13、Precious Junk
壁にはまった結晶が一斉に輝き、おぼろな魔法使いの影を生み出していく。
その瞬間、すでに紡の白い姿は部屋の中心に突き進んでいた。
「二人とも盾構え! 頼むぜしおりちゃん!」
「はい!」
文城と柑奈が盾を構え、敵の攻撃からこちらを遮る。
その背後でしゃがみ、両の翼を床に当てると、チョウゲンボウの模造人は高らかに叫んだ。
「『緑の指』全力展開! 争いの火種に寂漠をもたらせ!」
石畳に走る無数の亀裂、その全てが広大なフロアを覆い尽くし、
「屹立せよ――『硬装竹・竹林精舎』っ!」
風が吹き渡る竹林のような、騒々しくも静寂を感じさせる音が響く。
外周を囲むすべての壁の前に、黒い竹が密生していく。ウィザードたちの発生場所であり、決して攻撃を当ててはいけない結晶を覆い隠した。
「来るよ! しっかり踏ん張って!」
柑奈の叫びごと潰すような、強烈な破裂音。ウィザードの放った魔法が、硬い盾の護りにぶつかって弾ける。
「っぐ……」
「ふみっち!」
「だ、だい、じょうぶ」
よろめき、下がり、それでも盾を支える文城。
その足元で、肩で息をするしおりちゃんは、必死に顔を上げた。
「次で、最後です。あと、お願いします」
堅く目を閉じ、絞り出すように、叫ぶ。
「其は悠然と地を歩み、瞳は燦爛と燃ゆるが如く!
猛き虎の威を、戦人に授けよ――竹林群虎の陣っ!」
それは間欠泉のように、唐突に地面から噴き出す。黒々とした、太く巨大な竹が、平坦だったフロアに無数にそそり立った。
もちろん、物質的な制約を受けないウィザードたちに、障害物は意味がない。
だが、
「――!?」
手にしていた杖は別だ。
見えてる姿はただの幻、実態は結晶の塊を先端に付けた杖の方。武器の取り回しが悪くなった環境に、敵の動きが鈍くなる。
「しおりちゃん!」
「しおり!」
荒い息をつき、苦し気にうずくまる姿。
この十階に来るまで、連続して力を使い続けてきたんだ。俺や文城のような手品じみたものではなく、本物の魔法に等しい力を。
「孝人! しおりを下に逃がしてやれ!」
突然生えた無数の竹などものともせず、むしろそれを足場にして、飛びあがる紡。
準備が終わるまで敵の攻撃をかわし切り、完璧に近いヘイト管理を行っていた。
「後は俺たちの仕事だ! そうだろ!?」
「いえ……ここにいます。せっかく、ですから」
「それじゃ、手早く終わらせないとね」
荒々しい音と共に、手にしていた盾を床に突き刺し、更に文城から受け取った盾で壁を作ると、柑奈は鳥の体を安全地帯に横たえた。
「すぐに終わるよ。待ってて」
「……はい」
美少女の擬態を解き、銃を両手に進み出る。その視線の先に、生身で三次元戦闘を繰り返す白い狼の姿があった。
「あいつ、あの調子で崩落クエストでも戦ってんのよね。ダンジョンは出禁だけど、討伐系では頼りにされてるわけ」
「それであの強さか……とんでもねえバケモンだ」
「じゃ、後は任せて」
腰をかがめ、背中とふくらはぎから噴射炎を撒き散らし、
「紡!」
甲高い悲鳴のような風切り音を残して、青い鋼鉄の戦闘機械が躍り出る。
「おう! ここで決める!」
青と白、ふたつの影が空中で交差する。
舞いあがり、両手にした二丁の銃を、何かを抱くような姿勢で広げて構える。
「あたしの弾丸は、百発百中。全部残さず平らげてってね、ご主人様!」
それは結晶を弾頭に詰め込んだ特殊な銃弾。灼熱するマズルフラッシュと、真紅に輝く曳光弾のような光の筋が、豪雨となって叩きつけられる。
頭上を抑えられたウィザードが、被害を避けるために身をひるがえした、瞬間。
「残確剣」
かっ、と、短い音を立てて、一本の杖が断ち切られる。
目で追うことも出来ず、音のあとで、ようやく何が起こったか分かる神速の斬撃。
だが、それだけじゃない。
「ボスの癖に、ちょろちょろ逃げてんじゃねえ!」
避けている。ウィザードの魔法の斉射だけでなく、降ってくる銃弾の雨さえも。
いったい、何をどうやったら、あんな領域にいけるんだよ。あいつだけ基礎スペックが違い過ぎないか!?
「おらぁっ、二体目!」
黒い竹を駆けのぼり、すり抜けざまにもう一本叩き斬る。敵の攻撃を避けるための障害物として考えた『竹の陣地』。
その茂みの間を、まるで自分の庭のように駆け抜けていく。
「あんたにだけ、いいカッコ、させてなるかってぇの!」
まるで墜落するような勢いで、空の高みから急降下する柑奈。虚空にマガジンが排出され、能力で再装填される。
そして、超至近距離ですれ違うウィザードの杖が、蜂の巣になって砕け散った。
「三体目!」
一見して優勢な状況。その勢いを封じるように、銀色の輝きが竹林を縫うように飛ぶ。
虚空を走る輝きの魔弾が、鳥のように動いていた紡を地面に叩き落とす。
「くっそ! やりたがったなぁっ!」
その背後に、幻のように立つローブ姿。杖の先から金の鎖が飛び、白狼を縛り付ける。
身もだえし、振りほどこうとした紡の頭上で、虚空が裂けた。
「あ――」
巨大な岩石、避けることも剣で斬ることもできない。
今、こっちで時を止めたところで間に合わない。
「つむぐ!」
曳光弾を撒き散らし、束縛する魔法の杖を砕き、青い機体が肩で狼を押しのける。
「あと、四体っ!」
叫びが、耳に痛い衝撃音と重なり、岩に吹き飛ばされた柑奈の体が、きりもみしつつ外壁に激突する。
「てめええええっ!」
吼えつつ、狼が走る。
叩きつけられる銀の流星のような光を、剣で弾き装甲でいなす。そのうちの一発が、疾風の動きを生み出していた足をかすめた。
「っぐ! 痛っ、たかねえええっ!」
たたらを踏んで動きが鈍ったところへ、青い電撃の網が襲い掛かる。避けるすべもなく全身を焦げ付かせたところへ、冷たい冷気の礫が叩きつけられた。
「文城、その剣、あいつらに効くんだよな!?」
「そ、そうだ、けど、でも」
「借りるぞ!」
使い方は聞いていた。結晶武器は、結晶を破壊したときのエネルギーを、武装や鎧に通して使うのだと。さっきの猪のおっさんも、槍に仕込みをしていた。
考えている時間は無い。
文城の剣を引き抜き、口にくわえ、四つ足で走り出す。
せめてどれか一体、そう思う視界の端に、距離を取って銀の光を放つ姿がフォーカスされる。
その傍らには、太い竹の幹。
かちり。
竜頭を刺激し、時を止める。つるつるの表面を登ることは無理だが、節に飛びつくようにして体を持ち上げる。
一段、二段、三段、止まったウィザードの顔の脇を通り過ぎ、
「あ」
時が動き出し、目のないローブの顔がこちらを認めた。
銀色の光が、紡ではなく俺に向けられ、
「そう何回も」
かちり。
「丸焼きにされて」
竹の幹を蹴る。まるで綿か水の中を泳ぐように、もがきながら。咥えていた剣を、肩に担いで、柄の中にある結晶を、粉砕する機構を弾く。
「たまるかよおおっ!」
停止が解ける。
凶悪な慣性が全身を押し出し、光り輝く剣が太い木の杖を切り飛ばした。
「五体目ぇええええっ!?」
無茶しすぎた、このままの勢いじゃ、普通に墜落死だって。しかも、目の前に別の竹の幹が迫ってくる。
助かるためには、時間停止しかない。
だけど、残り回数は大丈夫か?
『結構いい加減なところあるから』
乙女さんの苦い笑みがよぎり、
「信じたからな、ブラブラおじさんがぁっ!」
かちり。
手ごたえと共に、世界が止まる。自分だけは強烈な慣性の余韻を保ったまま、幹に近づき、必死に両足を掛けて勢いを殺す。
「うぐうううっ!?」
時間が解凍し、強烈なGに両足が痛んで、そのままだらしなく地面に墜落する。それでも、何とか死なずに済んだ。
だが、
「しまった……っ」
金時計の竜頭が砕けて、普通の円筒形のパーツがむき出しになっていた。これ以上、時を止めて援護はできない。
「つむぐ!」
電撃を浴び過ぎた白狼の体が、片膝を突く。援護が間に合わなかった、倒すべき相手を間違えた、それとも。
「おい、こうと……その剣、結構いい奴だな」
狼はその場で大きく身をねじって、
「俺に貸してくれよ!」
愛剣を、自分の背後に回り込んでいたウィザードの杖に叩きつけ、切断する。
残り、二体。
「受け取れ!」
俺は渾身の力で紡に剣を投げつける。加減なんて考えていられない、むしろその身体に突き刺す勢いで解き放つ。
残った二体が雷と、氷の力を掲げて狼に向けて叩きつける。
そう、思っていた。
「クソッ、逃げろ孝人!」
氷の青い輝きが、こちらに焦点を合わせていた。
今度こそ避けきれない。
魅入られるように、見つめていた杖の先が、切り飛ばされる。
同時に、輝く雷光が、視界の端で炸裂した。
「つ……む、ぐ」
焼け焦げ、崩れ落ちていく紡の体。おそらく、どちらでも間に合った。どちらかの魔法を遮ることができた。
だから、俺を助ける方を選んだんだ。
残り一体。でも、もうこっちには使える戦力が無い。
判断ミス、感傷や感情論を優先したから、ここでみんな。
「――あ」
その時、誰かが俺の隣に立っていた。
手にしているのは、紡の剣だ。
多分、側に転がってきた武器を、手渡すつもりだったんだろう。
膝が震えている、構えている手だっておぼつかない。
涙と恐怖でぐちゃぐちゃに崩れた顔で、それでも。
「あ、あど、いっだい!」
振り絞るように、文城が叫んだ。
無茶だ、無理なんだ。根性だの、なけなしの勇気だので、どうにかなるものじゃない。
それでも、あきらめたくないのは、俺だって同じだ。
どうすれば、この状況で勝てる。
そんな逡巡を許すこともなく、雷の杖が振り上げられ、
「左に飛べ、文城!」
叫び、俺が右に飛ぶ。
そして電撃が、放たれなかった。
なぜ、どうして、その疑問を掴もうと伸ばした手が、氷の杖を切った剣に触れた。
「まさか……優先度判定、か?」
剣を引き寄せ構えを取ると、途端に文城に向けていた杖を、待機に切り替えた。
雷撃の杖を構えながら、それでも敵は動かない。そう言えば、マスターウィザードの時もそうだった。
焼け死にかけていた俺と、逃げだすのもままならなかった文城達を、選べなかった。
おそらく、ウィザードたちには意思が存在しない。敵対存在の行動に応じて、仕込まれている『コマンド』を実行しているだけだ。
それゆえに『状況が拮抗した二択』を迫られると、判断基準が鈍る。
だから、複数体のウィザードという形式で欠点を隠しているんだろう。
「雑魚のチビネズミと、運動不足のデブネコ、どっちか『優先事項』か、判断がつけられないってか」
だが、それはあくまで動き出すまでの話。
どっちかの脅威度が増せば、各個撃破される未来しかない。
「こ、こうと!」
「動くな。お前と俺の戦力が、低いレベルで釣り合っちまった結果だ。動けば死ぬ」
同時に、これは最後のチャンスだ。
こいつの攻撃をどちらかに集中させ、フリーになったほうが杖を斬る。
なんだ――簡単じゃないか。
「文城」
「う、うん」
「お前がとどめを刺せ。絶対に、杖を斬れ」
「……うんっ」
「頼んだぞ」
俺は敵を睨み、突き進んだ。
手にした剣を放り捨て、振り上げられた青い輝きを目指して。
「喰らいやがれ!」
抱えきれないほどの鉛筆を、両手の中一杯に取り出して、投げつける。
こんなものは本来、戦闘では何の役にも立たない。
魔法使いが操る攻撃の前なら、なおさらだ。
岩を止められず、魔法の弾を遮ることもできず、火で焼かれ、氷には何の意味もない。
「でもな、お前の攻撃なら、ちょっとは効くんじゃないか!?」
ほとばしる電撃の網に向かって、無数の鉛筆が投げつけられる。
一瞬のうちに、目の前が真っ白になり、毛皮が激しく焼ける臭いが鼻を突く。
それでも、耐えられるほどに電撃は、弱まっていた。
「うおおおおおおおっ!」
飛びあがり、杖にかじりつく。閃光が杖の先にまといつき、再び魔法がチャージされていく。
手足がしびれる、目がくらむ、それでも離さない。
「ふみきいいいいっ!」
一メートル超の、子供みたいな体格のネズミ。それでも、その重さの分だけ、杖が地面に近づく。
それは、俺の倍以上の背丈を持つ文城にとって、手の届く高さ。
「うわああああああああああああああっ!」
不格好な、力任せの一撃。
それでも十分に体重の乗った一振りが、鈍い音共に杖をへし折った。
「ぐはっ!?」
「こ、こうと……っ」
背中を叩きつけられ、うめく俺に文城が駆け寄る。
同じく電撃の余波を受けたせいで、髭も毛皮もちりちりで、酷いありさまだった。
それでも、顔をくしゃくしゃにして、笑っていた。
「ぼく……ちゃんと、できた、よね」
「ああ、ちゃんと、できてたぞ」
「ありがと、こうと、ありがと……」
笑って、泣いて、手の中に残った手ごたえを確かめるように、文城は静かに立ち尽くしていた。
「ラストは持ってかれたかー。ま、たまにはこういうのも、いいよな」
あれだけ酷い攻撃を喰らっておきながら、驚くほどけろっとした顔で、紡が歩み寄ってくる。とはいえ、毛皮どころか防具もずたずたで、生きているのが不思議なほどだ。
「うう、良かった、よかったよふみっちー、最後ぉ、よぐがんばっだよー」
珍しく安堵の泣き顔を浮かべた柑奈が、抱き着きつつ文城の頭とお腹を撫でさする。だからどうしてお前は、そこでそういうことするのか。
「お疲れ様でした。すみません、もう少し早く起きられれば、最後のアシストも可能だったのですが」
済まなさそうに告げるしおりちゃん。ホントにこの子は、謙虚さと実力のギャップが激しすぎる。
「さてと」
俺は体を起こし、成果の詰まった箱に歩み寄る。
あの時は不意にしちまったが、今回は何の妨害もないはずだ。
「文城、お前が開けてくれ」
「……いいの?」
「クライアントはお前だ。お前のための成果だ、だから」
よろよろと、ネコの体が箱に取りすがるようにしてしゃがみ込み、ふたを開ける。
入っていたのは、金属の輪に繋がれた、十枚のチケット。
下界で配布される紙製のものではなく、金属でできた光沢は、まさにプラチナだった。
「なんだろな、こうしてみると、メチャクチャ価値があるように思えるな」
「当たり前でしょー。ギルドで代金支払って、はいゲット、とはわけが違うわ」
「そうですね。私たちの力で手にしたものですから」
文城からの言葉は何もなかった。
ただ、大切な宝物のように、金属の連なりを胸に抱いている。
『おい! 感動してるところ悪いが、こっちがつかえてるんだ。さっさと順番を譲ってくれんか!』
無粋なおっさんの声に、俺たちは苦笑する。
それから、宝箱の奥の外壁に現れた、上への階段を見た。
「あれ、いつか挑戦しないか」
「もしかして、さらに上の階、ってこと?」
「……ああ」
仲間たちは笑って、頷く。
まるで夢のような、決して届くとは思えない話だ。
でも。
「さあ、帰ろうぜ。乙女さんに報告だ!」
みんなが歓声を上げ、そのまま一階のゲートへと飛び込む。
俺たちの最初のクエストは、こうして終わりを告げた。