32、怪獣大戦争
それは、凄絶な肉の雪崩。
いびつな形に広がった、楕円形の口が、こっちに向かってくる。
巨大な杭打機を叩きつけるような突進を、間一髪ですり抜けてやり過ごす。
「もういっちょ!」
地面すれすれに、車体を傾けて走るバイク。俺の棍が再び地面を叩いて、石喰いが地面をこすりつつ、こっちに向かってくる。
リズミカルなスロットルの切り替え、マフラーから小刻みな破裂音と、急加速。
その脇を、こっちの体すれすれに、分厚い肉体が過ぎた。
突風、車体が揺さぶられ、それでもなんとか、攻撃圏内から離脱できた。
「うおおおおおっかあねええ!」
叫びつつ三度目の結晶炸裂。
身もだえしつつ、石喰いが巨体を天に伸び上げ、仰向けになって倒れてくる。
「ちょ、あ……っわ、あ」
「他愛もない」
体が熱を持ち、世界が三度瞬く。
数十メートルの距離を一瞬で移動し、その後に、バカみたいな質量が芝生や植樹された木地をなぎ倒してぶっ倒れた。
「わ、わかってたけど、わかってなかった! スゲー怖い! マジで! こわい!」
「しおり! そちらはどうですか!?」
俺のことなんて完全無視。ソールの声に、巨体の倒れた反対側で、両の翼を広げて合図をする姿が見える。
その足元には、用意された資材で組まれた仕掛け。
「さて、ここからが厳しい場面だ。仕掛けを壊さないよう、あれと踊りあかさねば」
「そっちはあんたのドラテクだよりだよ! 頼む!」
「任せなさい」
寝覚めの一発とばかりに棍を叩きつけ、結晶を破裂。伸びていたはずの体が、俺たちの左手側から弧を描きながら、すべてをなぎ倒しつつ襲い掛かってくる。
えっ、その動きだと、せっかくの仕掛けなぎ倒されるじゃん!?
「なるほど。では、こうしましょう」
ひょい、と掴みあげられる俺の首根っこ。
え、ちょっと待って。
「気を引いてきなさい!」
「ま、ま……ってえええええええええ!?」
思いっきりぶん投げられ、飛んだ先には唾液や体液まみれの、巨大な口。
やるっきゃ、ねえっ。
「うおぁああああっ!」
真正面から叩きつけ、破裂する棍。浮き上がる体。
素早く手元で一回転。さらに叩き付け、破裂した衝撃で体がさらに浮く。
『ヴオオオオオオオオオオオオ!』
ごちそうの匂いだけかがされた、石喰いが叫び、棍に残った結晶の『匂い』を追って、喰らいつこうと追いすがってくる。
臭くて、デカくて、真っ暗な口が、視界一杯に広がる。
今度こそ、飲み込まれ、
「て、たまるかあああっ!」
リロード、装填、両側合わせて残り二個!
大きく体をひねり、振り下ろし、棍を牙の生えた口元に叩きつける。
破裂、衝撃、伸びあがった石喰いの背中を転がり落ち、視界の端に赤いバイクが映りこむ。
「回収頼んだ!」
最後の一発で尻尾の逆棘を砕きつつ、衝撃で全身を押し出す。
放り出された体を、ソールの手が引き寄せ、後部座席に据えてくれた。
『オッ、アアアアアアアア!』
のたうち回り、巨体が叩きつけられ、二本目の痕跡が芝土の上に刻まれた。
「いい動きです。これなら私のフォローも必要ないのでは?」
「冗談きついっすよ! そもそもなんで直接攻撃」
ツッコミを入れようと思って、気が付いた。
相手の顔がひどく青い。そういや、卵処理に行ってくれたグラウムも『へばった』って言ってたし、ここまでの移動が、相当負担だったのか。
「倒せるかもわからない、一瞬の攻撃力と、計画を成功させる複数の補助。どちらがお好みですか?」
「ごめん! 元々これは俺のけじめだ! 辛いかもだけど、お願いします!」
「ソールさん! 孝人さん!」
二か所目の設置完了。
残すはあと一か所。俺は改めて状況を見回す。
円形に切り取られた霧の結界。その中に三か所、最大の正三角形を描くために置かれる頂点位置の仕掛け。
底辺のラインは確保した、あとは。
「あいつの体幹、ギリギリを攻めて、なぎ倒しを起こさせない。その間に、しおりちゃんの設置が終われば」
「彼女の術式が成立する時間も込みで、三分かと」
戦闘開始から、すでに五分経ってる。
これが最初で最後の機会。リローダーを使い、すべての結晶を装填。
両方で合計十発。
「タイミング見て、投げてくれ。あとは、ヤバそうなときに回収頼む」
「伸びの癖を見切りなさい。相手の動きを『視れ』ば分かります」
さっきから伸びつつ倒れる姿。
魚が跳ねて、体についた寄生虫を落すみたいな動き。確かにあれは喰らうわけにもいかない。
その上、落下地点が悪ければ、仕掛けが壊れる。
「最後の設置に入ります! 孝人さん! ソールさん!」
低空飛行をしつつ、俺たちの真後ろに控えるしおりちゃん。素早く小さな仕掛けを組み始める。
「行くぞ!」
「応!」
この計画の概要。
石喰いを、人払いの結界の内側にとどめ、しおりちゃんの『魔法』で消滅させる。
ただ、儀式の準備も、魔法の完成も、石喰いの抵抗も全部、結界の中の『最小の内側』へ詰め込む必要がある。
『ヴォ、オオオオオオオオオオオオオ!』
ここに至って、とうとう奴は食欲以外の何かを察知した。自分を取り囲む『臭い』に、脅威を覚えて、全方位を威嚇する。
今更、そんなもんにビビるかよ!
まっしぐらに突っ込んでいくバイク。このまま行くと、正面衝突のコースだ。
「背中と頭、使わせてもらっても!?」
「竜洞の管理者を足蹴ですか。いいでしょう!」
ノリ良くて助かったわ!
ソールの両肩を掴み、背中で両足を踏ん張る。
石喰いのぶっといホースのような全身が、鎌首を持ち上げ――
「叩きのめしてやれ!」
「おうさ!」
体を勢いよく持ち上げ、背中と頭を蹴って、飛びあがる。
俺の足元、過ぎていく石喰いの腹下へバイクが消え、
「うらあっ!」
分厚い背中の皮膚に結晶が炸裂。
もちろん、こんなもので穿てるようなら、苦労はない。
だが、
「千丈の堤も、蟻の一穴ってな!」
不安定な足場で踏ん張り、棍を振り回しもう一発!
『オオオオオオオオオッ!』
巨大なバケモノの筋肉が緊張し、体が大きく振動。
両足でしっかり皮を掴み、さらにもう一発!
『オアアアアアアアアアアアアア!』
張り付いたノミでも振りほどこうとするように、身震いし、絶叫する。
「もう、いっぱぁあつっ!」
リロード、装填、渾身の力をこめて突き下ろす。
確かな手ごたえ。深くめり込んだ先端。キチン質に似た皮膚の下、脈打つ肉から体液があふれて、どぶ川に似た悪臭が漏れる。
『ヴイアアアアアアアアアアアアア!』
それは、咆哮じゃなくて悲鳴。
自分の体が削られ、痛みがねじ込まれる感覚に、石喰いが一層激しく暴れ出す。
「うわああああああああ!」
思わず叫びながら、それでも棍は離さない。
同時に、両目を見開いて『視る』。
巨大な体に宿った、意外に小さな本質が『視える』。それは常に焙られ、侵され、癒えることのない苦痛を浴び続けていた。
「そうか、お前っ……こうなるしか、なかったのか」
神去の毒から身を守るために、皮膚を厚くし、肉を蓄えた。それでも防ぎようのない苦しみに耐えながら、子孫を残すために。
でも、それは、許すわけには行かない。
「孝人さん!」
それは、しおりちゃんの叫び。
組みあがった魔法を前に、銀の翼飾りを、指揮棒のように掲げた。
決定的な破滅を察知した石喰いが、魂を揺らめかせ、滅びをもたらそうとする敵へ、襲い掛かる。
「ごめんな。でも――」
腰の一振りを抜き、
「――お前の存在は、『否定』させてもらう!」
逆手に構えた一撃を、振り下ろす。
刃にこもった結晶ではない『ちから』が、皮膚を食い破り、石喰いを硬直させる。
その時、
「我、三条の否を束ね、万物を否む者!」
三つの頂点が、輝く。
光の球が大きく膨れ上がり、何かが孵る。
それは、黄金の翼を広げた三羽の大鳥。
「三毒悪蛇を微塵とせむ、舞え――金翅鳥!」
まっしぐらに石喰いめがけて飛翔する『魔法』。
すべてを滅ぼす意志で満ちた黄金の殺意。
巻き込まれたら俺も、
「飛べ! 孝人!」
ソールの叫び。
何もない虚空に、全力で身を躍らせた瞬間。
『――――!』
石喰いの巨体が、光に飲まれていった。




