東北の遺跡
畳。障子。縁側。
濃いめの緑茶を片手に、香の物をパクり。
心地良い歯ごたえを楽しみながら、緑茶を一口。
うん、旨い。これぞ日本。
最近どうにも異世界化してきた感がぬぐえない日本を改めて感じるため、マサルと建てた新しい建屋。
スズカへの誕生日プレゼントだ。
我が家の玄関からすぐの所に建てた、木造六畳ばかりのなんちゃって和室。
昔ながらの縁側がイイ感じ。
陽ぼっこが出来るように南に向けて横長に設計した。
お休みの日に、講堂に行かずともゆっくり日光に当たれるように、あと、時々ちゃんと日本って何だっけ? って思いさせるように建てた部屋なので、維持する手間がかからないサイズ。
このサイズ感含めスズカは大分気に入ってくれたらしく、わざわざ箒や雑巾などという旧時代の道具でよくお掃除している。
夏になったら風鈴でもぶら下げて、ガラスの音色を楽しみたいものである。
かき氷とかスイカを食べながら、雲一つない空を見上げると、風鈴の音がチリーンと一つ。なかなか良いじゃない。
生憎、今の季節は春。
風鈴をぶら下げる季節じゃないけども。
それもまたよし。
この縁側では静かに風の音だけが流れている。
「ガウガウ」
……
この縁側では静かに風の音が--
「ガウー」
「うるせえ!」
縁側にロープで巻いて逆さに吊るした蓑虫タイガ。
まだ春だというのに風鈴代わりに揺れながら、汚え鳴き声を情けなく響かせている。
目障りこの上ねえが仕方ない。
罪に罰は必要だ。
はぁ。なんか気分萎えたな。
気分直しにもう一度漬け物を……あれ? 漬け物……
「ダウ?」
「ヤコウ! あ、テメ、逃げんな!!」
クソ。全部食われた。
「いいことじゃない。懐かれてて」
「そういうもんかねぇ」
スズカの笑顔を見ながら夕食をとる。
スズカは基本的に俺が周りの人間と絡むと喜ぶ。
まあ、家族が一人孤独に毎日家でボーッとしてたら、心配にもなるだろう。
だからタイガのやったことを知っても、ヤコウが漬け物パクった事を知ってもニコニコしている。
この表情を見せられると、怒りを維持しているのも難しい。
まあ、スズカがニコニコしているのはそれだけじゃないのだが。
「はぁ……ま、いいや」
「フフ。主様は大変ね」
スズカの中で、最近俺の扱いがお父さんポジションになってきている気がする。
暫く仕事が上手くいかず、家で愚痴しか吐かない父親が、仕事が片付いて笑顔になったときの母親と同じ笑顔。
ヤコウはともかく、確かに俺はタイガの産みの親と言えるのかもしれない……しれないが。
「あのガラクタの中の人、ムサいオッサンだからな?」
「ガラクタ言わないの」
頬を膨らませて、腰に手を当て怒ってますのポーズ。
うん、いい。特に胸が。
まあ、俺が汚え毛むくじゃらの風鈴を見ることになったのは、俺にも原因がないわけじゃない。
それに俺もそこまで怒っているわけじゃないしな。
多少ケチはついたが、なんというか……便秘の人が出たときのスッキリ感?
カレーを食いながら言うことじゃないが、嫌な気持ちよりもそれが勝ってる。
少し思い出話をしようか。
二月くらい前のことだったか?
あの日も同じようにスズカと夕食をとっていたはずだ。
◇◆◇◆◇
「そういえばオーガさんから相談を受けたのだけど、聞いて貰っても良いかしら? バルガさんからの報告があったらしくて」
「なんて?」
スズカとの会話は、雑談だったり報告だったり相談だったりと様々だが、とにかく話をしながら飯を食うのが基本スタイルだ。
だからその日、スズカが俺に相談してきたこと自体は特別なことじゃなかった。内容は別として。
既にGシリーズを出動させたこともあり、東北地方の拠点もサウスサイズ間の拠点も一応完成していた。
恒例通り拠点の周囲を調査し、害獣がいれば狩る。
フットハンドル復興の経験もあり、立ち上がりはスマートだった。
因みに、拠点の名前は旧日本の呼び方を踏襲し、各々東北拠点、中部拠点と名付けた。
フットハンドルも元々聖教国の呼び方なのと、一ヶ所だけ自分の性を名乗っているのをスズカが嫌がったこともあり、南関東拠点と名前を変えた。
東北拠点にオーガ、中部拠点にヤコウを、南関東拠点同様領主代行として置いた。
その東北拠点の領主代行の名前がバルガだ。
といっても領主は建前で、基本的にはシュテンが頑張っているのが実情。
シュテンにも役職が必要だろうと言うことで大使と名乗ることになった。
まあ、オーガの相談役+ヤコウの飼い主を務められるのは、シュテン位だ。
タイガ? 話せるようになってから出直してきてくれ。
スズカも頼られているが、基本は俺の嫁。余り忙しくしない様に言ってある。
思い返せばヤコウを引き取って約300年。
記憶能力がゼロというわけではないが、とにかく勉強が嫌いすぎて未だにちゃんと話せない。
言葉は理解していて話自体は成立するからOK、というのは匙を投げたスズカの言だ。
子供の頃からある程度勉強するのが当たり前の環境にいないとねぇ……
長めに話がそれたが、まあそんな感じの時期のことだ。
「東北拠点から北西に行った先に遺跡を見つけたみたい」
「そらまあ、探せば遺跡くらいあるよね」
まだ潰れず残ってる前時代の建屋は樹木で潰されたり、経年劣化で崩壊したりしているが、無事なものがないわけでもない。
前時代の建屋の数を考えれば、寧ろそれっぽい所がない方が珍しい。
だが続く言葉には驚きがあった。
「うん、それでまだ遠目にしか見てなくて、調査は出来てないからはっきりとはしないんだけど」
「お? それは珍しいね」
穴を見つけたら色んな意味で考えなしに入りたがるのが虎皮共のアイデンティティだと思ってた。
いや、本当に驚いたのは次の言葉だったんだけど。
「人が生活している跡があったみたいで」
「へ?」
勿論ここでいう人というのは、頭おかしくなって暴れるしか出来ない野人のことじゃない。
「それって、知的生命体がいたってことか?」
「じゃないかって。まだはっきりとわかっていないけど」
知性ある人は前時代に野人化したはずで、聖教国みたいに人造人間を誰かが生産してない限り、あり得ない話だ。
場所が聖教国から遠すぎることを考えると、メイドイン聖教国じゃないだろうとは推定できた。
驚くと同時に厄介な話でもあった。
仮に新しい人種だったとして、発見したところで賞をくれる人が要るわけでもなし。
相手が何者であれ、知らん人となんぞ邂逅しなくて済むなら、しない方が良い。
「それで調査をすれば出会うことになるかもしれないからって……ほら、知性ある人をむやみに攻撃するのはやめましょうって、一応守ってくれてるみたいで」
「あ、それで」
「で、どうしましょう? って。このまま殲滅してもよろしいでしょうか? って凄く物騒なこと聞かれたのだけど」
「あー、スルーってわけにはいかないか」
「向こうが東北拠点を見つけて、攻撃してくる可能性もあるものね」
法の整備されていないこの御時世、得体の知れない人と出会えばまず最初の感情は警戒。
いきなり攻撃されるかもしれない可能性を捨てられるのは、それが禁じられている場所だからで。
当然やられる前にやった方がいいから、戦闘になる可能性の方が高い。
何者か不明な上、話し合う以前にそもそも言葉が通じるのかも疑問だ。
相手がそのまま大人しく穴に籠もっていてくれると確約があるなら、間違いなく放置案件だったんだが。生憎そうじゃない。
こういうとき本来はシュテンに相談が行くのだが、このときシュテンはサイズタイドに出張中だった。
結果スズカにこの相談事が回ってきたって経緯だった。
スズカは戦いとは縁遠い生活を何百年と過ごしている。
そら、そんなこと聞かれても困ったろうな……と、このときは思った。
となれば俺が考えるしかなかったわけで。
「そうね……望遠鏡って倉庫にあったっけ? スィン」
『はい、マスター。超望遠カメラであれば5台程使用可能な物が残っています』
「よし、好都合。じゃあまずは間を取って観察で」
「そうね。じゃあカメラの使い方教えてあげてね」
「え?」
今冷静に考えると、この程度スズカが思い付かないはずなかったわ。
俺を居候と会話させるために振ったんだな。
ま、おかげで今のスッキリ感があるのだからよしとしよう。
 




