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REmnant・REvenants・REincarnation ~異世界転生日本人、魔界の最下層で生きていく~  作者: 真上犬太
Remnant case05「curiosity(好奇心)」

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27、窮鼠のひとかみ

 テレビは、煮えたぎって吹きこぼれるシチューみたいなありさまだった。

 日本の領海、その北方に集まってくる軍艦。

 西の大陸側でも動きがあったことを知らせる報道が、意外な速さで伝えられる。

 その合間に挟まれる、怪獣の動静。

 とぎれとぎれに繋がるネットは、終末論への不安と待望が、すし詰めになって流れていった。


「ハワイ沖でも、艦隊集結の動きがあった。自衛隊は陸海空、上から下まで、開戦前夜の緊張感だそうだ」

「おいおい、服務規定はいいのかよ?」

「日本国憲法は、魔法の行使とその違法性について、明確に定義していない。であれば、他の部分を順守していればいい」

「オレらが知ってる段階で、順守もクソもあるかってーの」


 なんで、なにが、どうなって。


「どうやら、すべての点と線が『つながった』結果らしい。俺たちの『小競り合い』に、"ソウガイ"の存在暴露。その上、『石喰い』自体はこの一月、世間を騒がせていた」

「に、日本に、怪獣が多数・・出現してるって思われた!?」

「その騒動に合わせて、自国の都合を日本に押し付けよう、とする動きですね」


 ソールの顔は、いかにもつまらないという、冷たい怒りで満たされていた。


「一連の事件で、日本の防衛能力に対する『警戒心』は衰えた。あんなものが唐突に出現した上、一般市民の生活を脅かし、それを排除する能力に疑義が表出している」

「『てめーんとこの軍隊・・、マジ使えねえな。オレがなんとかしてやんよ』って面で、自国の兵士を駐留か。次の一手(・・・・)への、いい口実だよな」

「一応、米軍は動いているようだが、動き自体は消極的だ。裏で鼻薬でもかがされたか、安保条約にも陰りだな」


 いきなり、日本が世界の火薬庫になってる。

 それも、俺たちのせいで。


「さーて、そろそろ、引き上げ時かぁ」


 あっけらかんとグラウムは言い放つ。

 引き上げるって、


「引き上げるって……なんだよ」

「言葉通りだよ。二泊三日の温泉旅行、飯もうまかったし、仕事に戻んねーとな」

「どうすんだよこの状況!」

「できることは、特にありません。別段、この世界に責を負っている身でもありませんし」

 

 憎らしいぐらい、わかり切った回答。

 そんな二人を見つめ、短髪は皮肉な笑いを浮かべて立ち上がった。


「では、俺も行くとするか」

「ど……どこへ」

「仲間の中には家族を抱えて、都内で立ち往生しているものがいる。そいつらの避難を手助けするつもりだ」

「でも『石喰い』の卵が」

「だからだ」


 きわめて冷徹に、同時に人間臭いふるまいで、元ゴブリンの男は告げた。


「俺にとっての優先順は、身内とその家族だ。魔王軍の同胞であり、数少ない、生きるよすがだからな」


 みんないなくなっていく。すべての原因たちが、跡を濁したまま。

 それを知っていて、俺には何もできない。

 めまいがする。

 忘れかけていた不安の種が、全身をしびれさせる。


「っは、はぁ、はっ、あ、ああ、あ、はぁっ」

「孝人さん! 落ち着いてください!」

「ったく、しょーがねーな」


 いきなり腕をつかまれ、引きずられる。

 行きたくない、行けるわけがない。踏ん張りがきかない、体が倒れて、それでも畳に爪を立てて、抵抗する。


「や、やめ、ろ」

「なんか呪詛喰らってんだろ? だったらなおさら、さっさとずらかろーぜ」

「いや……だ」

「あのなあ、いい加減にしろよ。お前」


 噛んで含める様に、乱食いの歯をむき出しにして、黒い竜は叱責を吐いた。


「ここに残って、何ができんだよ! どこに埋まってるかも分かんねえ蟲の卵に、征服欲うずかせた大国のエゴ! そのどれか一つでも、何とかする方法があんのか!?」

「ないよ! 思いつかない! でもこれは、俺が引き金になったことなんだぞ!」

「でもよ、それを知ってるのは、ここにいるメンツだけだろ? つまりバックレても、問題ねぇってわけだろが」


 首根っこを押さえつけられ、強烈な重さがかかる。

 自分の体が、畳に沈み込んでいくような。

 動きたいのに、指一本動かせない。


「お前が人間だったときでも、こういう事態はどっかで起こってたんだぜ? しかも、お前自身が事態を、取り返しのつかないレベルにしちまったこともな」

「そんな、ことは……」

「小倉孝人、中堅ソフトウェア開発会社勤務。その企業体質はブラック全開。典型的な搾取される側であり、搾取構造を『支えた側』じゃねーか」


 グラウムの嫌みが、押さえつける『聲』が、俺を標本みたいに縫い付けていた。

 まるで俺自身を捕えていた、社会そのもののように。


「自分の利益や生存のために、不都合な何かを『無視する』。よくある話だぜ? そもそもオレらには、いいか、オレら(・・・)には、何の関係もない世界の話だろ! 違うか!? 模造人モックレイスの小倉さんよ!」


 そうだ。

 俺はもう、人間じゃない。地球人じゃない。『小倉孝人』でさえない。


 ――でも。


「俺は」


 ふいに、体に残る不安をもたらす、何かが『視える』。

 か細く頼りない、過去から届いたよすが。そのつながりの先には、友愛と亡失と憤りを抱えたまま、俺の存在を待ち続けた人が、掛け続けた呪詛ねがいがある。

 その本質が『視えた』。


『お前が、死ぬわけないだろ、孝人』


 死という結果の否定。


「そんな理屈で――」


 嫌だ、嫌だ、絶対に、嫌だ。

 わかったような態度も、行き詰った状況も、誰かの都合で振り回されるのも。

 だから俺も、否定する。


「――納得したくないんだよぉっ!」


 齧歯が、食い破っていた。

 縛る聲を、押しつぶす聲を、屈服させようとする聲のすべてを、否定して。

 

「ってぇえええええっ!?」

「ふざけんな、ふざけんな、ふざけんなああああああああああ!」


 噛みつく。

 顎の力いっぱい、太くて黒い、分厚いゴムのような弾力の肉を。

 それが何だろうと、たとえ神であろうと、かみ、くだくために。


「いいかげんに、しろやあっ!」


 抵抗は、あっけなく降り飛ばされた。なんかにぶち当たって、地面に転がる。

 とたんに力が抜けて、金属音で鼓膜が満たされた。


「だからっ、神去は嫌だってんだよ! ああクソッ! 全部貫いてきやがって!」

「孝人さん!」


 抱き起こされ、ようやく事態を確認できる。

 俺の側にはしおりちゃんと短髪、しりもちをついた姿勢のグラウムのそばに、こっちを見透かすような表情をした青年。


「だから何だ! オレに喰いついたところで、なにが変わるってんだ!」

「神様だろ! 俺たちよりできることがあんだろ! 好き勝手やるだけやって、迷惑かけた責任ぐらい取って帰れよ!」

「ここは神去だ! 救ったところで、オレらに益どころか害しかねえ! それとも、なにかオレたちの得になることがあるってのか!?」

「でしたら」


 いつのまにか、俺の頭から血が流れていた。

 その部分にやさしく翼をあてがいながら、しおりちゃんは決然と告げた。


「わたしたちが、事態を変える方法を提出します。それに力を貸してください」

「……対価は」


 対価って、ふざけんなよ。

 財産どころか、着の身着のままの俺たちに、差し出せるものなんて。


「あります。いいえ、これから創出します」

「そう、しゅつって……なにを?」

「ありがとうございます、孝人さん。あなたのおかげです」


 その感謝の意味は、分からない。

 でも、彼女は何かを確信して、厳かに告げた。


「天界の四竜、そのお二方に、わたしたちの『価値』を、証明します」


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― 新着の感想 ―
今回も面白かったです。 まあ……最初に現れた時に……早めに対処すれば良いのを放置したわけですからね……。 孝人君に責められるのも……残念ながら当然とも言えます。 不必要にいろいろやらかして……最…
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