弟たちを追い返そうとしたけれど無理でした
わざわざ会いに来てくれた弟たちを殴るなんて、ひどい姉だと我ながら思う。
けれどこれには事情があるのだ。
私は弟たちのことを、目に入れても痛くないほど愛しく思っている。幼い頃から面倒を見てきたのだから、それも当然だ。今でこそ皆むさ苦しいおっさん面で、少しも可愛げがないものの、小さい頃は、それはそれは愛らしかった。何をするにも「姉ちゃん、姉ちゃん」と私を頼って、愛情を求めてきた。「俺、大きくなったら姉ちゃんと結婚する」とまで言ってくれた。
それがいつからか、
「ただいまー、あーあ、腹減った。なんだ、まだ飯できてないのかよ」
「姉ちゃん、あれどこにやった? 勝手に片付けるなって何度言ったら分かるんだ」
「家の手伝いなんかできねぇよ、俺は釣りに行かなくちゃ」
「姉さん、金くれよ、金」
「おい、ブスっ」
仕事で疲れた身体を酷使して家事をこなし、彼らの面倒まで見ている姉に対して、この口の利き方はどうだろう。完全に使用人扱いである。その上、私は彼らからお給料をもらうどころか、食べさせてあげているのだ。
怒るなというほうが無理である。
「あんたたちっ、そこに座んなっ。今から一人ずつぶん殴るっ」
弟たちをこっぴどく叱った後で、私はいつも罪悪感に苛まれた。
私を見る弟たちの目は怯えていた。
叱り過ぎたんじゃないだろうか、強く叩き過ぎたんじゃないだろうか。
私だって、本当は怒りたくて怒っているわけではない。怒ると疲れるし、怒鳴ると喉を傷める。私を怒らせる弟たちの態度にも問題があるのだ。養われている身で偉そうだし、人の話をろくに聞きもしない、そのくせずけずけと腹立たしいことを言ってくるしで……けれど次からは怒るのはやめよう。優しく言い聞かせて、年長者らしく、諭すようにしよう。そう心に決めて実行した私だったが、
「うわっ、気持ち悪っ」
「姉ちゃん、なんか悪いもんでも食ったのか?」
「どうする? 姉さんを医師に診せようか?」
「薬代っていくらするんだ? 俺、金持ってないぞ」
「とりあえずそこに寝かしとけば?」
結果は散々だった。
私は再び弟たちを怒鳴り、尻を叩き、自己嫌悪に陥った。
そんなことを繰り返しているうちに弟たちは成人し、家を出て行った。
「たまには帰ってくるから……泣くなよ」
「今までありがとう。姉さんこそ、身体には気を付けて」
「必ず漁師になって、新鮮な魚、たくさん食わせてやるよ」
「給料入ったら、今までの分、全部返すから」
「姉ちゃんの老後の面倒は俺たちが見てやるから安心しろよ」
今ではいい思い出だ。
可愛い弟たちの顔を思い出すたびに、頑張ろうと思える。
おかげでここまでなんとかやってこられた。
そして今に至るわけだけど、
「姉さん、どうしちまったんだよ、その変わりようは」
「俺もびっくりしたよ。一体どういうカラクリだ?」
弟たちはしげしげと私を眺めて、感心したように言った。
「目の色まで変わってら」
「あんなにガリガリだったのに、どっかの金持ちのお嬢さんみたいだ」
「宮城にはよっぽど腕のいいお医者様がいるんだな」
「はぁ、さすがは都は違うなぁ」
この子たちは、私が医師の施術でボンキュッボンの美女になったとでも思っているのだろうか。
「炎帝陛下のおかげよ」
つんと澄ましながら答えると、弟たちは心底羨ましそうな顔をする。
「出世したなぁ、姉ちゃん」
「バカ、姉さんの場合は玉の輿っていうんだよ」
「宮城じゃあ、さぞかしうまいもん食ってんだろうなぁ」
「アワビやイセエビとかな」
「俺らにもごちそうしてくれよ」
「金がなくて、昨日からなんも食ってないんだ」
哀れっぽい声を出して、ぐぅぐぅ腹を鳴らしている。
「あんたたち、たかりにきたの?」
ここで甘い顔をするわけにはいかないと――もう家を出たのだから、いい加減自立して、姉離れさせなければと、私はあえて冷たい声を出す。
「久しぶりに会えて嬉しいとか、姉さんおめでとうとか、今まで苦労した分幸せになってね、とか、ないわけ?」
兄弟は私の顔色を窺いつつ目配せすると、
「姉ちゃん、おめでとうっ」
「金持ちと結婚してくれて、俺らも鼻が高いよ」
棒読みの台詞に、はぁっとため息がこぼれるものの、
「ありがとう、おかげさまで幸せよ。はい、これで用事は終わりでしょ? さっさと帰って」
私も暇な身体じゃないの、なにせ夫が嫉妬深い人だからとのろけ話をぶちまけると、
「そりゃねーよ、姉ちゃん」
「そうだよ、ここまで来るのにどんだけ苦労したことか」
弟たちは今にも泣きそうな顔でぶうたれている。
「金がねぇから、荷馬車に隠れて来たんだぞ」
「途中で見つかって無賃乗車してんじゃねぇって、ぼこぼこにされたけどな」
「肥しの中に突き落とされたこともあったっけ」
「川で洗い流したけど、外は寒いし水は冷たいで死にそうになったよ」
通りでこの子たち、臭いはずである。
「実は俺ら姉さんに頼みがあって……」
「姉ちゃん、仔空兄ちゃんが大変なんだ」
どうせ金の無心だろうと私は気にも留めず「自分で何とかしなさい」と言った。
「悪いけど、本当にもう戻らないといけないの」
夫がどれほど嫉妬深いか、神獣様がどれほど恐ろしい存在か説明しても、弟たちはピンとこない様子。それどころか立ち去ろうとした私の着物を強く掴んで離さないので、
「……今すぐその手を放しなさい。さもないと、また殴るわよ」
一鳴はひっと悲鳴を上げて離れたものの、仔空は必死の様子ですがりついてくる。
「姉さん、頼むよっ。助けてくれっ。俺、このままじゃあいつらに殺されるっ」