8.一般人、街へ繰り出す
「あ、そうそう。突然で悪いけど、来週中間テストやるから。よろしく!」
チュートリアル的な側面が強かった授業1日目を無難に終え、帰りのホームルームの時間の出来事だ。
ブレヴィフォリアはちょっとコンピニ行ってくるくらいの気軽さでそう言いのけた。
「中間テスト?」
にわかに教室内がざわつきだす。
気持ちは分からなくもない。
俺たちはまだ、魔法というものがなんなのかすらよく分かっていないのだ。そんな状態でテストと言われても困惑してしまうのが普通だろう。
「あー安心していいぞ。中間テストって言っても魔法がどうとかじゃない。そもそも1週間で何か会得出来るような想定はしてないしな」
その言葉を聞いて、ほっとした空気が教室中に流れる。ふと隣のラヴィニアを見やると、余裕そうな表情を浮かべていた。よく観察すればクラスの半分くらいはそこまで動揺してないようだ。
なるほど、慌ててるのは学園で初めて魔法を習う異能力者だけらしい。それと一般人の俺。
……どうすんだ本当に。こちとらただの一般人じゃなくて魔法が使えないんだぞ。
「じゃあ何をテストするんですか?」
教室のどこかからそんな声があがる。
「一言で言や、お前らの戦闘力だ。魔法遣いは魔法、異能力者は異能を好きに使ってもらって構わない。今この時点でお前らがどれだけやれるのかを知っておきたいってことさ」
「俺は?」
思わず呟いてしまう。
「ん?」
「俺はどうすればいい?」
ブレヴィフォリアは珍しく物凄く困ったような表情を浮かべた。
「明は……そうだな。まぁ……死なないよう適当に頑張れ」
「……わかった」
戦闘力を測るテストか。そういうことなら心配はないだろう。
目立たないようにだけ気を付けて適当に手を抜くとするか。
……間違っても魔眼を発動するようなことは避けたいしな。
「詳細は明日伝えるからな~、それじゃかいさーん」
間の抜けた号令でホームルームが終了する。
ブレヴィフォリアが飄々とした足取りで出ていき、教室のそこかしこから下校の準備をする音が聞こえてくる。
何はともあれ、1日目を乗り切った。
授業はほとんど教師の自己紹介とちょっとしたエピソードを聞いているだけだったが、心地よい充足感が俺を包んでいた。
「ねえ明、これから暇?」
背もたれに頭を預け全能感にトリップしていると、そんな声が前方から聞こえてきた。
誰か確認する必要もない。俺はそのまま返事をした。
「暇じゃない」
「嘘よ。何の用事があるっていうの」
「世界中の恵まれない子供たちにプレゼントを届ける用事がある」
「絶対嘘じゃない。ていうか出られないでしょうが」
そうなのだ。パンフレットに書いてあったが、基本的に卒業まで箒鷲宮魔法学園(正確には学園都市か)から出ることは出来ないらしい。冠婚葬祭などは別だろうが。
まあこの学園の秘匿性を考えたら妥当な処置ではある。好き勝手に出入りされては管理に困るということだろう。
「暇ってことでいいわよね」
「……何の用事だ」
俺は頭を戻して暇里に視線を向ける。
「街を見て回りたいのよ。一昨日はそこまで探索できたわけじゃないし」
「面倒だ。他の友達と行けばいいだろ」
「流石に遊びに誘うまでは仲良くなれてないわよ。あんたしかいないってわけ」
「うーん……」
個人的にこの学園を見て回ろうと思っていたが、暇里が一緒だと自由に動けなさそうだな。遊びの範疇になってしまうだろう。
果たしてこの学園に母親が絡んでるのか。それを突き止めるために学園生活を送りながら調査していく必要があるが、ここで断って下手に怪しまれるのは悪手か。
「まあいいだろう。だが条件がある」
「条件?」
俺は左隣の席で機械的に教科書を鞄に詰め込んでいるルナに視線を送る。
「ルナも同行するなら行ってやらんこともない。まだ仲良くなれてないしな」
結局ルナとは入学式のアレ以来会話を交わしていなかった。下手に時間が開いて気まずくなる前に距離を縮めておいた方がいいだろう。
「どうだルナ。放課後一緒に遊ばないか」
ルナはそこで初めて俺に視線を向ける。何の感情も籠ってなさそうな薄紫の瞳が、一応俺を捉えているようだ。
「……構わない」
「決まりだ。よしそうと決まれば早速行くぞ」
俺は教科書の類を乱雑に鞄に詰め込むと席を立った。
不意に右隣のラヴィニアと目が合う。何故か睨まれている。その瞳は強烈なメッセージ性を放っていた。
「…………」
「……なんで膨れてるんだ?」
「膨れてないわよ! ふんっ」
何故か強烈な既視感に襲われた。最近こんな事が会ったような……。
「ああ、そういうことか」
俺は指を鳴らす。
「ラヴィ」
「……何よ」
「また明日」
「私も誘いなさいよッ!!」
やっぱりこいつを弄るのは面白い。俺は再確認した。
「冗談だ。もし暇ならお前も一緒に行かないか?」
「まあそこまで言うなら行ってやらないこともないけど」
ラヴィニアはそっぽを向いて偉そうに腕を組んでいる。
「そういう訳なんだが、どうだ? 2人も一緒で構わないか?」
断るような奴じゃないと思うが一応暇里に確認を取る。
「私は全然オッケーだよ。2人とも仲良くなりたいし」
「あー、そうだ」
俺はゆっくり帰り支度をしながらこちらに耳をそばだてている前の席の奴に声をかける。
「総司、お前も行くか?」
「おっ、おおお俺!?」
「動揺しすぎだろ」
「いやいや動揺してはないぞ。それで、何だって?」
聞いてなかったフリをするつもりか。俺から見ればバレバレだったが。
「今から皆で街に遊びに行くんだが良かったらお前も行かないか?」
「俺は……いいや。今日は初日でちょっと疲れちゃったし」
チラチラと暇里を盗み見ながら総司は答える。
恋愛には奥手なタイプか。
無理やり連れて行ってもいいが、そこまで世話を焼く必要もないだろう。
「分かった。また明日な」
総司に別れの挨拶を済ませ、俺たちは街に繰り出した。
◆
お馴染みのシャトルバスに乗り俺たちは街に来ていた。
暇里とラヴィニアは気が合うのか、少し先を談笑しながら歩いている。
ラヴィニアはこの2日の印象からは想像も出来ないような優しい笑みを浮かべている。
……あいつ、あんな柔らかい顔も出来るんだな。俺と話してるときはいつも頭に角が2本生えているイメージだ。
まあ異性と同性では色々と対応も違うか。
俺は無理やり自分を納得させると隣を歩いているルナに視線を送った。
「…………」
メトロノーム顔負けの正確さで歩を進めている。
相変わらず機械的なやつだ。
「なあ」
「……何?」
「学校、楽しいか?」
無難な質問過ぎただろうか?
話題のデパートと評されたこの俺をもってしてもイマイチいい話題が思いつかなかった。
「……まだ分からない」
「そりゃそうか」
そりゃそうだ。まだ2日目だもんな。
ただ、つまらないと斬って落とされなかったのは少しほっとした。
ルナは無表情で感情を現わそうとしないが、学校を楽しもうという意思はないではないらしかった。
それが何だか少し、ほっとしたのだ。
「中間テスト、どう思う?」
「……どう?」
「戦闘なんて怖くないか?」
俺は思ってもないことを口にする。相手の立場になって発言するのが友達を作るコツだ。
「……怖い?」
「ああ。怪我するかもしれないだろ? 俺なんて死なないように頑張れって言われたぜ」
「……怖いと思ったことは、ない」
「ルナは強いんだな」
「……それはわからない」
こうして会話している間もルナの表情は変わらない。無を張り付けたような、ずっと見てると不安になってくるくらいの無表情だ。
まあ、恐らく普通の高校生じゃないんだろう。ルナの出自は知る由もないが、何らかの大きな渦の中にいる気配を俺は感じた。
――まあ他人事か。
あまり他人に介入してもいいことはない。そういうのは自分に余裕のあるヤツがすることだ。
「ちょっとー! 2人とも早く来なさいよー!」
信号待ち中の暇里が手を振っている。気付けばかなり離されていたようだ。
「お前らが速すぎるんだ!」
俺は叫び返す。
「ちょっと走るか」
俺の呼びかけにルナはこくりと頷く。
駆け足で俺の隣を着いてくるルナを見て、いつもは同じ歩幅で歩いていても呼びかければ合わせてくれるだなと、そんなよく分からないことを思った。
◆
「スマホを持ってない!?」
暇里が叫ぶ。
街で一番大きなデパートを発見した俺たちは、中に入っているテナントを一通り物色した後フードコードで早めの夕食をとっていた。
俺と暇里はラーメン、ラヴィニアはオムライス、ルナは意外に大食いだったようで大盛牛丼を食べている。正確には食べ終わってなんとなくダベっているところだ。
「……ええ」
暇里が皆で連絡先を交換しようと言い出し、ルナがスマホを持っていないことが判明した。
「スマホを持ってないとか、とても現代人とは思えないな」
「あんたは人のこと言えないからね。一昨日まで高級目覚まし時計だったでしょうが」
「持っていることが重要なんだ」
俺の苦しい言い訳はスルーされた。
「連絡が取れないのはこの先不便かもしれないわね。持っておいたほうがいいんじゃないかしら?」
ラヴィニアがお茶を啜りながら言う。
「俺は不便を感じたことはないけどな」
「それはあんたに友達がいなかったからでしょ」
すかさず暇里に突っ込まれる。
「よくそんな酷いことが言えるな」
「友達っていうのは酷いことを言うものなのよ」
「そうなのか。参考にさせてもらう」
そのうち復讐してやるからな。俺は細かいことをいつまでも覚えてる男だ。
「ルナちゃん、もし良かったらスマホ買わない? 連絡出来たほうがぜっっったい便利だと思うんだ」
現代ではこういうように必要以上に繋がろうとする行為はあまり推奨されていない。スマホを持っていないということはほとんどないだろうが、SNSをやっていない人は少なからずいて、そういう人は確固たる意志を持ってやっていないことが多いので、無理に誘うのはNGだ。良い子は真似しちゃダメだぞ。
「……構わないわ」
「やたっ! そうと決まれば早速行きましょ!」
確かデパートに携帯ショップが入っていた。暇里も覚えているだろう。
俺たちは食器を返却するとぞろぞろと移動を開始した。
◆
全員で話を聞くのも邪魔になるだろうとのことで暇里とルナが携帯ショップに入っていった。
ザ・現代人のあいつに任せておけばルナにぴったりのスマホを選んでくれることだろう。
残された俺とラヴィニアは近場のベンチで休憩することにした。
「変なこと聞いていいか」
「変なこと?」
「お前ってヨーロッパの名家の生まれなんだよな? どうして日本の学園に?」
魔法学園は世界に5つ存在する。ヨーロッパにはイギリスとフランスにあったはずだ。
「それは答えないといけないのかしら」
「答えたくないならいい。話題が思いつかなかったから聞いただけだ」
「アンタ、会話の引き出し少ないわね」
「俺が会話上手に見えるか?」
「見えないわね。アタシのこと怒らせてばっかりだし」
「それはそっちが勝手に怒ってるだけだと思うが……」
「何か言った?」
ラヴィニアが凄んでくる。
「いや、何も」
思わず否定する。
ラヴィニアはため息をつくと、ポツポツと語りだした。
「……ちょっと家族と離れたかったのよ」
「そうか」
よく分からないが、名家には名家の悩みがあるのかもしれない。期待だとか、プレッシャーだとか。
しんみりしたラヴィニアの様子に、イマイチ言葉が出てこない。
「そうかって……もう少し何かないわけ? アンタが聞いてきたんでしょうが」
「話題が話題だけにどこまで踏み込むべきかと思ってな」
「そういう遠慮は出来るのね」
「俺は元々気遣いに長けた男だ」
「それは絶対にないわね。笑わせないで頂戴」
俺の発言をラヴィニアは鼻で笑う。失礼な奴だな。
「絶対とは言い切れないだろ。俺たちはまだ出会ったばかりだ」
「会ったばかりでも人となりくらいは分かるわよ」
そんなわけはない。人間というのは複雑な生き物だ。
「はぁーあ。なんでアンタに話しちゃったんだろ。さっきのことは忘れて頂戴」
そう言うとラヴィニアは立ち上がった。
「どこ行くんだ?」
「気遣いに長けてるならそれくらい察しなさいな」
「ああ、トイレか」
「やっぱアンタサイテーよ!」
ラヴィニアは怒った様子で歩き去ってしまった。
◆
ベッドに寝転びながらスマホを確認する。時刻は午前3時。
アプリの連絡先には爛然と輝くラヴィニアとルナの文字。
「俺の魅力の前に友達の増加が留まるところを知らんな」
この調子だと友達100人も夢ではないかもしれん。
俺はほくそえんだ。
しかし、友達を増やすことにばかり注力してはいけない。今いる友達を大切にすることが何よりも大事なのだ。
そういう意味では今日はラヴィニアを少し怒らせてしまった。反応が面白くてつい弄ってしまう。
ここはフォローしておいたほうがいいだろう。
俺は気遣いの鬼。
俺はラヴィニアのトーク画面を開くと、チャットを送信した。
『今日はありがとな』
我ながら完璧な文章だ。がっつきすぎると不慣れな感じが出てしまう。ここはそっけないくらいが自然だろう。コミュニケーションの上級テクニックを惜しげもなく披露してしまったな。
送った文章をうっとり眺めていると、既読の文字が付いた。このアプリは相手がメッセージを読むとそれを知らせてくれるのだ。
スマホが音を立て、ラヴィニアからのメッセージが表示される。
『次この時間に送ってきたら殺す』
何故か怒っている。
思えばあいつの怒っているところばかり見ている気がするな。
……そういえば怒りやすい人の原因の1つに睡眠不足があるという。
既読の速さから考えると、あいつもその可能性が高い。
『はやく寝たほうがいいぞ』
健康を気遣うのも友達の立派な務めだ。
暇里、俺……ちゃんと友達をやれているよ。
既読はついたが返信はなかった。
きっと寝付いたんだろう。俺も寝るとするか。
明日もいい日になりますように。
読んで頂きありがとうございます。
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