23、総崩れ
初日の懸念をよそに、俺たちの攻略は思いのほか、順調に進んでいた。
紡自身も、自分の力を過信するわけでもなく、必要な時に必要なだけ使うというのを守っている。
元々の性格がいいから、何か特別な事情がない限り、極端に走ることもないんだけど。
「超紅蓮爆裂波!」
あっけないぐらい簡単に、巨大なゴーレムの体が崩れていく。
すでに炎のコントロールは完全に身に着けていて、俺たちが同じ空間にいても問題なく使用できていた。
「ほい、これでアンカー十一個目。そろそろ十三階の攻略、行ってもいんじゃね?」
「そうだな。あそこの裏トレジャーが、俺の個人クエストでもあったし」
この街に来た時、乙女さんから貰った『永久の金時計』には、時間停止の能力が備わっていた。ただし、それは十三階の裏トレジャーである『歪曲の竜頭』が必要になる。
五階のゴーレム討伐に関しては、紡と柑奈を中心に回して、ときどき俺や文城が試すようにしていた。
「それなら、今日は十三階攻略に入るという感じだな」
「そうですね」
俺たちは荷物をまとめ、いつも通り階層を上がっていく。その途中で、柑奈が疑問を投げてきた。
「リーダー、これっていったん外に出て、直接十二階に入るのはナシ?」
「初めから十階以降にトライする予定ならな。佐川さんの参加条件、プラチケ取得が入ってるの、忘れんなよ?」
「そうだったね。失礼しました」
「攻略予定を変更するときには言ってくれ。その時は報酬の交渉も込みだが、対応させてもらうよ」
実のところ、佐川さんの戦力は低階層で使っていい物じゃない。獄層攻略とか、電子の陵墓とかに回すべきだろう。
あるいは、例の初心者ギルド設立のためとか。
「よし。それじゃ今回も、十階に入るぞ。フォーメーションは」
「あー、孝人。オレ、ちょっと試したいことあるんだけど、いいかな?」
俺は一拍置いて、紡を見た。
白いオオカミの模造人は、いつも通りの笑顔で、提案を口にした。
「オレの超魔法、もっとコントロール効かせたいんだ。ウィザードが出てきた最初の時だけ、試してもいいかな?」
どうする。
パーティの都合やみんなの安全を盾に、気持ちを翻させることはできるだろう。
でも、その判断は、単に俺が紡の才能を恐れているだけ、なんじゃないか。
「なにか、懸念があるのかい?」
すかさず、事情を知っている佐川さんが、フォローに入ってくれる。
リーダーとしては情けないけど、補佐役がいてくれるのがこんなに楽になるとは、思ってもみなかったよ。
「あー……そうですね。紡は具体的に、どんなことをやりたいんだ?」
「誘導制御ってやつ! こう、火を曲げたりして、敵を追いかけるって感じ!」
「なるほど。だから敵の出た最初、と言ったわけだ。乱戦になれば、味方に当たってしまう可能性もあるからね」
佐川さんの言葉が、感情優先になりがちな紡の言葉を、解きほぐしてくれる。
こっちも冷静になれるし、紡の気分も悪くならない。
ホントにこのヒト、人格者だよな。一時と言わず、ずっとうちのパーティでアドバイザーやってくれないかなぁ。
「それじゃ、行くぜ!」
先行した白いオオカミが、一斉起動したウィザードの中に飛び込んでいく。その足に、恐怖による乱れは感じられない。
しかも、
「我、三条の意志により、万難に抗う者! すなわち、不撓、不屈、不退転!」
走りながら詠唱、その間にもウィザードの攻撃は飛び交っているのに、すべてを完璧によけきって。
「分かれて砕けろ、炎の渦! 超紅蓮爆裂・追尾弾!」
かざした片手に宿った炎が、八つの赤い帯になって分かれ、ウィザードの杖を正確に打ち砕いていく。
出てきた以上の速さで、あっけなく消えていくフロアボス。
あまりにもあまりな光景に、俺たちは呆然と、結果を眺めるしかなかった。
「あ……あれ? ご、ごめんな、なんか全部、片付いちゃったわ……」
確かに、紡の力はずっと見てきたし、最初の攻略ですべてを焼き払う威力があるのは、分かってたよ。
それをコントロールしきった時、何が起こるかなんて、想像もしてなかった。
しかも、
「どうした、紡?」
「あ、いや、その……」
とんでもない成果を上げたはずなのに、オオカミの顔は、曇りが宿っていた。
それから、取り繕うような笑顔を浮かべた。
「ご、ごめんな。みんなの負担を減らしたくて、やってみたんだけど、全部倒しちゃうのは、まずかったよな」
「だが、なんとなくできるとは、思っていたんだろう?」
最初に気まずさを破ってくれたのは、佐川さんだった。
「君の炎の威力は、ここまで見せてもらっていた。それを収束させて、正確に敵への誘導を成功させれば、この結果は当然だろうな」
「あ……あー、うん。ありがと、ございます」
「とはいえ、この成果を見せられて驚くな、というのも難しいかな」
そう言いつつ、こっちに視線を向けてくる。
ここまできっちりアシストしてもらったなら、俺もきっちりリーダーしないとな。
「ありがとな、紡。なに言っていいか分からなかったけど、まずは礼が先だよな」
「う、うん。俺の方こそ、ごめん」
「謝るなって。これからは十階攻略、全部お前に任せても――」
そう言いかけた俺の目の前で、紡の顔は、今までに見たこともない表情をしていた。
まるで、やってはいけないいたずらを、しでかしてしまったみたいに。
「つ、紡?」
「……う、上に行こうぜ。もう、ウィザードは倒したし、今日は十三階攻略メインだし」
「ちょっと待て紡! どうした!?」
「なんでもない! 先に行って、安全確認してくる!」
逃げるように十一階へ上がっていく姿。今までこんな暴走したことなかったのに、いったいどうして。
「柑奈と文城はチケット回収して外に出ろ! 今日の攻略は中止! 十分して戻らなかったら親方に連絡! 佐川さん!」
「分かった!」
紡の気持ちがどうあれ、精神状態が悪くなったパーティに攻略は無理だ。俺は佐川さんと一緒に、上の階に上がる。
白いオオカミの姿は、階段の近くにたたずんでいた。
その横顔には、何かに傷ついたとしか思えない、痛みがあった。
もしかして、さっきの一件で、俺の想像もつかない何かを、理解したってのか?
「……ごめん」
「いや、ごめんって、なにに謝って」
「ほんとに、ごめん……っ」
明らかに感情が高ぶって、気持ちの整理がついてない。
こうなれば、まずは塔から離脱――
「小倉君!」
それは、黒い蔦、のような何か。
警告があったから避けられたけど、代わりに佐川さんがそれに巻き取られる。
「逃げろ、二人とも!」
頑丈なオーガに向かって、突進してくる黒い影。それは二つの刃を備えた大斧を振りかざした戦士の姿。
「させっか!」
投げつけた鉛筆を受けきり、驚くほどの素早さで距離を取る。そのそばには、小さな背丈の、少女のような姿の影が一つ。
「俺のことはいい! 今すぐ下がるんだ!」
「でも、置いてくわけには」
「ダメだ! こいつら例の」
最後まで言い切ることはできなかった。
佐川さんの体を、何かが引き裂く。
無骨な皮鎧と筋肉の分厚さをものともせず、赤い炎をまとわせた凶悪な腕が、無造作にふるわれていた。
「うおおおおおっ!?」
「――紡!?」
金属がぶつかり合う衝撃と、甲高い音。
それは白いオオカミと重なるようにして相対する、一つの影が生み出したもの。
おそらくは人間、鎧を身に着けた青年男性を象っている。
影の敵から繰り出された必殺の一撃を、必死の形相で紡が抑えていた。
「まさか……こいつら!」
敵は四人。
斧を使う戦士。
弓を携えた少女。
異様な四肢を持つ怪異。
そして、日本刀のような形状の刀を持つ青年。
「十一階のレアエネミー……なのか」
いくらなんでも、こんなのありかよ!
パーティメンバーが半減した時を狙うみたいに、ヤバいって評判のレアエネミーと出くわすなんて!
「まさか……Pの仕業!?」
いや、今はそんなこと考えてる場合じゃない。
意識不明のケガ人と、強敵に阻まれて身動きの取れない仲間。どうにかしてこの窮地を脱しないと。
「紡! そのまま持ちこたえてろ!」
俺は叫び、聲を解き放つ。
絶対に、全員そろってここから出るんだ。




