1、小さくて大きな転換点
塔ダンジョンにある受付は、小さな箱型に窓が付いた代物だ。
詰めているゴブリンの休憩スペースと合わせても、地球にあった駐車場の管理小屋より少し大きい程度。
その窓口は、ネズミの模造人である俺にとっては、ちょっと使いにくい代物だった。
「はい、上げるよー」
「すまん、頼むわ」
文城のモフモフな手に持ち上げられ、俺は手にした申請書類を窓の向こうへ送り出す。
他の上背があるメンツに、代わりに提出してもらうのもアリなんだけど、一応パーティリーダーだからな。
「攻略パーティ名、パッチ―ワークシーカーズ。代表は小倉孝人。パーティメンバー、福山文城、美幸栞、鶴巻紡、神崎柑奈、以上五名。目的、ニ十階踏破計画のための予備調査。はい、問題ありません」
お役所仕事らしい丁寧さ。ゴブリンは合格スタンプを押して書類を収め、同時に、こっちへ侵入許可書を渡してきた。
それから、備考欄に目を留めて、少し表情を変える。
「ビバークの予定ありとのことですが、他のパーティとの合流は?」
「特にありません。日付変更後、ダンジョンの入り口開放と共に離脱予定です」
「分かりました。わかっていると思いますが、生理現象の処理は『ダンジョンの更新前』にお願いします」
ゴブリンの注意に、俺達は思わず失笑する。
ダンジョンハック中、パーティが直面するいくつかの問題。その中で、かなり切実なのが『トイレ』に関してだ。
三階や八階のような、自然を模したエリアなら『用を足す』こともできるけど、それ以外は石畳のモダンなダンジョン。当然ながら『痕跡』が残る。
ただ、塔ダンジョンは、毎朝七時の開門と共にリセットが掛かり、フロア自体が別物に変わるから、そのタイミングに合わせるなら、いろいろできるわけ。
「リーダー、早めに十四階のトレジャー、手に入れといたほうがいいよ?」
「Pの館でプラチケ交換枠にも入ってっから、そっち頼みにした方がいいかもなー」
ダンジョンに移動しながら、紡と柑奈がそんなことを言ってくる。
話題に上がったのはいわゆる『ポータブルトイレ』のようなアイテムだ。十四階のトレジャーであり、Pの館でも入手できるので、高階層へ行くパーティの必需品とも言われている。
塔近くに設置された『公衆トイレ』を横目にしながら、俺は背負い袋を軽くたたいた。
「ちょっと前に購入済みだよ。御不浄の際は、遠慮なくお申し付けください」
「た、試しに使ってみたけど……かなり恥ずかしいから、気を付けてね」
実験台になってくれた文城が、猫顔をしおしおにしつつ苦笑いする。変に色めき立つ柑奈を小突きつつ、そのままダンジョンの入り口に立った。
「まあ、可能なら必要人数分だな。使いまわすのも精神衛生に来るだろうし」
「孝人さん。他のパーティは、みなさん塔内に入ったようです」
「ありがとう。それじゃ、行こうか」
塔ダンジョンは、その時間帯によって入るメンツが変わる。
七時の始発が最も多く、次いで九時までが採取組でにぎわう時間帯。十時以降に入るタイプは、たいていがビバーク前提の高階層攻略組だ。
先行したパーティによって露払いされた九階までを踏破し、十階の戦闘で肩慣らししたあとで、十一階以降を攻略する感じ。
だから、二十階を目指す俺たちが、こういう動きをすることも、特に問題ないわけだ。
「五階のゴーレムだけど、あそこで一つ、やりたいことがある」
すでに荒らし尽くされた一階には、何もない。取りこぼされた結晶のかけらが、散らばってる程度だ。
ちょっと気の抜けそうな雰囲気を、俺達は歩いていく。
「もしかして、裏アイテム取りか? オレも一回やりたいんだよな」
「一騎打ちでゴーレム倒すんでしょ。アンカーってアイテムが手に入るんだよね」
「アンカー稼ぎは中級以上の冒険者がチャレンジされるようですね。それなりに危険なので、大抵はホライゾンや奈落新皇軍の方がされているようですが」
受付で申請すると、ダンジョンの指定階層から『再開』できるというアイテム。
攻略のためというより、『EAT UP』や『大しけや』のような食料素材回収のギルドが欲しがっているって聞いている。
「どっちかって言うと、お披露目だな。しおりちゃんと俺が身につけた、新しい力の」
二階に上がり、トラップを抜け、三階に入る。
その時に告げた言葉に、文城たち『行かなかった組』は、思い思いの気持ちを発した。
「やっぱり、なにかあったんだね。とんでもないことが」
「どこに行ってたのかも、ちゃんと話してくれるんだよね?」
「新しい力……すっげー気になる響きだ」
今日の三階は比較的静かで、難なく通り抜けができた。
次いで四階も、灯輪葛の光でつつがなく、静かに進行する。
そして、五階へ上がる階段前。
「で、どう動けばいい?」
柑奈の問いかけに、俺としおりちゃんは目くばせした。
すでに事前の打ち合わせは終えている。
「壁際で待機してくれ。しおりちゃんの準備が終わったら、二人でゴーレムを倒す」
「ホントに、二人だけでやんのか? 援護は?」
「トラブルがあったら頼む。でも、基本は見ててくれ」
向こうから帰って来て、約十日。体調も問題ないし、鍛錬も欠かさなかった。
あとは、やるだけだ。
「行こうか、しおりちゃん」
「了解です」
全員がフロアに上がり、三人が壁際に下がる。
「硬装竹!」
叫びが魔界の植物を生やし、下からの階段を完全に囲ってしまう。万が一、誰かが上がって来ても視線が通らないようにするために。
その行動に驚く文城たちの前で、ゴーレムが敵を求めて動き出す。
「さーて、毎度おなじみチュートリアルボス戦、よろしく頼むぜ」
新調した棍を一振りし、進み出る。
こうしてみると確かにデカい。でも、石喰いのデカさと威圧とは、比べ物にならないほど、小さかった。
「行くぞ!」
挑むように叫びをあげると、俺はゴーレムめがけて吶喊した。




