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REmnant・REvenants・REincarnation ~異世界転生日本人、魔界の最下層で生きていく~  作者: 真上犬太
Remnant case:06「Innocence(純真)」

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21、ダンジョンアタック(その三)

 塔ダンジョン十一階。

 そこは、これまでの常識を一新してくる場所だ。

 ここから上は、十階までとは違う、そう思わせてくれる景色が広がっている。


「来るたび思うんだけどさ」


 周囲を警戒しつつ、紡は緊張の混じった声で告げた。


「ラスダンみたいなフロアだよな、ここ」


 俺もそれは、ずっと感じていた。

 天井と壁、どちらもオフホワイトの色調で、大理石の床に、細長い赤のカーペットが敷かれている。

 明かりはないが空間全体がほんのり明るくて、玄室の入り口は、白い木製のドアが付いていた。

 荘厳であるのと同時に、現実感が欠け落ちた場所。

 RPGのラストダンジョン、まさにそのイメージだ。


「しかも、出てくる敵があれだからな」


 佐川さんの指差す先、通路の向こうから、何かの影がやってくる。

 それは『何かの影』ではなく、『影そのもの』だった。


「ずっと、気になってたんだ」


 構えを取りながら、文城が緊張した声で、敵を評する。


「どうして、ここの敵は『人間』の姿をしてるのかって。でも、わかった気がする」


 それはまさしく『影人間』だった。

 背格好はおそらく、十代の中頃だろうか、目鼻立ちは分からないが、髪型や体つきで男か女かの区別はついた。

 人数は五人ほと。


「Pが魔王軍の一味だってんなら、こいつらの元ネタって」

「城に攻めてきた勇者の――成れの果て、なのかもね」


 紡が剣を抜き、柑奈が下がって狙撃銃を準備する。

 影の集団の中に、杖を持っている姿を見かけて、俺は素早く術を起動させた。


「柑奈! 杖持ち抑えろ! 紡、文城、前の奴ら頼む!」


 マズルフラシュ。鉛筆の投擲。同時に浴びた後列の杖持ちが吹き飛び、


「せいっ!」

「はっ!」


 剣を持った二体の敵が、二人の攻撃で地面に叩きつけられる。

 その一瞬の交錯で、影は瞬時に消えた。

 残った数体の剣士タイプも、アドリブで処理を終えた。


遺影の召喚者(シャドーサーヴァント)、魔法を使うタイプを早めに落とせれば、基本はそれほど強くない。だが、長引けばいろいろ厄介だ。それに、時々レア個体に出くわすこともある」

「レア個体、ですか?」

「異常に動きのいい、日本刀らしい武器を使うのが出る。ひところ、ここのフロアにコウヤさんが入り浸ってたことがあったよ」


 何か因縁でもあるんだろうか、その辺りの詳しいことは、佐川さんも聞かせてもらえなかったようだ。

 用心しながら先に進むと、一瞬、視界がブレた。


「あ、クソ。ちょっとみんな止まれ」


 そこは似たような景色が続く、通路の十字路。マップを確認し、方向をチェックする。


「ターンテーブルだ、右側の通路に行くぞ。そっちが進みたかった方だから」

「これ、どういう仕掛けになってんのかな。あたしのセンサーも欺かれるし」

「魔法とも違うと聞いている。他のフロアでも見かけない、珍しいトラップのようだ」


 オートマッパーには、塔内だけで表示される方角指示がある。それが無かったら、かなり面倒な確認作業を強いられただろう。


「そういや孝人、ここの表トレジャーも『アンカー』なんだろ? 取ってかないのか?」

「偶然見つけたら取るよ。でも、無理に探す必要はない。いざとなれば、P館でプラチケと交換できるし」


 一応、これまでの事前調査では、十一階までは到達している。

 しかし、二重崩落や俺の体調不良が起こり、地球への転移事件も重なって、十二階以上は、まともに挑戦することができなかった。

 これ以上、ここで足踏みする必要はない。


「……っあー、いざとなると、緊張するよなぁ」


 やがて、十二階に続く階段に到着すると、紡は不安そうな顔で、そう告げた。

 

「大丈夫だって。お前ならちゃんとやれるさ」

「あー、いや、その、そうじゃなくてさ」


 白いオオカミの模造人モックレイスは、頭をかきながら、照れ笑いを浮かべる。


「呪文、あんなんでよかったのかなって」

「そっちかよ。まあ、否術ディナイアルの詠唱は独特だからな。俺も結構、今の形にするまで悩んだし。気になるなら手を加えて、いい感じにしてこうぜ」

「……よし! それじゃ、聖竜天狼騎士ブランの超魔法・改、お披露目と行くか!」


 あえて剣は収めたまま、ひとり上っていく白い姿。

 十二階は、白く凍り付いた氷のエリアだ。壁や床は冷気や寒さに属する『結晶』で出来ていて、毛皮のある俺たちでも、長期滞在には防寒具が必要だ。

 階層に立つと、吐く息を白くしながら、紡は詠唱を開始した。


「我、三条の意志により、万難に抗う者! すなわち、不撓ひるまず不屈くっせず不退転しりぞかず!」


 聲に従って、しおりちゃんが施した『力の封印』がほどけ、紡の意志が自分に宿っている『火』と接続する。

 オオカミの周囲に、きらめく火の粉が踊り、頭上にかざした右手に収束する。

 それは渦を巻く、巨大な火の玉に変わった。


「オレの聲に従い、すべてを焼き尽くせ、超紅蓮爆裂波!」


 降り下ろす手、飛翔する火の玉、そして――炸裂。

 

「う……わっ!?」


 重い振動が俺の腹を揺さぶり、荒れ狂う炎の聲が『視界』に広がる。氷の迷宮の通路が燃え上がり、熱の波が紡に押し寄せる。

 その一切が、本人を傷つけない。

 押し寄せる爆炎の波を、そよ風でも受け流すみたいにして、立っている。

 本来ならありえない、指向性を持つ火。紡の聲は、完全に火を制御しきっていた。


「みんな、上がってきていいぞ」


 その指示に従って、みんなで十二階に足を踏み入れる。火は消え去っていたけど、その熱の名残のおかげか、氷のエリアはほんのりと温かくなっていた。


「すごい……本当に魔法、使えるようになったんだね」

「今回は全力で撃ったけど、火力の調整もできるようになったから、普通の戦闘でも使えるぜ」

「この力があれば、獄層の攻略でも活躍できそうだな」

「マジで!? そっかぁ、獄層攻略かぁ……っ」


 佐川さんの指摘に紡が歓声を上げ、みんなが成果をほめたたえている。

 いつもなら、俺も仲間の一人として、一緒に喜んでいたはずだ。

 なのに、なにかが俺の心に引っかかっていた。


「どうした、孝人?」


 俺の様子に気づいた紡が、不思議そうに尋ねてきた。

 内心を隠そうと、何気ない調子で、からかいを飛ばす。


「いや、魔法の師匠として、お前の成長速度に驚いてたんだよ」

「それなら、これからもどんどん驚いてくれていいぜ! もっと頑張って、成長しまくるからさ!」


 相変わらずの明るさと軽さ。

 屈託もこだわりもなく、目的に向かって突き進んでいく姿。

 まるで、怖いものなんて、なにもないみたいに。


『今のお前には、欠けたものがある。あるいは忘れたものか』


 紡が言われたというコウヤの言葉が、背筋を伝い走る。それは漠然とした不安から、形のある警戒心になって、胃のあたりにわだかまった。

 俺は、こみあげた疑念を、口にしようとした。


「つ、紡」

「ん?」


 いや、ダメだ。

 今は仕事の最中だし、妄想に近い想像で、みんなの気持ちを乱したくない。


「いや、紡だけじゃなく、みんなも聞いてくれ」

「どうしたの?」

「その……ちょっと、トイレがしたくなったんだけど。ここ、結構寒いしさ」


 みんなが一斉に笑い、何とかこっちの葛藤を隠し通すことはできた。ただ、気持ちの動揺が、ちょっと収まりそうになかった。

 次の指示をどうするかと迷った時、


「それじゃ、この辺りで塔を降りるのはどうだろう。初日から二階層連続踏破というだけでも、十分な成果だしな」


 まるでこっちの気持ちを読んだみたいな、佐川さんの提案。

 渡りに船だけど、普段通りの態度を崩さないように、問いかける。

 

「それは、先輩としての経験則ですか?」

「そんなところさ。受け入れるかは、君たち次第だが」

「いえ、ありがとうございます。というわけでみんな、今日は先輩の助言に従う、ってことでいいか?」

 

 仲間たちは特に反対もせず、そのまま塔を降りることになった。

 いつも通り下り階段を抜けて、解散を宣言する。


「みんな、おつかれ。明日も今日と同じぐらいの時間に集合だからな」

「あー、ごめん。明日ラジオの打ち合わせあるんだけど、ずらしてもらっていい?」

「じゃあ、一時ぐらいにするか。そんな感じで、よろしくな」

 

 去っていくみんなの背中を眺めて、俺はため息をついていた。

 個人的な買い物がある、ということで、文城や紡とも別行動にしている。明日までに、気持ちの整理をつけておかないと。


「小倉君、ちょっといいかな」


 塔の受付を出たところで、佐川さんが待っていた。


「さっき、鶴巻君に何か言いかけていたみたいだが、なにかあったのか?」


 どうしよう。

 これはあくまでうちのパーティの問題だし、俺の取り越し苦労かもしれない。

 口ごもった俺に、彼は穏やかに頷いた。


「そういえば、俺も君に、相談に乗ってほしいことがあったんだ」

「俺で、分かりそうなことですか?」

「愚痴みたいなものさ。同い年ぐらいの相手でないと、言いにくいことも多くてね。よかったら、頼まれてくれないか?」


 なんだろうな、この感じ。

 年上のヒトの面倒見というよりは、こっちと同じ目線に合わせてくれる、懐の深さみたいなものがある。

 ホントこのヒト、見た目と中身のギャップがすごいよな。


「分かりました。どっかの店に入ります?」

「いいや」


 オーガの偉丈夫は、いかつい笑顔で俺をいざなった。


「今日は家呑みにしよう。歓迎するよ」


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