1.人助けって気持ちがいい
きっかけは、覚えのない1通の入学案内。
『箒鷲宮魔法学園入学案内』と書かれた封書がある日突然俺の元に届いた。
……入学案内?
箒鷲宮って……あの箒鷲宮か?
──箒鷲宮魔法学園。世界に5つしかない魔法学園の1つで、日本のどこかにあるというがその詳細は謎に包まれている。一般の受験者は受け付けておらず、入学者全てがコネや紹介という話だ。興味本位で1度調べてみたことがあるが、それ以上の情報は全く出てこなかった。
そんなところから届いた謎の入学案内。
……怪しすぎるだろ。いくらなんでも。
封を開け中身を取り出してみるとパンフレットや行事表のようなものは何も入っておらず、およそ学園を紹介する気がないことが伝わってくる。上等そうな和紙が1枚入っているばかり。
『誠に不服ですがあなたの入学を認めます。拒否権はありません。〇月〇日〇時〇〇集合』
誠に不服ですがあなたの入学を認めます?
なんだそれは。
ここまで意味不明な文章に遭遇するのも稀ではないか。頭に文章の意味が全く入ってこない。
誠に不服ですがも分からないが、それ以上にあなたの入学を認めますが理解不能だ。
どうして俺は頼んでもいない入学を認められている?
しかも嫌々。
挙句の果てには拒否権はありませんだと?
タチの悪い冗談だ、夢なら覚めてくれ。
そして俺は非常に残念なことに、こんな意味不明なことをする身内に心当たりがあるのだった。
「……母親の差し金か? でも何で今更」
俺は物心つく前に母親の親戚だという爺に預けられ育てられた。この爺にはこんなの必要か?と言いたくなるような技術をたくさん仕込まれたが……今はそれはいい。
母親の記憶は一切なく、どこで何をしているのかも知らない。
分かっているのは俺が魔法を一切使えない理由がこの母親にあるということだけだ。
俺の右目には呪いがかかっている。それは俺の体を蝕んだりすることはないが、その代わり魔力を根こそぎもっていく。俺が魔法を使えない理由はそこにある。単純に自分で使える魔力が全くないということだ。
爺によると母親の仕業らしい。
この世界のどこに自分の息子を呪う母親がいるというのか。そんなものの存在を信じたくはない。
だが爺はそれは違うという。
これはあやつなりの愛だと。
息子の愛し方が分からないようだった。わしにお前を預けた理由もそれだと。
おそらく右目のそれも、お守り代わりのようなつもりだったんだろうと。
何をどうすれば呪いがお守りになるのかと突っ込みたくもなったが、自分が母親に愛されていない証明をする言葉の持ち合わせもなくただ黙って聞いていたのを覚えている。
その話に納得したわけではないが、俺は母親に対してそこまで悪感情を抱いていなかった。そもそも俺の記憶ベースでは会ったこともない赤の他人だ。爺とも頻繁に母親の話をするわけではなかったから母親の存在を思い出すこともなかった。話に出てくる架空の人物、それくらいに思っていた。
ただまあ、会えるものなら会ってみたいとは思っている。単純に自分を産んだ人がどういう人なのか気になるだろう?
断片的な爺の話をまとめると相当にエキセントリックな人物なのは間違いなさそうだが…
だからこの入学案内も母親の仕業だと考えれば自分の中で不思議としっくりきた。
魔法が使えない俺に入学案内がくる理由が他にないというのもあった。
どうせ拒否権もないしな。
俺が箒鷲宮魔法学園への入学を決めたのはそんな理由だった。
◆
異能力者と、それに対抗する魔法遣いという構図が広まってはや百余年。異能や魔法、魔獣となんとか共存する道を探ってきた各国は、国によって多少の差異はあるもののおおかた法整備を終え、人々はおおよそ異能や魔法の危険に晒されることなく日常生活を送っている。
この中立国家日本においても無許可の異能・魔法行使は厳しく罰せられており、特に魔法による犯罪率は世界でもトップクラスに低い。たまに異能力者による事件が起きることもあるが、優秀な魔法遣いによって速やかに解決することがほとんどだ。
どちらも危険なものながら、どうして異能力者は悪で魔法遣いは正義だというようなレッテルが張られているのかというと、それはひとえにその出自によるところが大きい。
異能力者には先天的に能力を持って産まれてくるパターンと何かのきっかけで後天的に発現するパターンがあるが、その共通点は管理が出来ないということだ。
言ってしまえば異能力者がいつどこで産まれようが、何が原因で発現しようが、それを国が知ることは出来ない。見た目に変化があるわけでもないからだ。
人前で異能を行使するか、犯罪に利用しそれが露見することで初めてその存在が認知される。
つまり存在を管理し犯罪を未然に防ぐことは不可能なのだ。
それに比べて魔法遣いは国によって厳格に管理されている。
まず日本においては無許可で魔法を教えることが違法だ。
そしてその許可はほとんど下りない。新規参入お断り、ということだ。
魔法を教えられるのは許可を得ている家系(あくまで魔法を継承することが目的で、スクール等を開くことは禁止されている)と魔法学園のみ。
箒鷲宮魔法学園は日本で唯一の魔法を教える教育機関ということになる。
学園が一般人を募集していない以上、日本で魔法を学ぶのは魔法遣いの家系に生まれない限りは不可能と言っていい。
そうして国に存在を認知されている魔法遣いは、異能力者による犯罪が起きればその解決に協力することになる。これは魔法行使について国から許可を貰う際に承諾させられる条件の一つだ。
このような背景があり平穏に過ごしている異能力者が多数なれど、異能力者は悪というイメージがついてしまっている。これについては賛否あるだろう。テレビやネットでもよく議論になる話題だ。
俺個人の意見としては異能力者自体には正義も悪もないと思っている。結局は個人だ。それは一般人も魔法遣いも変わらない。いい奴もいれば悪い奴もいる。それだけの話だ。
雑踏を眺めながら暇を持て余していると、ふとそんなことを考えてしまっていた。スマートフォンを確認すると集合時間にはまだ余裕がある。
――少し早く来過ぎたか。
駅ビルにコーヒーショップがあったはずだ。集合時間までそこで暇を潰そうと1歩踏み出したその時、
「誰かっ、誰か助けてください!!」
緊迫した様子の女性の声が耳に届いた。
声のした方に目をやると、なるほど、若い女が男に絡まれている。
男の方は典型的な街のチンピラという出で立ちだ。金髪のツーブロックに黒に金ラインのセットアップジャージ。首元には金のチェーンのネックレス。歳は20代半ばといったとこだろう。
……どうしてああいう輩は金色が好きなんだ?
何かそういう人向けのファッション講座でもあるんだろうか。
対して女の方はザ・女子高生という雰囲気だった。修飾するなら『大人しそうな』がつく。
小さく花の刺繍があしらわれた白いワンピースに同じく花のワンポイントのサンダル。
首元で切りそろえられた黒髪は、いかにも校則を破ったこともなさそうな優等生感を演出している。
パッと見デートの待ち合わせ中にチンピラに絡まれたといったところか。駅前には変なヤツが多いからな。とはいえ人通りの多い駅前で白昼堂々女子高生に絡みに行くとは男の方も相当気合が入っている。このままではあの女子高生の休日は悲しい思い出になることは確定的だ。
先に言っておくが、俺は進んで人助けをする男ではない。
なぜなら「人助けをしなさい」などという教育を受けた記憶がないからだ。
自分の身は自分で守る、それがこの世の唯一絶対のルールだと本気で思っている。
ここであの女がどんな目にあおうが、俺の心は1ミクロンも痛まないと断言できる。
だからこれは……言うなればそう、『暇潰し』だ。
店でコーヒーを啜るのもいいが、ここであの男を追っ払う分にはお金もかからないし、感謝もされる。
人に感謝されるのは気持ちがいい。それくらいの人間性はギリギリ持ち合わせている。
俺は男の方に歩きながらそこまで考えると努めて冷静に声をかけた。
「俺の彼女に何してんだ、お前」
視界の端に、女の顔が先程とは違う方向性で引きつったのが見えた。
そこで引きつるなよ、おい。
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