30.VS秋組① 〜揚羽蝶は紫電に羽撃く〜
「なんだあいつ、めちゃくちゃ強えぞ!?」
「なんて名前だ!? あんな奴いたか?」
観客席はちょっとした騒ぎになっていた。少し勝ち方が派手過ぎたか。
「やるじゃない明。一時はどうなる事かと思ったけど」
チームメイトの元に戻るとラヴィニアが満足そうな顔で出迎えてくれる。
「実際危ない所だったからな。丈夫な身体に生んでくれた母親に感謝だ」
そこに関しては本当に感謝している。俺は別に母親を恨んではいないからな。
『各チーム次鋒、前へ!』
教師によって次鋒戦の開始がアナウンスされ、秋組からは恰幅のいい男子生徒がフィールドにあがった。
「頼むぞスイート。うちのチームは大将に不安が残ってる」
俺の言葉にラヴィニアが八重歯を剥き出しにする。大きなツインテールが身体全体を使って怒りを表現していた。
「アタシのどこが不安なのよ!」
「魔法当てられるようになったのか?」
「ぐっ……! それについては秘策があるのよ!」
「そうか。期待しないでおく」
「何なのよーー!!!」
俺とラヴィニアの言い合いをスイートは興味なさそうに横目で観察していた。冷ややかな目。
「はぁ……。やってなさいな夫婦漫才」
ラヴィニアはスイートの言葉に顔を真っ赤にする。
「なっ……ななななな何が夫婦漫才よ! 手を握ったことすらないわよ!」
「なんだ? 手を握りたいのか?」
俺はラヴィニアの手を強引に掴んだ。
「ほれ。どうだ」
ラヴィニアの顔が沸騰したポットのようになる。湯気の幻さえ見えた。
「離せバカ!!!」
ラヴィニアの拳が俺の顔にクリーンヒットした。
さっきの火球の100倍痛え。
「はぁ……。うちのクラスはアホばかりですわね」
スイートは気怠げにフィールドにあがった。余裕そうだがあいつ大丈夫なのか。
◆
「ぼ、ぼくは左右田殿助なんだな。よろしくお願いするんだな」
秋組次鋒の左右田は右手を差し出した。饅頭のような手だ。恰幅のいい左右田はこの初夏の暑さにやられ気味なのか滝のような汗が顔を伝っている。眼鏡も曇り気味だ。
スイートは差し出された手をあまり描写したくないような表情で睨んでいる。冬組のイメージが音を立てて崩れていくのを感じる。頼むスイート、その手を取ってくれ!
「そ、その目……堪らないんだな……」
スイートの汚物を見るような目に興奮したのか、左右田は顔を紅潮させている。
「…………」
スイートの顔が放送コードギリギリのレベルまで歪む。耐えてくれスイート。お前を描写出来なくなる。
「……スイート・マジョラムよ」
そう言うとスイートは反転し逃げるように開始位置まで下がってくる。
「デュフフ……スイート様とお呼びするんだな……」
「ひっ……」
スイートの顔が恐怖に歪む。流石に可哀想になってきた。
『それでは只今より次鋒戦を開始します』
左右田はやる気に目を輝かせている。入れてはいけない何かのスイッチが確実に入ってしまっていた。蒸気機関車のように鼻から息を放出している。
あれに負けるのはプライドが許さないだろう。スイートにとって絶対に負けられない戦いがここにはある。
『次鋒戦……開始!』
コールがあるや否や左右田が一直線に駆けてくる。意外と素早い。全身が筋肉でできた力士は見かけによらず足も速いというが、左右田もそうなのだろうか。俺の目には脂肪の塊に見えるが。
「スイート様……!!」
左右田はぶつぶつと何かを繰り返している。聞き取るのは怖いので辞めた。
スイートは突っ込んでくる左右田に面食らいながらも紫色の魔法陣を展開する。そういえばあいつが戦うところを見るのは初めてだな。
「<< 胡蝶の夢 >>」
スイートが何かを唱えると、魔法陣から無数の蝶が飛び出してくる。淡く紫に光る幻想的な蝶だ。
蝶は左右田の元に集まっていき、あっという間に包囲してしまった。大量の蝶が左右田の周りをパタパタと停滞している。
「スイート様! これはなんなんだな!?」
異様な光景に左右田はたじろいでいる。蝶は何かをしてくるでもなく、ただその場に停滞し続ける。
「豚。アンタにスイート様なのて呼ばれる筋合いはないのよ」
スイートはドスの効いた声で告げる。こめかみには青筋が浮いている。どうやらあまりの左右田の奇行に我慢の限界を超えたのかもしれない。
「豚!? ハァハァ……もっと呼んで欲しいんだな……!」
左右田は創造主を見つけた宗教家のような瞳でスイートを見つめている。アイツは薄汚れたこの世ででついに救いを見つけたのかもしれない。
「沢山呼んであげるわよ……あの世でね」
スイートは氷点下まで冷え切った声で死刑宣告を言い渡した。おい辞めろ殺すな。
「…………<< 胡蝶の 夢が 覚めるとき >>」
スイートがパチン、と指を鳴らす。
左右田を取り囲んでいた蝶が一斉に爆発した。
轟音が鳴り響き、衝撃波が観客席を襲う。
煙が晴れ、そこには焼き豚と化した左右田の姿があった。
「……スイート様……過激……なんだな……」
左右田は切れ切れな声で呟く。
何とか息はあるらしいが戦闘は不可能だろう。死ななければ基本オーケー、というのが極端に治癒魔法が発達したこの学園のスタンスである。彼もすぐ治療され、次の戦いには参加出来るだろう。
『勝者……冬組・スイート・マジョラム!』
冬組、破竹の二連勝。蛮族集団は世に憚るのだ。
◆
『各チーム中堅、前へ!』
「よっしゃあ! やっと私の出番だな!」
鏡花がダッシュでフィールドに上がっていく。水色の髪が元気に跳ねる。
鏡花はフィールドに上がると柔軟体操を始めた。そんな気がしていたが身体強化系の異能力者だろうか。自己紹介でなんと言っていたか全く覚えていない。
対面に上がってくる秋組の中堅は男子生徒だ。ツンツンの頭を金色に染めている。ヤンキーだろうか。
「鳳堂鏡花だ。よろしくな」
「俺は噛棚竜次。女だからって容赦しねえぞ」
「おう。全力で掛かってこい」
噛棚が思い切り鏡花にガンを飛ばしているが、鏡花は終始笑顔を崩さない。戦えるのが嬉しくて仕方がないといった様子だ。
『中堅戦……開始!』
秋組の速攻だ。
神棚が黄色の魔法陣を展開すると、激しい雷撃が鏡花に襲いかかった。放たれた雷撃を一目見ただけでかなりの使い手だということが分かる。ラヴィニアも息を呑んで鏡花を見守っていた。
鏡花はそれを避けようとしない。
何やってんだ避けろ!
俺の願いも虚しく、槍のような雷撃が鏡花に突き刺さった。
爆音と共に鏡花は吹っ飛……ばない。
電撃は鏡花に直撃すると音もなく立ち消えてしまった。
「……あ?」
噛棚が怪訝そうな声をあげる。必殺の一撃だったのだろう。ピンピンしている鏡花を信じられないといった様子で睨んでいる。
「おうおう、すげえ攻撃だな。ありがたい事だぜ」
鏡花はじろじろと自分の身体を眺めている。
見れば鏡花の身体が雷を纏っている。雷撃を吸収したとでもいうのだろうか。
「一体どうなってる!? 何なんだお前は!?」
噛棚が鏡花に食ってかかる。焦りが明確に顔に表れていた。
鏡花は噛棚の視線を真正面から受け止める。戦場の中に居ながら、その顔には余裕が滲み出ていた。
「私は魔法を吸収しちまう性質でな。悪いがお前の魔力、頂いたぜ」
「俺の魔力を吸収……しただと? そんな異能は見たことも聞いたこともないぞ!」
噛棚が口の端に泡をためて捲し立てる。
確かにそんな異能は聞いたことがない。魔力に対する完全耐性など、異能の範疇をゆうに超えている。
「私は正確には異能力者じゃないからな。ま、運が悪かったと思って諦めてくれ」
言うと鏡花は噛棚に疾走する。体の一部が雷と化していた。魔力を吸収するだけでなく身体を変化させることも出来るのか。
鏡花は文字通り雷速で噛棚に肉薄すると、そのまま拳を腹に撃ち込んだ。
「ごふッ!!?」
神棚は衝撃に耐えられず場外まで吹っ飛び、そのまま意識を失った。
『勝者……冬組・鳳堂鏡花!』
これで冬組の3連勝。勝ちが確定した。番狂わせに観客席が沸く。
ところで鏡花が言っていた『正確には異能力者じゃない』という台詞。俺には鏡花の正体について心当たりがあった。
「鏡花」
俺は戻ってきた鏡花に声をかけた。
「なんだ?」
「お前、人化魔獣だな?」
「ご名答。因みに種族は?」
「世界広しと言えど魔力を完全に吸収する種族はひとつしかない────スライム属アンヘルティリム種。この世で最も珍しいとされる希少度SSランクのうちの一体だ」
「正解。詳しいね明。博士か何か?」
「本で見たことがあるだけだ」
アンヘルティリム種は別名幻のスライムとも呼ばれている。目撃情報もほぼ皆無。俺も実際に見たことはない。
ただでさえ珍しいアンヘルティリム種のそれも人化魔獣だと?
この世に2人といないんじゃないか?
「ちょっと、私にも分かるように説明しなさいよ。何だって鳳堂さんは魔法が効かないわけ?」
ラヴィニアが割り込んでくる。魔力を吸収するとなれば、こいつにとっちゃ他人事じゃないからな。気になりもするだろう。
「早い話がこいつは人間じゃないってことだ。魔力を吸収出来る魔獣が人間になったのがここにいる鏡花だ」
俺の説明に鏡花が補足する。
「正確な数は忘れちまったが、人化したのは何代か前だから私はちゃんとした人間だけどな。魔獣の性質もそんな色濃く残ってるわけじゃない」
「ちょっと待ちなさいよ。鳳堂さんが魔獣? どういうことよ」
ラヴィニアは訳が分からないといった様子だ。人化魔獣という存在は公式にはいないことになってるからな。その反応は極めて普通だと言える。
「これは隠された事実なんだが、ある一定の格を備えた魔獣は人間になることが出来るんだよ。一方通行だがな。これを人化といい、それを行った個体を人化魔獣という。鏡花の何代か前の祖先が人化魔獣で、鏡花はその性質を受け継いでるってわけだ」
「魔獣が人に……? 何よそれ、聞いたことないわよ」
「一般には明かされてない情報だからな。隣にいる誰それが実は魔獣かもしれません、となれば要らん混乱を招くだろ。実際には数はほとんど居ないんだけどな」
俺の説明にラヴィニアは納得したようなしていないような微妙な表情を浮かべた。色々疑問はあるがうまく言葉に出来ないんだろう。
それにしても鏡花が人化魔獣の子孫だとはな。妙に自信ありげだったのも頷ける。こと戦闘においては間違いなく最強候補だ。この俺ですら確実に勝てる保証は無いだろう。
『各チーム副将、前へ!』
副将戦のアナウンスがあった。
組としての勝敗は決したが勝負は最後まで行う。組順位とは別に個人成績も集計しているからだ。
「よ、よーし! 頑張ってきます!」
胸の前で小さく拳を握り、ミラちゃんがとてとてとフィールドに駆けていく。転ばないように気をつけてくれ。俺は父親のような気持ちでミラちゃんを見送った。
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また、同時連載中の作品もありますので、よければそちらも読んでいただけたら嬉しいです。




