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PUZZLE  作者: やくも
1/11

piece1:孤独の国の子供達(1)

「もう、嫌だ……。こんな毎日を繰り返すなんて……」

 薄暗い部屋の中、その少年は今にも泣き出しそうな声で呟く。

 きれいに片付けられた部屋だった。

 壁や戸棚のあちこちには、今までにもらった表彰状やコンクールで優秀な成績を収めた証であるトロフィーが飾ってある。

 本棚にはぎっしりと参考書や問題集が敷き詰められ、漫画雑誌などは影も形も見えない。

 年頃の少年の部屋にしてはやけに生活感がなく感じるのは、おそらくそのせいだろう。

 部屋の真ん中にある大きなベッド。

 少年はそのベッドの上で、膝を抱えるようにして横になっていた。

 これといってどこか具合が悪いわけではない。

 健康状態は何の問題もなかった。

 ただ、それはあくまでも外側から見た場合の話。

「何で……何で、僕だけがこんな……」

 少年は苦痛の声を上げる。

 その痛々しい叫びは誰にも届かない。

 家の中は少年以外の人間がいなかった。

 父親も母親も朝早くから夜遅くまで仕事なので、夕方である今の時間帯では帰ってくることはまずありえない。

 それどころか、一日を通して同じ家の中で顔を合わせて会話をすることさえも珍しい。

 親子三人で暮らすだけでも広すぎる家の中に、少年は一人取り残されている。

「嫌だ……嫌だよ……」

 その叫びは虚しく消えていくだけだった。

 薄暗い部屋の中に静かに響き渡り、そのまま溶けるように消えていく。

 誰も答えてくれない。

 誰も助けてくれない。

 少年の世界は、こんな薄暗い部屋よりもずっと深い暗黒の中に閉ざされていた。

 その中で何度も叫ぶ。

 誰か助けて。

 ここから救って。

 決して届かない叫びのはずだった。

 だが、やがて。

「…………え?」

 少年はベッドの上でかすかに身じろぎする。

 今、誰かの声が聞こえた気がした。

 しかし、部屋の中は相変わらずしんと静まり返っている。

 聞こえてくるのは自分の吐息と心臓の鼓動くらいのものだ。

 それでも少年は聞き耳を立てるように気配を探る。

 気のせいかもしれないその声に、必死にすがりつくかのように。

 そして。


 ――ねぇ、遊ぼうよ。


「っ!? だ、誰……?」

 今度こそ、確かにその声は聞こえた。

 聞き間違いなんかじゃない。

 少年は慌てて部屋の中を隅々まで見渡す。

 だが、四角い部屋の中には少年以外の人影なんてどこにもなかった。

 隠れる場所なんてどこにもない。

 では一体、あの声はどこから聞こえてきたというのか。

 わずかに少年が怯えた、次の瞬間。

「ここだよ。僕はここ」

「ひ……!?」

 今度という今度こそ、少年はベッドの上から飛び上がるように起き上がった。

 そのままベッドの上から転げ落ちそうになるのをどうにかこらえる。

 そして振り返ってみると、そこにありえない光景があった。

「ごめんね。驚かせちゃったかな?」

 そこに、もう一人の少年がいた。

 ベッドの端に腰掛けて、柔らかく微笑んで少年を見ていた。

「だ、誰? どうやって……」

 数秒前に部屋の中を見回したときは、こんな少年は間違いなくいなかった。

 まるで煙のようにその少年は現れ、そして当たり前のようにそこに座っている。

 頭の中がごちゃごちゃになりそうだった。

 だが、そんなことには構わずにその少年は言う。

「初めまして。僕の名前はジン。君の名前を教えてくれないか?」

「……ユ、ユウヤ……」

 すっかり乾いた声でユウヤは名乗った。

 どうしてすんなりと名乗れたのか、ユウヤ自身も不思議で仕方なかった。

「初めまして、ユウヤ。僕はずっと君のことを見ていたよ」

「僕の、こと……?」

「そう、君のこと。だから、君のことは何でも知ってる。本当は学校から真っ直ぐに帰らず、友達と一緒に日が暮れるまで遊びたいこと。塾に通うのも、勉強ばかりするのも本当は嫌なこと。辛いこと、楽しいこと、悲しいこと。僕は、君を全部知っている」

「……何で、分かるの?」

「君が叫んでたから」

「僕が……?」

「そう。君はいつも叫んでた。心の中で、誰か助けてって叫んでた。だから、僕はここに来た」

「…………」

「ユウヤ、僕は君を助けに来た。だから、僕と一緒に行こう?」

「行くって……どこへ?」

「こんなところより、ずっとずっと楽しいところだよ。何も考えなくていい。好きなことをして遊んでいても、誰も怒らない場所」

「ほん、とう?」

「本当だよ。言ったじゃないか。僕は、君を助けに来たんだ」

 そう言うと、ジンと名乗った少年は静かに手を差し出した。

「さぁ、行こう。大丈夫。僕が一緒にいるから」

「…………」

 導かれるように、ユウヤはその手を取る。

 そして…………。




「カインさん、カインさん」

「…………あ?」

「そろそろ起きてください。お掃除ができません。それと、何度も言いますけど寝るならソファの上じゃなくてちゃんとベッドを使ってください」

「……あー、またうたた寝しちまってたか」

 横になっていたソファからむくりと起き上がり、カインと呼ばれた青年は頭を軽く掻く。

 遠目でも目立つ赤い髪の毛は短く切り揃えた上でツンツンになっており、百八十に届く長身も特徴的だ。

「今何時だ、アリス?」

「もうすぐ四時です。お掃除が終わったらお買い物に行きますから、カインさんも荷物を運ぶのを手伝ってくださいね」

 アリスと呼ばれた少女はてきぱきと掃除をしながらそう答えた。

 小柄な体格に肩ほどまでの長さの金色の髪の毛、緑色の瞳が特徴的で、それっぽい服を着せればそれだけで人形のようなイメージを与える少女だ。

「もうそんな時間か。くそ、ちょっと仮眠を取るくらいのつもりだったのにな」

「最近、お疲れみたいですね。あまり無理をしない方がいいのではないでしょうか?」

「んー? まぁ、そうも言ってられないだろ」

 カインはテーブルの上に無造作に散らばっていた新聞を取り上げ、その一面記事を見る。


 『児童連続失踪事件、被害者はついに二桁に突入』


 今朝の新聞の見出しにでかでかと掲げられたタイトルがそれだ。

 ここ一週間で被害が急増している事件なのだが、未だに行方が分かった者はいないらしい。

 見出しにもあるように、被害者は全員小中学生といった子供達だけ。

 それらしい手がかりも何もなく、警察側もどうやらかなり手を焼かされているようだ。

 これがただの家出ならまだマシだが、そうだとしても一週間も連続して続けば立派な事件である。

「ふん。何が『現代によみがえった神隠し』だよ。バカみてーに騒ぎやがって。そんなことでガキどもが戻ってくるなら苦労しねーよ」

「やはり、『アレ』でしょうか……?」

「……十中八九、間違いないだろうな。いなくなったのがガキばっかりの時点で、決定的だな。いかにも『アイツら』の得意そうなやり方だ」

「どうします?」

「……別に。どうもしないさ」

 カインはつまらなそうに新聞を放り投げる。

「何でこんなことになったのか。それさえも気づけないやつらのために動く筋合いはないからな。自業自得だ」

「カインさん……」

 アリスは何か言いたそうな表情だが、それは最後まで言葉になることはなかった。

「……どいつもこいつも、バカばっかりだ」

 吐き捨てるように言って、カインは窓の向こうを眺めた。


 特殊調査員。

 それがカインの仕事上の肩書きだった。

 とはいっても、これは別に国によって認められているものではない。

 とりあえず仕事をする上では何らかの肩書きがあったほうが色々と都合がいいという、極めて大雑把な理由からカインが勝手にそう名乗っているだけのものだ。

 その実態は、様々な面倒事を仕事の内容と報酬によって気が向いたら引き受けるという、実に身勝手な探偵みたいな内容だった。

 そんなわけで、依頼もその大半が表向きにしたくない裏事情を抱えたようなものばかりがやってくる。

 もちろんその分報酬も莫大な金額になることも少なくないのだが、カインとしては別に金目当てでこの仕事を営んでいるわけではない。

 なので、内容が気に入らなければどれだけ金を詰まれても仕事を蹴ることはある。

 この場合に気に入らないというのは、どちらかというと仕事内容よりも依頼主の人間性などが大きく影響する。

 金にものを言わせるような傲慢な客相手では、カインは絶対に仕事を請け負わない。

 逆に気に入った相手の仕事なら、報酬がすずめの涙程度でも引き受けることもある。

 この辺りは本当にその日の気分しだいと言ってしまっても過言ではないだろう。

「……なかなか止まないな」

 ぼんやりと窓の外を眺めていたカインが呟く。

「え? ああ、そうですね。もうすぐ梅雨ですから、これから雨の日が多くなるかもしれないですね」

「…………」

 ザァザァと降りしきる雨と、どこまでも灰色の空。

 見ているだけで気分が悪くなりそうだった。

 と、ちょうどそんなときだ。

 控えめに扉をノックする音が響いた。

 どうやらこの事務所に人が訪ねてきたようだ。

「はい、今開けますね」

 ノック音に気づいたアリスが扉へと向かう。

 カインはとりあえずテーブルの上の新聞や雑誌を端にどける。

 同時にガチャリと扉が開き、姿を見せたのは三十代前半くらいの若い女性だった。

「カインさん、お客様です」

「……どうぞ。散らかっていて申し訳ない。お話はこちらで伺います」

「は、はい。失礼します」

 女性はカインの外見に少し驚いている様子だった。

 が、別にカインはその程度のことは気にはしない。

 依頼人の大半は、まずカインのそのあまりにも特徴的な外見を見て一歩退く。

 何せ赤い髪をツンツンに逆立てた大柄な男だ。

 加えて言えば、お世辞にも目つきはいいとはいえない。

 極端な話、その辺にいるチンピラと勘違いされても仕方がないとカイン自身も思っているくらいだ。

 だがまぁ、それはそれでこれはこれ。

 こうして依頼人がやってきた以上、ここからはビジネスの話だ。

 雨で億劫だった気分を切り替えて、カインは仕事の顔に戻る。


「どうぞ」

 アリスがカインと女性にコーヒーを運ぶ。

「ありがとう、お嬢ちゃん」

 言って、女性は小さく微笑んだ。

「ご兄弟でお仕事をなさってるのですか?」

「いえ、あいつは妹ってわけじゃないんです。ちょっと事情があって、俺のとこで預かってまして」

「そうだったんですか。すいません、余計なことでしたね」

「お気になさらず。それより早速ですが、お話を伺ってよろしいですか? 今日はどういったご用件でここに?」

「は、はい。それが……」

 女性はなにか言いづらそうにしばらく視線をさまよわせていた。

 そして、その視線がテーブルの隅に積まれた新聞記事に向かう。

 瞬間、わずかに女性の肩が跳ねるように揺れた。

 カインはそれを確認して、女性の視線を追って新聞記事を見る。

 そこに書かれているのは、昨日と同じ児童連続失踪事件の大きな見出し。

 それだけで大体の事情は呑み込めた。

「お子さん、ですか?」

 カインが静かに訊ねると、女性の肩がもう一度分かりやすく跳ねた。

「……はい、その通りです」

「…………」

「息子の名前は、ユウヤと言います」

 言って、女性は鞄の中から一枚の写真を取り出した。

 写真の中に映っているのは、十歳くらいに見える少年だった。

 一緒に映っているのは女性ともう一人の男性。

 おそらくは父親であろう人物の三人だった。

 写真の中央に少年が立ち、その手には何か紙のようなものが握られている。

 少年の両隣には寄り添うように両親がしゃがみこみ、三人とも嬉しそうに笑ってこっちを見ていた。

「息子が行方不明になったのは、三日前のことになります。帰宅して部屋の中をのぞいたら、もぬけの殻だったんです。でも、荷物や靴も全部そのままで、遊びに出かけたとも考えられず……」

「……警察には、このことは?」

「もちろんすぐに捜索届けを出しました。ですが、今日になっても手がかりはまるでありません。最初は家出かと思って、ご近所や学校のお友達の家の方にも連絡をしたのですが、見つからず……」

「なるほど。それで、俺のところに」

「……はい。人づてですが、腕のいい探偵がいると聞かされました。カインさん、でよろしかったですか?」

「ええ、そうです」

「カインさん、どうかお願いします。息子を……ユウヤを探していただけないでしょうか? もちろんお礼はいたします。必要なものがあれば何だって用意いたします。ですから、どうかユウヤを……」

 切迫した声で女性は言う。

 対して、カインはわずかに沈黙してから言った。


「……申し訳ないですが、俺もこの場ですぐにはいと言うことはできません」

「な、なぜですか!?」

「あなたが数多くいる探偵の中から俺を選んだのはなぜですか?」

「そ、それは……腕がいいと聞いていたので」

「ですが、それは自分の目で確かめたわけではないですよね?」

「それは、そうですが……」

「それと同じです。俺も依頼を受けるかどうかは、その人間を見て吟味してから決を出すようにしてます。ですから、明日一日だけ時間をください。その後、改めてこの依頼を受けるかどうかを決めさせていただきたい」

「で、ですが……こうしている間にもユウヤは……」

「心配されるのは当然です。ですが、俺はそのことに関しては特に問題はないと考えています。これは俺の勝手な見解ですが、お子さんは現時点ではまだ無事でしょう。俺にはそう思えるだけの根拠があります。お話はできませんが」

「…………」

「それで納得していただけないのなら、仕方ありません。申し訳ないが、他を当たってもらうしかありません」

「……分かりました。明日一日をあなたに預けます。では、明後日にまたうかがわせていただきます。時間は今日と同じで……」

「ええ、構いません。お手数をおかけします」

 約束を取り交わし、女性は最後に小さく頭を下げて事務所をあとにした。

「カインさん、この依頼は……」

「……俺はいつもどおりやるだけさ。あの依頼人がどういう人間なのか、まずはそれを徹底的に調べてからだ」

「でも、あの人は……」

「分かってるさ」

「カインさん……」

「けどな、実際にこういうことになっちまってるんだ。それはやっぱり、あの人にも原因があるんだよ」

「…………」

「遅いんだよ、それじゃ。失って初めて気づくようじゃ、最初から全部手遅れなんだ」

「……そう、でしたね」

「……ああ、そうだ」

 雨が勢いを増していた。

 遠くの空で、遠雷が光っていた。



最後までご覧になってくださってありがとうございます。

作者のやくもと申します。


この作品、ホラー+推理のつもりなのですが、これから続けていく上では路線がややファンタジー方面に逸れる可能性が大きいので、とりあえずファンタジーという分類にしておきます。


多分この先も事件が起きたり怪奇現象が起きたりもしますが、実に中途半端な内容でお届けすることになりそうです。


それでもいいよという物好きな方は、ぜひ最後までお付き合いくださいませ。


それでは、期待せずに次回もよろしく。


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