31、ヨルを駆ける
夜の闇を裂いて、真紅の矢が疾走する。
はっきり言って道交法違反。
俺たちを乗せたバイクはフルスロットルのまま、甲高い金属音を後に残して、あっという間に街並みを、車を、追い越していく。
「…………!!」
ソールと俺の間に挟まれたしおりちゃんは、ずっと絶句したまま。
無理もないよ。出発してから一度もブレーキかけてないんだもん!
って、目の前にトラックがぁ!
『心配するな。炎を掴みとれる人間など、いるはずもなし』
俺たちの全身が一瞬熱を持ち、揺らめき、いつの間にかトラックを追い越していた。
そうだ、このバイクは走ってるんじゃない。
明滅しながら、瞬間移動している!?
『うちの秘蔵っ子の聲です。雷ほどではないですが、炎もこういう芸当は得意なので』
よくわかんないけど、交通規制している警官たちや、巡回しているパトカーが、まともに反応できてない。
ただ、問題が一つだけ。
「うっ、後ろにっ! 火の跡がっ! 残って!」
加速、回避、大きくカーブ。
そのたびに車道に炎が、鮮やかな深紅の帯が一瞬刻まれ、散華していく。
ある意味きれいだけど、思いっきり人に見られちゃってるよ!
『些末事です。流しなさい』
「ぜったい、さまつごとじゃ、なあああい!」
こいつらほんとに毒なんて効いてるのか!? ここまで能力全開やっといて!
『『アプシントス』が強く働くのは、衆人環視の環境下です。つまり『認識阻害』をすれば、ある程度低減が可能』
そういえば、そうだ。
俺の下宿近くでやった銃撃戦は、昼で住民の姿が少なかった時。
高速道路は、早朝の時間帯と人払いの結界。
温泉街と廃旅館は言わずもがな。
今は、夜を明滅する光と化して、地上を疾駆する。
『移動中の"トライスター"に告ぐ。こちら"アルファ"』
それは、現場を望遠で確認している観測班の連絡。
『待機中の戦車、全車両が暖気運転を開始。随行している隊員にも発砲許可が下りた』
「石喰いは」
『さっきから鎌首、もたげっぱなしだ。おまけに翼の具合を確かめてる』
一触即発。
俺たちがこれから飛び込むのは火薬庫じゃない。
噴火寸前の火口、煮えたぎった溶岩の真っただ中だ。
『"アルファ"、卵の駆除状況は?』
『少し待て――あと二か所。だが"ノヅチ"がへたばったらしい。どうする』
突き進む先の景色が変わっていく。
住宅街交じりの市街地から、高層ビルが威容を誇る摩天楼に。
本来ならあるはずの交通さえ全く存在せず、住民がいなくなった、街並みがあった。
それは壊れていく世界、舵取りも水夫もいない、沈みゆく船のようで。
仲間のネズミさえ逃げ出した場所へ、俺たちは突進する。
『いざとなれば"バックアップ"を要請します。その前に、何としても一か所、確実に潰させなさい』
『了解。"ノヅチ"の癇癪で、喰い殺されないよう祈ってくれ』
ビルの林を抜け、巨大な陸橋を駆け上る。
はるか遠望が開け、俺たちの視線の先、夜の闇を煌々と照らす光の束が、揺らめく場所がみえてきた。
「あそこか!」
『ショートカットします。命がけで体を保持しなさい』
冗談みたいに、車体が道路わきの落下防止柵に体を寄せていく。
ちょっと、マジで、待って待って待って!
「ああああああああああああああ!」
突き抜けた。
慣性に従って、空間を横滑りしていくバイク。その先にはビルの屋上。
もちろんそこには、固くて頑丈な高い柵が。
「うひゃああああっ!?」
すり抜ける、陽炎のように。
タイヤはグリップさえせずに炎の痕跡を残し、そのまま車体は反対の柵をすり抜ける。
そこまではいい、そこまではいいけど。
「ダメだって! ぶつかるって! どうすんのこれえええ!?」
目の前に迫ってくる真向いのビルの壁。
確かに炎は人間の手じゃ掴めない、網だってすり抜ける。
でも、明らかな石壁は絶対ダメでは!?
『何度も言わせるな』
ドン、という衝撃。
優秀なサスペンションが悲鳴を上げつつ、俺たちの重量も、慣性さえも受け止めきり、
『炎を止められるものなど、ありはしないと!』
ロケットのような加速で、壁を斜めに突き走った。
「ショートカットって、こういうもんじゃないでしょおおおおおお!」
まるでパチンコ玉、あるいはフリッパーゲームみたいに。
はねて、はじけて、ぶっ飛んで。
しまいには、前転しながら、大空を舞い上がる。
「あ……」
頭上/足下を、暗い街並みが通り過ぎていく。
本来なら、この時間でも明かりがともって、日々の苦労と、ささやかな喜びのが交わされるはずの場所。
その谷間に、壁を『蹴りながら』降りると、車道を走りだす。
そのまま、過去と再開発のはざまにたゆたう雑多な街並みを抜け、バブルの余勢を駆って生み出された、海岸沿いのビル街を通り過ぎる。
『"トライスター"! 戦車隊が移動を始めた! 展開されたらどうしようもないぞ!』
『決然たる突撃と、焦眉の暴走は別物だというのに! 仕方ない!』
バイクの動きが、明らかな無茶へと向かっていく。
するすると近づいていくのは、海と陸を隔てている防波堤。
「ソールさんっ! ソール様っ! 火と水って、めっちゃ相性が悪いのではぁっ!?」
『なら、試してみるか!?』
やけくそ気味の叫びと一緒に、俺たちの体が、海へと飛び込んでいく。
もしかして、川とかでやる石切みたいに、水の上を跳ねていこうとしてる!?
そんなの、無理に決まってる。
あっという間に、暗い夜の黒々とした海へと落ちていき、
『目標地点、『道』、生成。無茶振り、一つ貸し』
聞いたことのない声と一緒に、海の上に白い道ができていた。
堅牢な氷の舗装道路。
それは自衛隊の完全封鎖が、唯一及ばない、ありえざるルート。
灼熱の炎で氷の道を焼き落としつつ進む。その先には、視界一杯に広がっていく巨大な石喰いの体。
そして、
「現着した! 結界を展開!」
掃海中の小型船舶の間を抜け、ジャンプ台のようになった氷の道を、バイクが飛ぶ。
いきなり立ち込めた濃い霧の壁を突き抜け、ブレーキを掛けつつ降り立つ。
「二人とも、準備を」
ようやく動きを止めた荒馬。
それでも心臓の鼓動はそのまま。その異音にのろのろと首を向けた、盲目で巨大なエネミー。
しおりちゃんが地面に飛び降り、俺は搭乗したまま、棍を片手に身構えた。
「結界が維持できるのは約十分。それまでに決着を付けなさい」
「上等! 頼んだよ、しおりちゃん!」
「お任せください! そちらも援護よろしく!」
棍のトリガーを起動、内部機構が結晶を装填し、勢いよく地面に先端を叩きつける。
魔法のない神去の地で、魔界の底から掘り出された『聲の結晶』が弾けた。
途端に、巨体が大きく体をくねらせ、こっちに顔を向ける。
石喰いが、長々と吠えた。
「行くぜ、デカブツ」
走り出したバイクの慣性にしがみつき、俺は挑むように声を上げた。
「パッチワーク・シーカーズ、石喰い討伐クエスト、開始する!」




