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PUZZLE  作者: やくも
6/11

piece2:いい日旅立ち宝探し(1)

「何で、かなぁ……」

 少女は考えていた。

 わずかに夕日の差し込む部屋の中、膝を抱えて座っている。

「何で、こんな気持ちになるんだろ……」

 もう何度目か分からなくなる自問自答。

 自分なりに結構がんばって考えたり悩んだりしてはいるのだが、答えはさっぱり浮かんでこない。

 ぼんやりと視線を上げると、伸びてきた前髪が左目の視界を遮った。

 残った右目の中に映るのは、あの人の写真。

 それは昨日のようにも、十年以上も昔にも思える。

 写真の中のあの人は、ずいぶんと若く見える。

 その笑顔を眺めているだけで、少女はどういうわけか不思議な気持ちになってしまう。

「やっぱ、探さないと見つからないよね」

 自分を納得させるように呟いて、少女はゆっくりと立ち上がる。

 探しに行こうと思う。

 どこかで落っことした、あの日の宝物を。




 カインとアリスは日が暮れた通りの上を歩いていた。

 二人の手には大小いくつもの買い物袋がぶら下がっており、その中は食料やら生活雑貨やら仕事の上で使う備品など、その他諸々のものが詰め込まれている。

「よかったですね。ちょうど特売のタイムセールに間に合って」

 上手に買い物を済ませたこともあり、アリスはどこか嬉しそうに言う。

 一方、数歩遅れてその後ろを歩くカインは

「……いや、それはいいんだがな」

 両手に溢れんばかりの買い物袋をぶら下げてカインは言う。

「なんで主婦ってのは、タイムセールの合図を聞くとあんな肉食恐竜の大群みたいに押し寄せてくるんだ? あのまま肉売り場に置き去りにされたら、今頃俺がミンチになっていた気がする」

「そこはほら、家計を支える女性の節約パワーってやつですよ。主婦の人たちにとっては、毎日の買い物が戦争ですからね」

「……今に死人が出るぞ」

 ぐったりとした口調でカインは言う。


 そんなこんなでのんびり歩いて事務所へと戻ってきた二人だったが、ビルの階段を上って見れば、そこには一人の少女の姿があった。

 黒いショートヘアの少女で、体格はアリスより少し背丈が高いくらいで、どことなくボーイッシュなイメージを受ける。

 身に着けているのは学校指定の制服のようで、見た目からするにどうやら今時の女子高生のようだ。

 と、何やらその少女はやたら真剣な眼差しで事務所の扉を睨みつけている。

 ほんの少し離れた場所でカインとアリスはその少女を見上げているわけだが、どうやら少女はそのことには全く気付いてないらしい。

 こうして事務所を訪ねてきたのだから依頼人なのだとは思うが、よほど重大な悩みでも抱えているのだろうか。

 横顔から覗く視線だけでもどこか緊迫感が伺える。

「…………」

「…………」

 さっさと階段を上って声をかけてしまえばいいものの、そのやたらと張り詰めた謎の空気相手に、カインもアリスも声をかけることをすっかり忘れてしまっていた。

 そんな中、扉の前に立ちっぱなしだった少女は一度小さく深呼吸をした。

 別に理由はないのだが、その様子にカインもアリスも思わずつられて小さく息を呑んだ。

 少女は一度静かに目を閉じ、自分を奮い立たせるかのようにわずかに瞑想し、そしてカッとその両目を見開き、腹の底から声を絞り出して叫ぶ。


 「――たのもおおおおおおおおおおっ!」


 ドンガラガッシャーンと、階段の踊り場でその光景を眺めていたカインとアリスが盛大にこけた。

「え?」

 さすがにその大きな音に気付いたのか、扉の前で叫んだ道場破り風の少女が視線を移す。

 見ると、すぐ下の階段の踊り場で短い髪を赤に染めた上でツンツンに尖らせたチンピラみたいな青年と、肩まである金色の長い髪の人形みたいなかわいらしい女の子が、荷物の山に埋もれて色々と大変なことになっていた。

「おおっ!?」

 意味不明な後継を目の当たりにして少女は思わず一歩引いたが、すぐさま目の前の光景をもう一度覗き込み、荷物の山の中でもぞもぞと動く二人の姿を確認して率直に質問してみた。

「な、何してるんですか……?」

 少女が聞くと、荷物の山を掻き分けて出てきた二人の顔がそれぞれに言葉を返してきた。

「そ、それは……」

「こっちのセリフだ!」


「舘山イツキ、十六歳。女子高生やってます!」

「…………」

 イツキと名乗った少女の真向かいに座り、カインは無言のままずずずとコーヒーをすすっている。

 すでにその表情にはさっさと出て行けオーラが満ち溢れているのだが、このイツキという少女、天然なのかただのバカなのか、そういった雰囲気をまるで察知してくれない。

 いや、もしかしたら理解した上でなおこういう態度を取っているのかもしれない。

 どちらにしてもはた迷惑な話この上ないわけなのだが、そこはそれ。

 一応は依頼人としてやってきたということなので、話も聞かずに門前払いするわけにもいかず、こうして事務所の中に招いてとりあえず話だけは聞いてやろうかという展開になったわけだ。

 だが、早くもその大人の対応が間違いだったとカインは後悔し始めていた。

「いやー、私ってば方向音痴で。午後の授業サボってまであちこち歩き回ったのに、なかなか目的の場所を見つけられなくて」

「……そうか。それで、依頼の内容なんだが」

「地図見て歩いてたんですけどね、全然見当違いのところに出ちゃったりして。そんでもって、二時間くらいあちこち歩き回ったあとで、ようやく気付いたんですよ。私、世界地図持って探してたんですよ。そりゃ見つかるわけないですよねー」

「…………そうか。それで、依頼」

「それにしても、すごいですよね。私、探偵事務所っていうんですか? こういうところ来るのって生まれて初めてで、てっきりスーツとかの堅苦しい衣装に身をまとった黒ぶちメガネの、いかにも学歴のある大学卒業してキャリアと経験詰んできましたみたいなインテリな人が出てくると思ってたんですけど、イメージと全然違うんでびっくりしました」

「……………………。おい」

「はい?」

「……お前、何しにきた?」

「そりゃもちろん、お仕事の依頼です」

「……じゃあ、どうしてうちの事務所を選んだ? 探偵事務所だけなら、そんなに珍しいもんでもないろう。それにうちは、その辺の電話帳には住所や電話番号を載せていないんだがな」

「いえ、特に理由は」

「…………は?」

「だから、特に理由なんてないですよ。さっきも言いましたけど、私ってばすっごい方向音痴なんですね。で、適当に歩いてたらこの辺に出てて、ふらふらしてるところでこの事務所を見つけたんです」

「……つまり、全くの偶然だと。そう言いたいのか?」

「まぁ、そういうことになっちゃいますよね」

 あははと笑いながらイツキは紅茶を飲み干していく。

 その正面で今にも殴りかかろうとしているカインを、アリスが背中から羽交い絞めにして食い止めていることなど知りもせず。

「離せアリス!」

「だ、ダメですカインさん! 暴力はいけません! 大人気ないですし、何よりも相手は女の子なんですよ!?」

「止めるな。そういえばさっき道場破りみたいな訪問されてたし、だったらなおのこと正面から撃退してやればいい!」

「い、いけません! そんなことしたらダメですってば!」

「あのー、ところで」

 ぎゃーぎゃーと騒ぎ立てる二人を眺めながら、イツキはまたしても空気を読まない発言をする。

「そろそろ依頼の話に移ってもいいですか? 私、別に遊びにきたわけではないので」

「お前が言うなっ!」

 珍しくカインが怒鳴り、イツキは相変わらず何も分かっていない顔をしていた。


「……で。その依頼ってのは?」

 もう半分以上諦めた感じではあるが、とりあえずカインは話くらいは聞いてみることにした。

 念のためその隣では、再度の暴走を抑えるためにアリスが鎮座している。

「あ、はい。実はですね、ちょっと探してるものがありまして。それを見つけてもらうお手伝いをしてもらえないかなって思ってですね」

「探し物? 何だ、財布か携帯でも落としたのか? だったらさっさと交番にでも行けばいい話だろう」

「いえ、そういうのじゃないんですよ。お金とかものとかじゃないんです。私の探してるものは」

「ものじゃ、ない……ですか?」

 一緒に話を聞いていたアリスが不思議そうに聞き返す。

「はい」

「ちょっと待て。お前の探し物が何であるにしても、探してるって事はどこかでなくしたり落としたりしたってことじゃないのか?」

「はい。そうだと思います」

「思うって……だから、何をどこでなくしたんだ? それが分からないんじゃ探しようがないだろう」

「…………」

 カインの言葉にイツキは少しだけだ黙り込む。

 それほど強い口調で言ったつもりはないのだが、何だか妙な罪悪感が沸いてしまうのは気のせいだろうか。

 だが、カインの想像とは裏腹に、イツキはまったく別のことを考えていたようで

「……おお、確かに。言われてみればそうですよね。これじゃ探しようがないじゃん私!?」

 どうやら本当に言われるまで気が付かなかったようだ。

 先ほどカインはイツキに対して天然かバカかのどちらかだというイメージを受けたが、今ならはっきりと言える。

「……お前、バカか……」

「カインさん、そういう言い方はちょっと……」

 横から助け舟を出すアリスだが、その表情は苦笑いである。

「うーん、参ったなー。確かにこれじゃ、探し物が見つからない……」

 しかし、イツキはその場で腕を組んで何やら真剣に考え始める。

 どうにかしてこの状況を打破しようとするその心意気は立派だが、まずはその無計画さをどうにかしなくては何の意味もないことに早く気付いてほしい。

「……まぁ、それはひとまず置いておくとしてだ」

 カインは正面でうんうん唸っているイツキに言う。

「結論から言って、お前は何を探してるんだ? いつどこで落としたりなくしたりしたかも重要だが、まずはこっちだろ」

「あ、はい。それはですね……」

 そこまで言って、一度イツキの言葉が止まる。

「…………」

「…………」

「…………」

 十秒ほどの時間が流れる。

 この時点でカインとアリスは嫌な予感がしていた。

 だが、まさかそうだとは思わないし思いたくもなかった。

 探しているものがあるのに、それが何であるかさえも分からないままだなんて、いくら何でもそんな突拍子のない話が


 「――あれ? 何だっけ?」


 ……ありました。

「アリス」

「は、はい……?」

「頭痛がする。俺はもう寝るぞ」

「ま、待ってくださいカインさん! ダメです、ここで諦めちゃゲームオーバーになっちゃいますよ!」

「ふざけんな! ゲームオーバーどころか始まってすらいねーよ! ソフトがあってもハードがないような状態で、どうやってゲーム開始しろっつーんだ!」

「せ、せめて冒険の書を作成するくらいは!」

「次の日にはセーブデータが消えてると俺は断言できる! こんなのに付き合ってられるか!」

 そんな具合でぎゃーぎゃーと騒ぐ二人をよそに、イツキはふと思い出したように呟く。

「あ。でも、何とかなるかも」

「は?」

「え?」

 またまた飛び出した楽観的な言葉に、とりあえず二人も耳だけは傾ける。

「ちょっと、心当たりがあるんです」

「……それはどっちのだ? 探しものか? それとも落とした場所か?」

「うーんと、どっちかって言えば……場所かな?」

「……どっちかって言えば、だと?」

「あ、でもやっぱり探してるもの……なのかな? うーん、どっちって言われると、どっちも正しいような、そうでないような……」

「あああああ! もう分かったから! で、どこに行けば手がかりが掴めそうなんだよ!?」

「え? あ、それじゃ依頼は受けてもらえるってことですか?」

「やるよ受けるよ手伝いますよ! だからさっさと心当たりを吐きやがれ!」

 もうほとんど脅迫じみた感じになってしまっているが、とにもかくにも話を進めないことにはどうしようもない。

 すっかり投げ槍になってしまったが、ひとまずこれで仕事は引き受けることになった。

「じゃあ、まず行ってみたい場所があるんですけど」

「ああもう、家でも学校でも駅前でもどこでも付き合ってやるよ! で、どこなんだ?」

「いえ、そういう場所ではなく」

「は?」

 この時点で嫌な予感が働かなかったのは、果たして運が良いのか悪いのか。

 どちらにしても、カインはイツキの依頼を受けてしまった。

 受けてしまったからには、その探しものとやらを探すのを手伝わなくてはならない。

 たとえそれが、翌日からの土日の連休を全部投げ捨ててしまうような、ちょっとした小旅行になったとしても、だ。



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