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6.座席で分かれる天地の差

 教室のドアに貼ってあった座席表を確認し、暇里と別れ俺は自分の席へ座った。


 俺の席は教室の奥側後方に位置していて暇里の席は中央前方だったため、あいつの様子がよく見えた。席に着くや否や近くの奴らにおはよーなどと話しかけている。

……相変わらずとんでもないコミュニケーション能力だな。


 俺の両隣の席には既に生徒が着席していた。左側、窓際の方には銀髪の少女が機械のように身じろぎ一つせず座っていた。座席表からルナという名前なのは把握している。俺の視線を全く意に介さず、その冷えた瞳の焦点は真っすぐ前方で結ばれていた。あるいは、どこにも結ばれていないのかもしれない。


 右側には、大きなツインテールを携えた少女がいかにもお嬢様然とした様子で座っていた。まだ一言も会話を交わしていないが、なんだか生意気そうだ。もしこれがフィクションの世界なら、性格はツンデレに違いない、そう断言できるような雰囲気をまとっている。名前は確かラヴィニア……なんとかだ。長すぎて覚えられなかった。


 ちらと暇里の様子を盗み見ると、はやくも小さなグループを作り談笑していた。仲良くなるきっかけを探していた生徒たちの思惑が重なり、どんどんその輪が大きくなっているようだ。

 ここで俺がだんまりを決め込み友達の1人も作れないようでは、暇里に馬鹿にされることは火を見るよりも明らかだ。それだけは避けたい。俺がぼっち体質なのは事実だが、ぼっちだと思われてもいいかと言えばそれはまた別の問題なのだ。


 俺は少し逡巡したのち、体を左側に向けルナに話しかけることにした。右側のお嬢様はいかにも面倒くさそうな雰囲気を放っている。それに比べルナは物静かそうで会話が成立する可能性が高そうだったからだ。


「ハジメマシテ」


 俺は極めて冷静に、そして誠実に声をかけた。昨日不審者と間違われた経験がここで確かに活きている。

 人は成長する生き物だ。

 ルナは機械的に顔を俺の方に向けると、そのまま聴力検査に利用できそうなか細い声を紡いだ。


「………………なに?」


 蚊の鳴くような小さな声を辛うじて捉え、まずこのルナという少女はまともに俺と会話をする気がないことが知れた。

 通常、初めましてには初めましてと返すものだからだ。そしてこの入学式という環境において話しかけるというのは『あなたと仲良くなりたいですよ』という意思表示に他ならないはずだが、そんなものはお構いなしといった様子だ。

 だが、ここで引いては友達など出来はしない。ここは攻めの一手。


「俺の名は様宵明。異様の様に今宵の宵、明日の明で、様宵明だ。君と仲良くなりたいんだ」


「…………そう」


 そう?

 どういう意味だ?

 新手の試し行為か?

 その無表情の仮面の下で、俺がどこまでこの塩対応に耐えられるかを楽しんでいるのか?

 いいだろう。俺は売られた喧嘩は買う主義だ。根競べといこうぜ。


「俺と友達になってくれるか?」


「いいわよ」


「っ、いいのか?」


 予想外の早期決着に言葉が詰まってしまう。会話のテンポが掴みにくすぎる。ルナという少女は不思議系のようだった。


「ええ」


 そう言うと顔を定位置に戻し、虚空を眺める作業に戻ってしまった。

 よくは分からないが、どうやら友達になってくれたようだ。あまり実感はないが。

 俺は体を正面に向き直すと、右側をちらっと確認した。

 

「…………」


 ラヴィなんとかは俺とルナのやり取りを気にしていたのか、思い切り目が合ってしまった。赤色の大きな瞳に吸い込まれそうになるのをぐっと堪え、俺はなんとか気が付いてない振りをすることに成功した。


「…………」


 思い切り視線を感じる。顔の右側が焼けるような錯覚に陥る。何の用だか知らないが、ラヴィなんとかは俺に何らかの意思表示があるらしい。

 俺はもう一度だけ右側に目をやると、今度はもう言い逃れが出来ないほどにばっちりと目が合った。


「…………」


 俺は鋼鉄の意思で正面を向きなおした。平穏無事な学園生活にツンデレお嬢様は必要ない。今日の友達ノルマも達成済だ。


「……アタシにも話しかけなさいよ!!!」


 爆音が右耳をつんざき、左耳を貫通して窓に突き刺さる幻が見えた。


「……なんだ?」


 俺は覚悟を決め顔を向けた。


「目ぇ合ったでしょうが。私にも話しかけなさいよ」


「断る。面倒くさそうな性格してそうだしな」


「そっちの小娘に話しかけて私に話しかけなかったら、私が負けたみたいでしょうが!」


「小娘て。同い年だろ俺ら」


「なんでもいいわよ。アンタは私に話しかけなきゃいけないワケ。分かる?」


「分からん」


「ムキーーーッ!!」


 むきーって。リアルで言う奴を初めてみた。


「つまりは、お前は俺と友達になりたいってことでいいか?」


「全然違うわよ! アンタが私に友達になりませんかって聞いてきなさいって言ってるの」


「言ったら友達になってくれるのか?」


「勿論断るわよ! どうしてよく知らない男と友達にならないといけないのよ!?」


「そうか。じゃあな。」


 俺は顔を伏せた。


 神様。

 どうして俺の席の周りにはコミュニケーション能力に難がある奴しかいないのでしょうか?

 もしこの状況を見ていたら、どうかお慈悲をおかけください。

 お願いします。本当に。





チャイムが鳴ると同時にスーツ姿の女が教室に入ってきた。それは見知った顔だった。



「お前ら冬組の担任のブレヴィフォリアだ。気軽にブレちゃんって呼んでくれよな」


 俺たちをこの街に連れてきたブレヴィフォリアだった。あいつ担任だったのか。

 暇里を見ると後頭部だけでも嬉しそうなのが分かる。


「ブレちゃんだ〜!」


「よォ暇里。そんなワケだ、これからは担任としてよろしくな」


「担任なら昨日教えてくれればよかったのに」


ぶ〜、とふくれる暇里。


「言えない決まりなんだよ。おっ、明もちゃんと来てるな。感心感心」


「私がちゃんと連れてきたよ〜」


「よくやったな暇里。アイツ、入学式なんかだりぃとか言ってサボりそうだからな」


「サボらねぇよ」


 堪らず口を挟む。


「いいから進めてくれ。他の奴らが困惑してる」


 突然の身内ノリに周りがついてこれてない。この空気の中心に居座るのは俺の本意ではなかった。目立たず着実に友達を作る俺の緻密な作戦に支障が出かねない。


「──そうだな、話を戻そう。まずはようこそと言っておく」


ブレヴィフォリアはゆっくりと教室全体を見渡す。


「この箒鷲宮魔法学園に入学したことを、まずは誇りに思ってくれ。ここは間違いなく世界でも有数の魔法機関であり、ここにいるお前らはそんな機関に選ばれた優秀な人材達だ」


 ブレヴィフォリアの言葉に周りの生徒たちの顔が引き締まっていくのが分かった。自分の置かれている立場を再確認し気合いを入れ直しているんだろう。

だが俺はそんな気にはなれなかった。優秀な人材じゃないからだ。


「この学園については、詳しくは今から配る資料を確認してくれ。答えられることは全てここに書いてある」


 上等な冊子が前の席から回ってくる。『箒鷲宮魔法学園について』と書かれた100ページほどのパンフレットだった。


 パラパラと中を確認していると、ブレヴィフォリアの声が聞こえた。さっきまでとは違う真剣な声色だった。


「これだけは直接伝えておく。この学園はお前らに魔法を習得させることを目的とした機関じゃない。この学園の目的はただひとつ────」


 誰もが次の言葉を静かに待っていた。


「────誰よりも、強い奴を創ることだ」





 大ホールで行われた入学式を終え、俺たちは教室に帰ってきていた。

 生徒たちはなんとなくグループを作り、パンフレットを片手にあれこれ話し合っている。


 俺はブレヴィフォリアの言葉を思い返していた。


『誰よりも、強い奴を創ることだ』


 誰よりも強い奴を創る。

 つまり魔法を教えること、習得させることが目的ではなく、その結果優秀な魔法遣いを輩出することが目的ということか?


 だがその目的はなんだ。


 一般の報道では、魔法遣いの実力が不足しているということは無かったはずだ。異能力者による犯罪に魔法遣いが太刀打ち出来ていないというニュースは聞いたことが無い。日本において異能力者と魔法遣いはいいバランスを保っているはずだ。

 強力な魔法遣いの登場を待つ理由が思い浮かばない。


 それとも犯罪抑止などではなく、もっと他の理由だろうか。

 例えばこの学園の卒業生を武力として利用したいとか。

 それが国なのか他の思想、団体単位なのか知らないが、魔法遣いを武力として保有したいというのは単純にして明快な思考だ。法律というタガが外れた魔法遣いはそこらの兵器よりよほど危険だからだ。


 それなら異能力者が入学しているのも頷けるしな。強い奴を求めているだけなら、その門扉を開く対象は魔法遣いに限定する必要は無い。

 何を思考しても予想の域は出ないが、この学園があまり良からぬ理由で運営されている可能性は意識しておく必要がありそうだ。

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