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10.魔眼

 ジリリリリリリ。


「ふわぁ……よく寝た」


 念のためかけておいたアラームが鳴り俺は目を覚ました。

 時刻を合わせておいたスマホは6時を表示している。テストの4分の1、25%が終了したわけだ。勿論我がチームは0ポイントである。


 周りに視線を滑らせると、近くでラヴィニアが寝ていた。あれだけ文句を言っていたのにもかかわらず、よだれを垂らしてとても気持ちよさそうにしている。


「むにゃむにゃ……もう食べられないわよ……」


 なんというステレオタイプな寝言か。今時ギャグ漫画でもそんな寝言は言わないぞ。


「おいラヴィ、起きろ」


 俺は寝ているラヴィニアに近付くと、その綺麗なおでこ目掛けて渾身のデコピンを発射した。


「いっっった!? なに!? 空襲!?」


「おはよう。様宵明が朝6時をお伝えするぜ。ピッ、ピッ、ピッ、ピー」


 ラヴィニアは鳩が豆鉄砲を食ったようにあたふたしていたが、やがて状況を理解したのか眉間に皺がよっていく。


「アンタデコピンしたわよね?」


「ああ。あんまり気持ちよさそうに寝てるからムカついてな」


「普通に起こしなさいよ!」


「善処する。それで調子はどうだ?」


 大切なのはそこだ。これで寝違えただの固い地面で寝たから体がバキバキだの言おうものなら計画が全てパーだ。


「調子? そりゃすこぶる良いわよ、朝起きたばかりなのにまた寝たんだから」


「それは良かった」


 どうやらラヴィニアは案外したたかなお嬢様らしい。ベッドでしか寝ていないような一般人には、いくら下が柔らかい草原とはいえ結構キツいかもとは思っていたが。


「アンタの言う通り寝てあげたんだから、ここからは私の指示に従って貰うわよ」


「それは勿論」


 俺はモニターを見上げた。


1位: 影御名方鈴々(かげみなかたりり)老樹谷暇里(ろうぎだにひまり) 2403pt

2位: ヴァング・フライハート&ミミ・ララ 1265pt

3位: スイート・マジョラム&鳳堂鏡花(ほうどうきょうか) 1023pt


 おいおい、暇里が1位か。どうやら3位までが常に表示されるシステムらしい。

 ペアの影御名方鈴々というのは名前と顔は一致するが話したことはない生徒だ。


「……スコアを見てもいまいちピンとこないな」


 まだ1匹も倒していないのだから当然か。

 隣で同じようにモニターを見上げているラヴィニアも難しい顔をしている。


「これ何とかなるわけ? 寝ちゃったことはもう今更うるさく言わないけど」


「勿論何とでもなるさ。貴重な時間を費やしてスタートを遅らせたのにはちゃんとワケがある」


「言いたいなら聞いてあげるけど?」


 口ではそう言うが、その実気になって仕方がない様子だ。相変わらず素直じゃないやつ。


「では僭越ながらこの私めがラヴィニアお嬢様にご説明いたそう」


「普通に話しなさいよ」


「……わかった。まず一番の理由は、いくらテスト時間が24時間とはいえその全てを稼働時間にすることは不可能だからだ。各チームは必ずどこかで休息をとることになる」


「うーん……それはそうかもしれないけど……でも1日くらいなら別に夜更かし出来るわよ? 他の人もそうじゃないかしら」


「通常ならな。だが今回はそうじゃない」


 ラヴィニアが言うことは正しい。高校生なら1日くらい夜更かしすることは出来る。だがそれは普通の生活に限った話だ。特異な状況というのは自分でも気づかないうちに体力、精神力を奪っていく。


「大半の生徒は今日が戦闘初経験だろう。テストが始まる前の皆の顔つきからも明らかだが、皆一様に緊張していた。緊張というのは交感神経が活発になることで起こる。ゲームで例えたらパワポロで普通のストレートではなく全力ストレートを投げている状態だ……当然体力を消耗する」


「その例えはよく分からないけれども。まあ緊張すると疲れるっていうのは分かるわ」


「おまけに夜中0時スタート。まともな光源は月明りだけ。緊張して、初体験の戦闘で、おまけに視界も悪い。これは最悪だ。疲れてくれと言っているようなもの。この状態で動くのは初心者に取っては得策ではない」


「何よ初心者って」


 戦闘の初心者だ。無視して続ける。


「俺の予想では、開始から今までずっと活動していたペアはもう相当疲れているはずだ。それに比べて俺たちはどうだ? ポイントは稼いでいないが体力に不安はない。おまけに視界が確保された状態からスタート出来る。ここからノンストップで活動することも十分可能だろう」


「……なんだか相当賢い選択のように思えてきたわね」


 実際賢い選択だからな。俺だけであれば数日飲まず食わずでも活動出来るが、ラヴィニアは保って半日だっただろう。


「……一応理由に納得はしたんだけど、引っかかることがあるのよね」


「なんだ? どんな疑問にも答えてみせるぞ」


「そんなちゃんとした理由があるんだったら、言ってくれれば私は怒らずに済んだんじゃないかしら?」


「…………」


「…………」


「……行くぞ。いくら俺たちの体力に不安がないとはいえ、ポイントが離されていることは事実だ。無駄話をしている余裕はない」


「ごまかされないわよ」


「特に理由はない。お前の怒った顔が見たかっただけだ」


「アンタやっぱサイテーよ!!!」





 草原に繰り出して3時間ほど経った。

 ラヴィニアが魔法で低級のゴブリンやスライムを倒していくが、貰えるポイントは微々たるもの。

 俺たちのポイントの進みは県内最低時給を大幅に下回るペースだ。

 

 はっきり言って俺の想定を遥かに下回るペースといっていい。

 理由は単純。


 ラヴィニアがノーコンすぎる。


 これに尽きる。

 授業でも若干察していたが、どうやらラヴィニアは魔法の扱いがあまり得意ではないらしい。

 大きな力を制御出来ていないというか。

 当たれば上級のワイバーンでも倒せる火力の魔法を、低級のスライムに何発も撃ち込んでいくのだ。

 当たらないから。

 その度休憩を挟むため、ビビるくらいに効率が悪い。

 見かねてちょくちょく魔眼でサポートしているため、俺の体力もじりじりと削られていく。


 ……魔眼の説明がまだだったか。少し説明フェイズに入らせてもらう。

 俺の右目の呪いは、実は呪いではなく悪魔の魔眼が埋め込まれているらしい。

 物理的には俺の目のままなんだが、その上から魔眼が概念的に上書きされていることが分かった。これが分かるのに3年ほど棒に振ったが。

 どうやら母親がどこかの悪魔から簒奪した魔眼を、自分で持っているのも面倒くさいから俺の右目に移植した、というのが事の真相のようだが、それは今はどうでもいいか。

 ともあれ俺の魔力を半永久的にそして無尽蔵に吸い取る魔眼だが、俺はその扱い方を多少掴んでいた。

 今判明しているのは『静止』『隷属』『絶命』の3つの能力だ。

 直截的なネーミングをしたから、能力は読んで字のごとくそのままだ。

 

 睨んだ相手の動きを止める。

 睨んだ相手を自分の支配下に置く。

 睨んだ相手の生命活動を停止させる。


 この3つだ。

 これだけ聞くととてつもなく最強なようだが、そんな便利なものではない。

 まず誰にでも効くというわけではない。どうやら対象の魔力に作用しているらしく、魔力の薄い相手には効果がない。魔獣などには効くが、魔法遣い以外の人間には基本効果がないと今のところ考えている。


 次に、相手の抵抗力が高いと効かなかったり効果が薄い。対象の魔力の質や量が高いと静止の時間が限られたり、隷属が簡単な命令しか出来なかったりする。絶命に関しては俺とかなり差がないと成功しない。この仮想空間で言うと、ドラゴンに絶命が通るかは断言出来ない、といった感じだ。


 最後に、とてつもなく魔力を消費するということだ。魔眼が常日頃から吸収している魔力を消費してこれらを行使するが、行使した後消費した分を無理やり補填しようとする。だが俺の魔力はもうからからだ。そうするとどうなるか。魔力の代わりに生命力が吸われていく。簡単に言えば魔眼を使うと疲れるということだ。


 そんなこんなで、俺は極力魔眼を使わない様に生きている。今日も出来れば使いたくないと思っていたが、ラヴィニアの予想をはるかに超えるコントロールの悪さにちょくちょく静止や隷属を使わされている。


「ふふん、なんだか今日は調子がいいわね」


 俺の献身的なサポートに気が付いていないラヴィニアは上機嫌だ。打率でいえば3割をはるかに下回っているはずだが本人的には好調らしい。プロ野球選手的な価値観なんだろう。


「ちょっと明! アンタも働きなさいよ! まだ全然追いついてないんだから!」


「はいはい。分かりましたよお嬢様」


 とりあえず正午あたりまではこのまま様子を見るつもりだが、上との差が詰まらないようではまた別の作戦を考える必要があるだろう。

 俺は重い足取りでずんずんと進んでいくラヴィニアの後を追った。

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