半身に痺れと痛み、右太ももから流れる血、打撃を喰らったところに、脈打つ激痛。

 右目が開かない。

 左目も衝撃と痛みでかすむ。

 曖昧になった世界の向こうで、俺の棍で貫かれた影が、音もなく消え去っていくのが、何とか分かった。

 でも、このままじゃ、まだ。


「孝人!? 孝人! ちくしょうっ!」


 紡の叫びが、ぼんやりと聞こえる。

 斧使いが倒せていたとしても、無傷の弓使いが残ってる。二対一じゃ、いくらあいつでもマズい。

 でも、俺ももう、いしき、が。


「――!」


 誰かが、別の誰かが階段から上がってくる。

 独特な足音、重さ、それが柑奈だと思った時、俺の体から力が抜けていた。



 白い天井があった。

 鼻の中に入り込んでくるのは、奇妙に人工的な異様な臭気。

 体を起こす。


「あれ?」


 見知らぬ部屋。寝ているのはベッドで、枕元に近いところにあったテーブルに、水差しとグラス。

 喉が渇いていた。中身を注いで飲む。


「……なんだ、これ?」


 よくわからない。

 なぜと問う感覚が空転する。


「……■■!」


 その時、部屋の扉を開けて、誰かが入ってきた。

 大きな背と、太い体。

 これは――誰だっけ。


「お、起きたの、大丈夫!? 体、痛いところ、ない!?」

「ちょ……ごめ……その」

「どきな、治療の邪魔だよ」


 その姿を押しのけるように、小さな背丈の誰かが、顔を近づけてくる。


「やっぱり見当識障害だね。まったく、だからあんなもの、使いたかないんだ」

「え……なに、を」

「あんた、自分の名前、言えるかい」


 自分、自分の、名前。


「ゆっくり、落ち着いて、自分に聞くんだ。いいかい、あんたの名前は?」


 自分の名前、その言葉に、何かが浮かび上がって。


「こ、こくら、こうと」

「じゃあ、あんたの前にいる、このでかいのは?」

「……ふみき?」


 そこでようやっと、世界にかかっていたもやが、晴れた。


「文城、お前、なんで」

「よ、よかったぁ! 孝人、ちゃんと覚えてるよね、僕のこと、わかるよね!?」

「……う、うん。でも、なんで」


 突然世界が、すべてかみ合って、でたらめに記憶が浮かび上がる。

 文城――模造人モックレイス、三根先生――ここは病院、病室、でもなんで。


「患者の自己認識回復を確認。ほれ、あんたは外に出てな」

「で、でも」

「記憶の整復に、余計なノイズになるんだよ! とっとと下がりな!」


 しょんぼりした文城が追い出され、俺は一杯に広がるでたらめな記憶の羅列に、頭を抱えた。

 いろんなことがぐるぐるする。

 しかも、感情のタグ付けを無視して、不必要なクローズアップや、唐突なフェイズアウトを繰り返して。

 過去と現在、未来がごっちゃになる。情報の洪水で、息が詰まる。


「せんせ、せんせいっ」

「なんだい」

「おれ、どうなって」

「考えるよりも、口にしな。思考ってのは、考えたから言葉になるんじゃない、言葉にしたから、考えとしてまとまるんだ」


 言葉。


「カレー」

「どう思う?」

「食いたいなって、でも、ここは、そうだ、モック・ニュータウン、ゴブリンPの奴、ほんとムカつくな。あれ、そうか、クリスさんとこなら、えっと、今、何時ですか」 


 言葉にしながら、それが持っていた意味や、時系列が、少しずつまとまっていく。

 まるで自分という巨大なフォルダが、中に入っていた情報ごとぶちまけられ、それをひとつひとつ拾って、整理しなおすように。


「改めて聞くよ。あんたの名前は」

「……小倉孝人、ネズミの模造人モックレイス。ムーラン・ド・ラ・ギャレット所属の冒険者パーティ、パッチワーク・シーカーズの、リーダー」

「時系列認識の回復を確認。まあまあだね」

「あ、あの!」


 過去と今がつながり、自分が誰かも思い出した。

 そして、今一番聞きたいことは。


「なんで俺、病院にいるんですか?」


 三根先生は肩をすくめ、逆に尋ねてきた。


「それなら、あんた、今日の朝から何をしてたか、思い出せるかい?」


 考える。

 今朝の記憶、今朝の記憶、今日の記憶、外はもうすぐ夜で、今日の記憶。今日の。


「……なんで」


 なんで、全然思い出せない? 俺は今日、いったい何をしていた?

 ウサギの先生はため息をつき、憂鬱な顔で告げた。


「短期記憶の喪失を確認。そいつは薬の副作用だ、諦めな」

「く、薬って……なんの」

「リザレクトポーション、蘇生薬ってやつさ」


 その、奇跡のような名前を、忌まわし気に告げる。

 

「あんたは今日、塔の攻略で瀕死の重傷を負った。そこからの生還と引き換えに、過去の一部を失ったんだよ」


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