7.自己紹介で全てが決まる
「まあ最初だし、適当に自己紹介でもすっか?」
入学式の翌日、授業1日目。
そんなブレヴィフォリアの適当な発言で、最初の授業は自己紹介の時間になっていた。
「影御名方鈴々と申します。異能力者ですわ。能力は闇を支配すること。皆様、よろしくお願い致しますわ」
拍手が巻き起こる。さっきから1人自己紹介する度にこの調子だ。
初日に座席表を確認したから全員の顔と名前は一致している。俺は適当に聞き流しながら自分の番を待っていた。
「えーっと、海老の老に樹木の樹、山あり谷ありの谷に休暇の暇、故郷の里で老樹谷暇里だよ。異能力者で、能力は……えーっと、身体能力の強化。みんなよろしくね!」
俺の自己紹介をパクるな。しかも間違っていた。
あいつ、あんまり頭が良くないのかも知れないな。
暇里はすっかりクラスの連中と打ち解けたようで、方々に手を振ったりしながら着席した。
その後もぼーっとしながら何人かの自己紹介を聞き流していると、右隣から起立する物音が聞こえた。
「ラヴィニア・ファンレイン・メルティレージュ・ドラクロワよ。ヨーロッパは3大名家の1つ、ドラクロワ家から参りました。どうぞお見知り置きを」
ラヴィニアは華麗にお辞儀をし着席した。よくはわからんが良いとこの出らしい。
「なんだ、普通だな」
俺は小声で話しかけた。
「なによ」
「もっとこう、『アンタたちに紹介することなんてひとつもありませんわ!』みたいな感じだと思ってた」
「アンタばかなの?」
「その感じだ」
「アンタが失礼なことばかり言うからでしょうが!」
ラヴィニアが小声で怒ってくる。小声で語気を荒らげるとは器用なやつだ。
「失礼なことを言ってる自覚はないんだけどな」
「ふん」
これ以上話すことは無い、というようにラヴィニアは前を向いてしまった。
弄りがいがあって面白いやつかも知れない。俺は少しラヴィニアが気になり始めていた。変な意味じゃないぞ。
そうこうしているうちに俺の番が差し迫っていた。話す内容を何も考えていない。というか話すことがない。とりあえず暇里と同じ紹介だけは辞めとこう。そこまで思考して、まとまらない頭でとりあえず起立した。
「様宵明だ。えーっと……一般人だ。ひょんな事からこの世界に迷い込んで、気が付いたら入学していた。よろしく」
着席する。まあこんなもんだろう。我ながら上出来だ。土壇場で力を発揮するタイプだな、俺は。
異様な視線を感じ周りを見回すと、皆驚いた様子で俺の事を見ていた。正確にはルナ以外。
揃いも揃って奇異の視線を向けてくる。
「拍手は無いのか?」
俺の呼びかけに、皆気がついたように拍手し始める。
なんだ? いじめか?
初日にしてクラスのターゲットにされてしまったのだろうか。
「アンタ、今のどういうことよ」
ラヴィニアが小声で話しかけてくる。
「どうもこうも、事実だ」
「一般人が入れるわけないじゃない」
「それについては俺が聞きたいくらいだ」
この件でこれ以上話せることはない。俺は会話を打ち切った。
自己紹介は終盤に差し掛かっていた。
左隣の奴が起立する。
「……ルナ」
着席した。
マジか。
こいつがこのクラスで1番の大物かもしれないな。
◆
「なあ、明って老樹谷さんとどういう関係なんだ?」
休み時間。
前の席の奴が椅子にまたがるようにして聞いてくる。
こいつの名前は狗尾総司。先程の自己紹介からどうやら魔法遣いの家系の出身らしい。
「暇里? どうしてだ」
「昨日なんか知り合いっぽい感じだしてただろ? 一緒に登校してたって噂もあるし」
ブレヴィフォリアが入ってきた時のことか。
「どういう関係かは知らないが、ひとつだけ確かなことがある」
「……それは?」
「俺は今、あいつが選んだパンツを履いている」
「えっ!?」
「それどころか、俺の私服は全部あいつが選んだものと言っていい」
「ええっ!!??」
「そういうことだ」
「それってつまり……ゴクリ」
「ああ。……友達だ」
「いやいやいやいや!違うでしょ!彼女とかじゃないの!?」
「彼女? 冗談言うな、あんな女こっちから願い下げだ」
あんな魔性の女を彼女にしたら身が持たない。
「めちゃくちゃ可愛いと思うけど……性格も明るいし」
「なんだ? あいつに惚れたのか?」
「いやいや! そういうのじゃないけど……単純に気になったんだよ。以前からの知り合いとかここじゃ全くないだろ?」
「まあそうだな」
地域からそのまま上がってくる高校とはわけが違うからな。知り合いがいるということは基本的に無いだろう。
「そういう意味では俺と暇里は別に前からの知り合いってわけじゃないけどな」
「そうなのか?」
「ああ、一昨日知り合ったばかりだ」
「それで老樹谷さんに下着を買ってもらってるの?」
「そうだ」
「余計わけが分からないよ……」
「ん? なになに、私の話?」
声のする方を見ると、暇里が自席から歩いてくる。
「ろっ、老樹谷さん!?」
「狗尾くんだよね、初めまして」
相変わらず余所行きの笑顔を振りまいている。
「は、初めまして」
総司は顔を赤らめ、まともに顔が見れず俯いている。こりゃ惚れたな。
「で、何の話してたの?」
「暇里の選んだパンツを履いてるって話をしてた」
「ぶふっ!!」
暇里が噴出した。
「汚ねえよ」
「なんて話してるのよ!」
「事実を伝えたまでだ」
「明、あんたねえ……そんなこと言ったら誤解されるでしょうが」
「自覚はあったんだな」
「あんたがあまりにもセンスないのを選ぶから仕方なくよ仕方なく」
「その割にはノリノリだったけどな」
「うるさいわよ! 狗尾くん、明とは本当に何も無いから勘違いしないでね。ただの友達よ」
「あ、ああ…」
総司は首をカクカクと縦に振っている。いきなり暇里に話しかけられて頭がショート寸前といった様子だ。
「それにしても明、ちゃんとクラスに馴染めてるのね。ちょっと安心したわ」
「安心?」
「私が色々紹介してあげなきゃいけなくなったらどうしようなと思ってた」
「それは友達をってことか?」
「もちろん」
「自惚れるな。この俺にかかればクラスに馴染むことなんざ造作もない。友達も3人出来たしな」
「そんなに出来たんだ。やるじゃない」
「まず総司」
「あ、俺?」
瞬間、我に返る総司。
「そしてルナ」
左の席の住人を指さす。相変わらず無反応だ。
「そしてラヴィ」
右の席の住人を指さす。
絡まれると思ってなかったんだろう。鳩が豆鉄砲食らったような顔をしている。
「以上だ」
「ちょっと、アタシは友達になった記憶無いんだけど」
ラヴィニアが突っかかってくる。
「友達じゃないって言ってるけど?」
「ツンデレなんだ。昨日私に話しかけてと泣いて頼んできた」
「そんな事実はないわよ!」
無いことも無かったと思うが……。
「それに何なのよ、その呼び方は」
「名前が長すぎて覚えきれん」
「あははっ」
適当にあしらっていると、暇里が笑いだした。
「どうしたんだ?」
「ラヴィニアさんってもっと話しかけづらい人だと思ってたから」
「確かに自己紹介では猫被ってたな」
「……時と場を弁えてるだけよ。これでもドラクロワ家の長女だから」
「そのドラクロワ家ってのはなんなんだ? 自己紹介の時も言ってたが」
「え、アンタ知らないわけ?」
「全く」
「私も聞いたことないわね」
暇里も同調する。
「俺は聞いたことあるよ」
総司はどうやら知っているようだ。つまり魔法遣いの中では有名な家系なんだろう。
「どうなってるのよこの学園は……一応魔法遣いの中じゃ知らない人はいないくらいのはずなんだけど」
「なんだ? お前凄いやつだったのか」
「私たち、魔法遣いじゃないからねえ。明に至っては一般人だし」
「そう、それよ!」
ラヴィニアが身を乗り出してくる。
「どうして一般人がこの学園にいるわけ?」
……またこの話か。
「さっきも言っただろ。理由は俺にも分からん。きっと何かの間違いだろ」
「実は有名な魔法遣いの家系だとか凄い異能力者だとか、そういうオチは?」
「ないな」
ちょっと右目が呪われているだけだ。そして、そのせいで魔法が使えない。
「この話は終わりだ。はい散れ」
シッシッとジェスチャーするのと、休み時間終了を告げるチャイムが鳴るのがほぼ同時だった。
読んで頂きありがとうございます。
少しでも面白いと思って頂けましたら評価とブックマークをぜひお願いします。
見てくれてるんだ…というのが感じられてとても嬉しくなります。