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REmnant・REvenants・REincarnation ~異世界転生日本人、魔界の最下層で生きていく~  作者: 真上犬太
Remnant case05「curiosity(好奇心)」

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4、我が行くは砂の大海

 それは、生まれて初めて見る、魔界の大地。

 荒漠たる砂の海に、素晴らしい速度で進んでいく、巨大な機構の塊。

 背後には、遠ざかっていく街の壁。船首方向には、地平にかすむ巨大な峰々。

 想像したこともなかった情景の中、海の船と似た甲板を持つ乗り物の上で、俺は絶叫していた。


「どーしてこーなったぁあああああああああっ!?」



 それは一昨日の晩、バーでのことが発端だった。


『へ、壁外調査!? 俺に『驚天』へ乗れと!?』

『はあ? ちげーよ。最近、チューンが終わった『山鯨』の慣らしで、近くの狩場へ流しに行くんだっつの』


 オオカミはにやにやと笑い、とんでもないことを告げた。

 奈落新皇軍の所有する砂漠船『山鯨』に乗って、調査任務に同行するというクエスト。


『このおっさん、土壇場でチキりやがってよ』

『チキってねーよ。めんどくせえってんだ。埃っぽい砂漠なんざ、誰が行くか』

『で、うちの大将から、気合入ったやつ連れてこいってな。ちょうどよかったぜ!』

『いや、いやいやいや! こっちもいろいろ都合ってものが』

『知るかぁボケェッ! 乗れってんだろがダボがァッ!』


 酒も入っていたせいか、その場では全くらちが明かず、改めて『驚天』の大川さんに話をつけに行った、んだけど――。


『――此度の道行きは行き帰りを含め五日ほど。陣内じんのうちの腕前も、なかなかのものよ。魔界という世界を、肌身に感じてくるがいい』

『いやいやいやいや! なんで行く前提になってるんすか!?』 

『聞けば其方そのほう、新しく役宅を構えるつもりであるとか』


 み、耳ざといな。

 確かに不動産関係を調べて城下町にも行ったし、塔チカも回ったけどさ。俺たちに間者かニンジャでも張り付かせてんのか?


『壁外調査には褒美も取らす。基本給として、プラチケの五枚は約束しよう。むろん、参加者一名につき、五枚づつ』

『う……っ』

『さらに、遺跡の探索も予定されておる。内部で入手した財物は、その価値に関わらず、折半ということでどうだ?』

『あ……あう』

『紡の武器の新造も控えているはず。石橋を叩いて渡るのも結構だが、機を見て敏なるもまた、長の持つべき徳目ではないか?』


 完璧にこっちを調べ上げてやがる。

 これは罠、こういう利益供与を重ねて、俺らを取り込む算段なんだ。

 悩んでいる俺に、クマの模造人モックレイスは、不敵に笑ってダメ押しをした。


『たった五日間の任務で、これほど破格なクエストはあるまい。さあ、返答はいかに?』


 

 俺は頭を抱え、絶叫した。


「ダメだっ! 誰かを責めたいのに、自分の顔しか思い浮かばないっ!」

「ほらみてふみっちー、あれが目先の欲に目がくらんだ、哀れなヒトの姿だよー」

「ええそうですよ! ほんとにごめんなさいねっ!」


 甲板の上で思いっきりストレス解消の絶叫を終えると、俺は深くため息をついた。


「ってことで、改めて参加ありがとう、柑奈」

「気にしないでー。単純に、準備期間が短すぎたのが、ムカついただけだからさー」


 などと言いつつ、水着姿の柑奈が怒り笑いの顔芸をして見せる。

 昨日は大慌てでラジオ局に飛び込み、一発撮りで番組収録して来たんだから、当然と言えば当然だ。


「でも、ほんとにすごいね。本物の砂漠って、初めて見た……」


 文城は物珍しそうに、甲板の向こうに広がる砂の海を眺める。

 その顔に、隠しきれない喜びと好奇心。

 その隣にいるしおりちゃんも、まじりっけなしの笑顔だ。


「こうして走っている間は、風を感じますね。魔界に来て、初めてかもです!」

「そういや、街の中だと風なんて吹いた試しないからなー」


 なぜか紡はアロハシャツに海水パンツ姿。てか、なんで柑奈と紡はそんなカッコなの。


「なんか、ニーナさんと帰りに会ってさー」

「通りがかったあたしも一緒に連れ込まれて―」


 なにやらストレスをため込んでいたらしい、服屋の店主に壁外調査の話をした途端。


『海と言えば水着ッ! たとえそれが砂の海でもッ! そういえばあたくし、このところ新しい服を作っておりませんのッ! ちょうどいいわ、そこに直りなさいッ!』


 と、試作のそれを無理やり押し付けられ、今の状況らしい。


「あ、ふみっちのもあるよ。ほら、縞々のかわいいヤツー!」


 柑奈の手にあるのは、かなりの布面積を誇る縞柄の水着、らしきもの。

 なんかあったな、昔の洋画かなんかに出てくる、ズドンとしたボディラインのが。


「ぼ……僕は、今はいいかな」

「しおりのは間に合わなかったから、帰ってきてからだってさー」

「あ……ありがとう、ございます?」


 俺の分がハブられている気がするが、別にいいや。

 特にうらやましくもないし、うん。


「ああ、リーダーには、これ」

「え」


 ぼふっと乗せられたのは、海賊映画で出てきそうなでかくて派手な帽子だった。

 水着はともかく、この帽子を即興で作ったとは思えないけど、なんでこんなもんが。


「カッコいい、のかもしれんけど、服に着られるっていうか、帽子にかぶられるって感じだなあ……」

「おー、なんか気合入った帽子じゃねえか。いいブッこみだ」


 真っ白な特攻服を羽織った陣内さんが、のしのしと甲板に上がってくる。

 そして、はるか彼方を眺めて、一言。


「うし、空も快晴、オレも最強、特攻ブッこみ日和ってかぁ!」

「え……えぇ……ブッこみって」

「ああ? なんか文句あんのかコラ」


 大慌てで全面同意をしつつ、俺の帽子を提出。

 満足げに頷くと、ハイイロオオカミは自分の頭に、派手な飾りのそれをかぶる。

 白特攻服に海賊帽って、なんとも言えないセンスだ。


陣内じんのうち、いつまで悦に浸っている。遠征の趣旨を忘れるな」

「分かってんよ、言われんでも」


 数人の部下とともに上がってきたのは、もう一人のハイイロオオカミ。

 こっちは青みがかった陣羽織に濃紺の袴。額には白地の鉢金はちがねを当てて、大小二本差しという、いかにも剣士、といういで立ちだ。

 というか、背中に『誠』って書き入れたい衝動を覚えるのは、俺だけなんだろうか。


「なにか?」

「あっ、いえいえ。今回はよろしくお願いします、剣崎さん」

「こちらこそ、同行いただき感謝します」


 にこりともしない、丁寧な返答。

 表情豊かな陣内さんと、冷たく凍るような無表情の剣崎さん。

 大川さんの趣味が、めちゃくちゃ感じられる組み合わせだ。


「総長! 本艦は壁外十キロメートル地点を通過!」

「おう、ご苦労! んじゃテメエら、全員持ち場! 気合入れてブッこめや!」


 さすがはこの船の船長というべきか、陣内さんの指示で船員たちが持ち場につく。

 俺たちも事前の打ち合わせ通り、作業につくことになった。


「しっかし、思った以上に高いなあ」


 俺の持ち場はいわゆる『物見櫓ものみやぐら』で、船の周囲を監視する役目。

 一緒に監視役になった紡も、広がる砂漠の光景を、感心したように眺めた。


「そういや、この船って帆がないよな?」

「魔界の底には気流がない、ってのが常識らしいからなー。特に、ここら一帯『ジョウ・ジョスのガラクタ置き場(ジャンクヤード)』って呼ばれる辺りは」


 魔界と言っても環境はピンキリで、終わらない暴風雨がすべてをなぎ倒すエリア、灼熱地獄に極寒地獄、酸の海や重力異常など、とんでもない環境ばかりだという。

 その中でも一番『静かな』場所が、ジョウ・ジョスの支配域だそうだ。


「自分が気に入ったガラクタを、あらゆる世界から引っ張ってきて、適当に積み上げておくんだとさ。だから水も風も、時間さえもほとんど流れないんだとか」

「そっか。あ、孝人! あそこにデカい岩!」


 目ざとく行く手の障害物を見つけた紡。

 その指摘を、俺は伝声管に向けてどなった。


「ブリッジ! 左舷ひだりげん前方、十一時に障害物! 距離……八百、ぐらい!」

『了ー解っ』


 がくん、と船体が揺れて、少し大回りに進行方向を変える。

 上から見下ろしたこの船は、胴体が太めの魚のような形状をしていて、船腹に当たる部分から砂がもりもりと湧き出して、背後に吐き出されていく。

 この船の独特な推進機構は、水の船以上に快適な速度を約束していた。


「『山鯨』かぁ。ほんとはイノシシのことなんだけどなぁ」

「山の鯨が……イノシシなのか?」

「元々はお寺さんで使われた符牒だよ。一種の言い訳さ」


 滑るように砂の上を走る船は、さっき見かけた巨大な岩――よく見れば、どこかの世界から落ちてきたビル群――を避けて、さらに突き進む。


「肉を食べてはならないって掟をすり抜けるのに、『これは山の鯨だ』ってしたわけだ。鯨は昔、魚扱いだったからな」

「へぇー。食べちゃダメだって言われてんなら、食べちゃダメなのになぁ」

「ちなみに、お酒のことは『般若湯はんにゃとう』って言うんだよ」


 そう言いつつ、下から続く梯子から顔をのぞかせる柑奈。狭い空間に、軽く汗をかいた水入りのビンが手渡された。


「街中と違って、こっちは結構暑くなるから、水分補給しとけって」

「サンキュー。って、今度はハンニャ? なんでそんな言い訳がいっぱいあるんだよ」

「『塩酒おんじゅ一杯これを赦す』ってな。山の厳しい寒さに耐える、酒の一杯とつまみの塩ぐらいはいいよって、えらい坊さんが言ってたんだ。それを拡大解釈した結果、かもな」

 

 そんなことを話している間に、周囲の景色が次第に変わり始める。

 砂に埋もれたビルや岩が、そこら中から突き出ている地帯。

 船は少し速度を落とし、甲板にも目視の連中が上がってきていた。


『いいかテメエら! こっからは漁の時間だ! 何か見つけたらすぐ知らせろ! 見つけ次第、一気にブッこむからな! 気合入れろや!』


 それぞれ、双眼鏡や望遠鏡を構えて、あるいはよくわからない棒状の装備を持ったヒトたちが、これから起こるかもしれない事態に備える。

 俺たちも手渡されていた望遠鏡を手に、周囲を見わたした。


「なあ、孝人」

「ん?」

「例の奴って、砂の中を進むんだよな?」

「ああ」


 遠くを注視しながら、白いオオカミの手が、込み合った岩場辺りを指差す。

 その辺りの砂地が、ぶわっと、巻き上がった。


「あれじゃないかな!? 獲物ってヤツ!」

「ブリッジ! 三時方向! 来るぞ!」


 そいつは船の右側へ向けて、砂煙を上げつつ突進してくる。

 姿は一切見えず、突起状のなにかだけが、明らかな害意をはらんで近づいてくる。


「全員つかまれや! ブっ込むっ!」


 腹に響く急発進の駆動。とっさに掴んだ柵が悲鳴を上げ、その隣で両手両足を突っ張って、見張り台に体を固定する紡。


「ちょっとおおおおお!?」

「柑奈ぁっ!」


 はしごを降りかけていた柑奈が吹き飛ばされ、ジェットをふかして上空に待機する。

 下を見れば、しおりちゃんを文城が保持しているのが見えた。

 そして、


「ヴォオオオオオオオオオオッ!」


 絶叫し、砂から躍り上がるなにか。

 頭の形は、矢じりのように弧を描いてとがり、太い胴体に蛇腹状の部位を備えている。

 長い尾の先端は、鉤のような形で、いかにも頑丈そうだ。

 船尾をかすめてすっ飛んでいったそいつは、あっという間に砂にもぐりこみ、砂煙を上げて泳ぎ去っていく。


『出やがったな、『クジラ』どもがよぉ』


 挑むようなハイイロオオカミの声に、砂に隠れた『クジラ』が答える様に砂を吐く。

 

『行くぞテメエら! イサナトリの時間だぁっ!』

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― 新着の感想 ―
今回も面白かったです。 イサナ取りだから……山鯨なのか……。 それとも猪突猛進に進めと願い?を込めての山鯨なのか……。 それとも……それ以外なのか。 或いは複合か? なんであれ……名前の由来という…
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