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REmnant・REvenants・REincarnation ~異世界転生日本人、魔界の最下層で生きていく~  作者: 真上犬太
Remnant case:06「Innocence(純真)」

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5、おいてけぼりの猟犬

 昼下がりの『塔チカ』は、相変わらず人通りも少なくて、穏やかな空気が流れていた。

 ホライゾン所有のギルドハウスである一軒家、門前のインターフォンを押す。


「こんちわ、パッチワークシーカーズ、小倉です」

『……どうぞ』


 マイク越しに、少し硬い、北斗の返事。

 俺はそのまま玄関を上がり、リビングへと入った。


「資料、読ませていただきました」


 元町さんとの打ち合わせが長くなるのを見越して、紡に資料を届けてもらっていた。

 部屋の中にはAチームどころか、瞳の姿さえない。冷えた空気の空間に、あいつは真剣なまなざしで座り込んでいた。


「いろいろと、思うところはあります」

「先を越されて悔しい、とか?」

「それもですが、自分の預かり知らないところで、世界の様相が変わるのは、恐ろしいものだなと」

「分かったなら、陰謀張り巡らせんのも、ほどほどにな。そういう気持ちを、瞳や俺たちが散々味わってるんだって、忘れんなよ」


 思わぬ攻撃を喰らったせいか、北斗は珍しく、苦笑いしつつ肩をすくめた。


「ギルドマスターを招集、Pを含めて情報開示を行うそうですね」

「なにか問題が?」

「俺のやり方ではないし、俺ならもう少し秘密裏にやります。ですが、あなたや美雪さんが望んだ新たな秩序は、そういうことではないんでしょう?」

「世界の秘密なんてのは、寡占かせんすれば独裁に直結する。少なくとも、俺やしおりちゃんは政治家じゃないし、権力志向もない」

「……俺もだいぶ、貴方に誤解されている気がしますが、いいでしょう」


 資料をテーブルに置くと、北斗は自分の考えをメモしたものを手に、尋ねてきた。


否術ディナイアル、の開示ですが、基本はグノーシス派閥が占有ですか?」

「しおりちゃんは『開かれた魔法学校』を設立することを条件に、否術ディナイアルを伝授したそうだ。受け入れられないなら、関係を断って私塾を作るってな」

「術の担い手は、彼女だけですか?」


 俺は鉛筆を取り出し、それを宙に浮かせた。途端に北斗の目が、俺を鋭く注視する。


「なるほど。そこまでの体系化ができているなら、可能でしょうね」

「俺は直弟子みたいなもんだから、判断材料としては、心もとないけどな」

「Pの館に、地球での情報を開示するというのは、控えられませんか?」


 地球へ行った俺たちの情報と、魔王軍に関する話。普通に考えれば、伏せて利用するのもいいかもしれない。

 でも、


「この情報はあくまで、又聞またぎきの話。俺たちだけで持ってても、勘違いや落とし穴になりかねないからな」

「Pの正体についての情報元は、地球に残留していたという魔王軍残党の『憶測』によるもの。無関係の存在であった場合、最悪の判断材料になりかねない、ですか」

「あいつが魔王軍との関係性を、肯定しようが否定しようが問題ない。たとえ、俺たちの情報を使って『引っかけ問題』を出そうとしても、その使い方であいつの立ち位置が明確になる」


 例の情報は、ただ持っているだけじゃ役に立たない。早めに切って、相手の動きを見るほうが有用だと判断した。


否術ディナイアルの開示と、魔王軍とPとの関係性への疑問提出。こいつは同時にやらないとならない」

「俺たちが新たな力を手にしたこと、自分の陰謀が暴露されるかもしれないこと。二つの危機感を、煽るわけですね」

「この作戦は、大川さんと相談で起こしたもんだけど、乗ってくれるか?」


 北斗は頷き、それから少し考えて、提案を告げた。


「可能であれば、その否術ディナイアルを、うちのメンツへ優先的に指導していただけませんか?」

「優先的には、難しいな。どの陣営にも与せず、機会をなるべく均等にするのが、しおりちゃんの希望だ」

「グノーシスに関しては、指導員の増加を狙って優先した、ということですか?」

「その辺りは、察してくれって奴でね。街に否術を広めるためにも、あいつらの助力は欠かせない」


 シェパードの模造人モックレイスは、渡された情報を吟味し、覚書のようなものをいくつか記述していく。

 それから、所感を述べた。


「俺はこういうとき、最悪を想定します。ヒトが行動する時、必ず隙が生まれる。攻め上る瞬間は、同時に最も死に近い一瞬でもある」

「参謀らしい、冷静な視点だと思うよ。何か疑問が?」

「Pが、俺たちの行動をすべて知っている、あるいはこうなるのを前提に活動している、という可能性は?」


 こいつの知性は、悲観主義ペシミズム全振りで構築されてんのか。とはいえ、その指摘はごもっともだ。


「Pは確実に、俺たちの特性を知っている。だからこそ、すべての世界から嫌われた、地球人の魂を選択したと推察します。であれば」

否術ディナイアルの開発も、正体が知られることについても、前提で行動して、その上で手玉に取られるって?」

「正直、その遺跡に関しても、できすぎているとしか思えない。偶然、起動したゲートで偶然、日本に転移した、なんてことは」


 北斗の疑念は、俺にも覚えがある。

 ソールたちも同じような見解を示していたし、何から何までPの思惑通り、ということもありえる話かもな。


「すべては、美雪さんによる否術ディナイアルの開発を促すための誘導で、地球の魔王軍もPの息がかかっていた」

「天界のドラゴンに関しては?」

「現地の魔王軍は、ドラゴンたちへの対処法を理解していた。つまり、想定内の障害でしかなかった。むしろ思わぬ敵との戦闘で、お二人の覚醒が促されたとも考えられます」


 想定内の障害か。

 この話をソールが聞いたら、ブチ切れるだろう。グラウムなら笑うところだ。

 とはいえ、あいつらと出会えたことで否術ディナイアルが成立したわけだから、北斗の勘繰りも、あながち間違いじゃないけど。


「ただな、北斗。そいつはお前が嫌いな『当て推量の妄想』だぜ?」

「……その根拠は?」

「しおりちゃんの能力は、向こうで手に入れた事実を綴り合せて、即興で生まれたようなもんだ。P達が日ごろから思考誘導してるならともかく、否術ディナイアルの覚醒まで想定内ってのは、ありえないだろ」


 北斗は立ち上がると、キッチンに入り、飲み物の入ったボトルを手に戻ってきた。

 よく冷えた水をこっちに手渡しつつ、苦笑する。


「申し訳ない。これまで手がかりのなかったPの正体や、美雪さんが見出した力、地球への転移ゲート。そのすべてが想定外で、俺たちに都合がよすぎます。であるならば」

「一切合切、Pの陰謀だと考えて警戒するべきだってか。苦労性だな、お前も」

「所詮こんなものですよ、俺の智謀なんて。ただ」


 北斗の顔は、用心しながら薄氷を渡るような、不安と思慮を行き来するような表情を浮かべていた。


「万が一、Pがこの結果を、はじめから知っているとしたら?」

「は?」

「この街で起こることすべて、彼にとっては、一度以上(・・・・)経験したこと(・・・・・・)だとしたら、どうでしょうか」


 俺は目の前のシェパードを見つめ、それから失笑した。


「つまりPの奴が、この街でループものの主人公を気取ってるって、言いたいのか? やり直しの能力を使って?」

「俺だって、言いたくはありませんよ、こんなこと。それでも、ここは魔界です。想定せざるを得ないでしょう?」

「……確かに」


 ここは地球の常識では測れない、あらゆるでたらめが許される場所だ。

 そんなことはあり得ない、という言葉がありえない。

 ただし、俺はその危惧に対する反証を持っていた。


「アカザの事件、覚えてるよな?」

「ええ。あの時は、小倉さんがPを、アカザの首実検に呼んでいましたね」

「その時、あいつが特別報酬をくれたんだ」

「……どんな?」


 思い出す、むき出しになったあいつの、黄色い目の真剣さを。


「"ジョウ・ジョスは再演を嫌う"」

「……ループ環境などはあり得ない、と?」

「一度見た出し物には、興味がないってな。都合のいい結果を引くためのループなんて、それこそ認めるはずがない」

「敵の言葉を、信用するんですか?」


 別にPの言葉だけが、裏付けじゃないんだけどな。ソールたちからも、ジョウ・ジョスの性格は聞き取りしてるし。

 さすがに、今は盗聴防止もしてないから、そっちは伏せて説明するか。

 

「Pはジョウ・ジョスと契約した。対価として提出した面白い企画が、この街の運営だ」

「俺も、その考えに同意しますが、それで?」

「そのスポンサー様は、飛び切り壊れた、でたらめなガラクタであるほど、気前よく出資してくれるんだよ」

「……ずいぶん、確信のある言葉ですね」


 俺は自分の胸をぽんと叩き、笑った。


「ゲートから帰ってくるとき、あいつにちょっかい出された。俺の人間体を殺して、魂に掛けられた呪いを取っ払ってくれた。こんなろくでもない場所に帰ろうとする、壊れ切ったオモチャへの、ご褒美だってな」


 シェパードの顔が、なんとも言えない感情にひきつったけど、俺は鼻で笑ってやる。


「ジョウ・ジョスの交換レートがどんなもんであれ、こんな大規模の箱を用意するなら、それこそ、とんでもなくぶっ壊れた――」

「――ここまでにしましょう」


 資料を整理して、ブリーフケースにしまい、席を立つ北斗。

 こちらに向けた背中は、少し気落ちしているようにも、感じられた。


「小倉さん。健康には、気を付けてくださいね」

「……なんだよ、いきなり」

「そういう経験ができるのも、五体と精神が、まともに動くからこそです」


 振り返った顔には、悲しい笑いがあった。


「肝心な時に表舞台で動けない、なんてことになったら、死ぬほど後悔しますよ」


 ああ、そうか。

 俺は頷いて、席を立った。


「忠告、しっかり刻んどくよ。瞳たちへの説明は頼んだぜ」

「分かりました。あとで、本部にお伺いすると、大川さんにお伝えください」


 会合は終わり、ホライゾンのギルドハウスを後にする。

 ムーランに帰る道すがら、北斗の見せた顔を、思い返していた。

 あいつは、足を壊している。この街の医療や塔から入手したアイテムでも、回復しようがないほどに。


否術ディナイアルでも、難しいだろうなあ」


 俺たちの力は、常識や未知といった『不安定な観念』を上書きすることで発動する。

 その代わり、確定した事実を否定するのには向いていない。

 できたばかりの重傷は否定できても、失われた四肢や、壊れてしまった運動機能をどうにかするのは難しい。

 ヴィト氏が言っていた『死は否定できない』ってやつだ。


「武藤さんを引き入れたのも、そういうことかもな」


 壊れた足を補助できる義肢があれば、あいつも冒険に戻れる。

 きっと、あのギルドにいる誰よりも、北斗こそが――。


「小倉孝人様、でいらっしゃいますね」


 誰かが、俺の行く手を遮る。

 この街では特に珍しくもない、雑種犬の模造人モックレイスだった。

 ただそれは、『普通の目で見た』場合の話。


「ご足労いただけますか。美幸栞みゆきしおり様がお呼びです」


 そいつの漂わせる『聲』は、明らかに普通じゃない。P達の魔法からすり抜けるため、偽装を展開しているのが分かった。

 グノーシスの連中、もうこんなレベルで、使いこなしてんのかよ。


「分かった。ちなみに、どんな理由で呼ばれたのか、聞いてもいいかい?」


 案内人は、にこりともしないで告げた。


「木島導師による異端審問に、出頭いただきたいとのことです」


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