14.ラヴィニア・ファンレイン・メルティレージュ・ドラクロワ
何か大きな音が耳朶を打ち、目を覚ます。
視界いっぱいに広がるのは満天の星空。
『只今をもって中間テストを終了します。お疲れ様でした』
そんな放送が耳に入ってくる。どうやらモニターから発せられているようだった。
中間テスト。
ドラゴン。
そして。
──ラヴィニアは!?
ラヴィニアは無事なのか!?
頭が急速に回転し始める。
全身が粟立つ。
――そこで、頭が何か柔らかいものに乗っていることに気がついた。
「起きた?」
頭上から声がする。聞き慣れた声。
……頭上?
「ん……?」
どうやら俺はラヴィニアに膝枕されているらしかった。
よくみれば視界の半分が胸で埋まっている。
「無事なのか?」
暗くて視界が悪い。怪我などしていないだろうか。
「ええ。おかげさまでね」
「そうか、良かった……」
元気そうな声が返ってくる。
俺が咄嗟に発動した『絶命』はなんとかドラゴンに通っていたらしい。
ところでだ。
「で、どうしてこんな状況に?」
いくらラヴィニアが生粋のツンデレだとは言え、まだデレフラグを踏んだ記憶はない。
俺たちはまだ出会って1週間だ。
その質問にラヴィニアはもごもごと返答する。
大きな胸が邪魔をしているおかげで顔色は伺い知れないが、おそらくその頬は赤く染まっているんだろうことが容易に想像できた。
「…………友達を……地面に寝転がして置くわけにもいかないでしょうが」
「…………」
友達?
今、そう言ったのか?
「……何とか言いなさいよ」
「俺は友達じゃなかったんじゃないのか?」
「嫌なら、別にいいわよ」
「嫌じゃない。嬉しい。でも急にどうして?」
俺が寝ている間にラヴィニアの精神世界を揺るがすような何かがあったのだろうか。あるいは吊り橋効果的な何かか。
「――ドラゴンを倒し損ねて。正直……ダメだと思ったわ。私は何もできなかった」
ラヴィニアが膝に乗せた俺の頭を触る。
強く握ったらそれだけで壊れてしまいそうな、か細い感触。
「でもいきなりドラゴンが倒れて、後ろでアンタが気絶してるんだもの。私を護るために何か無理をしたんだってことくらい……すぐに分かった」
置かれた手が、優しく頭を撫でるような動きに変わる。
「ありがとう。アンタは約束通り、私を護ってくれた」
ラヴィニアの柔らかな声色に心が温かくなる。
俺は堪らなくなり遠くの星に目をやった。
「……そもそもドラゴンを倒そうと提案したのは俺だからな。それでお前に怪我をさせるわけにはいかないさ」
口から出た綺麗な言葉とは裏腹に、俺の心に一筋の罪悪感が募っていた。
俺はドラゴンを倒そうと思えばいくらでも倒せた。
ラヴィニアを危険に晒す必要はなかった。
それをしなかったのはただ『目立つと都合が悪いから』という自分勝手な理由だ。
俺の都合で、ラヴィニアを殺してしまうところだった。
その結果俺はラヴィニアに感謝され、友達だと言ってくれている。
これじゃただのマッチポンプだ。
全て打ち明けてしまいたい。
俺はお前に感謝されるような人間じゃないんだ!
そう叫んでしまいたかった。
だが、それこそ俺の勝手な都合だ。
『俺は自分の都合であなたを危険に晒してしまいました』
秘密を打ち明けて。
楽になってしまいたいだけ。
果たしてそれで本当にいいんだろうか。
「――顔を、見せてくれないか」
そんな言葉が勝手に口からこぼれる。
何故だか無性にラヴィニアの顔が見たかった。
ラヴィニアが俺の顔を覗き込んでくる。
普段は生意気そうに吊り上がっている大きな赤い瞳は、いつもより少しだけ柔らかな光を湛えているような気がした。
――本当のことを言おう。
俺はこの瞳に嘘をつくことは出来ない。
その結果もし嫌われてしまうことになっても、仕方ない。
それだけのことを俺はした。
「ラヴィ、聞いてくれ」
俺は返事を待たずに話し出す。待つのが怖かった。
「俺は、本当はお前を危険に晒す必要なんて、なかったんだ。あんなドラゴン、俺は簡単に倒せるんだ。実際に倒したこともある」
ラヴィニアの表情は変わらない。俺の言葉を待っている。
「だけど俺は、目立ちたくなかった。強いんだってバレたくなかった。だからお前に倒してもらうことにした。お前を……利用したんだ」
ラヴィニアの瞳から暖かい光が消えていく。
俺は続ける。
「俺はお前を助けたんじゃない。お前を殺しかけたのは……俺だ。本当にすまない」
俺はそう言うと上体を起こした。
そこにいる資格は俺にはないと思ったから。
「どうしてくれてもいい。話しかけるなというなら、その通りにする」
もういっそ嫌ってくれたほうが楽だった。
こんな気持ちは今までなかった。
俺はどうしてしまったのだろうか。
「…………」
隣を見ると、ラヴィニアは顔を上げて月を眺めていた。
釣られるように俺も夜空を見上げた。
月は俺の気持ちなんて知らず、ただ残酷に美しく光を反射するだけだった。
「――私、色々考えてたの。アンタが起きてくるまで暇だったから」
ラヴィニアが話し出す。
「思い返せば、変なところは沢山あったわ。能力もない一般人の癖に妙に落ち着いてるし。いきなり寝るぞーなんて言いだすし。実は能力があるって打ち明けられたけど、それだけじゃないって思った。皆初めての戦闘だっていうのに、アンタだけ浮足立ってないことに気付いた」
薄々勘づかれていたのか。完璧に隠せていると思っていた。
「挙句の果てにはなんか凄いスピードで走ってくるんだもの。あの時は焦って分からなかったけど、あれはどう考えても普通じゃないわよね」
ドラゴンに追いかけられていた時のことだ。
確かにあの速度はそういう異能でもないと普通は不可能だろう。
「だから、私思ったの。明は何か隠してるんだなって。でもそれでもいいって思った。私を1位にしようって気持ちは本当だったから」
「それは……そうだな」
そういえば結果はどうなったのだろうか。
ドラゴンを倒したポイントはちゃんと入っているのか。
せめてラヴィニアを1位にすることくらいはしてやらねばならなかった。それで何かが許されるわけではないことは分かっているが、それでも。
俺はモニターに目をやった。
1位: 影御名方鈴々&老樹谷暇里 6799ポイント
2位: 様宵晶&ラヴィニア・ドラクロワ 6650ポイント
3位: スイート・マジョラム&鳳堂鏡花 4523ポイント
「え……?」
俺は言葉を失った。
どうしてだ。何が起こった。
暇里と鈴々のチームはいいとこ6000ポイントくらいの計算だったはずだ。
「……ラヴィ」
言葉が出なかった。
俺の視線に気付いたラヴィニアはモニターに目を向ける。
「暇里のチーム、夜凄いスピードで伸びていってね。……いけるかなーって思ったけど、ギリギリダメだった」
「……本当にすまない」
「何で謝るのよ。元はと言えば私がドラゴンを倒せなかったのがいけないんじゃない」
「そんなことは……」
「いや、そういうことなのよ」
ラヴィニアは妙にすっきりとした顔でそう言った。
ラヴィニアは1位に拘っていた。どうしてそんなすがすがしい顔をしているのか俺には分からなかった。
「…………」
「…………」
この場で言うべき言葉の持ち合わせがなく、俺は黙ってモニターを眺めるしか出来なかった。
なんとなく気まずい沈黙が降りてくる。ラヴィニアは耐えられなくなったのか草原に寝転がった。
そして大きく息を吸うとよし、と小さく呟いた。
「……私さ、妹がいるのよ。2人姉妹なの」
ラヴィニアは滔々と言葉を紡ぎだす。
「何の話だ?」
「私がこの学園に来た理由よ。この前聞いてきたじゃない」
ルナのスマホを買いにショップに行った時のことだ。
あの時は結局詳しい理由を教えてはくれなかった。
「確か家族と離れたかったと言っていたな」
「ええ。それが妹のこと」
「仲が悪いのか?」
俺は家族というものをよく知らないが、兄弟姉妹仲が悪いというのは別に珍しいものではない印象だ。
「その逆よ。お姉ちゃんお姉ちゃんって、すぐ後ろをついてくるわ。年が離れているせいもあるけど、可愛くて仕方ないの」
「微笑ましいことじゃないか」
ラヴィニアは何となくいいお姉ちゃんな気がする。面倒見が良さそうというか。
「じゃあ何がダメだったんだ」
わざわざ仲のいい妹と離れて、遠く離れた日本の学園に来る必要はないだろう。寧ろ離れたくないと思うのが普通ではないか。
「私がね、私がダメだったのよ」
トーンダウンした悲しい声色。
「ドラクロワ家の大魔法は一子相伝なの。私は生まれた時から後継者として育てられた。私の魔力量は歴代でも優秀だったみたいでね。お父様は褒めてくれたし、私はそれが誇らしかった」
大魔法というのはその家系が代々研鑽し継承してきた特異な魔法の総称だ。大魔法の有無が、名家かそれ以外かを分かつ一番大きな違いと言ってもいい。
ラヴィニアは続ける。
「もう知ってると思うけど、私は魔力の扱いが下手なのよ。魔力量に技術が全然追いついてないの」
「まあ……そうかもな」
今日……もう昨日か。昨日1日だけでもそれは明らかだった。
「大魔法は継承しなくても、優秀な魔法遣いになることは家にとって大切なことだから。妹も去年から魔法を練習し始めてね。まだ簡単な魔法ばかりだけど、すぐ吸収していった」
ラヴィニアは少し間を置いた。言葉にするのに勇気か、その他の何かが必要だったのかもしれない。
「……言ってしまえば、妹は天才だった。それも1年ではっきりと分かるくらい」
俺はただ黙ってラヴィニアの言葉を聞いている。相槌すら打つべきではないと思った。
「魔力の扱いなんかもう遥かに私より上手でね。……その頃から、私は妹に上手く笑い返せないようになってた。嫉妬していたの。私はお姉ちゃん、お姉ちゃんって慕ってくる妹に内心嫉妬してしまう醜い人間だった」
声が少し震えていた。
「私はそんな自分が大嫌いになった。そして何より、またあの可愛い妹と笑いあえるようになりたいと思った。そのためには私は優秀な魔法遣いにならなければいけなかったの」
そう言うとラヴィニアは立ち上がった。パンパン、と制服についた草葉を払う。
「それが私がこの学園に来た理由。そして、1位に拘っていた理由。私の方こそ勝手な理由でアンタを振り回した。だから……おあいこよ」
俺が秘密を隠してラヴィニアを危険に晒してしまったことと、それでおあいこだと言う。
ラヴィニアの優しさが、酷く身に染みた。
「何だか負けてすっきりした自分がいたの。結果だけに拘って視野が狭くなってたみたい。それに気付けたのは明、アンタのおかげよ」
座っている俺に手を差し伸べてくる。
「ほら、行きましょ」
そう言ってラヴィニアは笑った。俺は色恋沙汰に興味はないが、もしあったら確実に惚れていただろう。とても魅力的な笑顔だった。
「……ああ」
俺はラヴィニアの手を掴むと、ゆっくりと立ち上がった。
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