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第2話『もう一人の私』

 母さんの持ってる昔の恋愛漫画を読んでから、私は小さい頃から恋愛漫画が大好きになった。今は2人で本屋に行き恋愛漫画を買う程仲良くなっている。

 そんな私の名前は向日(むこう)日向(ひなた)。少女漫画がとにかく大好きな小学2年生よ。

「よぉし、今月号読むぞー」

 今日は私が毎月おこづかいで買っている少女漫画雑誌、ヨーグルトの発売日。母さんも私と同じ少女漫画好きだから、家には図書館みたいに少女漫画だけが本棚に並んでいる。私と母さんのちょっとした自慢よ。

「……あれ?」

 いつものようにページをめくっていたら、すごく真っ暗なページが目に入る。そこに“幸福になりたいですか?”と書かれてて気味悪い。

「おーい♪」

「うぁっ⁉︎」

 いつの間にか私の目の前に、見た事ない女の子が立っていた。ドギツイピンクのツインテールが悪目立ちする、すこしイケスカナイ子ね。そんな感想を抱いているとヘンな子が突然ハッとなって、勝手に私の髪をいきなり触りだしてきた。

「な、何するのよッ⁉︎」

「髪に芋けんぴ、付いてたよ♪」

 その子の右手には、その芋けんぴとか言うやつが1本掴まれている。いきなり現れて髪に芋けんぴとか、意味ワカンナイんだけど。

「……スベったか。まぁいいや、私はアニマ。幸福を与える商人よ」

 いきなり自己紹介を始める、アニマとか言う子のメンタルの強さに驚く。部屋に音もなく侵入する辺りから怪しさ全開なんだけど。

「そして、キミの願いを叶えてあげる為に来たんだけど…… あるよね、叶えたい願いが」

 すごく顔が近い。思わず後ずさりしちゃうけど、アニマの言ってる“叶えたい願い”に少し引っかかる事があるんだよね。

「その願いってのは、たとえばどういう?」

「ほんの些細な願い。ネコ型ロボットが出る漫画みたいに、夢のある願いを叶えたいって思わない?」

 ああ、そういう感じ。

「だったら、“自分がもう1人”なんてどうよ。アンタに出来んの?」

「ウフッ♪ もっちろん♪」

 不気味に笑うと同時に取り出したのは、コンパクト。

「コンパクトドッペル。これを自分に向けて呪文を唱えると、アラ不思議ッ‼︎ 鏡からもう1人のキミが出て来て、何でも言う事聞いてくれちゃう優れもの‼︎」

「呪文って、まさかテクマク……」

「ちょっと待って。どうしてキミがその呪文を知ってるのかな?」

「母さんが漫画持ってるから」

「あ、そう。じゃあ改めて」

 アニマはわざとらしくコホンと咳払いをして、仕切り直す。

「このコンパクトドッペルにいる、もう1人のキミを呼ぶ方法は呪文が必要なんだけど。その呪文は“コッチコイ”、元に戻す時は“アッチイケ”」

 コンパクトを少し強引に手に取り、フタを開く。そこには一枚の丸い鏡があるだけで、当然の事だけど私が写ってる。

「それにしても不思議な子だね〜。こんなにも恋愛漫画に囲まれているのに、恋愛を望まないなんて。もしかして男の子が嫌いとか?」

「バカ、アンタには関係ないでしょ」

 ホントは、アニマを疑うあまり嘘の願いをしちゃっただけなんだけどね。男子が嫌いってのは嘘じゃないけど。

「念の為に言っておくけど、そのコンパクトから出て来るキミは同じ姿だけど全くの別人。キミの願いを何でも叶えてくれるからって、あんまりその子の前で変な事を口にしないでよ?」

「分かってるってば。くどいねぇ」

 釘を刺されて少しイラついた。でも説明を聞かないで物を扱ってクレーム入れられるのも、困りものだよね。そういう面倒事を避ける為だったりして。

「もう1人の私、ねぇ……」

 とっさながらも願いを叶えて貰った身でありながら、わがままに少し近い言いたい事がある。

 このコンパクトドッペル、使い道が分からないんだけど。


「さぁ熊出選手、期待の一投です‼︎」

「あぁ、ストライク‼︎」

 学校で掃除の時間中、一部の男子がサボって遊び始める。もちろんその男子が悪いのは分かるし、真面目な男子がいるのも知ってる。だけど掃除くらいサボらず出来て当たり前なのにサボるのは、どうしても意味ワカンナイ。

「ちょっと熊出、アンタ明日旅行なんでしょ⁉︎ 今日くらい真面目にやりなさいよ‼︎」

「旅行と掃除は関係ないって‼︎ それに僕の担当ホウキ掃きはもう、終わってるし‼︎」

「だったらホウキを片付けてゴミ出ししてよ‼︎」

「……はぁ、分かったよ」

 熊出は、強く言えばやってくれる。コイツはまだマシな方。

 他の男子はそれ以下。

「ねぇ“むーちゃん”、少し言葉が強いんじゃないかな?」

「何言ってんの“なっちゃん”、男子は将来働く立場にあるんだから。今のうちに厳しくしてやんないと‼︎」

 “なっちゃん”というのは、名取千秋のこと。苗字が“なとり”だから“なっちゃん”。そして私の苗字が“むこう”だから“むーちゃん”。

 私となっちゃんは、家が隣同士だし幼稚園の頃から仲良しの関係。だから小学校に上がっても、2人一緒なのは変わらなかった。

「あぁそうだ。ねぇなっちゃん、学校終わったら私の家来てくれない? ちょっと変な事があったから話したくて」

「変なこと……?」

 アニマという変な子から怪しさ全開な物を渡された。それをこれからどうするか、なっちゃんに話したい。私1人で何とか出来るものじゃないし、母さんに相談なんて出来ないし。

「詳しくは家で話すから。すぐ終わる話だから、ね?」

「……うん、じゃあ帰ったらすぐ行くよ」


 そして約束通り、なっちゃんが私の部屋に入ってすぐコンパクトドッペルを見せた。これをアニマという子から貰った事、そしてどういう使い方をすればいいのか分からない事を伝えた。

「……えっと、つまりアニマの言う事が本当なら鏡の中からもう1人、むーちゃんが出て来るんだよね?」

「そうなのよ。1人で試すのが少し怖くてさ、だからなっちゃんと一緒に試したくて」

「本当に、もう1人のむーちゃんが出て来るのかな?」

 2人でコンパクトドッペルを見つめる。その鏡には私となっちゃんを写すだけ。呪文を唱えない限り、本物かどうかなんて分からない。

「……コッチコイ」

 怖いから、小声で呟いた。すると鏡の向こうから私が飛び出してその場に立つ。見た目は私そのものだし、服装も全く同じだ。

「初めまして、もう1人の私‼︎ そしてなっちゃんこと名取千秋ちゃん。私はアニマによって作られたコンパクトドッペルの主。今は“向日日向”の姿を借りて、ここに立ってるよ‼︎」

 私の声で、私の喋り方で、私の普段の癖で動く。

「あ、あの…… 私あなたの使い方が全く分かんないんだけど、そのへんは大丈夫だよね?」

「全然平気だよ‼︎ もう1人の私が適当に願いを叶えてるの、私知ってるから‼︎」

 うわ、意味ワカンナイ。

 私の考えてる事を読んだんだろうか。それとも今までの記憶まで一緒なのかな?

「じゃ、じゃあさ。今日はあの恋愛漫画の単行本が発売されるでしょ? それを買いに行って来てよ」

「分かったわ。じゃあ行って来るからね‼︎」

 そう言ってドッペルの私は私の財布片手に部屋を飛び出す。母さんに見つからない事を心配していたけど、無事に家を出た所を見るとその心配はなさそうだね。

「えっと、もう話は終わりかな?」

「うん。ありがとね、私に付き合ってくれて」

 なっちゃんと別れて、部屋に私1人だけ。

「……宿題するか」

 行きつけの本屋までは歩いて20分かかる。それまで宿題でもしてもう1人の私が帰って来るのを待つ。

「んー、なんか宿題多くない?」

 金曜日だからなのか、それとも偶然か。今日の宿題が多く感じる。こういう時にもう1人の私を呼ぶべきだったかしら?

 いや、それじゃ卑怯よ。ズルしたら将来立派な大人になれないじゃない。私にはコンパクトドッペルがあったとしても、それを自分が楽する為だけに使うつもりはちっともないんだもの。

「ただいま〜」

 私の部屋に入ってから声を出したもう1人の私は、漫画が入った紙袋を手渡してベットに座り込む。

「ちょっとコレ、1冊多いし頼んだ覚えないんだけど」

「私からのオマケ。それは恋愛漫画の最新トレンドだよ、異世界転生悪役令嬢モノ」

 異世界転生とか、男子が女子に意味なくチヤホヤされる為のジャンルでしょうが。

「まぁまぁ、ちゃんと恋愛してるから。試しに読んでみてよ?」

「ちょっとだけだからね?」

 嫌々ながらも買ってくれた漫画を開く。

 乙女ゲームの世界に転生してしまったごく普通の女子高生が悪役令嬢として生き、推しの王子様と結ばれる為にフラグを立てようとするが、敵国の王子に目を付けられ問答無用に押し倒される物語。

 2つの国で起こる長い戦争、勝利の為に手段を選ばず侵略する敵国の王子からの寵愛(ちょうあい)、枕の上で揺らぐ乙女の恋心。

「……………………」

 こんなに良い話が、どうして1巻しかないのか。もっと掘り下げる所があるはずなのに、少し駆け足気味に物語が完結してしまう事に少し腹立たしさを覚えた。

「何コレ、すごくいい……」

「でしょでしょ⁉︎」

 涙を流すほどじゃなかったけど、恋愛漫画としてレベルが高い。主人公がいきなり知らない国に飛ばされながらも、ゲームの知識を活かして各国の和解を望んだりする姿も描いてるし、何より敵国の王子がカッコよすぎる……‼︎

 クラスの男子なんか、とても比べものにならない……‼︎

「どう、気に入った?」

「最高だよ、アンタ‼︎ 他にもこういう漫画あるんでしょうね⁉︎」

「もちろんあるよ。今のトレンドだもの」

 ホントは買い漁りたい。だけど私は普通の小学生、月5冊が限界のお小遣いなんかじゃ他の漫画なんて無理だ。ましてや今だって漫画を買ってるんだもの、さらに買う量を増やすとどうなるか分かりきってる。

「はぁー、こんな世界があったなんて人生損してるわぁ…… それにしても、ホントに異世界へ行けたらどんなに楽しいか……」

 なんだか異世界に興味が湧いてきた。小さい頃から恋愛漫画を読み過ぎたせいなのか、異世界なら素敵な出会いがあるんじゃないかと思えてきた。この世界とは違う、心から好きになれる人がいるかもしれない。

「行けるよ、異世界」

 そんな私に向けて、もう1人の私が口を開く。

「連れて行ってあげるよ。付いて来て」


 もう1人の私に連れられて訪れたのは、西八王子駅。

 高尾山とは違う場所に行くのか、それとも上野に行くのか。とにかく色んな事を想像していると電車がやって来た。

「そろそろだね」

 そういえば書き置きし忘れたな。スマホを持ってないから、1人で出掛ける時はいつも書き置きして連絡してたのに。今回はそれを忘れちゃったな。怒ってるかな、母さん。

「それじゃ、行こっか」

「えっ、行くってどこに……」

 答えを聞く前に、私の身体が宙に浮く。

「え……?」

 いや。浮いたと言うよりは、投げられた。

「よっ、と」

 いつの間にか、私ともう1人の私は線路の上にいた。そしてもう1人の私が私を、線路に横たわる形で押さえ付ける。

「ちょっと、何すんのよ‼︎」

 振り解こうとしたけど、身体がビクともしない。もう1人の私が強く押さえているから、と思うには少し無理がある。この子が持つ力強さ、どう考えても普通じゃない。

「異世界に、連れて行ってあげるよ」

 周りの人が焦りだす。もう1人の私の身体が電車のライトで逆光を受け、不気味なほど黒くうごめく。

「アンタは異世界に行く事を願った。だから私が叶えてあげる。その為にはまず死ななきゃ……‼︎」

「なんで、死ななきゃいけないのよ…… 異世界に行くなら、イケメンか美女に手を引かれるのが王道でしょ⁉︎」

「古いってぇ。今は不慮の事故で異世界に行くのがトレンドなんだから。真似しなきゃ周りの女子から嫌われちゃうよ?」

 電車の急ブレーキ音が耳をつんざく。もう1人の私の背後から迫る電車を見て、何とかなるとは思ってない。それでも迫る電車を見つめる事しか出来なかった。

「さぁ、行こう。異世界に」

 ほんの一瞬だけ、もう1人の私に光が差す。そこで私が見たのは、目を大きく見開いて悪魔のように不気味に笑う、私のような別の誰かだった。


 腕や腹に、とても重くて刃物のように鋭い車輪が横切る。それと同時にもう1人の私が覆い被さって、目の前で首が吹き飛ぶ。そして私の頬に車輪が触れて一気に走り去る。首が変な動きをして骨が折れても電車は止まらず、無理矢理に肉を引きちぎる。すると2人の身体から血が吹き出す。水が出てるホースを踏んだ時みたいに、勢いよく吹き出す血を見た人達がパニックを起こす。電話をする人はいないし、その場で吐き出す人もいた。吹き飛ぶ自分の原型を留めていない首から見える光景は悲惨そのもので、先頭車両とプラットホームは血まみれで見るにたえない光景。

 そして私の首だったものは宙を舞い、そして地に落ちた。

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