2.いざ学園へ
「俺の彼女に何してんだ、お前」
言いながら男の肩を掴むと、男はいかにもチンピラ然とした様子でああん?と凄んでくる。
努めて喉をガラガラにして発音しているのがとても滑稽だった。
「ああん? じゃない。こいつは俺の彼女だ。お前は俺の彼女に何をしてるんだと聞いてる」
「彼氏だぁ?」
「そうだ。今日はデートで水族館に行く予定なんだ。ウミガメだ。つまりお前と遊んでいる暇はない。ナンパなら他を当たってくれ」
彼氏持ちだと分かれば普通は引くだろう。男もこんなささいなことでトラブルを起こしたくはないはずだ。
およそ非の打ち所がない完璧な作戦に俺は早くも成功を確信していた。
だが俺の目論見はあっさりと崩れることになる。
「あの……彼氏じゃないです! 知らない人です、この人。私……彼氏なんていませんからっ!」
思わず女の方を見やると、女は頬を薄く紅潮させて俺とチンピラをチラチラ見ていた。何の赤色反応だそれは。
「……てめェなんだコラ!!!」
嘘をつかれて激高したのかチンピラが力任せに掴みかかってきた。ギリギリと首が圧迫されている。
だがそんなことはどうでもいい。
俺は女に声をかけた。
「なあ」
「はい…?」
「お前はこの男と知り合いなのか? これは何か、そういうプレイなのか?」
そうとしか思えない。あのまま俺に合わせていれば何事もなく終わる可能性が高かったことくらいは、いくら人生経験に乏しい高校生でも想像がつくだろう。それを否定するということは、激しく意外だがこいつらは知り合いで、そういうプレイをしているのだと、そうとしか解釈出来ない。
「プレイ……? この人は、今日初めて会った人です。」
「初めて会っただと?」
「そうです……。…………あの、誰か! 誰か助けてください!」
さっきより大きな声で叫ぶ女。
どうしてだ、どうして助けを呼ぶ。
俺がもう助けに来てるだろう。
なんなんだ最近の女子高生は。意味不明だ。
「てめェ無視すんなコラ!!!」
「うるさい」
俺は男の手首を掴み上げると、そのままボディブローを打ち込んだ。
「ごふっ……!!」
最大限手加減はしたが耐えきれなったようだ。片膝をつくとそのまま地面に倒れこんだ。
チンピラが戦闘不能になったことを確認すると、俺は即座に女に声をかけた。このままでは俺まで不審者扱いされてしまう。
「もう心配はいらない。助けを呼ぶ必要もない。俺は君を助けにきたんだ」
「え?」
「彼氏のフリをしたのはその方が穏便に済む可能性が高かったからだ。君に否定されてしまったが」
女は少しの間ポカンとしていたが、やがで得心がいったようだ。あっ、と声を漏らす。
「私、テンパってて……! また変な人が来たのかと……本当にごめんなさい!」
「いや、いい。俺も紛らわしい真似をした。さあ、もう行け。注目を集めてる」
ギャラリーが集まっていることに気が付いていなかったんだろう。
女は周りをキョロキョロすると、顔を真っ赤にし俯いてしまった。
「あの……お名前をお伺いしても……?」
「名前……? 王様の様に宵闇の宵、意味不明の明で様宵明だ」
「様宵……明さんですね。本当に、ありがとうございました」
女は深々と頭を下げると、踵を返し駅ビルの方へ歩いていった。
これにて一件落着。やはり人助けは気分がいい。
気分が良くなった俺は、犯罪者の再犯防止にも一肌脱ぐことにした。
地面に這いつくばっているチンピラの前にしゃがみ声をかける。
「今後はお前と同じように遊んでそうな女を狙うんだな。ああいう清純そうなのを狙っても、変な人に思われるのが関の山だ」
「てめえに……言われたくはねえよ……」
こんなオチはいらん。
◆
時間を確認すると集合時間5分前だった。紆余曲折はあったが当初の目的は無事達成したことになる。
集合場所である駅ロータリーのベンチに戻ると、先客がいた。制服を着た少女が座っている。またしても女子高生である。
先の一件で女子高生というものに対し警戒心を強めていた俺は、不用意に近づくことはせず遠巻きに観察することにした。
髪はクリーム色で腰まである長髪。クリッとした大きな瞳が特徴的で、一般的には美人の範疇に入るだろう。身長は平均より高めで、スレンダーな手足が嫌でも目を惹く。
そして何より。
「隙が……ない……?」
思わず口に出してしまうほど、全くと言っていいほど隙がない。
ただベンチに座っているだけだが手足の置き、重心を見れば一目瞭然。
間違いなく一般人ではない。
本当にどうなってるんだ、最近の女子高生は。
俺は確信し声をかけた。
「お前か?」
「ん?」
女が振り向く。真っ直ぐな瞳が俺を捉えた。
やはり美人だ。
俺は色恋沙汰には興味はないが、もしあれば今この瞬間恋に落ちていただろう。
「あなたは……誰?」
可愛らしい声だ。
俺が色恋沙汰に興味があれば、危ないところだった。
「俺か? 俺は外様の様に宵越しの銭は持たないの宵、明けの明星の明で様宵明だ。お前は?」
「私? 私は……えーっと……老婆の老に、針葉樹林の樹。谷底の谷に……暇すぎの暇に里芋の里で、老樹谷暇里だよ」
老樹谷暇里。
魔法遣いの家系は大体頭に入っているが、老樹谷という苗字には聞き覚えがない。恐らく魔法遣いではないだろう。
だが佇まいは一般人のそれではない。
「お前は……異能力者か?」
「そうだよ。よく分かったねえ」
「隠さないんだな」
「隠すことでもないと思うからなあ。あなたは?」
「俺は一般人だ」
「一般人!? …………あれ? キミも、そうなんだよね?」
「そうだ。特殊な事情があってな」
「一般人は入れないって聞いたんだけどなあ……。ま、いっか! これからよろしくね!」
そういって手を差し出してくる暇里。
今の反応で分かったが暇里は俺が待ち合わせしている人物ではないようだ。おそらく俺と同じようにここに呼び出された入学者。ということなら仲良くしておいて損はない。
俺は財布からなけなしの1万円を取り出すと、差し出された右手を掴み、そっと握らせた。
「これでよろしく頼む」
「へ……? …………え?」
「今月の友達料だ」
「いやいやいやいや! いらないから! どういう価値観!?」
暇里が1万円を押し付けてくる。
「足りないのか? 今は持ち合わせがないんだが……」
「足りなくないわよ! じゃない違う、普通友達はお金なんてとらないの。キミ、一体どういう人生送ってきたのよ」
「まあ、普通だ」
「絶対普通じゃないわよ……いい? 学園じゃそんなことしちゃだめだからね」
ぴっ、と指を立てる暇里。
「わかった。暇里がそういうなら控えよう」
「じゃあ改めて。これからよろしくね、明」
「ああ」
差し出された右手をしっかりと握る。
その時だった。
「いや~~遅れてゴメンね~~! ちょっと道が混んでてさ~~」
声のする方に振り向くとスーツ姿の女性が手を挙げながら歩いてくる。
金髪のオールバックをポニーテールにしサングラスを掛けているその姿はどこかの国のエージェントだと言われても納得がいく。パンツスタイルが妙にサマになっていた。暇里も微妙な目をしている。怪しんでいるんだろう。
カツカツ、とヒールを鳴らしながら目の前まで歩いてくる。
こいつも隙がないな……そう簡単に消せるものでもないんだが……。
「ふたりとも揃ってるね。時間に忠実でたいへん結構。じゃあ早速だけど……行こっか?」
「行く? どこに?」
金髪の女性はシニカルな笑顔を浮かべると、答えた。
「決まってるだろ? 箒鷲宮魔法学園さ」
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