17.吊り橋効果は心の錯覚
ブレヴィフォリアとの話を終え、俺は自分の部屋に戻ってきていた。ベットに寝転がり一息つく。
目を閉じてみたが眠る気にもなれず、頭の中でブレヴィフォリアの言葉を思い返していた。
『学園をぶっ壊す……私の野望のな』
ブレヴィフォリアは憎悪を滲ませた目でそう言った。残念ながら話はそこで終わってしまったため詳しいことは分からないが、どうやら学園に対し何らかの悪感情を持っているようだ。それもかなり強い思いを。
ブレヴィフォリアは恐らく俺が実力を隠していることを黙っている代わりにその野望とやらに俺を利用するつもりらしいが、俺はこれを悪くない状況だと考えていた。
俺は俺でこの学園を、その先にいるであろう母親のことを調べる必要があったからだ。俺には学園をぶっ壊すなどといった過激な思想はないが、逆に言えば学園がどうなろうと知ったことでもないと思っていた。
「俺は俺でせいぜい利用させて貰うさ」
今回の出来事についての整理を終え、今度こそ寝るかと思ったが妙に身体が起きている。少し前まで気絶していたからだろうか。気絶で疲れが取れるというのは新しい発見だ。
……ドラゴンの件は本当に不覚だった。学園に来てからは勿論、それ以前を思い返してもここ最近まともに魔眼を使っていなかった。そのせいで身体がかなり鈍ってしまっている。ブレヴィフォリアの件もあるし、ここらで一度昔のキレを取り戻しておく必要があるだろう。丁度ハントとかいうおあつらえ向きな制度も解禁されたことだしな。
俺は腹筋の力でベッドから跳ね起きると、新たに解放された並行世界に向かうべく歩き出した。
◆
2人1組という忠告を華麗に無視し、俺は並行世界B-2にやってきていた。
B-2は中間テストを行ったA-3と同じような雰囲気の世界だった。森林と草原が大部分を占め、遠方を見渡せばワイバーンが群れを作っている。
ブレヴィフォリアの話ではアルファベットがその並行世界の危険度を表しているらしい。ハントを解禁された1年生にあてがわれる世界としては妥当なチョイスだろう。
「お」
散歩がてら色々見て回っていると、A-3には生息していなかった魔獣を発見した。
それは人間を一回り大きくしたような見た目をしていた。
オーガ族である。
オーガ族は大半は人間と同じような身体をしている。腕が2本足が2本首が1つの二足歩行だ。
人間と一番違うのは身体の厚みで、筋骨隆々の身体から放たれる物理攻撃は単純だがそれだけに絶大な破壊力を誇る。
知能は低めで一部の種を除き魔法耐性は無いに等しい。敵を見つけると一直線に向かってくるためラヴィニアでも十分討伐が可能だ。寧ろアイツにとって最もおあつらえ向きな相手と言っていい。
「あとでカモがいるって教えといてやるか」
ラヴィニアがお金に困っているとは思わないが、お得な情報は共有するのが友達というものだろう。
俺が見つけたオーガは正式にはオーガ属ホワイトショルダー種という名前でオーガ属の中でも特に特徴のない種だ。肌は浅黒く、肩のあたりが白い。腰に布を巻いているのが奴らに出来る最上級の知的行動だ。同じような危険度で夜行性のブラックショルダー種というものいる。夜に来てみたら会えるかもしれないな。
普通に戦ったのでは運動にもなりはしない。ハンデで両手は封印するか。
俺は制服のポケットに両手を突っ込むとオーガの眼前に飛び出した。
オーガは俺の姿を見つけると一直線に走ってくる。走って振りかぶって殴る。それしか能がないのがこのオーガ属という魔獣だ。
オーガは成人男性の胴ほどはあろうかという腕を振りかぶると、これまた砲丸のような拳を俺に向けて振り下ろす。ただのパンチとはいえ、普通の人間がくらえば間違いなく内蔵のいくつかは持っていかれるだろう攻撃力を宿している。
俺はそれを右足の裏で受け止めた。心地いい振動が足裏を刺激する。ちょっとした足裏マッサージにいいかもしれない。
「……?」
オーガが不思議そうな様子で俺に視線を向ける。何が起きたか分かっていないようだった。
「ほら、どんどん撃ってこい。しばらく攻撃せずにいておいてやる」
魔獣に言葉が通じるわけもなし、俺は何故だか魔獣によく話しかけてしまう。
人間の知り合いが少ないとこうなってしまうのだろうか。俺は悲しい気持ちになった。
オーガは馬鹿の一つ覚えのように腕を振りかぶると同じように殺人パンチを繰り出してくる。俺は足で受け止める。
それを何度も繰り返す。
「こんなもんか」
俺は何度目かのパンチを受け止めると、そのまま足を入れ替え身体を後ろに捻った。
体幹を軸にそのまま身体を回転させ、回し蹴りをオーガの顎に撃ち込む。
オーガは俺の蹴りをモロに食らって数メートル吹き飛んだ。手加減はしたが数時間は起き上がれないだろう。しかしオーガは身体が丈夫な魔獣の為、明日には何事も無かったかのように活動しているはずだ。俺は無益な殺生は好まない主義だった。今はお金が発生するため無益ではないが。
その後もぶらぶらと回ってみたが目新しい発見もなく俺は帰途についた。
もう隠しても仕方ないし、ブレヴィフォリアにもっと危険度の高い並行世界を紹介して貰ってもいいかもしれないな。
◆
それから何事もなく数日が過ぎた。
相変わらず授業にはついていけていない。中間テストで2位になったにも関わらず、俺の評価は相変わらず落ちこぼれの一般人のままだった。
座学は理解出来るんだが実技の方がどうもな。真面目に練習していれば少しは魔法が使えるようになるんだろうか。
目立つのは得策ではないとはいえ、落ちこぼれだと思われ続けるのもそれはそれで悲しいものがあるのだった。せめて普通の人くらいには思われたい。よくよく考えれば、落ちこぼれというのも目立っているのには変わりないのだから。
そして身体の方はというと、あれからちょくちょくB-2に赴いては魔獣と戯れている甲斐もあって以前のキレを取り戻しかけていた。
因みに新たな並行世界の打診は即却下された。しかしその代わり耳寄りな情報を入手した。
どうにも並行世界には1匹『主』と呼ばれる強力な魔獣がいるらしい。B-2にもかなり強力な魔獣がいるとのことだ。安全性を考えてかなり奥地に配置されているらしいが、そいつと遊ぶのもいいかもな。
因みに倒すと50万円貰えるらしい。いらんがな。
◆
シャワーを浴びベッドに潜ったものの、妙に目が冴えてしまった。
何度も寝返りを打つがいつになっても眠気はやってこない。
眠れないこんな夜はラヴィニアにしょうもないチャットを送るに限る。
「…………」
というのは冗談だ。深夜に他人にチャットを送るのはマナー違反だということを俺は既に学んでいる。いま箒鷲宮魔法学園で最もネチケットに詳しい男、それが俺だ。
……そういえばB-2の主の件。あれを探しに行くのもいいな。
ハントは2人1組が鉄則。俺は素早くチャットアプリを起動するとラヴィニアにメッセージを送った。
『ハントいこうぜ』
現在深夜1時である。
まあギリギリセーフだろう。
しばらくと表現するにはいささか短いくらいの時間が過ぎ、スマホが音を立てる。ラヴィニアから返信が来たらしい。
『死ね』
まあそうなるわな。
ラヴィニアは俺のことを友達だと認めてくれたようで、こうした馬鹿にも付き合ってくれていた。しかしやりすぎて愛想をつかされることがないように注意しなければ。友情というのは増えたり減ったりするものだろうからな。
「1人でいくしかないか」
俺はさっと制服に着替えると寮を出発した。
春特有の生温い風が頬を撫でていく。入学式の時満開だった桜はもう随分散ってしまった。
日本の少子化問題などについて考えながら歩いていると、研究棟に辿り着いていた。慣れた足取りで水晶のある教室に向かう。
この感覚はどうも慣れないんだよな。
教室に辿り着き、俺は水晶に触れた。
瞬間、世界が暗転する。
◆
気が付くと俺は草原に立っていた。
辺りを照らすのは皓皓と輝く月明かり。爽やかな夜風が髪を攫っていく。
「当てがあるわけでもなし適当に探してみるか」
俺は適当に当たりをつけ歩き出した。
ブレヴィフォリアから聞いた主の情報を思い返してみる。
主はオーガ属オニ種。日本にのみ生息するオーガ属の希少種で危険度はA、希少度はB。
日本固有の種はそもそも希少度が高い傾向にあるがその中では比較的ポピュラーな部類と言っていい。九尾の妖狐や飯縄権現などは存在自体が幻と言われているレベルだからな。因みにこの前倒したグレートウォール・アンドロギュノス種は危険度、希少度共にCランクだ。
オーガ属最強と謳われるタイタンとは戦ったことがあるが、オニとは戦ったことがなかった。オニは単純な力こそタイタンに負けるが、その代わり特殊な妖術を用いて攻撃をしてくると聞いたことがある。骨のある相手だと嬉しいんだがな。
「ん……?」
それは着地地点から10分ほど歩いた時のことだ。
昼に生息するホワイトショルダー種と対を成す夜行性のブラックショルダー種をちらほら見かけるので、何度か魔獣の運動不足解消に一役買ったりしていた、そんな時。
目を凝らすと遠くに人影が見える。1つは地面にうずくまっていて、もう1つはその隣に立っていた。大きさからして立っているのはブラックショルダーだろう。
「あれは、まずいな……!」
俺は一瞬で事態を把握する。足に全力を込め人影に向かって駆ける。
「間に合うか……!?」
大きい人影は腕を振りかぶる。小さい人影は逃げようとしない。動けないのか。
俺はある程度まで近づくと足裏に力を込め跳躍し、人影の前に滑り込む。
その刹那オーガは拳を振り下ろした。人を絶命しうる一撃。
俺は何とか拳を掴むとそのまま握りつぶす。悪いが全力だ。
オーガは悲鳴をあげその場にうずくまる。
小さな人影に目を向ける。学園の生徒だ。その長い黒髪は何だか見覚えがある気もするが思い出せない。
俺は目を閉じて震えているそいつに声をかけた。
「1人で何やってんだ、お前」
女は瞼を開く。俺と目が合うと、何かハッとした表情を浮かべた。
「あなたは……?」
女は惚けた顔でそんなことを言ってきた。声を聴いて、やはり見覚えがある気がするがどうにも脳内センサーにヒットはしなかった。まあ俺のデータベースには数人しか登録されてないんだが。
「俺か? 俺は王様ペンギンの様に宵い口の宵、単純明快の明で様宵明だ」
久しぶりに言った。自己紹介では暇里に取られてしまったからな。
読んで頂きありがとうございます。
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見てくれてるんだ…というのが感じられてとても嬉しくなります。




