第8話『欲望を満たしたい』
俺の名前は時越永遠。小学2年生にしてエロに目覚めた男だ。
もちろん実際に手を出すのは、心から好きな女子にだけと心に決めてる。実際はに女子の裸を見て赤面するごく普通の男の子。
そんな俺の前に突如として、超絶ミラクルな出来事が訪れる。
「私はアニマ。キミの願いを叶えに来たんだよ」
最近クラスで少し話題になってる、願いを叶える少女アニマがやって来た。これはまたとないチャンスだ。
「じゃあさ、“好きなだけ女子を眺めたい”ってのはどうだ⁉︎」
「……ウフッ♪ キミはずいぶんとエッチなんだね。でもそういう正直さ、私は嫌いじゃないよ」
そう言いながらアニマが手にしたのは、もはやストップウォッチにしか見えない何かだ。
「スローモーションタイマー。この道具を好きなタイミングで使うとアラ不思議‼︎ あらゆる物の動きを遅くする事が出来ちゃう‼︎」
「じゃあつまり、時間を止めたり……‼︎」
「それは出来ないよ、あくまで時間の流れを遅くするだけ。0.001倍まで遅く出来るんだけど、たとえば10秒の出来事があったとしてそれを0.01秒にまで遅くしちゃう計算だよ」
アニマから使い方を教わり、試しに0.5倍速の速度にしたらアニマが手を振るスピードが遅くなる。これなら、色んな女の子をあちこち眺めたり出来そうだ。
「それじゃあ私はそろそろ他の事があるから。あんまり時間を欲張りしないようにね」
そう言い残してアニマは姿を消した。
「悪いが、時間を欲張らせてもらうぞ」
こんなに良い物を手に入れたんだから、思う存分楽しんでいかなきゃ損だろう。スカートめくり、ラッキースケベ、色んな格好の女子。それらの一瞬を俺が支配出来るんだからな。
そもそも俺は、前から女子を眺めるのが好きだ。登下校で女子同士が歩きながら喋ったり、体育で女子グループがガヤガヤしたり、プライベートで見かけたりしたら、よく目が行ってしまう。
それがアニマから貰ったタイマーがあれば、やれる事が増えまくるってワケだ‼︎
「……と、アレコレ妄想したものの」
現実は漫画みたいにラッキースケベはおろか、パンチラすら無い。しかし一旦“何でも出来る”と考えてしまった以上は俺の妄想が留まる事を知るわけもなく、気になる女子のパンツが見たくなっていく。
「たとえば、千秋のパンツ……‼︎」
男子にも優しいし、どこかフワッとした衣装が普段着が似合う名取千秋のパンツ。周りの男子も心のどこかで気になってるはずさ。
それにしても今日の千秋はホットパンツか。あんまりスカートを履かないのは知ってたが、こうして改めて見るとやっぱり千秋は可愛いな。見てるだけで惹かれるというか、目が釘付けになるというか。とにかく可愛いの一言だ。
もちろん生脚もホクロ無しの色白がパーフェクトの、漫画みたいな美少女に相応しい見た目をしている。しかも声までパーフェクトときた。自然の中に吹く風のせせらぎのような、清楚で耳が幸福で満たされていく、そんな声。
ホントに小学2年生なのか、名取千秋という美少女はさぁ‼︎
「……あの、えっと、永遠くん?」
やっべ、ずっと千秋のことジロジロ見てたからキモがられる‼︎
「そんなにジッと見つめられたら困るから……」
「わ、わりぃ」
「アンタ、そうやっていつも女子をイヤらしい目で見るのキモすぎるんだけど。消えてくれる?」
おっと。千秋の取り巻きとまではいかないが、お決まりの悪口しか言わない女子のお出ましだ。
念の為に言っておくが、俺はいくら美人でも性格や態度が悪いヤツはどんなに可愛くてもお断りだ。いわゆる“人間は中身”ってヤツだな。
「そうか、コレがあれば……‼︎」
このタイマーを使ってさっき俺に悪口を言った女子に、足払いをかけてやろう。せっかく時間を遅く事が出来るんだ、嫌がらせには嫌がらせで対抗しなきゃな。
「きゃッ‼︎」
アイツにとっては、ほんの一瞬の出来事だ。俺が時間を遅くして両足を軽く蹴飛ばすだけで簡単に転ばせられる。
「大丈夫……?」
近くにいた千秋が心配しているが、それについて俺は怒りを覚えない。女子は仲間意識が強いってのを知ってるからだ。
「なんか、いきなり足が……」
少し露骨過ぎるタイミングだったせいで少し疑われたが、ずっと座ってた事で強引にごまかしてやった。
おかげで、多少スッキリ出来たようだ。
「さて、今日の千秋は……」
それからしばらく千秋を観察していると、ようやくスカートを穿いて登校してくれた。ヒラヒラしてるだけでも十分可愛いんだが、俺が見たいのは千秋のパンツだけ。
「さぁ、0.001倍速にしてっと」
周りの動きが止まって見えるようになったのを確認し、素早く千秋の足元へ駆け寄る。
「さぁ〜て、千秋のパンツは……?」
綺麗な脚も堪能しつつスカートの中を覗き込むと、そこに見えたのは子供パンツでも純白でもなく黄緑色のチェック柄に小さなリボンが付いたパンツ。お色気漫画でも高校生のパンツが白だったりする中で、千秋は何とも可愛らしいパンツを穿いているじゃないか。
「……さて」
ずっとここにいたら大変な事になるし、十分にパンツを堪能したから元の位置に戻って解除しよう。
「解除……‼︎」
そこから何事もなく、千秋の行動に変化が起こることもなく。
「おはよう、千秋」
「おはよう、永遠くん」
そして俺は事あるごとに、千秋を含む女子の姿をタイマーの力で堪能していくのだった。運動会やプール授業に宿泊学習で女子風呂を覗いたり、今まで出来なかった事を片っ端からやっていった。
「ははは、このタイマー最高だぜ‼︎」
冬休みに入ってクリスマスイブの夜、布団の中で興奮に打ち震える。これがあれば沢山のシチュエーションを堪能出来るし、もっと最高な事が出来るに違いない。
「よしっ、とにかくサンタさんが来るから寝るか‼︎」
タイマーを机に置き、最新のゲーム機が来るのを楽しみにしながら眠りにつく。
「ん……」
目が覚めると同時に、外が明るくない違和感を覚える。
「どうな────」
しかも俺の声が変になっている。まるで声変わりしたような、子供っぽくない声。
「た、タイマーはッ⁉︎」
机に置いたタイマーは誰かがイジったらしく、向きが反対になって置かれていた。ひっくり返して確認すると何故か時間の流れが0.001倍速になっていた。
「はぁ、何で……」
「メリークリスマース」
そこへアニマが背後から現れ、タイマーを見ながら微笑む。
「あー、これはどうやらキミのお母さんがイジったみたいだね」
「えっ……」
「ダメだよー、大人はよく分からない物にはアレコレ手を出しちゃうんだから。ちゃんとしまっておけばこんな事にならなかったのに」
「なぁアニマ、俺の声が……」
「あぁそれはね、“成長した”んだよ」
「は?」
成長した、だと?
「そう。キミが使ってるタイマーはね、ただ時間を遅くするだけの物じゃないんだよ。ちゃんと代償を支払った上で時間を遅くしていたんだよ。ちゃんとソレ相応の代償をね」
「それが、つまり……」
「そう、そういう事。タイマーはね、“キミの時間”を使って幸福を与えてくれるんだよ」
部屋の電気が付いてアニマが持つ手鏡に目を奪われる。そこに写っているのは俺自身なんだが、明らかに歳をとっていた。
「はーい、注目ー♪」
ポケットから折りたたんでいた紙を広げ、そこに書かれている文章に俺は絶望感に襲われる。
「もしキミが0.001倍にしたら、その時の体感1秒につきキミの時間、つまり未来を頂いて周りの時間を遅くしてるんだよ。その見た目だと30代後半ってところかなぁー?」
俺が、30過ぎたおじさんに……?
「まぁまぁ、別におじいちゃんになった訳じゃないんだからさ。だからキミにはまだやれる事があるはずだよ‼︎」
「あ、あぁ……」
凄まじいほどの変化、ありえない早さの老化、変わってない現実。この世界に取り残された俺に待っているのは孤独感だけ。
確かにここに俺がいるのに、俺はもう死んだも同然なのだから。
「ちょっと、どこ行くのー?」
アニマの呼び止めを無視して外へ走り出す。この世界で俺だけが何十年も先へ行き、周りの時間はほんの数時間しか経過していない。ここにいる。確かにいる。なのにどこにもいない、誰も知らない俺の存在。
もうここに俺の居場所なんて、どこにもないんだ。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
体力まですっかり落ち、息を切らしながらその場に座り込む。体内時計が狂ってるせいで今が夜何時なのか分からない。子供が外を出歩く時間じゃないのは確かなんだが、今の俺には考える余裕すらない。
「学校も行けない、家にも行けない。こんな姿で明日からどう過ごせば良いんだよ……ッ‼︎」
もうこうなったら、自殺でもしようかな。どうせこれから俺に未来なんて無い以上は何をしたって────
「……あの、大丈夫ですか?」
ふと見上げると、そこに立っていたのは比較的若く見える女性。服装からして少なくとも成人はしてるであろう女性が、俺を心配そうに見つめる。きっと酔っ払いか何かと思ってるんだろうな。
「……肩、貸しますよ」
そう言って俺の返事を待たずに肩を組み、ゆっくりと足を動かしてくれる。その時に身体が密着して素敵な匂いが鼻を通ると同時に全身が身震いする。
「あんな所で寝てたら、警察に厄介になりますよ。ところで、お家どこか覚えてますか?」
「……ない」
「あ〜、そうですか……」
ほんの数秒の沈黙。
「じゃあ私の家に一晩泊めてあげますね。そしたら少しは頭が冷えますよ、きっと」
「……あぁ」
それから軽く1時間は歩いてようやく彼女の家に到着すると同時に、俺はベッドまで借りる事になってしまう。こんな見た目した男に躊躇なく自分のベッドを貸す奴の心の優しさに、スンと胸を打たれる。
「……〜♪」
どうやら彼女はシャワーを浴びている様だ。確か女性の入浴時間は早くても30分はかかる。ソースは俺の母さんだが。
それにしても、この家には彼女が1人暮らしなんだろうか。周りの物を見る感じ男の気配はゼロだし、物で溢れてる感じがしない。バイトをしてるから家にいる時間が少ないってのもあるんだろうけど。でもこれが、この部屋がもし1人暮らしの普通なんだとしたら、俺は今とてつもない心臓の高鳴りに集中しているだろう。
「……………………」
落ち着いてベッドから抜け出し、タンスを下から開いていく。すると中から大量の下着が姿を見せる。ブラやパンツだけでも数十着はあるだろう下着を片っ端から手に取り、ソレを裏返して匂いを一気に嗅ぐ。
嫌な事を忘れられる、一生忘れない匂いになるだろう。
「しかし……」
足りない、ちっとも満たされない。もっと欲しい。
「これも、あれも、それも……‼︎」
片っ端から下着を手に取り、鼻に押し当てる。タンスにしばらく入っていようと関係ない、俺にとっては“女性の下着である事”が最も重要なんだから。
「ダメだ、足りない……ッ‼︎」
1人の男として、こんな女性用下着ごときで足りる訳がない。今この家には若い女が1人、そしてシャワーを浴びている。それはつまり千載一遇のチャンスが舞い降りたって事になる。
「そうだ、すっかり忘れてた……‼︎」
今になってタイマーの存在を思い出す。他の事に夢中になるあまり完全にすっぽかしてしまった。
「これで、俺は無敵だ……‼︎」
もう自分の人生なんてどうでもよかった。目の前に降りた二度とないチャンスを棒に振るのなら、死んだ方がマシだ。
「ひひひ……」
俺の目の前には、無防備な女。
時間は、たっぷりある。
それじゃあ、お楽しみといこうじゃないか。
「ふーん、逮捕ねぇ……」
次の日、その家には警察が来ていた。犯人が被害者宅から出てパトカーに乗る一部始終を見ながら、私はわざとらしくつぶやく。
「やる事がやれて満足したみたいだね、永遠くん」