12.グレートウォール・アンドロギュノス
この並行世界に生息するドラゴンの正式な種類はドラゴン属グレートウォール・アンドロギュノス種という。
イギリスのグレートウォールという大規模な峡谷地帯にのみ生息しているため、その名がつけられている。
グレートウォールは国立公園に指定されていて、環境保全のため人類の入植が禁止されていることからこの種は比較的争いの少ない歴史を辿ってきており、ドラゴン属の中でも一二を争うくらいの温厚な性格をしている。自分から人を襲うことはまずない。
ドラゴン属という圧倒的強者がこの危険度の低い世界にいるのはそういう理由からだろう。
この世界にはパッと見渡す限りグレートウォールのような峡谷地帯はないようだが、その代わり山岳地帯を住処にしているらしい。谷にも山にも生息できるというのは興味深い発見だが、よくよく考えてみれば谷から見れば周りは山だし、山から見れば周りは谷だと言うこともできる。比較的環境が似ているのかもしれない。……専門家に聞かれたら烈火のごとく怒られそうな言い分だろうが。
そういうわけで俺たちは山岳地帯の手前まで移動していた。草原地帯と山岳地帯の丁度境目の場所だ。
基本的には樹木が生い茂る緑色の山が多いが、ドラゴンが生息しているここら一帯は岩肌が剝き出しになっていて、茶色と灰色を混ぜ合わせたような色合いをしている。
実際にドラゴンが生息している付近まで行くためにはここからさらに移動しなければいけないが、ラヴィニアを連れてあの山々を頂上付近まで登るのは現実的ではない。舗装された山道などがあるとも思えないし、険しい崖を道具も無しに数百メートル登るのは普通の人間には不可能だ。十中八九命はない。
「ラヴィ、作戦通りお前はここで待機だ」
俺は足を止めるとラヴィニアに指示をする。
「……そのラヴィって呼ぶの辞めてくれないかしら。私にはラヴィニアって立派な名前があるのだけど」
時刻を確認すると15時だった。3時間近く歩いてきたことになる。そして実際に山にたどり着くためにはあと数キロは歩かなければならないだろう。
「前向きに検討しよう。遅くとも17時までにはドラゴンをおびき寄せて戻ってくる。それまでに体力を整えていてくれ」
朝から動きっぱなしでラヴィニアもかなり疲労が溜まってきているはずだ。ここは休んでいて貰った方が都合がいい。
「わかったわ。……アンタ気を付けなさいよ」
「心配してくれるのか?」
「かっ、勘違いしないでよね! ドラゴンを倒せるかはアンタにかかってるってだけなんだから!」
顔を赤くしながらそっぽを向いてしまう。
「任せとけ。俺は女を悲しませるようには出来てないからな」
俺は走り出した。
◆
突然だが俺は身体能力が高い。
それも人より少し速く走れるとか、遠くまでボールを投げられるとかそういうレベルじゃない。
身体能力強化系の異能力者と比べるとどうかは分からないが、一般人の陸上世界記録は全て今すぐ塗り替えられる自信がある。
別に生まれた時からそうだったわけじゃない。
それくらい身に付けていないと生きていられない環境だったというだけの話。
詳しい話は……知りたかったらまた今度聞いてくれ。
◆
俺は岩壁に手をかけると腕の力で無理やり体を持ち上げる。僅かな取っ掛かりさえあれば俺は指先の力だけで体を支えることが可能だ。
それを繰り返し、登る。
ひたすら登る。
普通であれば専用の装備と熟練の技術が必要な断崖絶壁を俺は容易く登っていく。下から見ればヤモリみたいに壁に張り付いているように見えるかもしれない。
ヤモリはファンデルワールス力で、俺は握力でそれを実現しているという違いはあるが。
30分ほどそれを続けていると、大きな岩棚にたどり着いた。余裕でテントが張れる広さだ。俺は座り込み一息つく。
景色から計算するにおよそ200メートルほど崖を登ったはずだ。雲が近く、下を見ればかなり遠くまで見渡せる。
ラヴィニアを探してみるが、流石に遠すぎて豆粒ほどにも見えない。
真上に目をやると、白銀のドラゴンたちがかなり近くを飛んでいるのが見えた。俺との距離は100メートルほどだ。
この辺からちょっかいをかけてみるか。
俺は立ち上がると手頃なサイズの石を探した。岩壁だけあっていい感じの石がゴロゴロ落ちている。
出来るだけ丸くて握りやすい石を選定し、握りこむ。なかなかのフィット感に口元がにやりとする。下校中にいい感じの木の棒を見つけた時のあの感覚だ。
もう一度ドラゴンの方を見上げ、標的を決定する。飛んでいる所を下から覗いている関係で弱点の首元が狙い放題だ。
俺は思い切り振りかぶると、渾身の力で握りこんだ石礫を投擲した。
◆
「ギャオオオオオオオアアア!!!!」
ドラゴンの鳴き声が辺りに轟く。
俺が放った石礫は、的確にドラゴンの首元に命中していた。
100メートルほど重力に逆らったとてこの距離ならライフル並みの貫通力はあるはずだ。勿論ライフル如きでドラゴンの皮膚を貫通出来はしないが、モロに弱点に食らったんだ、かなり痛いに違いない。
ドラゴンは空中で体勢を崩しかけるが、すぐに持ち直し俺の方を睨んでくる。
どうやら狙い通り俺のことを敵だと認識したようだ。
「ギャアアアアアアアアアア!!!!!!!」
咆哮をあげながらドラゴンが突っ込んでくる。
よし、いいぞ。このままおびき出して――――。
「……あれ?」
おびき出して……どうするんだ?
俺は今断崖絶壁の中腹にいる。逃げる場所などどこにもない。
そして前方には物凄いスピードで突っ込んでくるドラゴン。100メートルなど一瞬で詰めてくる。
――後のことを完全に考えていなかった。
すまんラヴィニア……俺、死んだ。
◆
というわけにもいかないので一瞬下を確認する。そして直ぐに思い直す。流石にこの高さから飛んだら俺といえども命はない。50メートルくらいならなんとかなるかもしれないが……。
――ほかに方法はないか。
このあと『静止』を使うことを考えて体力が保つかは分からないが、ここで死んでは元も子もない。
俺は手を前方に差し出すと『隷属』を眼前のドラゴンに使用した。
『止まれ』
ドラゴンの突進が停止する。本当に目と鼻の先。あと一瞬遅ければ死んでいた。
俺はドラゴンに飛び移ると、うっかり振り落とされないように両手でその太い首をがっちりホールドする。現在進行形で意識が遠のきかけているからだ。
『地面に降りろ』
そう命令すると、ドラゴンは翼をはためかせ滑空する。
すぐに地面に到着し、俺はたまらず『隷属』を解除した。
「ギュオアアアアアア!!!!!!」
至近距離での咆哮に三半規管が悲鳴を上げる。
視界が歪む。
ぶっ倒れそうだ。
ラヴィニアが待つ草原まで数キロ。
俺は最後の力を振り絞り全力で駆け出した。
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