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REmnant・REvenants・REincarnation ~異世界転生日本人、魔界の最下層で生きていく~  作者: 真上犬太
Remnant case05「curiosity(好奇心)」

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16、とっちらかって、はね飛んで

「もうしわけ、ありませんが」


 膠着こうちゃくした俺たちを解きほぐしたのは、蚊帳の外にいた少女だった。


「一度、窓とカーテンを、閉めさせていただいて、よろしいでしょうか」

「え……?」


 返答も聞かずに、彼女はガラス戸を閉じ、カーテンを閉めた。


「わたしたちは、やむにやまれない事情で追われています。ただでさえ、この容姿では目立ちますので」

「あ? あ、ああ……」


 毒気を抜かれた男は、俺から体をどかし、その場に座り込んだ。

 それから、暗い声で告げた。


「なにしに来た」

「それは」

「その姿はなんだ」

「これは」

「どうして、あんなことした!」


 どういう理由か、こいつは俺を、俺だと認めたらしい。

 いや、この異常事態に対して、自分に都合のいい物語を、導き出しただけかもだが。


「話せば、解放してくれるか?」

「なんでだ!」

「なんでって……」

「なんで、逃げようとするんだよ!」


 らちが明かない。

 ともかく、何をするにせよ、こいつを落ち着かせてからだ。


「事情を、全部話す。信じるか信じないかは、お前次第だけどな」


 それから、俺は目の前の男に、これまでの話をした。

 死んで生まれ変わり、異世界の住人になったこと。いくつもの冒険を重ねて、その時のアクシデントで、地球に転がり出たことを。

 

「そんで、昨日の晩。ようやくここにたどり着いたんだ。まさか、部屋の中身がほとんど俺の住んでた時と、変わってないとは思わなかったけど」 

「今は、俺の部屋だ」

「は?」


 充は不機嫌そうに、返事をする。


「無理言って、契約を引き継いだ。おやじさんとおふくろさんも、了承済みだ」

「なに、やってんだよ。お前」

「お前が! 帰ってくる場所だからだろ!」


 その顔には、怒りと狂気があった。

 まるで、俺が何かの仇みたいに、にらみつけてくる。


「お前が起きて! 目を覚まして! 帰ってくる、場所だったから!」

「な、なんで、なに、考えて」

「お前が、なにを考えてたのか、知りたかったから!」


 再び、充の顔が、涙で崩れだした。


「知らなかった。知らなかった。繋がれなかった、手紙も、メールも、電話もだ! 繋がれなかった間、お前がなにをやってたのか、全部、調べたんだ!」


 荒々しく立ち上がると、部屋の奥にある押し入れをあけ放ち、そこに詰め込まれていた段ボールを、投げ落とす。

 その中から、何かの紙の束をつかみだした。


「お前の勤めてた会社も、その業態も、やってた違法行為も、全部全部調べて!」

「み、みつる……」

「お前の、就業、状況も、ぜんぶ、調べて、聞いて」


 それは、探偵事務所や労働基準監督署の書類。俺の勤め先や取引先を巡り、俺と俺たちに向けられていた『仕打ち』を調べて、まとめたものだった。


「言ってくれたら、話してくれたら、俺に会ってくれたら!」

「でも、俺は、お前を」

「そんなに、嫌だったのか! 俺が!」


 そのすさまじい憤激を見て、俺は逆に、冷めていた。

 こいつは、こういうやつだったと、遅まきながらに思い出した。


「お前には、関係ないよ」

「孝人……!」

「いや、違うな」


 ため息をつき、言い残していた言葉を、思い出してかき集めた。


「悪かった。俺はお前に嫉妬して、つれない態度を取った。個展の手紙は貰ってたよ。でも、今更行けると思えなかった。負い目もあったし、仕事で一杯一杯だった」


 これで、ようやく全部終わる。終われる。


「心配してくれてありがとう、充。勝手に死んで、悪かった」


 言い切ったとき、俺は、驚愕した。

 目の前の友人が浮かべた、憎悪の表情に。


「……うそつき」

「え……?」

「うそつきだって、言ったんだよ!」


 荒々しく、キャンバスに叩きつけられる油絵の具のように。

 白く虚脱していた男の顔に、憤怒が塗りたくられていた。


「思ってもいないくせに! そんなこと、思ってもいないくせに!」

「な、なに言ってんだよ! 俺は、本当に!」

「うそだ! 今のお前は、うそを言った! なにひとつ、本気で思ってないくせに!」


 勘弁してくれ。

 まさかこいつ、精神に異常が――。


『おいっ! さっきからうるせーぞ!』


 荒々しく、ドアが叩かれる。

 そういやここに来てから、ドタバタ組み合ったり、充が一方的に叫び散らしてるから、付近住民から苦情が来てもおかしくない。

 再び、誰かがドアを叩く。


『いい加減に出て来いやゴラァ! でないと、このドアブチやぶっぞクソが!』


 いや、違う!

 このアパートの住民に、こんな風な態度を取るタイプの住人はいなかった。


「み、充。出るな!」

「……なに?」


 立ち上がって、玄関に行こうとしていた袖をつかむ。

 顔をこわばらせて、しおりちゃんは窓ガラスの方に視線を向け、首を振った。


「お前が、なにに怒ってるのかはわからない。でも、こっからは命の危機があるんだ」

「命って……なにを」

『――えー、あっ、そうなん? 分かった、りょーかい。ったく、めんどくせー』


 外の奴の口調が変わる。

 間違いない、この特徴的なしゃべりと、声の太さは――。


「つーことで、紳士的にお話し合いしましょ、模造人モックレイスちゃんよ?」


 いつの間にか鍵を開け、窮屈そうに入り口を抜けてくる、分厚いデブ男。

 しかも、


「同僚がご迷惑をおかけしたようで、申し訳ない」


 何気ない調子で、からりとベランダのガラス戸を開けて、部屋に入る人影。

 癖のない黒髪と、切れ長の目。

 すらりとして背の高い、モデルかと見まごうスーツ姿の青年。

 問題は、腰のベルトに剣帯を掛け、日本刀を帯びていることだった。 


「無用な抵抗は止めてください。特にそこの雌型めがたの個体、あなたの能力は、後始末に苦労しますので」


 マジかよ! 

 デブ野郎だけならともかく、援軍とか。しおりちゃんの分析からすれば、こっちの優男も見た目だけで、中身はえげつない化け物のはずだ。


「な、なんなんだよ、あんたら!?」


 って、止める間もなく充が俺たちの前に進み出てる!?


「なんだお前、こいつらの仲間? セーフハウスの管理人って感じでもねーけど」

「俺は、ネズミの方の友達だ!」

「ばっ、か、充!」


 入ってきた二人組はぎょっとした顔になり、俺たちをなぶるように見つめた。

 いや、本当に『なぶられた』感覚がした。

 例えばそれは、そうだ。

 ジョウ・ジョスに喰われたときと、同じような、こちらを根こそぎねぶり上げるような感覚だ。


「おいおいおいおい! マジかよこいつら! 中身は、地球人・・・か!?」

「単なる不審火かと思えば、とんだ火薬庫だったとはな」


 余裕の雰囲気は消し飛び、二人の目が怪しく輝く。

 それは、黄金色に燃え立つ、異形の虹彩に変化していた。

 

「こいつら捕まえれば、魔界の動きも、ちっとは分かりそうだ」

「速やかに片付けるぞ」


 今度こそ、終わりか。

 この狭い空間で、こいつらの動きだけを封じる方法なんて。

 ――いや。

 俺は目の前の『無駄にデカい連中』を、見上げた。


「分かったよ。諦める、抵抗しない、だから、こいつだけは見逃してやってくれ」


 俺は棍を下ろし、充を顎で示す。

 それからしおりちゃんに視線を投げ、肩をすくめて見せた。


「こうなったら、この前決めた、方針通りにしよう」

「おい、余計なことくっちゃべってんな」


 意外と目ざといデブが、嫌そうに顔をしかめる。

 優男の方も、胡散臭そうに俺をにらんだ。


「現状認識の共有ぐらい許してくれよ。あとで揉めたら、あんたらも面倒だろ」

「十秒だ。それ以上は許さねーぞ」


 俺は祈るような気持ちで、しおりちゃんに告げた。


「お客さんに、フトン(・・・)出してあげて」


 異常を直感した二人が、恐ろしい速度で動く。

 でもな、それでも遅い。


『実はわたしの能力って――』


 突然、狭い六畳間の天井に、魔界の植物が生え広がった。


『――無言で発動できるんですよ』


 それはいつかのディナーの時に聞いた、笑い話。

 彼女の能力は、魔法じゃない。

 つまり、いつもやっている詠唱のようなあれは、紡の技名と同じ、ただのカッコつけだってことを。


「来い!」


 俺は充の手を引いて、走り出す。

 その背後で、ハネブトンに飲み込まれた二人組が絶叫していた。


「まさか、こんなものをっ!?」

「ふっざけんなああっ!? オレは喰う側であって、喰われる側じゃねーっ!」


 めきめきと、何かがへし折れていく音。

 それを一切無視して、玄関を飛び出して、走る。


「な、な、なんだ、あれっ!?」

「こうなりゃ一蓮托生だ! 絶対俺らから離れるなよ、充!」


 階段を駆け下り、往来に出る。

 立ち並ぶマンションと民家の間の細い車道。時間的には昼前ぐらい、人影は全くない。


「く、車とか、持ってないか!?」

「持ってない! 機械は苦手だっていったろ!」

「相変わらずか! ったく! これだからアーティスト様は!」


 仕方ない、とにかくここまで乗ってきた自転車のとこまで――


「っ、ざ、け、ん、なゴラァアアアアアッっ!」


 ずどん!


 いきなり肉塊が、道路に降ってきた。

 アスファルトにごついブーツの痕跡を刻んで、怒り心頭のデブがこっちを睨む。


「本当に、勘弁してください」


 ふわり。


 重さを感じさせないまま、地上に降り立ち、抜き放った切っ先を突き付ける優男。

 ハネブトンの拘束も、こいつらには通じないってのか。

 今度こそ打つ手なし、万事休す。

 そう思った時。


『手を引け天竜ども! それは我らが得るべき『遺産ヘリテイジ』だ!』


 荒々しい、銃撃の響き。

 優男が飛びのき、デブの頭が、血しぶきを上げて吹き飛ぶ。

 その響きに聞き覚えがあった。

 柑奈が好んで使う、対物狙撃銃アンチマテリアルライフルの一撃。

 方向と角度から、たぶん近くのデカいマンションの上からだ。


「これが最後のチャンスだ! 我らとともに来い!」


 それは小路の先に勢いよく停止した、一台のセダンタイプの車から届いた声。

 もちろん、迷う気はなかった。


「来い、充!」


 少しためらった後、充は一緒に走り出す。

 

「ま、まちやが」


 陰々と、大口径の銃が咆哮を上げ、デブ男も頭を押さえて物陰に身を隠す。


「いいぞ! 出せ!」


 助手席の男が叫び、車が動き出す。

 見慣れた街の景色が遠ざかり、広い国道を抜けて、高速道へとつながるジャンクションへと入っていく。

 例の二人は、追ってこないようだった。


「ようやく、接触できたな」


 助手席に乗っているのは、どうということのない中年男性。

 短く刈り揃えられた黒髪、ダークスーツ。目元を隠すサングラス。

 それでも、俺の磨き上げられた目で『視れ』ば、そいつの正体は明らかだった。

 人の姿に収まった、ゴブリンの魂。


「聞かせてくれ。お前たちの背負った使命を。そして」


 そいつはグラスを外し、真剣な表情で問いかけて来た。


「『魔王』様の、最後のお言葉を」


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― 新着の感想 ―
今回も面白かったです。 そして……。 やっぱり……ですか。 とは言え……どちらも……未だに勘違いしたままですか。 魔王とは別口の可能性や、別の残党の可能性等もあるのに……? 彼らの情報収集や情報処…
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