15.プロローグ ~影御名方鈴々~
私、影御名方鈴々は近畿地方に根を張る影御名方一族の末裔です。
影御名方一族は室町から戦国時代まで時代の陰で暗躍した忍者の一族を祖に持ち、代々その子供は特異な能力を持って生まれてきます。
それはいつしか異能と呼ばれ、広く世間に認知されるようになるものでした。
私も例外ではなく、お母様と同じ能力をもって生を受けました。
それは『闇を支配する能力』です。
この能力は色々なことが可能です。私はまだ未熟者ですから大したことは出来ませんが、お母様や大おば様はこの能力を使って里全体を見張ることが出来るそうです。私も早く一人前になって里の皆の力になりたいな。
ある日、里に1通の書状が届きました。『箒鷲宮魔法学園入学案内』と書かれたそれはどうやら私に宛てたもののようでした。
中を確認するとどうやら高校の推薦のお話のようでした。
しかし箒鷲宮魔法学園という学校は聞いたことがありません。私はお母様に相談しました。
「お母様、私はどうすべきでしょうか」
お母様は私の話にあまり興味がないようでした。こちらに目を向けず身支度をしながら、けれど一応話は聞いてくれているようでした。
「好きになさい」
私の話を最後まで聞いて、お母様は言いました。
結局一度もこちらを向いてはくれませんでした。
けれど、それでもいいのです。
お母様から何か言葉を頂けるだけで私の心は温かくなっていくのです。
しかし、困ってしまいました。
私はあまり自分で物事を決めたことがありません。ずっとお母様の言うとおりに生きてきました。
容姿も。
性格も。
口調も。
物の好き嫌いも。
今の私は、お母様のために存在しているといっても過言ではありません。
お母様のために生きてきました。
理由はありません。生まれてからずっと、それが普通だと思っています。
そんなお母様が『好きになさい』と言いました。
私は途方に暮れてしまいます。
しかし、悩んだ末お話をお受けすることに致しました。
私を必要としてくれる人がいるのなら、その想いに答えたいと思ったからです。
そうしたほうがいいと、思ったからです。
◆
学園に案内され、私は驚きました。
見たことがないような背の高い建物がたくさんあります。
いかような理由で山の中にこんな大きな街があるのでしょうか?
なんだか少し、怖いです。
街を抜けて寮に辿り着きました。
とても綺麗なお姉様から説明を受け、私は自分の部屋に入ります。
和室でないのは少し残念でしたが、それでも個室を頂けるというのは有難いことでした。
「ふう」
私はベッドに座って一息つきました。
このベッドという西洋の寝具は、お布団と違ってとてもふかふかです。
お母様と、そして里の皆と離れ離れになってしまったのは寂しいですが、なんだかこの学園でやっていけそうな気がしました。
少し休憩すると、眠気が私を襲います。
初めて里から出たものですから疲れてしまったのかもしれません。
私はこのまま眠ってしまいたいという衝動を抑え、お風呂の準備をしました。
私は髪を腰ほどまで伸ばしています。
お母様から譲り受けた黒い髪を切ってしまうのは勿体なくて、気が付いたらこの長さで過ごすようになっていました。
長い髪を綺麗に保つのはとても大変で、私はお風呂の時間を大切にしています。
お父様はシャワーで済ませてしまうことも多いようですが、私は毎日湯船に浸かりたいと思っています。
お風呂からあがり髪の手入れを終えると、今度こそ抗いがたい眠気がやってきました。
私はベッドに倒れこみます。ベッドは優しく私の身体を包み込みました。天にも昇る気持ちというのはこういうことでしょうか。
ほどなくして、私の意識は宵闇に吸い込まれていきました。
◆
「影御名方鈴々と申します。異能力者ですわ。能力は闇を支配すること。皆様、よろしくお願い致しますわ」
自己紹介を終えると、私は他の方に見咎められないように注意しながらそっと胸を撫でおろしました。
人前に出るのはあまり得意ではありません。そういう機会は今まであまり無かったのですが、これからはそうもいかないのかもしれません。
皆様の自己紹介を聞いていると、色々な経歴の方がいらっしゃるようでした。
私と同じような異能を持った方から魔法遣いの方。能力を持たない一般人の方まで。
皆様仲良くして頂けるでしょうか。
私は自分から元気に話しかけられるような性格ではありませんから、少し不安になりました。
「どうしたの?」
顔に出ていたのか、不意に声がかけられます。声の主は隣の席の女の子でした。薄茶色の綺麗な髪が目を惹きます。
名前は確か、老樹谷暇里さんと言っていましたか。
「仲良くやっていけるかなと、少し不安を感じていたんです」
私は正直に気持ちを打ち明けました。
笑顔が素敵だったからでしょうか。何だか話しやすい方でした。
「わかるわかる。新生活って不安が多いわよね」
暇里さんは元気な方でした。まだ2日しか共に生活していませんが、彼女の周りには自然と人が集まっています。そういう光景を何度か目にしていました。
しかし、暇里さんのような明るい方でも不安を感じていたのは驚きでした。
「影御名方さん、良かったらなんだけど、私と友達になってくれないかしら?」
「友達……ですか」
突然の提案に私は暇里さんの言葉を反芻してしまいます。
「ええ。折角こうして席も隣だしさ。仲良くなれたらいいなって思うのよ」
とても有難い提案でした。私は藁にも縋る思いで返答します。
「是非よろしくお願いします。とても嬉しく思います」
こうして私の初めてのお友達が出来ました。
◆
中間テストを明日に控えた日曜日、私は暇里さんと街に遊びに来ていました。
私が一人で街に行くことに少し気後れしているのを見ると、なら一緒に遊びに行こうと提案してくれたのです。暇里さんの優しさに私はいつも助けられています。
「鈴々さんは何か見たいものとかないの?」
「えっと……では寝具を見に行きたいです。暇里さんは何か用事がありますか?」
この1週間で私と暇里さんは名前で呼び合うようになっていました。
それは彼女からの提案でしたが、私もそうお呼びしたいと思っていました。
「私はこの前行ったから大丈夫よ。それにしても寝具? 枕とかかしら」
「いえ……ベッドを少々」
「ベッド!? 鈴々さんベッド買うの?」
「そういうわけではありませんが、どういったものがあるのかと気になってしまいまして」
私はすっかりベッドの虜になっていました。
15年間薄いお布団で横になっていた私にとって、あの柔らかさはまさに革命といっていい衝撃でした。
「じゃあ家具店に行こっか」
「そうですね。よろしくお願いします」
私たちは連れ立って歩きだしました。
道中、暇里さんは私の服装を見てとても楽しそうにしていました。
着物を私服にしているのがとても珍しかったそうです。
私は着物しか私服を持っていなかったので、逆に暇里さんの現代風な出で立ちに興味がありました。
それを伝えると、今度私の私服を買いに行こうと言ってくれました。
暇里さんと過ごしていると、楽しい予定がどんどん増えていきます。
暇里さんと話していると、いつの間にか家具屋さんに到着していました。
私は逸る気持ちを抑えながらベッドコーナーに急ぎます。
かくして到着したそこは、まるで天国でした。
様々な形や色、柔らかさのベッドがずらりと並んでいます。
店員さんが許可を下さり、私はフロアの端からベッドを触ったり座ったりしました。
そのどれもが少しずつ違いがあり、私はベッド業界の奥深さを痛感するばかりでした。
そしてその途中で、私はあるベッドに目を奪われました。
それはまるで童話に出てくるお姫様のように豪華絢爛な見た目をしていました。
天蓋付きのそのベッドは私が両手を広げてもまだ余裕がありそうな大きなサイズで、あそこで寝ることが出来たら私もお姫様になれるのではないかと思ってしまうほど、なんだか現実離れしていました。
名をプリンセスベッドというそうです。
値札を見ると『50万円』と書かれていました。とても手が出ません。
その後も色々なベッドを見て回りましたが、私はずっと後ろ髪を引かれる思いでした。
◆
中間テストは暇里さんとペアでした。
途中他のチームに追い抜かれることもありましたが、2人で力を合わせ1位になることが出来ました。
私の能力が誰かの役に立つことが出来てとても嬉しく思いました。
中間テストで優秀な成績を納めた生徒は『ハント』というお仕事を請け負うことが出来るようになるらしく、私もその許可を頂けることになりました。
ハントというのは簡単に言えば魔獣を倒してお給金を頂ける仕組みのようで、中間テストのポイントがお給金になったようなものとのことです。
ブレヴィフォリア先生がハントの説明を続けるなか、私はあのベッドの事を思い出していました。
◆
ハントは2人1組で行うこと。
ブレヴィフォリア先生はそうおっしゃいました。
そのせいで、私はとても困ったことになってしまいました。
ハントが行えるようになった生徒は、同時に新たな並行世界への入場が許可されました。
並行世界B-2と呼ばれるその世界は、どうやら中間テストを行ったAー3と違い現実世界と時差がないようでした。
放課後に行けば夕方、休日の朝から行けば向こうも朝です。
私の能力は『闇を支配すること』です。
その本領が発揮されるのは夜更けです。日が昇っているうちは何の役にも立ちません。中間テストでもお昼は暇里さんに苦労を掛けてしまいました。
寮に門限はありませんから、夜に並行世界に行くことは出来ます。
しかし、そこで先のブレヴィフォリア先生の言葉が重くのしかかります。
ハントは2人1組で行うこと。
そう、ハントは私1人では行えないのです。誰かと一緒に行かなければなりません。
誘うとすれば暇里さんしかいませんが、それはためらわれました。
私の都合で夜更かしをさせてしまい暇里さんの健康を脅かすことは出来ないからです。
そしてそれは暇里さんに限らず、他の方でも同じだということが予想できました。人間というのは基本的に夜寝て朝起きる生き物だからです。
それから数日、私は悶々とした気持ちを抱えたまま生活していました。
頭の片隅にはいつもあのベッドがありました。
あんなにお気に入りだった私室のベッドが、今はあのお布団と同じように感じられます。
堪らなくなった私は、気付けば寮を抜け出していました。
向かう先は決まっています。
私は並行世界に降り立ちました。満天の星空が私を出迎えてくれます。
私は嬉しくなり、魔獣をたくさん狩りました。
ゴブリン。
スライム。
ワイバーン。
お金がどんどん貯まっていきます。
50万円は遠い数字ですが、それでも私は跳ねる気持ちを抑えられませんでした。
だからでしょうか。
私は背後に忍び寄る気配に気付くことが出来ませんでした。
私の能力の一つに『感知範囲の拡大』というものがあります。お母様はこの能力を里全体にまで広げることが出来ました。私はまだ100メートルほどですが、それでも範囲に入った存在は肌で感じることが出来ます。
闇夜において、私が背後を取られることなどありません。
ありえないはずでした。
「ぐっ……!!」
背中に奔る衝撃に私は倒れこみます。
振り返ると、人型の魔獣が立っていました。
大きな腕が振りかぶられます。
私は能力を使って逃げようとしました。
しかし身体が動きません。恐怖で竦んでしまっていました。
魔獣が拳を振り下ろします。
私は全てを諦め目を瞑りました。
……これは天罰なのでしょう。
先生の言いつけを守らなかった私への。
お母様。お父様。
里の皆さん。
――出来れば、もう一度会いたかったです。
そして暇里さん。
こんな私と友達になって下さりありがとうございました。
私は幸せでした。
さようなら。
◆
「…………」
しかし、いつまで立っても拳が振り下ろされることはありませんでした。
私は目を開きます。
「1人で何やってんだ、お前」
そんな声がかけられます。
見ると、誰かが魔獣の拳を手で受け止めていました。
私は声の主に視線を向けました。
「――――!」
運命、というものがあるのならそれはきっとこういうものをいうのかもしれません。
私は生まれて初めての、恋というものをしてしまいました。
見つけてしまいました――私の、ご主人様。
読んで頂きありがとうございます。
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見てくれてるんだ…というのが感じられてとても嬉しくなります。




