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REmnant・REvenants・REincarnation ~異世界転生日本人、魔界の最下層で生きていく~  作者: 真上犬太
Remnant case05「curiosity(好奇心)」

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19、呪厄の朝

「あ……あ、あっ、ひ、あ、や、あ……ぁっ」


 めまい、ちからが、ぬけていく。


「や、やだ、あ、た、あ」


 なにもかもが、こわい。


「こうとさ」


 耳に入るこえが、いやだ。


「どうした!?」


 こわい、せかいが、ぜんぶ、こわくて。

 こきゅうも、せかいも、おとも、なにもかも、ふあんで。

 みたくない、ふれたくない、しりたくない、たえられない。


「は、う……」


 しのびこむふあん、はらがむずむずする、ちからがぬける。

 たすけて、たすけて、たすけないで。


「上へ行くぞ。いいか、暴れるなよ」


 いやだ、やめて、やめてやめてやめてやめてやめ――。


「え……」


 あさ、の、光。

 体が震えて、日差しのぬくもりが、不安を解きほぐしていく。


「……っ、あ……ああ」

「飲め」


 あてがわれたカップに口をつけ、ぬるい感触を味わう。

 脳髄にこびりついていた、不安の霧が、ようやく散り始めた。


「おい、お前。大丈夫か?」

「あ……うん。平気だよ。時々あるんだ、最近。迷惑かけたな」

「……お前、今まで何をしてきた?」


 短髪の男は、今までにないほどに、怖い顔をしていた。


「なにって、何があったんだ?」

「呪詛が、魂に食い込んでるぞ」

「へ?」


 意味が分からない。じゅそ、って何のことだ?


「お前を呪っている奴がいる。その不安症とやらは、それによるものだ」

「はぁっ!?」


 俺はしおりちゃんを見た。

 彼女は首を振り、それから頷いた。


「すみません。孝人さんの『魂の異常』については、理解していました。でも、わたしには、知識がなかったんです。それが呪いとは、気づかなくて」

「医師にとっては明白な病変でも、素人目で診断は下せない。そういうことだ」


 それは唐突な、種明かしだった。

 自分の妙な症状が、呪いによるものだって?


「ど、どうすればいい!? いったいなんで、どこで、いつ!?」

「すまん。こっちも驚いているんだ。その上、お前の魂の形質は、はっきり言ってめちゃくちゃで、どうしようもない」

「おそらく、こちらの体が生きていることによる変質、かと思いますが。はっきりしたことは……申し上げられません」


 それでも、今はなんとか正気を保てている。

 こいつらの対処も、的確なようだった。

 

「俺に日光を浴びせたのは、呪いに効くからか?」

「種族にもよるが、早朝の日差しにさらすことで、意志力が励起し、拮抗させることで無力化することは可能だ」

「解呪の魔法とか、そういうのは?」


 あ、あれ。その顔。

 男が浮かべた表情は、しおりちゃんが時々浮かべる『わかってないですね』のそれと、よく似ていた。


「お前たち神去の者では仕方ないが、そもそも呪詛というのは、内なる『聲』の反転による発露だ」

「こえのはんてん? はつろ?」

「一番わかりやすい表現をするなら、がん細胞のようなものだ。正常に機能するはずだった聲が、異質な機能に変質することで起こる」


 万物の本質である聲が変化する、というのも変な話だけど、どうもそういうことではあるらしい。


「お前たちの考えるような『解呪』は存在しない。異常を取り除こうが、それ自身は『正常な機能』でしかないから、呪いはいずれ再帰する」

「それでも、治療法は存在するのですよね?」

「……がん細胞にたとえたが、呪詛というのは複合的な『現象』だ。処方も異なる。そう簡単にはいかない」


 勘弁してくれ。

 ここに来て新たな問題発生かよ。

 だが、男はなぜか、俺を憐れむような顔で、告げた。


「お前が連れてきた、あの友人とかいう奴のことだが」

「充が、どうかしたのか?」

「おそらく、あれが呪詛の元だ」


 喉が、くっと締め付けられる。

 世界が、握りつぶされて、くしゃくしゃに折りたたまれる気分がする。

 なぜ、いやむしろ、でもなんで。


「不安症は、魔界で発症したんだぞ?」

「呪詛に距離は関係ない。むしろ対象との接点、俗にいう『縁』の強度に左右される」

「あいつが、俺を、恨んでるってことなのか!?」

六条御息所ろくじょうのみやすんどころ


 すでに、何かを理解したらしいしおりちゃんは、陰々とした声で告げた。


「愛しい男性への強い『あくがれ』によって、生霊になってさまよった女性。その男性と付き合っていた、他の女性を脅かすほどの力を奮う、創作上の人物です。好きだからこそということも、あります」

「呪詛が最も働くのは強い関係性、いわゆる『執着しゅうぢゃく』がある場合だ。呪詛師と呼ばれる連中が、対象となる相手の一部を欲するのも、そういう『執着』を、疑似的に形成するためとされる」


 充が俺に見せた、言動の一つ一つが、思い出された。

 執着。

 仏教が最大のテーマとして向き合ってきた、人の本質。煩悩の源。

 人の関わりから生まれ、人を縛る呪い。


「病気って、三つの要素で引き起こされるっていうよな。環境、体質、そして」

「病原。お前――俺たちに『抗菌剤』の役目を、させるつもりか?」

「孝人さん!」


 俺は弱弱しく、首を振った。


「記憶を消す魔法とか、持ってないか」

「無くはない。お前が望むような、都合のいい代物じゃないがな」

「どうすれば、あいつの記憶を」


 顔が、張り飛ばされていた。

 目の前でひるがえる、特徴的な羽の模様。

 しおりちゃんは、とても、怒っていた。


「それは……だめです。だって、それは」

「なら、どうすればいい!」


 ひざまずいて、俺は叫ぶしかなかった。

 遠くから車の音が響いて、ビルの谷間にこだまし、騒がしく街が目覚めていく中で。


「なにをやっても、なにをいっても、あいつは許してくれない! 許されるわけがない! きっと死ぬまで、俺は、呪われて……」

「違うんです! それは、呪いじゃないんです」

「わかってる……わかってるよ……」


 俺に生きていてほしい、生き続けていてほしい、好きな人に、そこにいてほしい。

 そんな、ごく当たり前の願い。

 でも、それは叶えられない。望みと事実の矛盾が、呪いになる。


「さっき、仲間たちから連絡が入った。予備の転移装置、最後の一基を確保。メンテナンスに入ったそうだ。俺たちも、明日にはここを引き払うぞ」


 俺の事情など置き去りにして、事態は進んでいた。

 その無常が気に入らなくて、同時に心安かった。


「呪詛に距離は無意味だが、時間は有効だ。魔界の底と地球上では、時間の流れや扱いが違う。帰ってしまえば、無視できるくらい影響は低減されるだろう」

「そのあとは?」

「お前のいう『こっちの肉体』が、いわゆる『藁人形』の役割を果たしているはずだ。それさえなくなれば、呪詛は解消される」


 結論は出た。

 すべてを置き去りにして、逃げろ。

 俺は立ち上がって、男に頭を下げた。


「頼む。今の俺たちには、何の礼もできないけど」

「構わんさ。正直、地球の退屈な生活に、飽き飽きしていたところでね」


 俺たちは部屋に戻され、静かに時を待つことになった。

 ぼんやりとテレビを見て過ごし、買ってもらった新聞や雑誌で、暇をつぶす。

 ある意味、贅沢な時間だった。

 そのかたわらで、しおりちゃんは取りつかれたように、何かを書き連ねていた。


「なにやってるの?」

「ここで得た知見を、まとめているんです」


 俺が出した色鉛筆をフル活用し、まるでそれ自体が、魔術書の内容のような、膨大な文字と記号と絵のごたまぜ。


「すみません、孝人さん。あなたの苦痛を、利用させていただきました」

「どういうこと?」

「充さんの『呪詛』が、孝人さんに届いてる。それってつまり、地球人にも『聲』が、魔法が、使えているってことですよね?」


 意外な指摘だった。

 でも、俺という事実があり、その結果が他者によって観測された。

 つまり、魔法は実在するということ。


「ま……マジで!? まさか、あいつと俺の拗らせで?」

「けがの功名、というのは、お二人に失礼ですね。それでも……気持ちを抑えられませんでした」


 彼女は苦笑し、俺に頭を下げた。

 

「あなたの不幸を知りながら、学ぶことを、知ることを優先してしまった。本当に、どうしようもないニンゲンです」


 模造人モックレイスが聲の力を操れるようにすること。

 新たに開けた、魔法の可能性を探求するため。知り合いの不調も不幸も、容赦なく『検体』としてあつかうその姿勢。


『君は、ここを出るべきじゃなかったよ』


 美作氏は、笑っていた。

 お前はヒトの世界では生きられない。倫理や道徳、社会秩序を蹴散らして、やりたいことだけを追う怪物だと。

 でも、この子はたぶん、そんなんじゃない。


「いいよ。大丈夫、俺のことなら好きに使ってくれ」

「今更ですが、申し訳ありません」

「元はと言えば俺のミスのせいだし、あいつとの仲をフォローしてもらってるし。このぐらいの役得、あって当然さ」


 俺はそのまま、しおりちゃんを部屋に残し、充のいる部屋へと向かった。

 きちんとした待遇を受けていたらしく、俺たちと変わらない状態で軟禁されていた。

 

「明日、帰ることになった」


 あいつは、無表情に俺を見つめていた。

 瘦せ型で、顎が細くて、気弱そうに見えるのに強情で。


「多分、お前はここに待機で、こっちの作戦が終わるのと同時に、解放されると思う」


 その色素の薄い目には、虚無しかなかった。

 お互い、何かを言っても、どうにもならないのを、分かり切っている。

 本当にこいつが、俺を。

 俺は、充を『視た』。


「……っ!?」


 まるで嵐だった。

 荒れ狂う、感情の暴風雨が、視界から流れ込んでくる。息が詰まりそうなほど、俺にだけ吹き付けてくる、思いのたけだった。

 降り注ぐのは後悔、苦み、凍る絶望、拍動する思慕の雨しずく。

 乱雑ともいえるイメージの向こうに、俺にもわかる何かがあった。


 初夏の日差しの温かさ。

 土手から匂う若草。

 上履き越しに感じたアスファルトの刺激。

 泣きはらした瞳。

 そして、隣に現れた、初めての――


「孝人!?」


 気が付けば、その場にひっくり返って、抱きかかえられていた。

 信じられない。信じられないけど、さっきのあれは。


「お前……まだ、あんなこと、覚えてたのか」

「え……」

「たまたまだよ。たまたま、お前がいた場所を、思いついただけで」


 目を丸くして、それでも充は、頷く。


「それでも、初めてだったんだ。一緒に、一緒のものを、好きだって言ってくれたのは」

「馬鹿だ。お前は、そんなことぐらいで」

「そんなことが、俺には、ずっと遠かったんだ」


 初めて出会った時のこと。

 あんなことだけで、俺を慕って、友達だと思って、好いて、憎んだのか。

 

「ごめんな、充」


 その言葉に、あいつは俺を見て、笑った。


「ようやく、本当のお前、見えた」


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― 新着の感想 ―
今回も面白かったです。 なるほど。 孝人さんにとって重大ではないから、相手もそうだと……強く思い込んでいた……と。 これで解決して欲しいところですが……。 執着が続いたままなら……絶望か或いはも…
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