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REmnant・REvenants・REincarnation ~異世界転生日本人、魔界の最下層で生きていく~  作者: 真上犬太
Remnant case05「curiosity(好奇心)」

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26、大怪獣現る

 東京に怪獣出現。

 その文字列に、日本は悲鳴を上げていた。

 すべてのテレビ局(・・・・・・・)が、現場情報や日本各地の状況をわめきたて、あらゆるネットのサービスが過熱、まともに機能しなくなっていた。


『現在、ネットへのアクセスが集中し、全国規模での通信障害が発生しております。緊急性を要しないメールやSNSサービスの使用は、お控えください』


 黒服の一人が持ち込んだラジオから、ネットの使用制限を呼び掛けるアナウンスが繰り返されている。


「マジかよ……」


 正直、あのバケモノの生存は気になっていた。川に逃げた後、死体どころか姿を現したなんて話も、一切聞いていない。

 そもそもなんで、あんなバケモノが、あそこまで巨大になるまで気づかれなかった。


「石喰いってのは臆病な性格で、砂や土掘って隠れ住んでんだよ。あとは保護色的なもんで、身を守る。普通は石やミネラル的なモンを食ってる」

「的なものって、大雑把だな」

「しょうがねえだろ。オレは生物学者じゃねーんだから。で、成虫になると、結晶を主食にするようになるんだわ」


 そこで、しおりちゃんは納得してうなづいた。


「孝人さん、グラウムさんと戦った時、結晶を使いましたよね?」

「……ああ! こいつのバイクふっとばした時!」

「そういや、それもあったか。……慰謝料どうしてくれっかな」


 聞かなかったことにして、俺は変わり映えのしないテレビに視線を移す。

 巨大な怪獣は、広々とした公園に体を横たえ、身動き一つしない。

 

「喰いすぎ太りすぎで動けない、ってことですかね、グラウム先生」

「そういうイジリしてくっと、かじり取んぞ? ……まあ、大方寿命だな」


 寿命?

 その言葉を聞き返そうとしたとき、画面が切り替わる。

 甲高いローター音をBGMに、眼下の光景を写し取ろうとする取材班の光景。


『えー、わたしたちは現在、お台場で身を横たえる怪獣を、目視できる位置まで接近しております!』


 それまで身動き一つしなかった『石喰い』が、異物の侵入に反応して首を持ち上げる。


『おそらく、わたしたちとの距離は五百メートル、といったところで――』

『――そこの取材ヘリ! ここは避難区域に指定されている! 直ちに離れなさい!』


 暗緑色に塗られたもう一台のヘリ――おそらく自衛隊機――が、警告を放ちながら空域に割り込んでくる。

 それまで以上の騒音に、怪獣の口が、大きく開かれた。


「――あ!」


 閃光。

 テレビ画面が白飛びし、ノイズが走り、遠く聞こえる悲鳴。

 誰かが手早くチャンネルを切り替えると、体勢を崩しながら斜めに滑っていく報道ヘリの、やけにゆっくりとした動きが流れ。

 

『しばらくおまちください』


 の、無機質なテロップが、映されるだけになった。


「バカな奴ら」


 呆然としていた俺たちの耳を、皮肉たっぷりの黒饅頭の声がやすった。


「テメエを、特撮番組のキャラと勘違いでもしたか? いいを撮る役が死ぬはずがないって? 危険手当つけてもらってたかも、怪しいもんだ」

「直撃を喰らった様子はなかったし、機体の立て直しも試みていた。墜落場所が海なら、生存の可能性もあるだろう」


 短髪はさすがの分析力で、状況を評していた。

 そういや、自衛隊機の方はどうなったのかな。マスコミの方は自業自得だけど、あっちは仕事だからな。

 十分ほどの中断があって、すべての報道番組から一時的に、現場映像が消えていた。

 あとは淡々と、周囲への避難勧告と現場付近への接近禁止が、政府から正式に通達されたということが告げられるのみ。


「どうすんだよ……これ」


 俺のうめきに、答える声はない。

 まさか、こんなことになるなんて。いや、どうしてこんなことに。


「……魔王城のゲートは、緊急起動用として、澱聲結晶を利用する仕組みを備えていた。お前らが偶然作動させたゲート、奴はそれを『食い物』と思い、襲い掛かった」

「『石喰い』に目はねえ。振動や波長、後は臭いで理解する生き物だ。栄養たっぷりの結晶にかぶりついたと思ったら、知らねえ場所に飛び出した、ってとこだろ」


 状況証拠から組み立てられる、事件のあらまし。

 でも、そんなことが分かったところで、何の意味もない。


「あいつのこと、寿命って言ってたけど、本当か?」

「本来の図体より、でかくなりすぎだ。それと、毒が効いてる」

「毒って……神去の毒!?」

「神、悪魔、超常の者、そして怪物。そういう一切を殺すのが、この世界ですから」


 そういや、ヘリがやってくるまで、あいつはほとんど身動きもしなかった。

 腹がいっぱいで眠くなってるとかじゃなくて、この世界に殺されかけてるからか。


「いきなり知らない場所に出たと思ったら、周囲は毒まみれで。それでも必死に、生きようとしてたってことか……」

「そういうことだろうなー。持って一週間ってとこか。これにて一件落着ってこった」


 菓子パンをかじりながら、黒饅頭はテレビを消した。

 

「臨時国会が召集され、国を挙げての対策会議が絶賛開催中。んで、会議が踊りまくってぜんぶ先送りー。その間にあいつの寿命が尽きて、ってオチさ」

「何事も決められないと言われる、日本国の体質が有利に働くときですね。その後にやってくる『あとしまつ』は、問題だろうが」

「そこでも関係省庁が大いに揉めるだろうさ。そういう国だ」


 異世界住民フォーリナーの皆さんの痛烈な評価を聞きつつ、俺はほっとしていた。

 偶然と事故が重なった結果とはいえ、こっちに災禍を呼び込む結果になった。

 どう責任を取るかなんて、思うことさえ難しい規模に発展したけど、これなら。


「すみません、グラウムさん。質問をよろしいですか?」

 

 しおりちゃんは手元のメモから顔を上げて、真剣な表情をしていた。


「『石喰い』のライフサイクル、特に繁殖の仕組みと繁殖地について、教えていただけますか」

「へ……? ……あっ」


 おい、なんだその『あっ』は。 


「おいゴブ公。あいつの全身像、見れるか?」

「ちょっと待て。これでいいか?」

「……ああ~、だめだぁこれ、卵産んだ後だぁー」


 な。


「なんですとおおおおおおおおおおおおおおお!?」


 グラウムの太くて黒い指が、スマホの画面を拡大し、巨大な胴体の先端に映えた、逆棘の部分を示す。


「十分な栄養がたまると、この部分がこうなる。んで、暗い穴蔵へドリルみたいにねじ込んで、卵を産むんだ」

「く、くらい、あなぐら……」

「東京都心から港湾部に至るまで、数百の取水口や排水口、つまり『暗い穴』があるはず……ですよね」

「ちなみにー」


 聞きたくない聞きたくない。

 そんな俺の意思を無視して、黒饅頭はにこやかに告げた。


「一度に産む数は千や二千じゃ効かねえ。んで、子供はみんな肉が好き」

「いやああああああああっ!」

「いつ頃、排卵したかは特定できますか? 孵化までの時間は?」


 質問に返された言葉は、力ない皮肉にまみれていた。


「知るかよ。俺は連中の助産師じゃねーんだ」


 俺はリモコンをひったくり、テレビを付ける。

 相変わらず、スタジオ内の映像ばかりだったが、変わった部分が一つ。

 画面上部の緊急速報。


「『日本領海付近に艦隊が接近中』……?」


 その時、宿の上空を、金属音を響かせて何かが飛ぶ気配がした。

 いつのまにか、空は晴れ渡っている。

 みんなが窓に走り寄り、飛行機雲を後に引いて飛翔する、数機の機影を見た。

 緊急発進スクランブルしていく、航空自衛隊だ。


「終わりだな」


 陰鬱に、短髪はすべてを評した。


「この国の、終わりの始まりだ」


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