13、ストレンジ・ジャーニー
日本に帰って来て、何度目かの深夜。
大きな川を見下ろす土手に、俺たちはやって来ていた。
「んじゃ、ハンドルはお願いね!」
「はい!」
新たな移動手段に乗り込み、移動を開始する。
それは街中で乗り捨てられていた、一台の自転車。
そいつを体の小さな模造人で二人乗りするという、いろんな意味において危ない方法で動かすのが、俺の提案した移動方法だった。
「ああっ、あっ!? ちょ、ちょっと、あんまり揺らさないでください!」
「ごめん! ス、スピード乗るまでちょっと耐えてっ!」
こっから先、目立つ異形の俺たちが徒歩で移動できる場所はない。
であれば、当然移動手段が要るわけで。
俺たちは苦労しながら、なんとか巡航速度にこぎつけた。
「それで! あの橋に向かえばいいんですね!?」
「ああ! 渡り切ったら休憩できる場所を探そう!」
偽装のため、サドルに座ているしおりちゃんは、上からポンチョをかぶっている。シルエット的には一人で、自転車に乗っているように見えるはずだ。
「これなら、だいぶ速度と移動距離が、稼げるね!」
「は、はい! 孝人さん、辛そうですので、漕ぐのに集中してください!」
「むしろ、黙って漕ぐ方が、キツイかも!」
時刻は午前の三時。
幸いなことに、歩道側には対向車も追い抜く影もなく、車から奇異な目を向けられはしたものの、問題なく渡河を達成した。
「よっしゃ! クロス・ザ・ルビコン!」
「それ、後戻りできない、という意味でしたよね?」
うーん、冷静なツッコミ。
俺はそのままあえて街中には入らず、対岸に当たる土手を流して、隠れ家になりそうな場所を物色した。
「支流の出水口とか、住処にワンチャン、ないかなあ」
「なにかありましたね、そういうアニメ」
結局、俺たちは身軽さを利用して、河川の管理を行うらしい施設の、屋上を間借りすることにした。
自転車の方は、一応土手に隠すように置いたけど、なくなってたら仕方ない。
そして、その日の昼間。
「あー、川風気持ちいいなー」
見られないように気を付けながら、俺たちは日差しに毛皮を干しつつ、軽食をつまんでいた。
今まで、ずっと暗い場所でこそこそと過ごしていたから、この解放感は格別だった。
「そういや……トリガー用の結晶、縮んでる気がするんだよね」
「はい。コンロに入れていた結晶も、残りわずかだったものが、なくなってました」
向こうにいた時はこんなことはなかった。試しに『視て』みると。
「溶けてる、というか、消滅しているのか?」
「魔界と地球で、環境が違いすぎるせいかもですね」
まいったな。
今の俺たちで唯一、打撃力になりそうな結晶も、どんどん使えなくなっていく。
「孝人さん」
「なんだい?」
「例の彼らとの交渉について、話し合えそうですか?」
すぐさま、頷くことはできなかった。
とはいえ、考えるべきことでもある。
「そうだね。状況も動いたし、ちょうどいいか」
「では、思いつく限り、彼らを分析してみましょうか」
こういうとき、俺のギフテッドは役に立つ。メモ用紙に関しては、街中の『紙』を、頂戴することで事足りた。
最初に議題にしたのは、あのデブだ。
「あれはヤバイ。その点で俺たちの認識は一致してるよね」
「規格外、です。なぜあんな存在が、ヒトの形を取っているのか、意味不明です」
そこまでの評価か。
魔法のためなら全身全霊、前のめりの彼女に腰を引けさせるとか。
やるな、あのデブ。
「反面、ゴブリンどもは『胡散臭い』な」
「ヒトの似姿をした怪物が、社会へひそかに浸透する。あれがトカゲ人間だったら、陰謀論妄想の具現ですね」
「政府機関の秘密組織とか、期待したんだけどね」
正直、銃を手にデブをけん制した姿を見て、ひそかにテンション上がったんだよな。
しおりちゃんの指摘が無かったら、うまうまと身をゆだねていたかもしれない。
「とはいえ、異常性に対応する超法規的な機関に関わるのも、考えものですよ?」
「人類発展のため、全世界の共有財産化とか?」
「現代社会の健全と正常性を守るため、確保・収容・保護の理念に基づき、存在を隔離隠蔽されて生涯を終える、とか」
「なるほど。最近のオカルトは、随分みみっちくなったもんだ」
ともかく、連中の第一印象は整理できた。
それに付随して、ごみ箱から拾い上げた新聞各紙を並べる。
「『都内で謎の怪物出現、河川に逃亡し、行方をくらます』。情報規制も隠蔽もなし、ってことは」
「非常に残念ながら、日本には怪物や超常の存在を扱う政府機関など存在せず、今後の対応も後手に回る、という目測が立ちます」
「万が一、警察に駆け込んでも、黒服やデブから保護してもらえる可能性はゼロか」
「むしろ警察官や自衛官に、ゴブリンたちが入り込んでいるかもですね」
となれば、だ。
「しおりちゃんが、助けを求めるとしたら、どっち?」
「孝人さんは、どちらにつきますか?」
俺たちは顔を見合わせて、結論を出した。
「「ゴブリンの方」」
ですよねー。
「まあ、あのデブはないよね。クソでかバイクで追っかけてくんだもん。あれでショットガンでも担いでたら、未来からやってきた抹殺アンドロイドだ」
「とはいえ、二つの勢力が最初からグルで、彼らになびかせるための芝居、ということも考えられますが」
「俺たちに、そこまでの価値があるかな?」
しおりちゃんは首を振り、二つの勢力図の間に、俺たちの顔を書き入れた。
「互いが組んでいるにせよ、対立しているにせよ、武力による争奪戦が発生した。現行、法治が行き届き、銃による武装が認められていない日本国内で、です」
「俺たちには、あずかり知らない価値があるか、連中がそう思い込んでいるか」
「わたしたちはゲートによる転移で、ここに来たんです。それだけでも、彼らにとっては注目に値するかと」
俺は自分たちの勢力に『魔界からの転移者:価値は未知数』と書き込む。
こうやって俯瞰してみると、俺たちがなぜ追いかけられているか、という理由もぼんやり見えてきた。
「多分、あのゲートは誤作動したんだ。遺跡が壊れてたこと、連中が出口の雑居ビルにいなかったことからも、実情に即していると思う」
「管理者がゴブリンたちか、巨漢の方かは置くとして、その誤作動を察知し、ビル周辺を捜索し『転移して来たもの』を調べていた」
「デブは模造人を知っていた。当然ゴブリンたちもだろう。つまり、どちらも魔界関係者で、日本に滞在中か、状況を確認するために派遣されたと」
ようやく、連中と駆け引きする材料が見えてきたな。
俺たちの転移理由や目的を伏せて会話することで、こっちの欲しがってる情報を、勝手に吐き出させることが可能かもだ。
「モック・ニュータウンやPについては?」
「伏せておきましょう、可能な限り」
「その心は?」
「Pの計画や行動が、彼らにとって障害になるかもしれない、からです」
ありえるな。
魔界の底の底で、他の住民からも嫌われぬいた、超越者の庭で遊んでる奴だ。他の勢力にとって、厄介な相手と思われてるかもしれない。
「わたしたちは魔界の流民、価値のありそうな遺跡にもぐりこんで、偶然に転移装置を動かしてしまった、という設定で行きましょう」
「日本語や日本知識については? 転生者と見破られたら?」
「そこは、真実を話せばいいだけだと思いますよ」
しおりちゃんは、笑っていた。
ちょっと、思い返すのが怖くなりそうな顔で。
「ジョウ・ジョスの『お手付き』であると知って、どういう反応を示すのか、興味ありますので」
と、ともあれ、目的地が決まり、方針も決まった。
あとはなるべく騒ぎを起こさず、目的地までたどり着くようにすれば。
「ふぁあ……はぁ……ぅ」
「まずは、一度ゆっくり寝ておきませんか?」
「そう、だね」
今のところ、ここを確かめようと近づいてくる人間はいないし、ある程度の安全は確保できている。
俺たちはいつでも荷物を持ち出せるようにして、小さく丸まった姿で目を閉じる。
いつ寝たのか、そう思うほどの速度で、意識が遠のいていった。




