表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
REmnant・REvenants・REincarnation ~異世界転生日本人、魔界の最下層で生きていく~  作者: 真上犬太
Remnant case05「curiosity(好奇心)」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

102/180

1、緑の狩場から

 事務所の前に並んだメンバーを、もう一度見まわすと、俺は手にした棍を掲げて、号令をかけた。


「パッチワーク・シーカーズ、出発!」


 そのまま、ビルに増設された下り階段を使って、裏通りに降りていく。

 ギルド『ムーラン・ド・ラ・ギャレット』の入っている雑居ビルは、今や結構な大所帯になっていて、二階と三階の部屋にもかなりの入居者がいる。

 早朝出発や、深夜帰還もある冒険者稼業だし、ビル内を通るのは止めにして、山本さんや親方に頼んで、別の出入り口を造ってもらったんだ。


「そういや孝人こうと

「ん?」


 先に地上に降りた、白オオカミの模造人モックレイス、紡が問いかける。


「新しく、住む場所考えるって言ったけど、どこにするん?」

「ああ、それがなぁ」


 ムーランの人口密度が上がってきたのと、いつまでも俺と文城ふみきで、安い宿泊所を占めてるのも悪いから、いよいよ独立しようということになったんだ。


「二人で内見してきたんだけど、良さそうなところは結構高いんだよ。戸建ての土地代は必ずプラチケで払わないとだし」

「なるべく、お店に近いとこってするとね、大変なんだ」


 太ったハチワレネコの文城が、苦笑いしつつ歩き出す。

 そういえば、文城と紡は身長も結構近くて、こうして並んでいるのを見ると、なかなか頼りがいがある感じだ。

 両腕のごつい小手と防具も、すっかり体になじんでいる。


「いっそのこと、あんたも住んだら? リーダーのたちの家」


 最近は、出向く場所に合わせて『擬態みせかけ』を変更している柑奈。今日はサファリ探検のスタイルで、片手には象撃ち銃(エレファントガン)を装備していた。


「んー。でもなー、寝ぼけて火ぃ出したらやだしなー」

「今のところ、そういうことはないんだろ? だったら」

「今までもなかったから、ってのはダメだって、甲山の親方も言ってたぞ。騎士団長としても、安全確保できないうちは、行くつもりはないっ」


 アホっぽいふるまいの裏に、強い責任感。とはいえ、いつまでも荒野で独りぼっちってのもかわいそうだし、なんとかしたいな。


「しおりちゃん、なにかいいアイデアない?」


 チョウゲンボウの模造人モックレイス、しおりちゃんは三角帽子の位置を直し、すまなさそうに笑った。


「紡さんの力については、わたしもいろいろ調べさせていただいたんですが……現状、どうにもならないとしか。お手伝いできなくて。申し訳ありません」

「いいって! それならまずは、完全結晶武器フローレスウェポンゲットして、パワーアップするからさ!」

 

 現在、紡は新しい武器を購入するための資金を貯めている。

 この街にいる上級冒険者たちの、ほとんどが携える『完全結晶フローレス』と呼ばれる結晶で造られたものだ。


「でも、材料の結晶、Pの館で購入するとプラチケ三十枚はするって話なんだよなー。その上、加工代もいるしさ。マジでエンドコンテンツって感じ」

「いっそのこと、晶獄層に入っちゃった方がいいかもね。自分で掘り出した方が早いまであるでしょ?」

「かもなー」


 雑談を交わしている間に、俺たちは南へ延びる大通りに出た。

 そして俺は、すっかり明るくなりつつある空にそびえた、塔へと振り返った。

 魔界の底の底にある模造の街、モック・ニュータウン。

 そのランドマークともいうべき二十階建ての塔と呼ばれるダンジョンと、そのてっぺんで花弁のように広がった、四つの獄層を。


「あっ、リーダー! 前見て前!」

「……っ!? うあっ! ご、ごめんなさいっ!」


 危うく、知らない誰かにぶつかりそうになり、謝りつつ脇に退ける。

 背丈の小さいネズミの体は、こういうときも厄介だな。ヒトとの距離感を常に図っていないとならない。

 タッパのデカいリザードマンを先頭に、塔へと向かう冒険者らしい一団。その中に、見覚えがあるような顔もあったけど、あえて引き止めたりはしなかった。


「ボーっとしてないでよ。朝の南大通りじゃ、踏みつぶされても文句言えないよ?」

「ごめん。まだちょっと寝ぼけてるみたいだわ」


 実際、塔の南から延びるこの大通りは、他の方角の通りよりもヒトどおりは多い。

 しかも、鎧兜に身を包み、武装した冒険者たちの姿が大半を占めていた。それを当て込んだ朝食を出す店や弁当屋も、忙しそうだ。


「ところでしおりちゃん、今日の目標は、予定通りで構わないかい?」

「初めての作業ですからね。焦らず急がずで」


 やがて、俺たちの視界に、様々な色の葉を茂らせた巨大な森が広がっていく。

 街中のビル群をゆうに超えるこずえの高さ。時々聞こえてくる、野生生物の鳴き声。

 なにより、その周囲をきっちりとした板塀で封鎖し、大きな櫓が湧きだしてこようとするエネミーににらみを利かせている。

 緑獄崩落の後の『南の森』は、俺が知っていた場所とは、すっかり様変わりしていた。


「すみませーん! 申請しておいた『パッチワーク・シーカーズ』ですが!」

「ああ! 小倉さんか! いいよ、今、門開ける!」


 櫓の上から声が降ってくる。顔はわからないけど、たぶん甲山組の誰かだ。

 仕掛けが動かされて、二つの櫓の間に造られた、重い木の門が上へと上がっていく。

 素早くその向こうに抜けると、ちょっと荒っぽい音を立てて、門が塞がった。


「ベースは門付近に造ってくれ! あと、こっちからの支援が欲しいときは」

「赤玉上げて合図ですよね! 了解!」


 門近くには、きれいに踏み固められた空間が広がっていて、火を起こしたり狩猟道具を置いておくスペースになっている。

 そこから十メートル向こう側は、森の領域だった。


「相変わらず……匂いが濃いなあ」


 ここに来るたび、感じる森の匂い。

 単なる獣臭はほとんどない。その代わり、土から立ち上る湿り気に混ざった、苦みを感じさせる香りを感じる。

 あるいは地衣類の胞子や、樹木からしみ出した脂の粘っこさ、その中に紛れて、酸味と甘みを混ぜたような香りもあった。

 

「アリ、だな。俺たちが来る三十分前ぐらい? その茂み辺りを通ってた」


 臭腺の残された辺りを俺が指さすと、


「うむ! それじゃ、あたしはここで待機ね!」

「柑奈ぁ、お前、いい加減克服しろよ、蟲嫌い」

「三階は何とかなってるからいいじゃない」

「オレら獄層にも行くんだぞ? 緑獄りょくごくどうすんだっつの」


 そんな紡と柑奈のじゃれあいを横目で見つつ、俺たちは用意してきた道具を広げる。

 丈夫で厚手の革袋。組み立て式のそり。フック付きのロープ。


「では、最初に適当な獲物の確保をお願いします」

「俺と紡で勢子役せこやくするから、しとめるのは任せたぞ?」

「なるべく、蟲だけは勘弁してよ?」

「善処する」


 俺が先行し、紡がそれに続く。文城はベースの守備を任せ、柑奈の方は腹ばいになって狙撃の姿勢を取る。

 しおりちゃんの方は、今後に使う細かい道具の準備に入っていた。


「紡、上頼む。下は俺が見てくから」

「あいよ」


 俺は手にした棍を使いつつ、下生えの草や若木をかき分けて進む。

 この森は、いたるところが危険地帯だ。

 擬態した捕食生物、触っただけで毛皮ごと皮膚を犯す毒草、危険な病原菌をはらんだ吸血性の昆虫。

 

「この前、草刈したって聞いたけど、あっという間に生えてくるんだなぁ」

「周りの柵がなくなるの、もう少し先になるってさ。山本さんたちが、動物系のエネミーの対処を考えてるそうだ」

「ホント、オレも手伝えたらいいんだけどなー」


 そんな俺たちの先に、きれいになぎ倒された痕跡が続いていた。

 くぼんだ土の状態、折れた草木の香り、残された毛を確かめ、頷く。


「大きめのアラシシだ。多分俺の二倍くらい。紡、この跡を追ってくれ。俺は先回りして追い込みをかける」

「了解っ」


 俺は獲物の残した獣道を大きく迂回するように、森の中を進む。今度は背の高い木々が増えていき、下生えが消える代わりに、影の部分が増えていく。

 こういう場所は、頭上からとびかかってくるエネミーが増えるんで、あんまり通りたくないんだけどな。

 おおざっぱな方角を図りながら、紡の移動音を聞き逃さないようにする。

 そのまま少しだけ先行し、


「いた!」


 茶色の毛皮で覆われた、イノシシっぽい背中。

 でも、その体には足はなく、太い管のような胴体ばかりが目立った。

 魔界の動物は、手足を持たないのが多い。おそらく、四肢を持ってしまうと、その部分がもろい構造になるからだ、という仮説が立てられていた。

 アラシシは雑食性で、出くわしたものは何でも食べる。そのせいか、肉質も味もまちまちで、たいていは臭み抜きをしないと、食用には向かない。

 今も鼻面で地面を掘り返し、地下茎みたいなものを貪っている。


「紡!」


 俺は勢子役に声をかけ、そのままアラシシの進行方向に回り込んだ。


「うらあっ!」


 手にした棍を突き出し、仕掛けを炸裂させる。

 破裂した結晶の威力がアラシシの鼻面を砕いて、血をまき散らしながら来た道を戻り始める。


「うおっと!?」


 突進をわきによけつつ、剣の切っ先でアラシシを小突く紡。

 獲物を挟み込むように並走しながら、俺たちは森を駆け抜けていく。


「かんなぁっ! アラシシ一頭、頼んだぞ!」


 加速していく獲物が、俺たちを置き去りに森の外へ飛び出して、


「――ヒット!」


 乾いた銃声とともに、鋭いコールが飛んだ。

 俺たちが駆け付けた時には、一発の弾丸で中枢神経を切断された獲物が、力なく横たわっていた。


「ありがとうございます! この大きさなら、これ以上の狩りは必要ないかと!」

「特に指定する部位がなければ、いくらか昼飯に回そうか」

「孝人、アラシシさばけるん?」


 俺は道具入れに用意しておいた、解体用の道具を取り出した。


「すこし前の手伝いで、クリスさんから手ほどきぐらいは。んじゃ、昼飯と本題の準備に行くか」


 幸いなことに、アラシシの解体はそこそこうまくいって、味自体も問題なかった。

 昼食の後、しおりちゃんの指示で、残しておいた肉塊や内臓を持つと、俺たちはそのまま別の場所に移動する。

 そこには、無色透明の水が、満々とたたえられた沼があった。


「う……っわぁ。これ全部、ミズモチかぁ」

「なんだろね、この。きれいなんだけど、実情を知ってると、薄気味悪くなるってやつ」

「時々、来たばっかりのヒトが、知らずに飛び込んじゃったりするって……」

「たちの悪い創作実話、って思いたいけどな」


 水モドキ、あるいはミズモチ。

 この世界の悪意を、そのまま形にしたような、魔界の環境生物の擬態だ。

 目視不可能なレベルの微生物の集合体で、入った有機物を溶かし尽くしてしまう。


「では、今日の本題ですよ!」


 そんな光景を目の前に、しおりちゃんはニコニコと、アラシシの『パーツ』の入った袋を取り上げた。


「このフックはいいとして、ロープの方は大丈夫なのか?」

「はい。駆虫薬を染み込ませた特別製ですので、そう簡単にはちぎれないかと」


 血肉の詰まった袋をフックに引っ掛け、ロープで手繰り寄せられるようにする。

 まるで、大物釣りの仕掛けのようなそれを、三本ほど用意した。


「では、なるべく遠くに投げ入れてください!」

「んじゃ、いくぜー!」


 紡がぶん投げた袋が着水し、水面がざわっと、奇妙な波紋を広げた。


「行きます。舞え――ハネブトン!」


 何もなかった虚空に、暗緑色の分厚い『座布団』のようなものが現れる。

 それは肉袋を落としたあたりに舞い降りて、


 ばくんっ!


 肉の袋を巻き込み、多量の水を呑み込んで形を変えた。


「今です、引いて!」


 俺たち全員でロープを引っ張り、丸々とした形状になった『ハネブトン』を、岸辺に引っ張り上げた。

 その表面には、本来無数の棘があるはずだったが、ミズモチの腐食作用によって、つるりとした表面になっている。


「あとは、その袋に詰めれば、収穫完了です」

「すげーなしおり! こんな風に水取るとか、初めて見た!」

「では、残り二つもお願いします」


 同じ作業を繰り返し、俺たちは水をたっぷり飲みこんだ『ハネブトン』を詰めた袋を確保していた。


「でもさ? このハネブトンって、中のミズモチに食い破られたりしないの?」

「ハネブトンの外皮に含まれた油脂成分が、駆虫薬の役目も果たすんです。その代わり、内側の捕食組織はミズモチに溶けてなくなり、ロープに含ませた薬剤によって、ミズモチも無力化されます」


 そういや、柑奈が誘拐されたとき、しおりちゃんがためらいなくこの植物を生やしてたけど、こうして性質を熟知してたからなんだな。

 俺たちは水入りハネブトンをそりに乗せ、そのまま森を後にする。


「これまでは、グノーシスの方々やクリスさんに助力をお願いしていたんですが。今後はパッチワーク・シーカーズの専売品にしてもいいのではと」

「水資源は、街の貴重品だしね。小さい食堂へ売るなら、このぐらいのサイズ感がちょうどいいかもだ」

「でも、このお水、ゆでたりしなくていいの?」


 文城の疑問に答える様に、しおりちゃんは行く手に見えてきた一軒家を示す。

 それは、魔界の木々を庭に生やした、独特な姿の家だ。

 傘つきの煙突や、丸く縁どられた窓枠、キノコを思わせる形の屋根。


「詳しい話は中で、うちで休憩していってください」


 そんな『魔女の家』の主は、笑顔で俺たちを招き入れた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
今回の更新分も面白かったです。 緑獄……崩落の度に毎回これだと考えると……中々管理も大変ですね。 すぐに伸びる下草が……何かに利用出来れば……少しは良いのですが。 そして……ハネブトンとミズモチを…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ