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思い出はネコの形

「なあ、柑奈」


 その日は珍しく、冒険者の仕事がなかった。

 俺は事務所で、自分の武器をばらし、中の機構を整備している。トリガー式の武装は稼働部分が多いから、マメに面倒を見ないと命にかかわるからな。


「なによ」


 そっけない、というか、心ここにあらずという顔で答える柑奈。

 いつもはファッションショーでもやるのかってぐらいに、擬態テクスチャを変えてるくせに、今はずるっとしたジャージ姿。

 その全身を、ふかふかのクッションにうずめている。

 いや、クッション代わりにしている文城に、半ば埋もれていた。


「どんだけ文城のもちもちぽんぽんが好きなんだよ」

「いいじゃない。ストレス多い現代社会、すべてのヒトにもちぽんが必要なわけ」

「……文城だって暇じゃないんだから、ほどほどにな」


 柑奈はプイっと顔を背け、もっちりしたおなかの毛皮へと現実逃避してしまう。

 文城の方は、すでに悟りを開いてしまったのか、そのままの姿勢で漫画を読んでいた。


「そういや、聞きそびれてたんだけどさ」

「ん?」

「文城のことを好きになった理由」


 一瞬、文城の目がまん丸に見開かれ、体を起こした柑奈は自分の跡が付いた毛皮を、やさしく撫でた。

 ジャージからメイド姿に変わると、彼女は事務所に据え付けたコーヒーメーカーに歩み寄る。


「ふみっちにも話したこと、なかったかな」

「……そういえば、そうだね」


 全員分のコーヒーを淹れながら、柑奈はゆっくりと語り始めた。


「それじゃ、ちょっとだけ、昔話でもしましょうか」



 その日、あたしは朝から不機嫌だった。

 世間は大型連休で、クラスのみんなは家族で旅行だったり、いろんな予定でもちきりだったけど、あたしだけは何の予定もなかった。

 両親は共働きで、カレンダー通りの休みにはならない。

 小学校二年生の女の子にとっては、不機嫌にならない理由がなかった。


『おじいちゃんのところに、来るかい?』


 確かにおじいちゃんは好きだったけど、それだけで埋められないこともある。

 あの頃のあたしにとって、おじいちゃんの田舎は夏休みのイベントって位置づけ。

 そこに行けば、すべての不満が解消できるなんていう、両親の見え透いたご機嫌取りに乗る気もなかった。

 その上、


『いかんどーとか、行きたくない』


 おじいちゃんが連れ出してくれたのは、うちの県にあった、ローカルなアミューズメントパークだった。

 県内の幼稚園児や小学生なら、一度は行ったことのあるっていう施設。

 二年生にもなれば、『東京のアレ』とか『大阪のソレ』を知ってるから、地方のマイナー施設なんて、っていう気分だった。


『やだ! もう帰る!』


 散々ご機嫌を取ってもらったけど、パパもママも一緒じゃないし。その癖、周りは親子連ればっかりでしょ。

 こう見えてあたし、子供のころは大変おしとやかで、大人しい子だったから――ほらそこ、そんな面してると穴あきチーズパラダイスにするよ――おじいちゃんもすっかり疲れ果てちゃってね。


『――おじいちゃん、どこ?』


 勝手に園内をぶらついてたあたしは、すっかり迷子になってた。

 パパもママもいなくて、おじいちゃんともはぐれて、せっかくのお休みなのに、自分はずっと嫌な気持ちで。

 こらえきれなくなって、泣き出しちゃったのね。

 その時だった。


『――――』


 誰かがあたしの目線までうずくまって、両手を差し出していた。

 大きな、ネコの着ぐるみ。

 正直、最初は怖かった。

 それでも、見ている間に気持ちが落ち着いてきたって言うか。だんだん『彼』が、あたしのことを心配してるんだって、わかってきた。

 あとで聞いたんだけど、中の人って開園当初からずっと演者をやってて、役の気持ちが伝わってくるって有名だったんだ。


『ありがと』


 あたしは、彼に手を引いてもらって、迷子センターに送ってもらって。

 最後にぎゅっと、ハグをしてもらった。

 あったかくて、ふかふかで、とっても安心できる心地よさだった。


『おじいちゃん、あの子、なんて名前かな』


 売店で彼のぬいぐるみを買ってもらって、その時ようやく、彼の名前が分かったの。


『プラン君』


 ネコのプラン君。

 それが、あたしと彼の出会いだった。



「つまり、文城の抱き心地に、その着ぐるみの印象を重ねていると」

「あー、孝人。あんま着ぐるみとか、言わないほうがいいかもだぜ」


 話の途中で事務所にやってきた紡が、なぜか訳知り顔で注釈をつける。


「着ぐるみ勢には『中の人』はいない、ってタイプの人もいるから。基本、キャラクターはキャラ名で呼んで、なるべく着ぐるみって言わないほうがいい」

「そ……そうなんだ、へー」

「さすがに、あたしはそこまでじゃないけどね」


 懐かしそうに遠い目をすると、柑奈は文城に視線を流す。文城自身は、不思議そうに自分の体をさすったり、おなかを確かめたりしていた。


「それで、大体小学校卒業するまで、年パスを買ってもらうぐらいには入り浸ってね。そのたびにプラン君とハグしたり、写真撮ってもらってたんだよ」

「……中学生になってからは?」

「おじいちゃんが亡くなったのと、付き合いとか勉強で忙しくなって、ご無沙汰してた」


 文城の問いかけに、彼女の視線がつかのま暗くなる。

 まるで、目の前にいるネコの模造人モックレイスが、縁遠くなってしまったそのキャラクターであるかのように。


「それで……まあ、いろいろあって、いったん実家に戻ったとき。久しぶりに彼と会おうと思ったんだ。でも」


 そのアミューズメント施設自体は残っていたが、柑奈の好きだったキャラクターは、すでに引退していた。


「プラン君、開園当初からずっと活躍してたんだけど、補修のための素材が手に入らなくなって、限界だったんだって。それで引退して、二代目の子になってた」

「あー……そっかー。ハードな操演するキャラって修理大変らしいし、使ってるファー素材が廃番になると、それだけで引退見えるって聞くからなー」

「それで、あたしもすっかり落ち込んじゃって……こっちに来てからも、どこか虚ろで」


 感極まったように、文城にギュッと抱き着く。

 その頭を、ハチワレのネコは優しく撫でていた。


「ふみっちと出会えて、ホントよかった。プラン君のことは、正直残念だけどね」

「うーん……?」

「どした、紡」


 なにか気になっているのか、白いオオカミは腕組みして、記憶を探っている。


「なんか、その話聞いたことあるなって……なんだったっけ」

「思い出せないことなら、重要でもないって言うよな?」

「そんなことより、久しぶりにプラン君のこと思い出したら、ちょっと推し語りしたくなってきたかも。次のラジオのネタにしよっと」


 ノリノリでネタ帳に書き留めていく柑奈。

 ともあれ、解放された文城と紡を連れて、俺は事務所を出る。その間もずっと首をかしげていた白いオオカミは、下に降りる階段の途中で、ぽんと手を叩いた。


「思い出した! 『おくやまカムラード』だ! そっかー」

「え……?」

「あいつの実家にあるってパークの名前。それと、プラン君ってキャラの話な」


 ちょっといたずらっぽい笑顔を浮かべて、紡は片目をつぶった。


「晩飯の時に話すよ。多分、あいつも聞きたいだろうからさ」



 それは、紡が趣味関連の調べ物をしていた時のことだった。


『……マスコットキャラクター再現プロジェクト?』


 あるアミューズメントパークの、人気キャラクター引退を惜しんだ、一人の趣味人ケモナーによる計画。 

 当時の写真資料を集め、着ぐるみに使っていた素材メーカーへの聞き込みを重ね、そのキャラクターを『再現』しようという試み。


「再生でも、復活でもなく、再現か」

「元のキャラに思い入れのある人も多いだろうから、あくまで『再現』なんだってさ」


 多大な努力と苦労、そして『愛』を集めた結果、プラン君は『再現』された。

 ただ、話はそこでは終わらなかった。


「引退した初代の演者さんに、見せに行くことになって。んで、実際に動かしてもらったんだ」

「で、反応は?」

「完璧だったって。動きも質感も、元と同じかそれ以上だってさ。しかも」


 思い出の中だけにしまっておくのはもったいない、ということで、演者の人からの紹介もあって、再現プラン君はパーク側に寄贈された。


「んで。ただ飾っとくのももったいないからって、そのまま『復帰』したんだ。二代目を弟、再現した一代目を兄貴ってしてな」

「はぁ~、よくやるわ」


 EAT UP奥のボックス席。

 紡による『補完情報』を聞いた俺は、全くなじみのない世界の歴史に、感嘆するしかなかった。

 文城やしおりちゃんが頷き、問題の柑奈は、なんとも言えない顔をしていた。


「なんであんたが、そんなこと知ってんのよ」

「着ぐるみに興味あったから、いろいろ調べてたら、そういうクラファンがあるって」

「クラファンあったの!? いつ!?」

「俺がこっちに来る一年前ぐらいだから……タイミング的に、無理だったと思うぜ」


 メイドさんは音を立てて突っ伏し、両手をついて、悲鳴のような声を上げた。


「あたしのっ、愛もっ、届けたかったぁあぁあああっ!」

「叫ぶな叫ぶな、気持ちはわかるが」

「うぐああ、プランくぅううん、おおおおおおおお!」


 その後は、ひたすら悔しがり、のたうつ柑奈を慰め続け、食事なんだか残念会なんだかよくわからないひと時は終わった。

 その帰り道。


「……はぁ」


 本当に珍しく、柑奈は落ち込んでいた。

 普段なら、自分の気持ちを表現しないことに、誇りを感じている彼女が、帰り道の暗い夜空に手を伸ばしていた。


「あの空を超えて、ずっとずっと先の方へ飛んで行ったら、たどり着けるかな」

「そんなに、会いたいか?」

「……買ってもらったぬいぐるみ、いつまにか無くしちゃってさ」


 文城からも控えめに距離を取って、歩いていく。


「芸能活動やら、ストーカー問題やらで、ボロボロになってた頃、すがるように抱きしめてた。でも、あたしがここに来る直前、消えてた」

「もしかして、それって」

「うん。可能性はあるけど、言わないで」


 俺たちはその話題をやり過ごし、黙ったまま歩く。


「最後の最後で、離れ離れになっちゃったけど、ずっと大好きだったって。それが再現された姿でも、もう一度、抱きしめたかった」


 彼女の背中に、大きな影が近づく。

 片手を上げ、柑奈はそれを、そっと拒絶した。


「ダメだよ。だって、今のあたしが考えているのは、あなたじゃないから」

「うん」


 それでも、大きなネコは距離をぐっと縮めて、すべてを受け入れてしまう。 

 俺は何も言わず、足音を忍ばせて歩み去った。



『ご機嫌いかがですか。オールディーズカフェへようこそ。神崎柑奈です』


 事務所での書類整理中、流れてくるラジオを聞くともなしに耳に入れる。

 

『わたしたちという現在は、過去によって作られている。そんな言葉があります。忘れられないヒト、大切な思い出、あなたという存在を縁取った、過去から届く星のような光』


 その言葉を口に出させたのは、子供のころの思い出だ。

 幸せな過去、決して幸せではなかった終わり、それを超えて今ここにいること。


『今日は皆さんのリクエストとともに、そんな過去にまつわるお話を、していきたいと思います。最後まで、ごゆっくりお楽しみください』


 カッコつけちゃってまあ。

 俺は伸びをしつつ、休憩に入った。

 柑奈がどんなふうに、自分の過去について語るのかを想像しながら。

■おくやまカムラード(おくやまカムランド)

山間部に作られた複合型レジャー施設。本来あった河川を利用して作られた人工湖沼、小規模な動物園、宿泊施設などが配置されている。


柑奈の出身地の県内にある、レジャー施設。本来は「カムラード(カマラード/仲間)」という名前なのだが、人々の耳に慣れなかったせいで「カムランド」とも呼ばれている。


やまおくイカンドー、などという蔑称がつけられるほどのしょんぼり施設という感じだったが、実際にはマスコット着ぐるみのグリーティングや、のんびり遊べる遊具、珍しい木造ジェットコースター、リゾート系の施設の充実もあるので、子供連れの親子や三世代で遊びに行く場として、そこそこの人気。


施設内にはいくつかのエリアわけがされており、それぞれに担当の着ぐるみキャラクターが配置されている。中でも、メインの遊具エリアを担当する猫ベースのキャラクター「プラン君」は、開園当時から人気だったが、修復不能の経年劣化のため、惜しまれつつ引退。

二代目のプラン君が起用され、それに加えて他のエリアにも新規のキャラクターが配置された。


それぞれの着ぐるみとのグリーティングや、外部からの『もちこみ』も許しているという点が他の施設にない特徴で、いわゆる着ぐるみ系のケモナーから人気を博す施設。


■ネコの『プラン君』(初代/二代目)


下半身の大きなずんぐりとした胴体に、オーバーオールを着けたネコの着ぐるみ。毛皮の配色は三毛。大きなふかふかの手足と弾力のある腹部の感触が好評で、彼に会いに来るという子供たちも数多かったという。

開園当時から愛され続けてきたが、着ぐるみ(特にヘッド部分)の劣化と修繕用素材の入手困難により引退。二代目の『プラン君』にバトンタッチした。

二代目は一代目よりも少しスリムになり、着ている服も支配人のジャケットとズボンというおしゃれな感じに変更されている。

その後、一代目の引退を悲しんだファンにより、当時の着ぐるみを現代の技術でリファインしたものが寄贈され、施設側もこれを受理。

その後、初代リニューアルを兄、二代目を弟と設定を改めて二人体制となり、やってくる人々を楽しませている。


名前の元ネタは英語のPLUMP(膨れた・丸っこい)という形容詞。


好きなもの:ソフトクリーム(初代)/シュークリーム(二代目)

苦手なもの:おばけ(初代)/寒いところ(二代目)


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― 新着の感想 ―
今回も面白かったです。 柑奈さんの思い出と、それが……仲間の存在があるからこそ補完されたこと。 上手く言葉に出来ませんが……とても嬉しく感じました。 生まれ直すような、生き直すような……終わりの続き…
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