5.クラス分けってドキドキするよね
「……色々世話になったな」
俺の手にはパンパンになった袋が握られていた。あの後テンションの上がった暇里によって脳内メンズファッションショーが開催され、俺は買うつもりのなかった衣服を多数購入する羽目になった。
「いーのいーの。私も男の子の服選ぶの新鮮で楽しかったから」
暇里はすっかり満足した様子で歩道を歩いている。
俺はさりげなく車道側に並んだ。気遣いの出来る男は得てして車道側を歩くものだからだ。
「暇里、お前はどうしてこの学園に?」
俺は疑問に思っていたことをぶつけた。異能力者も入学出来るという話は聞いたことがない。
「それが、いきなり入学案内が届いたのよ。ここ数年は異能力者も募集してるって書いてあったわ。何で私が異能力者だって知ってるのー、怪しいなーとか思ったんだけど、ここに来れば同じ異能力者の友達も出来るかなって。……それに何より面白そうじゃない?」
なるほど、どういう理由かは知らないが異能力者のヘッドハンティングのようなこともやっているらしい。もしかすると異能力者を魔法遣いとして登録することで管理しようという思惑があるのかもしれない。
「そういう明はどうなのよ。ブレちゃんもガルニグラさんも不思議に思ってたじゃない」
「俺も似たような感じだ」
厳密にはだいぶ違うと思うが。なにせ俺の元に届いた入学案内には手紙が1枚入っているだけだったからな。
「もしかしたら何かの間違いかもな」
「まあ間違いにしろ何にしろ良かったわよ。こうして出会えたわけだしね」
無防備な笑顔を向けてくる。
「…………」
こいつはもしかして俺に気があるんだろうか。誰か教えてくれないか。
「なに?」
「誰にでもそういう態度なのかなと考えていた」
「ふふっ、どうでしょう~?」
横目で暇里の表情を盗み見ると、思いきり目が合った。どうしてそんな幸せそうな顔で俺を見ているんだ。
「誰にでもそういうことをするのは勝手だが、勘違いされても知らんぞ」
「失礼しちゃうわね。私だってちゃんと相手を見てやってるんだから。勘違いされたら困る人には流石にやらないわよ」
どういうことだ。これはつまり、そういうことなのか?
そうに違いない。色恋沙汰に興味が全くない俺でも流石にこれくらいは分かる。
「お前、俺のことが好きなのか?」
「いや全然? かっこいいとは思うけど」
「…………」
やはりこいつは魔性の女だ。明日以降餌食になるであろう同級生諸君に最大限の武運を。
「そういえば明、スマホ持ってたわよね?」
「一応持ってはいるが……それがどうした?」
「ちょっと貸してみなさい」
手のひらを向けてくる。
「……変なことには使うなよ」
恐る恐るスマホを渡すと暇里は恐ろしいスピードで操作し始めた。俺より俺のスマホ使いこなしてないか?
「あーあー、アプリ何も入ってないじゃない。あんたこれ何に使ってるのよ」
「時間確認とか……まあ色々だ」
「時計代わりにしか使ってないって訳ね…………これで良し、と。はい、私の連絡先登録しておいたわよ」
スマホを手渡してくる。ホーム画面には見たことのないアイコンが増えていた。
「そのRAINっていうアプリでチャットと通話出来るから。気軽に連絡してね」
「おお……なんか友達みたいだ」
画面に表示された『老樹谷暇里』という文字を見ると、途端に実感が湧いてきた。
まさか俺に友達なんてものが出来るなんてな。
「友達みたい、じゃなくて友達よ。これからよろしくね、明」
◆
買ってきた衣服をあらかたクローゼットに突っ込み終え、俺はベッドに寝っ転がった。
スマホの画面には『今日はありがとね、楽しかったわよ』の文字と謎のキャラが笑っている絵文字。
「友達、か」
不思議な感覚だ。
これまでそう呼べる相手はいなかった。これから出来ることもないと思っていた。
俺は普通の人間とはかなり異なった人生を歩んできたからだ。
それについて後悔はないし悲観するつもりもない。ただそうだったというだけ。
それがある日突然謎の手紙が来て、気が付いたら謎の学園に入学していた。友達も出来た。
これが母親の差し金なのだとしたら、一体俺に何をさせたいんだろうか。
「まぁ……今考えても仕方ないことか」
慣れない手つきで『俺もだ』とタップすると、俺はそのまま意識を手放した。
◆
最低限の身だしなみを整えロビーに降りると、新しい制服の匂いを纏った生徒でごったがえしていた。
サッとフロア全体を確認すると、なんとなく留まっている者、誰かを待っている様子の者、玄関から出ていく者など様々な思惑の人間がいるようだった。全員新入生だろうか、皆どこか浮足立っている。
俺はどうするか一瞬悩んだが、玄関に向かって歩き出した。学園の場所は把握している。ロビーに留まる必要はないだろう。
「あ、やっと来たわね。待ってたんだから」
聴きなれた声が耳朶を打った。昨日だけで随分耳に染みついてしまったものだ。
「暇里?」
見ると前方の壁に暇里が退屈そうに寄りかかっている。
「俺を待っていたのか?」
「そうよ。連絡いれたじゃない」
「連絡?」
スマホを確認すると……なるほど、確かに暇里からチャットがきていた。
暇里が呆れた様子で頭に手をやる。
「返信ないから見てないんだろうなとは思っていたけど」
「部屋に時計が備え付けられていたからな。必然的にスマホを見る必要性が無くなった」
「無くならないわよ。あんたのスマホはもう時計じゃないの。これからはこまめに確認するように。そして私のチャットには1分以内に返信するように」
「それは無理だ」
暇里と連れ立って玄関に向かう。周りに目をやると他の奴らの注目をかなり集めていた。当然か。まだ入学式前だというのに知り合いのように喋る2人がいれば不思議に思うのも無理はない。
それに暇里はかなり目立つからな。俺と合流する前から注目されていた、というのが正確な所だろう。
「どうして待ってたんだ?」
「ん~、1人で行くより友達と行くほうがなんとなく安心するじゃない?」
「そういうもんか?」
暇里の言っていることは理解できなかったが、別に断る理由もない。寮から学園までは歩いて10分ほどかかるはずだ。話し相手がいてもよかった。
学生寮から学園までの道は桜並木になっていて、あえてロマンティックな言い方をするなら俺たちは桜に導かれるように箒鷲宮魔法学園の門をくぐった。
少し歩くと校舎前の広場に人だかりが出来ていた。目を凝らすと『新入生組分』と書かれた張り紙が見える。
「クラス分けがあるみたいだな」
クラス分けがあるということはそれなりに人数が入学するということか。不親切な入学案内のせいでそのあたりの情報を何も知らないからな。そんなに大人数ではないと勝手に思っていた。
「クラス分け? 行ってみましょ!」
暇里は駆け出すと、人ごみをかき分けみるみるうちに見えなくなってしまった。朝から元気な奴だ。
どうせ結果を確認した暇里がすぐに戻ってくるだろう。俺は人ごみにアタックするのを諦め、代わりに新入生を眺めることにした。
どいつもこいつも少し緊張した様子で顔をこわばらせている。こうして見ている分にはどこにでもいる普通の高校生にしか見えない連中ばかりだ。だがその誰もが魔法遣いや異能力者。身体的な特徴があれば政府ももっと簡単に管理できただろうにな。
思案に耽っていると、人ごみの中から俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
「あ~~~きら~~~~~! どこにいるのよ~~~~!」
あいつには緊張や羞恥心といったものはないんだろうか。ある意味では大物なのかもしれない。
呼びかけに応える気にもなれず人ごみの方を見ていると、ぽんっと弾き出されるように暇里が飛び出てきた。目が合ってしまったのでよ、と声をかける。
「はぁ、はぁ……あ、あんた……何で来てないのよ」
「2人でいく必要もないと思ってな。友達なら俺の分も見てきてくれると信じていた」
「都合のいい時だけ友達を利用するタイプねあんた……」
「そんなことはない。暇里のことは大切な友達だと思っている」
「……そう。それならいいのよ、それなら」
暇里は頬を赤らめるとそっぽを向いて髪を弄りはじめた。こういう所作はどこで習うんだろうか。男を落とすテクニック百選、のような雑誌でも購読しているのだろうか。これで俺のことを全く好きではないというのだから驚きである。
「で、どうだったんだクラスは」
「そうそう! 驚きなさい明。なんと私と明は同じクラスだったわよ!」
「そうか」
「そうかって……それだけ? もっと『やったー!』とか『神様ありがとー!』とかないわけ?」
「無いな」
「そう……嬉しいのは私だけだったのね……よよよ……」
わざとらしく噓泣きをする暇里。さっきからちらちらとこちらを見ていた周りの連中がざわざわとし始める。もしかして女を泣かせる悪い男だと思われているのだろうか。
「……俺が悪かった。俺も嬉しい。学園でもよろしくな、暇里」
決して周りの目が痛かったわけではない。女を悲しませることは俺のポリシーに反するからな。こういう所が気遣いの鬼と呼ばれる所以。決して周りの目が痛かったわけではない。
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