表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
REmnant・REvenants・REincarnation ~異世界転生日本人、魔界の最下層で生きていく~  作者: 真上犬太
Remnant case:06「Innocence(純真)」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

162/180

17、痛み分け

 Pの発言に誰もが驚き、いぶかしげな顔をした。

 大川さんでさえも、相手の真意を量りかねて、すぐには言葉を出せなかった。


「それは、本心からの言葉か?」

「ええ。貴方たちに、この街すべてを差し上げ、私はここを去ります」

「掛けた願いも、捧げた代償も、投げ捨てるということか?」

「もちろん、そのつもりです」


 異様な引き際の良さに、疑問を投げかけたのは、それまで黙っていた北斗だった。


「ミスターP、質問をさせてください」

「なんでしょうか?」

「この街は、貴方の願いで造られた。では、その願いが成就、あるいは断念された場合、どうなるのですか?」

「壊れますよ。もちろん」


 俺たちの誰もが、その言葉に、黙るしかなかった。

 嘘か真実まことか、それは問題じゃない。

 こいつがこういう態度に出る以上は、確実に何かがある。あるいは『無いこと』を、証明する方法がなかった。

 

「ここで投げ出せば、貴方の積み上げてきた計画は、すべて無駄になるはず」

「ですが、遠大な計画も、生きていてこそです。この街も、私にとってはケーススタディの一つに過ぎませんし。ただ、皆さんは、そうもいかないでしょうね」


 シェパードの模造人モックレイスは、まだ何か言いたそうだったが、結局は言葉を引っ込めて観客に戻ってしまう。


「……大川さん、どうします」


 俺は、背後に立つ大きな背中にささやくが、答えはない。

 今回の計画は、否術ディナイアルの管理をPの館に任せる、という態度を取りながら、それが破綻するのを前提に、こっちの権限を認めさせるつもりだった。

 受け入れられない場合は、明確な対決姿勢を見せつつ、街全体を掌握するって感じで。 それが、こんなにもあっさり、街を放棄することを選んでくるなんて。


「さて、私の意志は明らかにしました。あとは皆さん、お好きな選択をどうぞ」


 ホントにこいつ、絶妙にこっちの攻撃をかわしてきやがるな。

 このままじゃ、俺たちがそろってPに残留してもらうように頼む、なんてことにもなりかねない。

 ここはもう一度、俺がこいつと対決――


「――あ、あの、ちょっと、いいかな」


 後ろに控えていた白衣のゴブリン、丹生にぶ先生が、片手を挙げて進み出てくる。気弱で人としゃべるのが苦手そうな、そんな雰囲気のままで。


「現状、僕たちが、争う意味って、ないんじゃないかな」

「……どういうことでしょう」

「君の『実験』、ここで断念、したく、ないでしょ。多分、今までで一番、『積みあがってるんだし』」


 謎めいたほのめかしに、スーツ姿のゴブリンPは、表情を消して次の言葉を待つ。

 白衣のゴブリンは、絞り出すようにして、意見を述べた。


「僕たちには、まだ、この街が、必要だ。そして、君も、そうなんだろう?」

「その根拠は?」

「僕なら、耐えられないから。つまらない、横やりで、実験をダメにされるの」


 丸めていた背中を伸ばし、意志を奮い起こすと、インスピリッツのギルドマスターは、街の支配者に向けて、挑戦した。


「ここからは、競争、しよう。僕らと、君とで」

「私の計画成就が早いか、貴方たちの『巣立ち』が早いか、ということですか?」

「そ、その為に、街は、できるだけ、今までと同じに、するべきだ」


 こんなわずかなやり取りでも、彼にとっては疲労感がすごいんだろう。

 それでも、丹生にぶ先生は、最後まで言い切った。


「対照実験は、環境を、同じにしないと。正確な結果が、出ないからさ」


 沈黙があった。

 提案された意見を吟味する沈黙と、それを見守る沈黙が。

 そして、 


「否術用の対抗措置を提出し、未認可術者の取り締まり役を、P館の職員として出向させてください。それが、あなた方の提案を飲む条件です」

「それ、以外は?」

「これまで通り、ということで」


 それは、妥協の上に妥協を重ねた、危なっかしい条約だった。

 互いを見張りながら、最終的には相手を出し抜くために、結ばれた約束。


「よかろう。代表の選抜は――」

「――そちらは私ども、魔法学校側から行わせていただきます」


 一宮さんの申し出に、しおりちゃんが安堵を浮かべた。

 話の流れに大川さんは、不満げな顔を隠しもしない。すべてを『身内』で済ませたかったんだろうけど、猛禽には自由な空が必要なのだ、我慢してもらおう。


「また、事後承諾になりますが、以降は木島導師のグノーシス魔界派と、私どもの魔法学校は、別ギルドとして活動を行います。ギルド発足の申請は後程行いますので、よろしくお願いいたします」

「承知しました」


 その後は、すべてが粛々《しゅくしゅく》と進んだ。

 細かい意見調整と、魔法学校設立までの流れが打ち合わせされ、今回の会談は終わりを告げた。


「では、引き上げるとしよう。この後は我が城にて、祝賀の宴席を設けるつもりだが」

「不要。俗世の塵にまみれるのは、これが最後だ」


 不機嫌全開の木島導師が席を立ち、一宮さんたちがそれに続く。あのヒト達も、ここからが大忙しだし、のんびりもできないか。


「僕も、帰るよ。さすがに、疲れた」

「せっかくのお誘いですが、あっしもこの辺で。この一大事に、号外の一本も出さねえとあっちゃ、瓦版屋かわらばんやの名折れですからね」


 最後の最後、俺たちの混乱をきれいにまとめた丹生先生。多分、この中で一番、冷静に状況を見てたんだろうな。そして元町さんは、予想通りだ。


「まったく、これだから労働争議なんざ、めんどくせえってんだ。金輪際、こういうバカ騒ぎに呼ぶんじゃねえぞ」

「その慰労も含めて、我々はご相伴にあずからせていただきましょう」

「そーだねー。私も難しい話ばっかで、ほとんどついてけなかったしー」


 昔馴染みでもある親方たちは、参加を表明する。


「俺たちも行くつもりですが、小倉さんはどうしますか?」

「一緒に行こ! お腹すいたし、否術ディナイアルも、いろいろ見せてもらいたいし!」


 今回は終始、瞳のケアに回ったらしい北斗に、俺は軽く頷いてみせた。


「乙女さんに今回の件を伝えてから合流するよ。しおりちゃんは先に行っててくれる?」

「はい。それでは」


 三々五々とヒトが散っていき、俺もその後を追うようにして、Pの館を出た。

 お侍さんたちは引き上げていて、騒動に集まったやじ馬も姿を消している。

 今回ここで何が起こったか、その辺りは『てなもんや新聞』が伝えてくれるだろう。

 

「にしても、キツかったなぁ。神経すり減るから、こんなのはこれっきりに」

「小倉さん」


 かけられた言葉に、俺はあわてて振り返る。

 そこには、意味深な笑みを浮かべたPが、一人で立っていた。


「そう身構えないでください。今すぐどうこうする、というわけではないですから」

「いずれはどうこうするって話でしょ、それ。魔王軍の秘密を知った俺を、生かしてはおかないって?」

「いいえ、ただ――」


 何かをためらうように、口ごもる。

 それから、尋ねてきた。


「――皆は、元気にしていましたか」


 その一言で、俺の中から警戒心が、薄れてしまった。

 我ながら甘いとは思うんだけど、あいつらとは共闘した仲だったし。


「片道切符の任務だってのに、現地民と子供まで作ってるのがいたよ。魔王の最後を看取れなかったのは、残念だって言ってたけどな」

「そうですか――ありがとうございます」


 サングラスを取ったPの顔に、俺は絶句した。

 それは、ファンタジー小説に語られた、残酷で邪悪な、魔物そのものの笑み。


「"喪蓋そうがい"と"瞋恚炎しんにえん"、あるいは天の四竜と、交誼を結んだのですね、貴方たちは」

「な!? ……なに、を、言って」

否術ディナイアルの開発にも、連中が関わっている。であれば、あれほど見事に術理を組み上げたのも、納得です」


 た、たった一言だぞ!?

 こんな短いやり取りで、なんでそこまで!?


「地球支部は魔王城と交信が断絶していました。『魔王』様の最後など知りようもなく、貴方たちも憶測でしか発言できない。であれば、あの場にあって、逝去の報を伝えられるのは、誰か?」

「ぐ……っ」

「私自身、竜洞の連中とは、浅くない因縁があるんですよ。そもそも、地球支部の戦力で天の竜を撃退したなど、眉唾と思っていましたので」


 ソールたちと因縁って。こいつ『魔王』の側近でもやってたのか!?

 何も言えなくなった俺に、ゴブリンPは人差し指を突き付けた。


「尋問など、長々する必要はないのですよ。真実を貫く、一発の弾丸ダンガンが、あればいい」


 くっそ、言ってくれるぜ。

 こっちがネチネチ尋問したのは、少ないヒントで仮説を立てながらじゃないと、真実を知りようがなかったからだ。

 情報格差を盾に、カッコつけてんじゃねえっての。


「ともあれ、小倉さん。重ねてお礼申し上げます」

「最後の最後で、ボロを出してくれてってか?」

「いいえ。貴方たちのおかげで、私もようやく、戦いの舞台に上がれそうだ」


 サングラスをかけ、いつもの顔に戻ると、ゴブリンPは館に戻っていく。

 その背中越しに、奇妙な呟きを残して。


「お互い励むとしましょう。この空に、"青天の霹靂"が、降る前に」


 言葉につられて、俺は魔界の空を見上げる。

 そこには太陽も雲もない、色あせた輝きが、あるだけだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ