4.学園都市
俺たちはシャトルバスに乗り学生寮へと向かっていた。そこで一通りの手続きを行うらしい。
「このバス、運転手が魔法で動かしてんだぜ? すげーだろ」
ブレヴィフォリアは動物園の霊長類のように手すりにつかまって身体をぶらぶらしながら自慢げにしている。中途半端な時間だからか他に乗客はいない。窓から街並みを眺めてみれば、歩行者がまばらに確認できた。俺たちと同年代ほどの若者から老人まで、老若男女問わずこの学園で生活しているようだった。
「それは凄いが……普通に人が生活してるんだな」
俺の視線をなぞり、ブレヴィフォリアがああ、と呟く。
「勿論全員学園関係者だけどな。若いのはほとんど学生、歳いってるのは教師だったり、この学園の運営に協力してたり、まあ色々だ」
「全部で何人くらいいるの?」
「私にゃ正確なところはわからん。多分3000人くらいじゃないか?」
「結構いるのねえ。私はもっと隠れ家的な雰囲気なのかと思ってたわ」
「一応日本の魔法関係の総本山的な側面もあるからな。学園って名前はついてるがその機能だけが全てってわけじゃない。学園都市ってイメージが一番近いかな」
「大体は理解した。これだけの機関が世間から完全に秘匿出来ているのは流石に不自然だが」
「その辺はウチとしても色々やることはやってるってことさ」
当たり前だが汚いこともたくさんやっているんだろう。これだけの規模の組織を運営するには綺麗事だけでは済まないはずだ。箒鷲宮魔法学園は俺が思っているよりずっと大きな存在のようだ。
市街地エリアはそこまで広くはないようで、話しているうちに景色を緑が占有し始めていた。
『次は学生寮前、学生寮前。お降りのお客様は~』
運転手のアナウンスがバス内に響く。魔法で動いていてもこの辺は変わらないんだな。
バスから降りると、目の前に高級ホテルが建っていた。これが学生寮だろうか。
「……これが学生寮? ホテルじゃなくて?」
暇里も同じ感想を抱いたようで、目を丸くしている。
「廃業したどっかのホテルを買い取って魔法で転移させたんだよ。解体費用が浮くってんで、かなり安く買えた~って昔学園長が喜んでたな」
「どんなスケールだよ……」
窓を数えると1列に20部屋以上あった。ホテルの見取り図は分からないが1000部屋以上はあるだろう。
「寮のルールとかは中でコンシェルジュに聞いてくれ。私の仕事はここに案内するところまでだ」
コンシェルジュまでいるのかよ……。学生寮という名のただのホテルだな。
寮に入ると大きなシャンデリアが俺たちを出迎えた。柔らかな絨毯は足に安らぎを与えてくれる。
正面にはフロントがあり、スーツを着たコンシェルジュが立っていた。
「よォ~ガルニグラ、新入生連れてきたぜ~」
「ブレじゃない。珍しいわね、あなたが外にでるなんて」
コンシェルジュはガルニグラというらしい。年は20代半ばだろうか。水色の髪をショートボブにしている。今日は美人にしか会わない日だな。
「学園長に直々に言われちまってなぁ、パシリだよパシリ」
「ふふっ、それは運が無かったわね。名前は?」
「様宵明と老樹谷暇里。暇里は異能力者で明は聞いて驚け、一般人らしい」
「ああ、あの子。1人だけ空欄だから何かなと思ってたけど一般人だったのね……うん、2人ともチェックしたわよ」
ガルニグラは話しながらタブレットを操作している。話しぶりから察するに名簿か何かを確認しているようだった。
「じゃ、私は行くわ。2人に一通り説明してやってくれ」
「了解。お疲れ様、ブレ」
ブレヴィフォリアは手を挙げながら気怠そうに出て行った。
「初めまして、私はガルニグラよ。寮母をしているわ。寮生活で何か困ったことがあったら私に言って頂戴ね」
そう言うとガルニグラはにこっと笑った。ネモフィラのようなどこか涼し気で爽やかな笑顔に瞬間、目を奪われる。
「寮のルールについては部屋に備え付けてあるマニュアルを見て頂戴。暇里さんは6階611号室、明くんは5階510号室ね。部屋のクローゼットに制服が掛かってるはずだからそっちも確認しておいて。……はい、これがカードキーよ。失くすと面倒だから失くさないでね」
ガルニグラからカードキーを受け取ると俺たちはエレベーターに乗り込んだ。ゴオンゴオンという駆動音がやけに大きく感じる。
「なんだか凄いところに来ちゃったわね」
「そうだな。想像とはだいぶ違ったことは確かだ。というかそれ、ここの制服じゃなかったんだな」
「ああこれ? これは中学の。一応着てきたほうがいいかなって」
「そういうことか。ところで買い出しはどうする?」
「そうねえ、10分後にロビー集合でいいかしら?」
「了解」
丁度5階に到着したエレベーターから降り510号室に入る。10畳ほどの小奇麗な部屋だ。目につく家具はベッドとテレビだけ。トイレとバスが別なのは嬉しいポイントだ。
ベッドさえあれば十分だが、一応空きスペースの寸法をざっと頭に入れてから買い出しに行くとしよう。冷蔵庫くらいはあったほうがいいかもしれないしな。
手尺でスペースを測る自分にふっ、と笑みがこぼれる。新生活を楽しみにしているのは、どうやら暇里だけじゃないらしい。
◆
「へぇ〜〜色んなお店があるのねえ!」
シャトルバスで市街地に戻ると、暇里はまるでおもちゃ屋でおもちゃを物色する子供のように落ち着かない様子で歩道をうろうろしている。
「ねぇ、今日は何を買うの?」
「思ったより部屋が上等だったからな。とりあえず下着と寝間着だけあれば大丈夫そうだ」
「それだけ? こっちの部屋はベッドとテレビしか無かったよ?」
「こっちも同じだ。そんだけありゃ充分だろ」
「そんなことないと思うけど……男の子ってそんなものなのかなあ」
首を傾げ顎に指をあてる暇里。ちょっとした仕草がいちいち絵になる女だ。
「欲を言えば冷蔵庫が欲しいが……今日は衣類を揃えてしまいたい。暇里は何か買うものあるのか?」
「ん〜〜私は必要なもの大体送ってあるからなあ。今日は明の付き添い半分、探検半分って感じね」
「……悪いな、付き合わせる形になっちまって」
「いいのいいの、誘ったのは私なんだから。ほら、行きましょ」
暇里はアテでもあるのか歩道をずんずん進んでいく。小走りで暇里の横に並ぶと、暇里はこちらを見てふふっ、と笑った。
「なんだ?」
「知らない街を新しい友達と歩くのって、なんだか新生活って感じがしていいなって」
「友達か」
いつの間にか俺は友達になっていたらしい。少しでも話せば友達、と本気で言いそうだ。
「私はそう思ってるけど明は違うの?」
顔を覗き込むようにしながら聞いてくる。
「今までいたことが無いからな。単純に分からないんだ」
「そっか。じゃあ私が初めての友達だね」
暇里はその大きな瞳で俺の目を捉えるとにっこり笑った。ガルニグラの涼し気な笑顔とは対称的な、向日葵を想起させる大輪の笑顔。
こいつは絶対無意識に男を落とすタイプだ。普通の高校生には刺激が強すぎる。
「そうなるな。まあお手柔らかに頼む」
暇里から視線を外すと、見覚えのある看板が目に入った。日本に住んでいれば1本はそのメーカーのジーンズを持っていると言われるほどの大衆向けアパレルチェーンだ。
とりわけ下着や部屋着を揃えるのには持ってこいといっていい。
俺は暇里に声をかけ入店すると、下着コーナーに直行しロクに柄も見ずに適当にカゴに突っ込んでいく。
「明……それちゃんと選んでる?」
ちょこちょこと後ろを着いてきていた暇里がジト目で睨んでくる。
「いや? 俺は衣服は着れれば何でもいいと思っているタイプだ」
「その割には私服のセンスは悪くないと思うけど……」
じろじろと人の身体を観察する暇里。
それはそうだろう、これはマネキンが着てたのをそのまま買ったからな。
「俺の持って生まれたセンスの良さが出た結果だろうな」
「……それ、本当に自分で選んだ?」
「当然だろ。ビビッときた服を購入した結果だ」
「……まあいいけど。何にせよそのカゴに入ってるパンツはナシね。あなた、その顔で花柄なんて履く気?」
言うや否や暇里はカゴからバンツを掴み取ると、テキパキと元あった場所に戻していく。
「俺が花柄履いちゃいけないって言うのか?」
「ダメダメね。あなたはムスッとしてるしパッと見クール系っぽいから大人しい柄の方が似合うと思うわ」
真剣な表情で男物のパンツを物色している暇里。
よく分からんが傍から見たらカップルにしか見えないんじゃないか?
「なあ」
「黙ってて! 今脳内で色々履かせてるとこだから!」
暇里はあーでもないこーでもないと言いながらパンツをいくつか手に取り戻ってくる。
「とりあえずこんなとこかしら。サイズはLで大丈夫よね?」
「問題ない。なんか……すまんな」
「気にしないで。花柄を履かれるよりマシだから」
「そうか……なら、恥を忍んで頼みがあるんだが」
「なあに?」
「寝間着も選んでもらっても構わないか? 寝る時全身でお前を感じたいんだ」
暇里の顔がみるみるうちに真っ青になる。
「気持ち悪っ!!」
「……冗談だ」
「はぁ、ビックリした……いきなりどうしたのよ」
「友達というのは冗談を言い合ったりするものかと思ってな」
暇里の反応を見るにどうやら違ったらしい。友達というのは非常に高度なテクニックの上に成り立つ関係らしかった。
「そういうのは冗談とは言わないのよ。セクハラっていうの。気を付けなさいよ〜。明、そういう気遣い出来なさそうだし」
「失礼な奴だな。気遣いの鬼と呼ばれた俺を捕まえて気遣いが出来ないだと」
「なーにが気遣いの鬼よ。ほら、寝間着見に行くわよ」
俺の話にまともに取り合おうとせず、スタスタと歩いて行ってしまう。
――あいつ、どうやら俺のことをズボラな男だと勘違いしているらしいな。その誤解は解いておく必要があるだろう。
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