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REmnant・REvenants・REincarnation ~異世界転生日本人、魔界の最下層で生きていく~  作者: 真上犬太
れ・れ・れ Day by Day 05

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異世界浮世床


「ねえ、リーダー」


 それは、塔での一仕事を終えて、ムーランに帰る道すがら。


「最近、ヤマアラシっぽくなってない?」


 柑奈から、謎の指摘を受けたのがきっかけだった。

 そのまま銭湯に入って汚れを落とし、脱衣所に戻って来て、自分の姿を鏡に映す。


「あー……確かに、ヤマアラシだわ、これ」


 今は毛皮が濡れているが、それでも全身の毛は伸び放題。服や鎧でこすれる部分と、頭や腕なんかで、長さが違っている。

 多分、このまま乾燥させると、とんでもない跳ねっぷりになるだろうな。


「柚木ー、お前、毛皮の手入れとかどうしてる?」


 番台に座っているロップイヤーの模造人モックレイスは、ちょっと考えつつ、答えを返した。


「ぱちもん通りと城下町に『浮世床』って店がある。あとは、美容院だな。東前通りに一件、俺はそっちの店だよ」

「そういやお前、いつもきっちりしてるもんな」


 服装もそうだけど、毛並みも整っている。結構なお洒落さんなんだよな、コイツ。


「で、その店って?」

「スタイリスト・セオ、ってとこだよ」


 タオルで水気を取りながら、上がってきた文城が疑問に答えてくれる。

 そういえば、文城の毛皮も意外ときれいにしてるよな。


「前の、決闘のときにね、僕の毛皮、カットしてもらったんだ。それからずっと、そっちに行ってる」

「おおー、じゃあ、俺もその店に行ってみるかな」


 そう言うと、二人はなぜか顔を見合わせ、微妙な顔をした。

 あれ、もしかして、何か問題が?


「小倉、お前はたぶん、店主にめんどくさがられる」

「は? なんでだよ?」

「僕は平気だけど、孝人は……気を付けたほうがいい、かな」

「文城まで!?」


 珍しく意気投合したのか、柚木と文城は、微妙な半笑いで頷いた。


「行ってみればわかるさ。たまにはお前も塩対応されればいい」

「で、でも、ちゃんとしたお店だからね。そこは心配しないで」

「……なんなんだよ、まったく」


 納得いかないものを感じつつ、俺はその店に行ってみることにした。



 その店は、P館東前通りの、奥まった場所にあった。

 コンクリの壁に窓にはカーテン、ドアのところに申し訳程度の『スタイリスト・セオ』のプレートが掛かってるだけ。

 店構えが目立たなくて、あやうく通り過ぎるところだったぞ。

 普通美容院って、百メートル先からでもわかるような、おしゃれな外装にするもんじゃないか?


「なんか、分かってきたかも。あいつらの反応の理由」


 ドアに手をかけて、中をうかがうと、白いシーツのようなものをかぶせられた長椅子的な何かが二台、置かれている。

 いわゆる美容院的な鏡も二面あったから、普通のカットもやってるみたいだけど。

 ただ、店員らしいヒトの姿は、どこにもない。 


「こ、こんにちはー。カット、お願いしたいんですけどー」


 外に看板が出てたし、開店日だと思うんだけど、大丈夫なんかな。

 なんて思ってると、死角で見えなくなっていたレジの中から、ウサギの模造人モックレイスが、進み出てきた。

 灰色の毛がふわふわした、いわゆるアンゴラ系で、目元も隠れているせいで表情が分からない。ただ、乱雑に伸ばしているんじゃなくて、きれいに切りそろえられていた。


「誰」

「……えっと、カット、お願いしたいんですけど」

「ハーフ? オール?」

「す、すみません。俺、模造人モックレイスの床屋って、初めてで」


 ウサギはむっつりとした顔で、レジ裏から一枚の紙を取って差し出してくる。

 そこにはカットメニューと料金が書かれていて、ようやく彼が、何を言っているのかが分かった。


「頭と手足なんかのパーツだけで済ませるのがハーフで、全身トリミングがオール、なんですね」

「そう。どうする」


 なんかいかにも不機嫌全開というか、取り付く島もないヒトだ。多分、口下手というかコミュニケーション取りたがらないタイプなんだろう。

 ってかこのヒト美容師だろ。美容師って言ったら、ハサミと一緒に口が連動して動く、陽キャ全開人種じゃなかったっけ?


「決めて。早く。予約、あるから」

「あ、ああ。じゃあ、ハーフで」


 口調はぶっきらぼうだけど、物腰自体は丁寧で、椅子に座らせた後は、カットした毛が飛散しないためのケープをかぶせてくれた。

 ただ、人間用のと違うのは、両腕を出す用の穴があること。


「短め? 長め?」

「短めで。長くても邪魔になるし」

「わかった」


 それっきり、彼(だと思うけど自信がない)は、一言も口をきかず、仕事を始めた。

 霧吹きで毛皮を濡らし、ハサミを入れて長さを整えていく。

 早い、そして正確だ。

 しゃき、しゃき、と心地いい音と共に、まばらに伸びた毛並みが、ふわふわの質感を取り戻していく。

 鏡の向こうの俺も、だらしないパンクロッカー崩れから、ジェントルな清潔感のある感じになっていた。


「おー、すげえ、結構変わるもんだなぁ」

「……シャンプー、いる? それとも、このまま帰る?」


 このヒトにしては、かなりのロングセンテンス。俺は少し考えて、首を振った。


「この後の仕事、差し障りそうだし、やめときます」

「うん」


 そのまま切った毛を払ってもらい、椅子から降りると、彼はレジ前に回ってこっちを待っていた。

 お代を渡すと、


「ありがとうございました」


 と、短い挨拶だけ。

 俺も頷いて、そのまま店を出た。


「……なるほど」


 いつの間にか緊張していた四肢をほぐすと、俺は苦笑しつつ、ぼやいた。


「俺、そんなにおしゃべりって思われてんのかぁ」



 その日の晩。

 ぱちもん通りのバー『ナイトホークス』に入ると、


「あら小倉さん。こんばんわ」

「おう。来たのか」


 バーカウンターにはニーナさんと、三毛猫の模造人モックレイスが並んで座っていた。

 三毛猫の方は、居酒屋『大しけや』の店主、野村さんだ。


「こんばんわー。って、二人ともお知合いだったんですか?」

「古いおなじみさんよ。わたくしも野村さんも、この街にずいぶんいるから」

「せめえ街だかんな。店なんぞやってると、自然とそうなるわな」


 ニーナさんはカラフルなロングドリンク、野村さんの方は透明な蒸留酒をロックか。


「ジントニで」


 いつものを頼むと、二人の隣に座る。ニーナさんは座ってても高身長だから、その向こうにいる野村さんが隠れる形だ。


「あら、カットなさったのね。当ててみましょうか……誠也さんのところでしょ」

「セイヤ……、スタイリスト・セオの店主さんって、そういう名前なんですね」


 そういや、相手のフルネームも聞いてなかったな。ああいう店って、名刺とか渡してくるのが常なのに、そういうのもなかったぞ。


「あいつぁ喋らねえからな。聞いてもめんどくさがって、答えねえしよ」

「それでいいんですか美容師として。カットしながら営業トークってのが基本じゃ?」

「あの方、それが嫌で、美容室に勤められなかったんですって」

 

 なるほど、ものすごく納得。

 って、まともな美容室に勤められないって割には、めちゃくちゃ腕がよかったけど。


「じゃあ、どうやって腕を磨いたんですか?」

「ヤ―公の専属やってたんだとよ。あとは、堀の中の受刑者相手とかな」

「え……ええええええええ」

「もちろん、それだけではなくってよ。介護関係の出張サービスとか、あまり喋らなくていい仕事を中心にね」


 思った以上にすごい経歴だ。てか、そんなコミュニケーション苦手なヒトから、よく情報を引き出せたな。


「こっちに来てからは、無愛想な接客でも何とかなってるって、よろこんでらしたわね」

「美容師の仕事は好きだけど、ヒトとしゃべるのは苦手、かあ」

「まあ、オレもでぇっきれぇだけどな、ちゃらちゃらした喋りの美容師はよ。口を動かさずに、手ぇ動かせってんだ」

「わたくしは、昔ながらの床屋さんの、落ち着いた雰囲気が好きだわ。程よく眠くなるような、あの感じが」


 そういえば、あの店の雰囲気も、どちらかと言えば床屋さんよりだったな。

 子供の頃、親に連れて行ってもらった町の床屋。

 産毛そりの前、口の周りにもこもこの泡を付けてもらうのが、なんか面白くてすきだったっけ。


「ところで、小倉さん。ハーフになさったようだけど、それでよろしかったの?」

「え?」


 苦笑しつつ、ニーナさんは俺の襟元を指差す。

 その辺りはハサミが入ってないから、カットしてもらった部分と、ボリュームが違ってしまっていた。


「ハーフカットはマメにハサミを入れる方や、短毛種の方向けなの。小倉さんはそれなりに毛量もおありだし、改めてオールにされた方が、よろしいんではなくて?」

「あ……あー、そうっすねー」


 いくら無愛想だからって、その辺りのレクチャーはしてくれよ。いや、渡された紙に、注意書きが書いてあったような気もするけど。

 とはいえ、ここはいい方に考えよう。


「こうなったら、この街の床屋さん、両方試す機会と思っておきますよ」

「次は浮世床というわけね。わたくしとしては、改めてセオをお勧めいたしますけども」

「職人の違いってのが出ちまうからなぁ。素人がやるよりゃ、まともになるだろうが」

「元々、そんなにカッコつけるわけでもないし、これも話の種ってことで」


 そんなことを話している間に、店の戸口にどやどやとやってくる影がある。


「おー、遅れちゃってごめんねぇ。パンだねのご機嫌が悪くてさー」


 ふかふか屋の店長であるパンダさんに、


「へぇい、ぶぇなす・のーちぇーす。マスター、ビールお願い」


 タコス屋の店主であるジャガーさんが入ってきた。


「なにかの寄り合いですか?」

「ぼくたち飲食つながりで、時々飲みながら近況報告してるんだ。垣田君とこは小麦を扱ってるから、その辺りの話とか」

「P館の小麦って、質がまちまちなとこあるんだわ。粉ものはデリケートだし、そういう情報交換、大事なんだよねぇ」


 暢気そうなパンダさんと、いい加減そうなジャガーさん、この二人もそういう面はしっかりしてるんだろうな。


「じゃあ、俺はもう上がりますね。邪魔しちゃ悪いし」

「ごめんねー。気を付けて帰ってね」

「次にうち来たら、なんかサービスしちゃうから。あでぃおーす」


 そのままお代を払って、店を後にする。

 しかし、床屋でここまで苦労するなんて、まだまだ模造人モックレイスとしての経験値が足らないなあ。

 

「いや、もう少し初心者に優しくしてもよくないかぁ?」


 そんなことをぼやきながら、家路をたどった。



 そもそも『浮世床』というのは、古典落語の演目の一つ。

 いわゆる髪結い床――江戸時代の床屋さんのこと――を軸にした噺の総称だ。

 せっかくだから、ということで、城下町の『浮世床』に行くことにしたんだけど。


「あ、ネズミちゃーん、おっすー」


 なんと営業場所は、別天吉原の木戸の内。間の悪いことに、宇藤さんが髪のセットをやってもらっているところに、出くわしてしまった。


「……すみません宇藤さん。ここって庶民の床屋さんですよね?」

「あー、ねー、あーしってば、ここのお客さんになって、お店のチェックもしてんの。品質管理? ってやつ」


 近代的だった『スタイリスト・セオ』と違って、こっちは畳敷きの店内に大きめの鏡台が置いてあって、職人さんたちがハサミやかみそりを手に、大忙しで作業をしている。

 宇藤さんの方は、自分の髪の毛をいわゆる『高島田』に結わせつつ、手指の爪にマニキュアを施してもらっていた。


「すみません。なんか俺の中で、江戸の情緒がねじれ曲がって形成されていく音がするんですが?」

「えー、なんでー。ほら、こういうの、結構かわいいっしょ? 和服着けるとき、こっちのがアガるっていうかさー」

「バリバリ江戸風の髪結い床で、島田に結ったサキュバスの姐さんが、爪にマニキュアしてビーズでデコる姿とか、情報量多すぎてキツイっす」


 けらけらと笑い飛ばされてしまい、俺はすべてを忘れることにして、お店の人にオールでの手入れをお願いする。


「三番さんおーる一丁!」

「はい三番さん、おーるね!」


 まるで居酒屋のコールだけど、数人の職人さんが俺の周りに集まる。みんな背丈の小さなネズミやウサギばかりで、背の高いヒトはいない。


「あの、もしかして浮世床って、就職に種族制限とか、あるんですか?」

「あんねー、ネズミちゃん。それって、別天の中だけだよ。ぱちもん通りのとこは、普通に背の高いコとかもいるし」


 俺は服を脱がされ、腰に短い腰巻を巻かれて、その場に寝かされる。

 わかってはいたけど、全身カットするなら、こうなるしかないよな。


「三根せんせーと、おーちゃんが相談したんだわ。吉原の仕事、増やすためにってさ」

「吉原の仕事を、増やす?」

「お客さん、よそで切ってきたみたいですけど、うちで全部揃えます?」


 職人さんの質問に、俺は少し考えて、揃えてもらうことにした。

 瀬尾さんには悪いけど、次にカットするときは、向こうでオールを頼むことにしよう。

 それから、背中に蒸したタオルが当てられ、いい香りの油が使われて、静かにハサミやかみそりが当てられていく。


「その、申し訳ないんですけど、吉原って言えば、アレ、ですよね?」

「セックス売ってるって話っしょ? そーいうお店もあるよ。でも、全部じゃないしー、ネズミちゃんの思ってんのとも、違うかもね」

「江戸の、本物の吉原(・・・・・)のしきたりは、ご存じですかい?」


 職人さんの一人の言葉に、俺はあまり体を動かさないようにして頷く。腰や太もものあたりにも刃物が入ってるからな。


「お座敷に上がっても、最初は同衾どうきんどころか、御馳走のお膳を出して、対面するだけで終わり。って奴でしたっけ」

「別天は、そういうのを参考にして、簡単には『致せない』ようにしてるんですよ。相手の素性を吟味して、提供する側が嫌だと言えば、客は引っ込む。そういう決まりなんで」

「……そ、そんなんで、商売として成り立つんですか?」


 俺の疑問に、宇藤さんは笑って答えた。


「ほっとんどのお店はねー、カワイイ女の子とか、男のヒトとかとー、ゴハン食べたりおサケ飲んだりするだけ。歌とか踊りとか見せたりー、一緒にゲームしたりねー」

「……い、いわゆる『芸者遊び』、ってことですか!?」

「名前が名前だけに、皆さん誤解されますけどね。そういう店が欲しい、ってお方には、しかるべき場所にご案内してますが」


 そういやある時期の吉原も、芸子が歌や踊りでお客を歓待するのがメインで、葛飾北斎をはじめとする文化人が通ってた、って話だったっけ。

 そして俺は、この場所の真意に気づいた。


「そういうことか。俺みたいなネズミとか、体の小さい模造人モックレイスに働き口をあっせんするため、ってことなんだ」

「歌や踊り、ゲームのお相手なら、塔や森に入るよりは苦労は少ない。床屋の職を手につければ、ここを出てもやっていけるでしょうよ」

「アレだよアレ、しょくぎょーくんれん? 的なヤツー」


 うーん、外から見るのと内情を知るのとは、ホントに違うなあ。これなら一度、文城を連れて遊びに来てもいいかもだ。


「すみません、次はあおむけに、お願いします」

「う? あ……はい」


 指示に従って、俺はあおむけに寝転がる。

 なんというかこの姿勢、ひっじょーに恥ずかしいというか、なんというか。

 そんな俺を、身支度を整え終わった宇藤さんが、目を細めて眺めている。


「……な、なんすか」

「ネズミちゃん、かーわいい」

「…………!?」


 そして、意味ありげな笑みのまま、立ち去っていく。

 いやちょっと、その発言と視線の意味は何!? 俺の何をして、かわいいと述べたのですか!?


「はい、それじゃ剃ってきますね。身動きしないようにお願いしますよ。……うっかりすると、うっかりするかもしれねえんで」

「何をうっかりするんですか!? ご安全に! ご安全にお願いしますっ!」


 妙に神経をすり減らした俺は、どうにか無事 (?)に、毛皮の手入れを終えた。

 これでしばらくは、床屋の世話にならなくてもすむだろう。


「トリマー嫌がるペットって、こういう気分なんだろうなー」


 それは、特に知りたくもなかったトリビアだ。

 ともあれ次回の手入れからは、もうちょっと、うまくやれるだろう。

 そして、


「いったい、俺の、何がかわいかったんだぁあああああああっ!」


 決して解き明かされないであろう悩みを、俺は帰りがけに寄ったカラオケボックスで、全身全霊を込めて、絶叫したのだった。

本小説は一般向けの娯楽作品であり、猥褻は一切ない。いいね?

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― 新着の感想 ―
ヘソ天のまま緊張で固まった鼠ちゃんがトリマーさんに毛を刈られている姿なんてかわいいに決まってますよね! 普段しっかりしてる孝人さんがこれをやってるかと思うとギャップ萌えで更にかわいいです。
孝人がVIOくらいの手入れは自分で……!として失敗するか目撃されててんやわんやなんてことを妄想した
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