17、めくられたヴェール
俺達を乗せた車は、まず東京都内に入った。
それから一つの立体駐車場へ向かい、そこで車を変えた。車種も色も、形状も違う。
今度は広々としたワンボックスで、ドリンクと軽食が用意されていた。
念のためと、俺たちは目隠しをされて、そこからもう一度、別の場所で車を変えて、気が付けば東京湾の見える、おそらくお台場のあたりで、ようやく移動を止めた。
「スパイ大作戦か、お前らは」
「せめてミッション・インポッシブルだろう、そこは。それでも十分古いが」
助手席の男は口元を緩め、同時にため息をついた。
「なんてことだ、まったく」
まあ、気持ちはわかる。
移動中の車内で、こいつらの質問攻めにあいながら、俺は世界に隠された、恐ろしい秘密を知る羽目になったわけだが。
俺の感想も『なんてことだ、まったく』だった。
『ま、魔王って、あの世界征服とかをする、ファンタジーRPGの?』
『……すまんがお前、『魔王』様のことさえ聞かされていないのか? どこの工場製だ? ヴァルトホーグか? フォールナンか?』
『そ、その、わたしたちは、ただのはぐれでして。魔界の工場も、すべて廃棄されたらしいんです』
めまい、ぜっく、ひたん、ぜつぼう。
そして宇宙猫の顔になって、グラサンの男はふかぁく、ため息をついた。
『なんてこった』
苦虫を百匹ぐらいかみつぶした顔で、男は詳しい事情を 語ってくれた。
それは、景品となった星をめぐる、神と魔の壮大な遊戯。
神の側は勇者と呼ばれる存在を使い、星を征服した魔王と呼ばれる魔界の代表と、命がけの陣取り合戦を行うという。
勇者が勝てば星は神のものとなり、魔王が勝てば魔のものとなる。
その名も『神々の遊戯』。
『だが、遊戯はただの出来レースでな。最初から、魔王側に勝ち目はなかった』
魔王は十年の征服期間と、あらん限りの資材を持ち込み、万全の状態で陣地を造ることを許されていた。
問題は、神の側の勇者が、そんなものを物ともしない『チート能力』持ちばかりということだった。
『神去、つまり地球出身の若造を勇者に任じ、そいつらの発想を神の力によって再現して与え、異世界に送り出した』
『つ、つまり、いわゆる『なろう系チート勇者』みたいなやつ?』
『それを、百人を超える単位で、一度にな』
『な……なんてインチキ!』
魔界の代表者である、代々の魔王は、当然のように負け続けた。
上位の吸血種族、魔神、悪魔、そういう実力者が立て続けに滅ぼされ、魔界の側は遊戯での勝利をあきらめた。
『神々の遊戯は、大規模な戦争行為の禁止を意図し、制定されたものだ。領土とするべき星を、互いの過剰暴力で滅ぼさぬようにとな』
『一種の戦時協定か。それが蓋を開けてみれば、不平等条約だったと』
『誰もがまっとうな勝ちをあきらめ、偶然に手に入る勝利を待つだけだった。だが、あの方はそれを良しとしなかった!』
どこからともなく現れ、必ず魔の側に勝利をもたらすと宣言し、世界に躍り出た者。
それが、こいつらの言う『魔王』だった。
そんなことを聞いている間に、数台の車が集まってきていた。
車種も性別も、格好も違う連中。
共通するのは、みんな中身が『魔物』なことだった。
「ああ……久しぶりのまともな飯だぁ」
俺は、買ってきてもらったハンバーガーを、ぐっとかみしめた。
涙が出るほどうまい。残飯や盗品は、どうやっても満足とは程遠かったからな。
しけって少ししなびたポテトも、ベタ甘の炭酸飲料も、はらわたに染みるぅ。
「本当に、魔王城は滅んでいたんだな?」
何度もしつこいなと思いつつ、俺は尋ねられるたび、決められたことを口にした。
「『俺たちは廃棄された模造人でね。魂抜かれた上に肉屋に並ぶなんてごめんだから、逃げたんだよ。あの妙な遺跡は、何か売れるものがないかって、あさってるときに出くわしたんだ』」
「仕方なかろう。『魔王』様は貴様らを売ることで、魔界での発言権を稼いだんだ。とはいえ……それは間違いなく、魔王城の『異世界転移装置』だな」
なるほどなるほど。
ジョウ・ジョスのガラクタ置き場に、世界征服を失敗した魔王の城か。
いかにも、あのクソ超越者好みのオブジェってわけだ。
だが、その答えに納得しない連中もいた。
「そもそも貴様ら、どこで地球の文化を、日本の情報を得た?」
「得たのではないんです。わたしたちはもともと、地球生まれの日本育ちですよ」
「どういうことだ?」
「『ジョウ・ジョスの戯れ、といえば、お分かりになりますか?』」
たった一言で、連中は押し黙った。
嘘は言っていない。ただ、あの街を造り、転生者を集めようとしたのは、別の奴である可能性を伏せただけで。
「その名を、平然と口にするな。全く、これだから『神去』の連中は」
「いくら何でもビビりすぎだろ。名前を呼んではいけないあのヒトってか?」
「孝人さん、日本でも海外でも、厄介な忌者を恐れ畏む文化はありますから」
「そこのトリも丁寧に見せて、かなりの慇懃かつ無礼な奴だな」
それから俺たちは、遺跡についての詳細な話を聞きだされ、俺たちとしても内情を知れるということで、かなり正確な状況を伝えた。
「魔王城中枢部であり、城の動力となっていた場所だ。超圧縮された澱聲結晶からエネルギーを抽出する仕組みだよ」
「その直下に、魔王城と魔界各所、主戦場となった星の前線などを結ぶ、ゲートネットワークが設置されていた」
「その部分が残されているということは、澱聲結晶のオーバーロードではなく、自壊機構が発動した結果、城は落ちたということか」
俺が、現場調査をした時のメモを提出すると、連中は頭を突き合せて、ああでもないこうでもないと分析を始めた。
インスピリッツでも見たことのある光景。こいつら、かなりの研究者気質とみた。
「さて、これからどうしましょう」
質問攻めをいったん押しとどめ、俺たちは休憩所としてあてがわれた、ワンボックスに落ち着いていた。
隣には、情報過多で情緒が壊れて、虚無顔をしている充。
無理もないけど、今はかまってやる時間もない。
「こっちとしては、かなりの収穫だったね」
「はい。魔王城、ゲートネットワーク、彼らが所持している『双方向の門』。わたしたちが帰還するためには、彼らの力が必要です」
「かえ……る?」
い、今はそこに反応しないでほしいんだけどな。
俺は大慌てで、隣の爆弾を処理することにした。
「少なくともしおりちゃん、彼女はこっちにいても生きる場所がないんだ。良くて実験動物、悪けりゃ即、殺処分だろうからな」
「すみません、孝人さん。ご意見には賛同しますが、もう少し手心をお願いします」
「ご……ごめんね。ともかく、そういうわけだから。まずは彼女の安否が最優先」
「またそれか」
さっきよりはいくらか冷静に、それでも怒りを隠しもしないで、充は呻いた。
「そうやって、お前は。人の面倒を見るふりして、自分をないがしろにするのか」
「今は、そんなこと言ってる場合じゃ」
「今だから、言ってるんだろ!」
煮詰まってしまった会話。
こいつと知り合って以来、何度もこんなやり取りをしていた気がする。
「えっと、孝人さんと……充、さんでよろしかったですか?」
「……何?」
不機嫌そうに、にらみつける顔。
小学生のころから、俺以外の奴には、こんな顔で塩対応しまくってたっけ。
「おまえ、初対面の人間に、それは止めろって言っただろ。年下だぞ、この子」
「今からわたし、外の皆さんと情報交換をしてきます」
気を悪くした様子もなく、彼女は車を出ていく。
「協力関係締結のため、ある程度、情報開示してしまいますが、構いませんか? 問題があればすぐにお呼びします」
「……任せるよ。ごめんね」
「お気遣いなく。それでは」
ったく、なんてざまだ。
自分たちより年下の子に、めちゃくちゃ大人の対応されるおっさん二人とか。
恥ずかしくて、今すぐ東京湾に飛び込みたいわ。
俺は頭を掻いて、隣の友人に尋ねた。
「言ってくれ。全部聞くから」




