21.鬼退治
「――ってえな……」
突然の衝撃に視界が一瞬ホワイトアウトする。
反射的にその場から飛び退き攻撃された方角を確認すると、そこには信じられない光景が広がっていた。
「赤鬼が生きてる……?」
なんと倒したはずの赤鬼が立っていた。それもピンピンしている。腹部の傷も無くなっているようだった。
(どういうことだ……?)
俺は確かに赤鬼を倒したはず。拳の感覚を誤ったりはしない。間違いなく俺の攻撃は命に届いていた。
ならば考えられるのは死んで復活したということ。傷が無くなっているのもそれなら説明が付く。
「明!」
「明様!」
暇里達が走ってくる。
「あんた大丈夫なの!?」
「ああ、なんとかな」
「なんとかって思いきり頭に食らってたじゃない!」
「心配するな。あれくらいでやられるようなヤワな鍛え方はしていない」
相当効いたのは確かだが、意識を失ったりしない。これくらいで音を上げるようでは到底生きていけなかった。
オニ達は並んで俺たちの様子を伺っている。オーガ属らしく襲い掛かってきたりはしないようだ。
「それならいいけどいきなりぶっ倒れたりしないでよ」
「任せとけ。それより聞け。残念なお知らせがある」
「何よ」
「あのオニたちだが恐らく同時に倒さないといけないタイプだ」
あくまで予想だが俺はそう結論付けていた。もともと主が2体いるという話は聞いていない。ということはあれは2体で1体の魔獣と考えられる。ならば命がリンクしていてもおかしくはない。そういう魔獣も何種か存在する。
「悪いが俺1人で2体同時に倒すのは難しい」
「分かってるわよ。私たちだって明におんぶに抱っこされるつもりはないわ」
「抱っこ……」
抱っこという言葉を聞いた鈴々が頬を赤く染める。案外緊張感のない奴かもしれない。
「明は赤いの、私たちは青いの。それでいいわね?」
「分かってると思うが怪我だけはするなよ。危なくなったらすぐに逃げろ」
「言われなくても分かってる。私だってこんなところで死ぬつもりはないわ」
暇里は意を決したように青鬼を睨みつける。鈴々もいつの間にか真剣な表情に戻っていた。ルナは相変わらず無表情だ。
「じゃあ……準備はいいな」
俺の言葉に3人が頷く。
「行くぞ、鬼退治だ」
◆
ハントを許可された者は、中間テストの時にブレヴィフォリアに作って貰った武器を魔法でいつでも出せるようにして貰っていた。
暇里は純白のレイピアを手に取る。月光を反射して煌めくのは柄に意匠された1枚の天使の羽。果たして勝利の女神足りえるか。
鈴々も手に鉄扇を携えている。こちらは凝った意匠は施されていない。装飾を排した漆黒の鉄扇。
「私は正面から、鈴々さんは自由に。ルナちゃんはバックアップをお願い出来る?」
暇里の言葉に2人は頷く。判断が早く、決断力に優れた暇里は典型的な指揮官タイプだった。それも自らが前線に出るタイプの。
「それじゃあ行くわよ!」
瞬間、暇里が加速する。人の限界を超えた超加速は暇里の異能に他ならない。
暇里の異能は身体能力の強化だ。とりわけ脚部の機能に著しい上昇を得る。
暇里は青鬼の眼前まで肉薄すると腹部に鋭い一撃を放つ。戦闘経験の浅い暇里は小手先の技術は備えていない。その圧倒的なスピードのみが暇里の生命線だ。
青鬼は遅れて反応し暇里に棍棒を叩きつけようとするが間に合わない。引き絞った弓矢のような暇里の一撃は深々と青鬼の腹部に突き刺さ――
「……え?」
らない。暇里の一撃は青鬼の分厚い筋肉を貫くことなく表面数センチの所で止まっている。
「まずッ――」
棍棒が無慈悲に振り下ろされる。隙を突かれた暇里は回避に一瞬遅れてしまった。避けられない。
「はッ!!」
青鬼の背後に瞬間移動した鈴々が鉄扇で背中を一薙ぎにする。それは皮膚の表面に僅かに薄い傷を作ったに過ぎないが、青鬼の動きを一瞬止めることには成功していた。暇里は咄嗟に後ろに飛ぶ。
ドゴオオオオン!!!!
棍棒が振り下ろされる。それは暇里の残した前髪を僅かに巻き込み地面に爆裂した。
青鬼はそのまま背後に棍棒を横薙ぎにするが既にそこに鈴々の姿は無い。鈴々は暇里の横に瞬間移動していた。
「鈴々さんありがとう。正直三途の川が見えたわ」
「いえ、無事で何よりです」
2人は青鬼から距離を取る。暇里はその身体能力で。そして鈴々は瞬間移動で。探知能力と瞬間移動が今の鈴々に扱える異能の全てだった。
「しかし困ったわね……」
暇里は青鬼の様子を観察する。相変わらずあちらから攻めてくる様子はない。待ちの姿勢を崩さないのは、あるいは余裕の表れかもしれなかった。青鬼の分厚い筋肉の鎧の前に2人に有効な打点はないことは今の鍔迫り合いではっきりと分かってしまった。
「……私がやるわ」
「ルナちゃん?」
珍しくルナが口を開く。暇里も鈴々もきょとんとした目でルナを見つめる。
「……あれは物理攻撃は効かないようだから」
ルナの言葉は的を射ている。明のような規格外はともかく、オーガ属は魔法で倒すのが常識だ。
ルナは青鬼に向かって手を翳した。
現れるのは月の光を湛えた薄白の魔法陣。
ルナがか細い声で紡いだそれは、絶滅したはずの月の民の古代魔法。
「…………<< 月の裂空砲 >>」
――それはまるでレーザー。
魔法陣から放たれた月光は一瞬で青鬼の頭部を吹き飛ばした。
「…………え?」
静寂に包まれた月夜に響くのは暇里と鈴々の呆けた声。
主を失った青鬼の身体は音を立てて崩れ落ちていった。
◆
復活しない。
明の予想が外れていたのかルナの魔法が特殊なのか分からないが、青鬼は復活することなくその物言わぬ肢体を晒し続けている。
「明! よく分からないけどこっちは終わったわ!」
暇里から声を掛けられそちらに目を向けると青鬼が無残な姿で地面に転がっている。よく分からないがあれは復活しないらしい。
「オーケー、そういうことなら一安心だ」
明は赤鬼を思いきり蹴り飛ばす。赤鬼は重力という支えを失い数メートル吹き飛んだ。
久しぶりに気分がいい。守るものがある戦いはストレスだ。でも今はそれがない。思いきり目の前の相手に集中できる。
明の口元に浮かぶのは邪悪な笑み。普段はひた隠しにしている明の狂暴性が僅かに顔を覗かせる。
「――来いよ、低級魔獣。遊んでやる」
◆
赤鬼は相方を殺され激高したのか棍棒を振りかざし突進してくる。そうそう、オーガ属はそうでなくちゃな。下手に知的生物ぶられるのも違和感があるんだよ。
「はっ」
俺は渾身の力で振り下ろされる棍棒を片手で受け止めると蹴りで相手の足を刈る。派手な勢いで赤鬼は仰向けに転がった。激流に足を取られた錯覚に陥ったかもな。
「待っててやる。立て」
俺は赤鬼が立ち上がるのを待った。まだだ、まだ全然足りない。片割れを失ったとはいえ腐っても危険度Aだ。隠しているものがあるなら全て出して貰おう。
「グオオオオオ!!!!」
俺にコケにされていることを本能で感じ取ったのか、赤鬼が雄たけびをあげる。
赤鬼は立ち上がると、その身体に不思議なことが起こった。
額に生えていた角が伸び、身体が浅黒く変色していく。筋肉は倍ほどまで膨れ上がった。
先ほどまでの精悍な顔は般若のように変貌していた。
「ガアアアアアア!!!!!!」
赤鬼は我を忘れ棍棒を幾度も地面に叩きつける。その度に地面は抉れ、大きな振動が起こる。先ほどまでとは比べ物にならない殺気が肌にピリピリ訴えかけている。
「ちょっと何!? 明あんた何したのよ!?」
「知らん。怒ったんだろ」
「何怒らせてんのよ!」
「別にいいだろ、俺の獲物だ。それよりちょっと下がってろ」
万が一にも巻き込んでしまったら堪らない。俺は3人を下がらせた。
「……手伝う?」
ルナがささやくような声で聞いてくる。青鬼を倒したのはどうやらルナのようだった。
「大丈夫だ。もし俺がやられたら頼む」
ルナはこくっと頷くと2人の元へ下がっていった。
「さぁて……」
俺は赤鬼に視線を向ける。赤鬼は雄たけびをあげながら手当たり次第に地面をぶっ叩いていた。完全に気が狂っている。そろそろ地球が怒り出してもおかしくはないだろう。
俺は1人の地球を愛する者として赤鬼に立ち向かった。
◆
「おい」
俺は赤鬼に声を掛ける。そろそろこちらにも意識を向けて貰わないとな。
「ガア……?」
赤鬼は地球を虐める手を止めると俺の方を振り向いた。大きな牙が飛び出した口からは涎が延々と零れている。
赤鬼は俺の姿を認めると雄たけびを上げながら突進してくる。俺は今日何回オーガに突進されるんだ?
「ガアアアアア!!!!」
赤鬼は両手で棍棒を振り上げると思いきり俺に叩きつけてきた。
――これは片手じゃ無理だな。
俺は両手を振りかざし裂帛の一撃を受け止める。
「うお……おおおおお!」
まるで大木を受け止めたかのような衝撃が手のひらを襲う。
棍棒の衝撃に俺はじりじりと押されていた。俺が力で押されたのはいつ振りの事だろうか。
「……そうだよ、そうこなくちゃな!」
俺の口元には笑みがこぼれていた。久しぶりの本気でやれる相手だ。これが笑わずにいられるだろうか。
「ほら、どんどんこい」
俺はわき腹に蹴りを放つ。両手で振りかぶるもんだからボディががら空きなんだよ。
「グウウウ!!!」
赤鬼が苦悶の表情を浮かべた。俺は胸を撫でおろす。身体はデカくなっても俺の攻撃は有効なようだな。これで全く効いていないようなら全力でルナに泣きつくところだった。
赤鬼は棍棒を横薙ぎに払ってきた。そしてすかさず縦振り。俺はそれをバックステップで回避する。まともに受ければひとたまりもない鬼の連撃を紙一重でかわし続ける。
長らく忘れていた感覚。この命のやり取りこそが生きるということだ。俺は今強烈に生を実感している。
俺は赤鬼に感謝の念を覚えていた。
「そろそろ終わらせるか」
人体には急所がある。その一つが膝だ。どれだけ鍛えても関節は強くはならない。それは鬼も同じだろう。
俺は赤鬼の膝に前蹴りを浴びせた。骨の折れる小気味いい音が俺の耳朶を打つ。
折れた膝では赤鬼は自重を支えることが適わない。情けなく膝をついた。
「終わりだ」
俺は丁度肩の高さに降りてきた鬼の顔面に全力の拳を放った。鈍い打撃音が月夜に響く。
並行世界B-2は今この瞬間、主を失った。
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また、同時連載中の作品もありますので、よければそちらも読んでいただけたら嬉しいです。




