タイガ
本来、狩人の戦いに正々堂々と言う言葉はない。
集団で獲物を追い詰め、罠に嵌め、隠れ忍び、不意を打ち、確実に倒す好機を待つ。
勝てぬと解れば逃げて出直す。
彼等にとって狩りは自分たちが食うための手段でしかないが、それも長く続くと存在意義に変わっていく。
虎狩りの民の長は、常に同族に狩りの力を示さねばならない。狩人の模範として。
だが、狩人にとって力は全てではない。生きる手段の一つに過ぎない。
タイガには過去に悔いがあった。
故郷を追われ、息子と娘を失い、復讐の念に捕らわれた同族達を抑える事もせず、ノースサイズへの報復を実行しようとした。
あのまま戦っていれば虎狩りの民は間違いなく滅びの道を辿っていた。
今、皆が幸せに生きている。それは結果論だ。
偶然トキと出会い、フットハンドルで補給できたが故に、あの戦いの勝利があった。
その後トキが受け入れてくれたが故に、今の虎狩りの民の幸せがある。
運が良かっただけだ。自分が虎狩りの民の幸せにどれだけ貢献出来ただろうか? 長とはこれで良いのか?
抱えた疑問は勇者達との戦いで、狩人生命と引き替えに晴れることとなった。
何故正面から戦い合った? 敵が来ることは事前に察知できていた。
姿を隠し、敵が名乗っている内に一人沈めればよかったのだ。
だが、タイガはそれをしなかった。長として力を示さねばならないのに。
いつしかタイガは狩りの力ではなく、自身の武勇を誇り、狩人として最も忘れてはならないことを忘れてしまった。
狩人の考えるべきは敵に勝つことではない。獲物を仕留めることなのだ。
矢傷によって腕が上がらなくなり、狩人として生きていけなくなったのは運命だったのかもしれない。
少なくともタイガはそれを悔やむ気にならなかった。本来狩人にとってそれは死に繋がるべきもの。だがここでは生きていける。
幸いにも次代を託せる息子がいたことも大きい。そしてその息子は虎狩りの民の外より嫁を選んだ。
タイガとシュテンの血を継ぐ子供。生まれれば間違いなく最高の力を持った虎狩りの民になるのは間違いない。
だが、それ以上にタイガは変化を喜んだ。虎狩りの民が真に重視すべきは個人の腕力ではない。
街の民と触れ合い、新たな文明を取り入れ、虎狩りの民は本当の意味で真の狩人となる。そんな風に思えた。
そう、虎狩りの民は変わらねばならない。
だから同族達の中に菜食主義者が現われたときも、咎めはしなかった。
誇りを軽視する気はない。外から無理矢理変えられるなど認めはしない。だが、内から生じた変化を否定する気はなかった。
まあ、タイガ自体が歳をとって狩りもやめ、運動量も減った結果油物がキツくなり、「菜食って良いよね」と密かに思っていたのも理由の一つではあったのだが……
時は流れ、タイガは100歳をとうに超え120を迎えた。
老いには勝てず、既に曽孫が個性派揃いの同族達を率いんと奮闘する中、身体が衰え、外に出ることもなくなった。
自身の身体は病にかかっているらしい。スズカから直すことは可能だと言われたが断った。
この後同族達がどう生きて、どう変わっていくのか見てみたかったとは思う。だが、病を治したところでそれを見届けられるほど生きられはしないだろう。
自分に出来ることはない。後悔も未練もないとはいわないが、思い残すことはない。笑って逝ける生であった。
時はさらに流れタイガ140歳。覚悟を決めてから結構たった。寧ろ他の同族より長生きしている。自分の丈夫な身体に若干呆れた。
ちょっと嫌気も指し始めた生に、やっと終わりが訪れた。
「我らが偉大なる始まりの長よ!! 貴方の事は必ずや語り継ぎ、子々孫々忘れまいぞ」
涙を流しながら、昔自身も着ていた白虎の毛皮をかけてくれる現オーガ。
(此奴は儂の何代後だ?)
ボケかけた頭でちょっと解らなかったが、その気遣いには感謝する。
(我が子孫よ、後は頼む)
ふと見れば白虎の毛皮には穴が。その穴をタイガは知っている。ボケかけた頭でも思い出せる。
それはタイガの過ちの証。
「ガフウッ!」
つい毛皮に盛大に血を吐き出してしまったが、許して欲しいと願いつつ、タイガはこの世を去った。
4295年。まさに大往生であった。
イマイチ締まらなかったが、良き人生であったと心の底からそう思えた。
◇◆◇◆◇
思えたはずだった。
何故か目が覚めた。
(儂はまだ死ねなかったのか?)
目を開ければ液体の中。溺れているのかと焦ったが、その前に液体はどんどんと水位を下げた。
プシューッっと空気が抜けるような音と共に、ガラスがスライドしたと思えば、いきなり頭をふんずと捕まれた。
(何をする!?)
「ガウウ!?」
近くから聞こえる奇妙な鳴き声も今は気にしている場合じゃない。抵抗しようと掴んだ相手をみて驚いた。
(トキ様!?)
「ガウガウ!?」
(あれ?儂の声なんかおかしくない?ていうか身体もおかしくない?)
「何なのこれ?」
「俺が聞きてえ」
「ガウッ、ガウ~ッ!?」
(儂だって聞きたいのですが!?)
◇◆◇◆◇
タイガの望みは図らずも一つ叶えられた。
きっとタイガは、これからずっと虎狩りの民がどう生きて、どう変わって行くのかを見届けていくのだろう。
大分望んだ形とは違うけれど、シュテンとの差別感が凄い気がしなくもないけれど、寿命なき肉体を与えられた。
なれば見守ろう。自身より始まったこの鉄と石の街、魔王城で生きる同族達の未来を。
「タイガーッ!!」
「ガベ!?」
「あ、ズルイ。アタシもタイガちゃんと遊ぶー」
「俺もー」
子供達に殴られ、投げられ、踏みつけられながら、そう思わないとやってらんないとタイガは思った。




